18)
「……! やっぱり私は殺されていたのよね? 一度ではなくて何度も?」
「うん。そういう【世界】だからね」
さも当然のことかのように、決定事項だったかのように彼は言う。その意味を考えたとき、得体の知れない気配が背中をざらりと撫で上げた気がした。
「さっきからあなたのいう【世界】っていうのは何なの?」
いつだったか、誰かにも言われたような気がするけれど、リディは思い出せない。
(誰だったかしら……)
「いい質問だね。やっと現実に目を向ける気になったかい?」
白装束の彼はにっこりと満足げに笑った。
「向き合わざるを得ないわ。これが夢だとは思えないの」
「そうだろうね。君が想像している夢のような出来事は、残念ながら君が実際に体験してきたことだ。ここにいる小生がそれを保証するよ」
「あなたの保証が果たして保証になるかは判断しかねるのだけれど……」
リディはそう言い、白装束の彼をまじまじと眺めた。彼には常に物騒な空気がまとわりついているように感じる。信じきってしまうのはかえって危険な気がした。一方で、彼はなぜかとても満足そうな顔をしている。
「賢い姫君だ。君はそれでいい。そうでなくちゃ」
白装束の男の独特の空気に絆されないように気を配りつつ、リディは彼と向き合う。
「ちゃんと教えて。【世界】のこと」
釘を刺すように告げると、白装束の男はようやく表情を真摯なものに変えた。
「無論だ。いいかい? 世界は無数に存在するもの。その中のとある【世界】に選ばれた主人公が、君だ」
「主人公……それは本の物語に出てくる登場人物のことかしら? つまり【世界】が一冊の本の物語で、私はその物語の主人公ということね」
「まぁ、だいたいそう考えて構わない。そして、小生は【世界】の外殻のようなもの。【世界】が壊れてしまわないように護る使命があるんだよねぇ」
他人事のような口調が少し気にかかったけれど、リディは混乱しないように事実を受け止めつつ話を先に進めた。
「ということは、何か【世界】が壊れるような危機が迫っているからここに現れたということなのね」
「そうだ。誰かの或いは何らかの企みによって【理】が歪められ、その【時間】に本来は死ぬはずがなかった君が消えていなくなる【世界】になってしまった。一度でもそうして【理】が歪められてしまうと、【世界】のどこかに捻じれが生じてしまう。そして、元の正しい姿に戻そうとする【抑止力】が働いて、どこかに影響が現れるんだ」
その話を聞いて、リディは時間が戻されるたびに遭遇する出来事や人々の行動が違っていたことを思い浮かべた。
「そんなふうに、意図的に本筋から逸れるよう【理】が歪められていくと【世界】はどんどん捻じ曲げられていく。そうなった【時間】のことを【特異点】と我々は呼んでいる。しかし今言ったように【世界】には元の正しい姿に戻そうと修復する性質があってね。歪められた【特異点】を排除しようとする【抑止力】を働かせる。それが、【時戻し】の原因になっているんだ」
「時戻し……」
「そう。君は同じ時間を繰り返す――時間のループを繰り返していただろう?」
「ええ。でも、どうして時間を戻すのに、私は殺されてしまわなければならないの?」
「そこがまぁ口頭で詳しく説明するのに難しいところだね。ひとつ問題点を挙げると、【世界】が歪められる前の【分岐点】に異常に執着する者がいるということかな」
「さっきの【本来ありえなかった時間】というのが【特異点】と呼ばれるのはわかったわ。じゃあ【分岐点】というのは……?」
「……【分岐点】とは、この世界の必要な【歴史】となる時間の進行に欠かせない【過去】或いは【きっかけ】のことを指す。それは世界の心臓部いうなら核ともいえる。そこに手を加えた者がいたせいで、そこから歪みのはじまりとなったわけだ」
「その【分岐点】というのは要するに【歴史】を勝手に【改変】することで【特異点】が生まれる原因となる出来事ということであっている?」
「そうだ。姫君の理解が速くて助かるよ」
すっかり姫君という呼称がついてしまっているのが気になったが、親しみを込めてくれているのならば、そこもひとまずは突っ込まずに話を進めることにする。
「じゃあ、その【分岐点】を修正すれば万事解決するのよね? それは難しいことなのかしら?」
「考えてごらん。君は思い通りに過去に戻ることはできるかい?」
「それは……できないけれど、でも、時間を戻すことはできているのよね?」
「その時間を戻す力は、自由自在に扱える個の能力ではなく、あくまで【世界】の【抑止力】にすぎない。【世界】が【特異点】を【排除】しようとする、いわばひとつの【治癒力】のようなものでしかない。だが、人間がそうであるように世界だって万能ではないんだよ。樹木を見たまえ。庭師ではない素人がむやみやたらに勝手に要らないと思った【枝】を切れば、【木】はみるみるうちに枯れてしまうだろう?」
分岐点が樹木の葉や枝に例えられるとしたら、その葉や枝を切り落とすだけでは解決しない。最悪、樹木が死んでしまう。それは世界の終わりを意味する。白装束の男はそう言いたいのだろう。