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悪役令嬢の人生を変えるかもしれないクイズ&ナイトメア

その日の天気は薄曇りで、昼間であるのに邸内は部屋の主の心情を映すかのように仄暗かった。

アデライドの異変を知って駆けつけたシャルルは、今、涙目の彼女と向かい合っている。プルスト曰く、現在のアデライドはここ数年分の記憶を失っており、自身を6歳の子供だと認識しているらしい。


以前本人から聞いた、シャルルしか知らないはずのアデライドの秘密。その話の中で、彼女は7歳の時に前世の、大人である自分の記憶を思い出したのだと涙ながらに語っていた。父レオポルドが丁度その頃からアデライドの様子が変化したと言っていたことからも、シャルルは姪の言葉を疑ってはいない。


すなわち彼の目の前にいるアデライドは、大人の記憶を持たない、子供のままであった頃の彼女である。プルストの報告では、自分の身体や周囲の変化に怯え、食事もあまり取らずに部屋に篭りきりだという。

シャルルの第一のミッションは、そんな彼女を部屋から連れ出すことだ。


「この子は今のお嬢様が一番心を開いているお友達です…大切に扱ってください」


そう言って年若い侍女から渡された熊のぬいぐるみに、アデライドの目線が移った。それをチャンスと捉え、シャルルは彼女に接近した。



「久しぶりだなアデライド。シャルル叔父さんだよ。覚えているかな?」

「シャルルおじさま…?」


我ながら胡散臭いと思いながらも、笑顔を心がけてシャルルが近付く。熊のご利益もあってか、アデライドが泣き出す事態は避けられた。ルンルンと名付けられた熊のぬいぐるみとアデライドの目線が合うようにと、シャルルは片膝をつく。


「シャルル叔父さんとお茶会をしないか?ルンルンも一緒だから、きっと楽しいぞぉ!」


純度100%の子供であるアデライドには、叔父の抱える事情や心情への忖度はなく、内心の羞恥を叩き伏せて笑顔を維持している叔父に、疑り深い視線を向けてしまっている。居た堪れない空気が場を満たしきった頃、ようやく彼女は口を開いた。


「シャルルおじさまは…ルンルンのお父さま…なのですか?」


その質問は、あまりに唐突で。その場の全員をポカンとさせた。

だがシャルルの驚きは、すぐに喜びへと変わった。恐怖と困惑の中にいるはずのアデライドに、かつての彼女と同じ気質を見たのだ。

オドオドとしているくせに、根拠もなく物言わぬ熊の子と叔父との関係を“親子”だと決め打ちしてくるアグレッシブな思考は、彼のよく知るアデライドであった。記憶を無くした程度では彼女の牙は失われはしないのだと、シャルルの心は高揚した。



この瞬間から、この場所はアデライドの信頼を勝ち取るためのステージとなった。勝利条件は彼女の繰り出す質問に、すべて“正解”すること。一問でも間違えれば、それまでに得た全てを失うという悪夢の待つ過酷なチャレンジだ。


〈シャルルとルンルンの関係は?〉

〈A:親と子(嫡出子) 〉 〈B:親と子(非嫡出子)〉

〈C:友人の一人 〉 〈D:購入者と販売品〉


B、Dは論外である。しかしCでは関係性が弱すぎて、子供の気を引ける気がしない。振り返ると扉の前の使用人達(オーディエンス)が大きく頷いている。答えはA。それが多勢であるようだ。


「そうだよ。叔父さんはルンルンのパパだよ」


場の空気に呑まれる形で、シャルルは熊の子ルンルンを認知した。扉の向こうの使用人達(オーディエンス)がざわざわとするが、アデライドだけが静かなままだ。

プルストがそっとランプを置くと、薄暗い室内で、シャルルとアデライドの真剣な表情だけが浮かび上がった。眉根を寄せてシャルルをじっと見つめるアデライドは、まだ心を閉ざしているせいかひどく口が重い。


「ほんとうに…そうなのですか…?まちがいは、ありませんか…?」

「ああ、間違いない」


長い長い沈黙の後、アデライドは「マァ…やっぱり!そっくりですものね!」と笑った。はじめて、今のアデライドがシャルルに笑顔を見せたのだ。正解を選び取ったシャルルの、彼女の中での信頼度が増したことで、矢継ぎ早に次の質問が来た。


「では、ルンルンのお母さまは、どうしておられますの?」


〈ルンルンの母親は、今どうしている?〉

〈A:お留守番中〉〈B:俺の隣で寝てるよ〉

〈C: 誰かに母親役を頼む〉〈D:離婚した〉



「いったん留守ってことにして、後で似たようなぬいぐるみを用意しちゃえば…」

「父親がヒトでいいなら、母親役も誰かがやればいいんじゃない?」


使用人(オーディエンス)の意見が二つに割れる。彼らの意見は大体がAとCで、50:50に分かれている。

普段ならばシャルルもそう考えたかも知れない。しかし姪からの絶対的な信頼を勝ち取らなければならない彼は、賭けに出た。


「ルンルンのママとはお別れをしたんだ。いまは遠くの国にいるよ」


Dを選んだシャルルに、アデライドの表情が変わる。驚きから悲しげな顔になり、すぐにも泣きだしそうな彼女は「それは…どうしてですの?」と小さな声で呟いた。


「ルンルンのママには、遠い国でやりたいお仕事があるんだ。…でもパパのところにルンルン宛のお手紙が届いていたよ」


絶妙なリアリティラインの即興(エチュード)で、シャルルが場の空気を支配する。


「お手紙には…なにが、書いてありましたか?」

「ルンルンを愛している、と」


アデライドは泣くのを我慢するために歯を食いしばり、くしゃっとお嬢様になった。それは容赦なく下から照らすランプの作る強い陰影によって、身近な妖怪のような表情に落ち着いた。「お嬢様!その顔、魔除けの置物みたいですね!」と素直なコメントをぶちかますポールを、使用人一同(オーディエンス)で寄ってたかって運び出すという一連の作業が片付いた頃合いに、アデライドがようやく口を開いた。


「サヨナラがあるから、出会いがある…ルンルンと、お父さまと、お母さまは、それぞれの物語の、主人公…なのですね」


キラキラとした目で、アデライドが何かを“語り”始めた。それはシャルルの答えが彼女の中で正解として消化された証であった。だが中身は6歳であるはずの姪の言葉に、この時点で既にここまで仕上がっていたのかと、シャルルの脳裏には朧げながらに“手遅れ”という文字が浮かんでいた。



「では…わたくしのお母さまが、わたくしにお手紙をくれないのは、わたくしが、わるい子…だからでしょうか?」


〈アデライドの母が手紙の返事を寄越さないのは、アデライドのせい?〉

〈A:そんな訳がない〉〈B:アデライドの母が悪い〉


選択肢はふたつ。一見サービス問題であるようだが、つい先程までの輝きを失ったアデライドの瞳には、再び涙の膜が生まれている。


「違うよアデライド。お前は少しも悪いことなんてしていないんだ」


シャルルの心からの言葉に、思わずアデライドは彼を見つめる。


「わたくしは、みにくくて、むのうだから、家族のだれからも愛されないと、お兄さまも言っていたのに?」

「そんなことがっ、ある訳がないだろう!」


思わず語気を強めてしまったシャルルに、アデライドはビクリと震えるが、構わずシャルルは彼女の固く縮こまった体を抱きしめた。



「朝起きたら体が大きくなっていて…それに…ちょっと太っていて…イヤな夢みたいなのに、ずっと終わらないの…」

「アデライドは昔から可愛かったが、今だって太ってなどないし、すごく綺麗だぞ」

「家族がだれもいなくて、まわりはみんな…知らない人ばかりなの…」

「ずっと寂しい思いをさせたな…でもこれからは俺がいる。それにここの皆は全員アデライドのことを大切に思っているんだ」


腕の中から漏れてくるアデライドのつぶやきを、シャルルが丁寧に拾う。ポンポンと背中を叩いてから体を離すと、プルストが、パメラが、皆が彼女を見守っていた。その表情には"心配"と書かれていた。


「おじさまも…わたくしを、きらいではない…ですか…?」


拒絶されることを恐れながらも、でも聞かずにはいられない。そんな心理を現して揺れる視線がシャルルに向けられた。



〈シャルルはアデライドが嫌い?〉

〈A: 〉



最後の問題は、アデライド以外には答えの解りきった問い。だがシャルルはすぐには答えなかった。


「答える前に、少しルンルンとお話ししてもいいか?」

「30秒で…おねがいします」


何かそういうルールがあるらしく、急に時間制限を持ち出したアデライドにシャルルは笑って頷いた。


「なぁ、ルンルン。俺はアデライドに言いたいことがあるんだが、うまく伝えられるか自信がないんだ」


シャルルはルンルンと向かい合ってそう言うと今度は自身の耳の近くにまで持ち上げて、まるでぬいぐるみに耳打ちされているように見せた。


「うん。そうか。勇気を出して言うべきか…わかったよ」


ぬいぐるみとの密談を終えたシャルルは、今度はアデライドとまっすぐ向き合う。そして落ち着いた声でゆっくりと、彼女の心に直接届くように言葉を紡ぐ。


「俺はアデライドのことを嫌いではないし、むしろ大好きだ。信じてくれるか?」


まっすぐな視線を向ければ、アデライドからもそれが返ってきた。


「ほんとう…ですか…?それが、おじさまの、最終的な回答でいいのですか?」

「ああ、それが俺の本当の気持ち(ファイナルアンサー)だ」


アデライドの顔がまたくしゃくしゃになる。この回答が彼女の中で“正解”となることが、このチャレンジの成功条件だ。


「わたくしは…お母さまにちっとも似てないのに?」

「叔父さんとは似ているだろう?」

「わたくしが…お兄さまより背が高くても?」

「叔父さんの方がずっと大きいぞ」


どんな言葉を投げても温かい返事をくれる存在に、アデライド心の壁が崩れていく。彼女は自分からシャルルに近づいてその手を握った。


「叔父さま…わたくしと、お茶会をしてくれますか?」


満額の信頼を勝ち取ったシャルルに、アデライドから成功報酬が提示された。

ワッと使用人達(オーディエンス)が沸く中で、シャルルがアデライドを抱き上げた。12歳のそれなり以上に重い少女ではなく、まるで本当の6歳児を持ち上げるような軽快さにアデライドが声を上げて笑った。


「ルンルンも一緒に行こうか。女の子の友達が側にいてくれたほうがいいだろう?」

「わたくし…ルンルンは男の子だと思っておりましたわ…」


眉を寄せたアデライドの答えに、部屋の空気がピリっとする。最後の最後で回答をミスしたかと皆が危惧したが、一転してアデライドはまた笑顔になった。


「ルンルンは…わたくしを安心させるために、男の子のふりをしてくれていたのですね!」


満額の獲得は伊達ではなかった。些細な食い違い程度では、アデライドのシャルルへの信頼はもう揺らぐことはなかった。

既にこの展開を予想して抜け出していた使用人達によって、お茶会の準備は整えられている。かつて家族に嫌われて放置されていた少女は、一転して多くの味方に囲まれて過保護なほどの愛情を受け取ることになった。こうして、すでに彼女の悪夢は終わりを迎えているのだと、この時には思われていたのだった。


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― 新着の感想 ―
うぁぁ、ちょっと体調を崩し、目を離した隙にアデライドちゃんが!いや、フィリップがぁぁ、となったのは、三秒前の私です。そして、シャルル叔父様の献身に、湶を心臓が打ち破りそうでした。もう、女性経験豊富なの…
叔父様、シャルル叔父様! こんな叔父様がほしい選手権2026はぶっちぎりで叔父様です! “手遅れ”とか思っていてもそんなアディちゃんがかわいくてたまらない、 その包容力に崩れ落ちそうです。 アディちゃ…
全俺が泣きました もう寝ます
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