攻略対象者2 イケメン助っ人魔術師枠
ベルナールを訪ねてから2週間程経った。新しい施設に研究所を移した後も怪しい男が周辺をうろついているが、目的を探るために今は泳がせているらしい。病院への投資も進んでいる。パメラは今のところ元気で、見舞いに行くと喜んでくれるのがアデライドも嬉しい。
「私の役職というのは何になるのでしょうかね」
知り合って一ヶ月経つかの片腕に問われて、アデライドは返答に窮した。
元家礼だが、今は領地の仕事はしていないだろうし、アデライド専属執事というと職位が下がったようにも聞こえてしまう。降格と思われては嫌だなと悩み込んでいると、プルストがしゃがんで視線を合わせてきた。
「僭越ながら、貴方様の傅育官を名乗ってもよろしいでしょうか?」
フイクカン…前世の感覚で言うなら、お守り役とか付き人とかそんな感じだろうか?本人がそれがいいというならばアデライドに異論はなかった。
「わたくしは構わなくってよ!遠慮せずに名乗りなさいな!」
「ありがとうございます。公爵閣下のご許可はいただいておりますので、そのように致しますね。それでは早速ですがこちらをご覧ください」
冊子状にまとめられた紙束の表紙には『アデライド様の学習計画』と書かれている。アデライドが嫌な予感を感じながら捲るとびっしりとこれからのスケジュールが綴られている。算数地理等の学科に加え礼儀作法に刺繍にダンスまで、詰め込み型の学習をさせる気満々なのが伝わってくる。巻き戻し前でもここまでやっていないハードさで、非常にまずいと、彼女は焦った。
「わっっ、わたくし天才ですのよ!具体的にはすでに18歳まで高等教育を受けたくらいの知識を持っておりますの!だからここまでの教育は不要だと思いますわ!」
「確かにお嬢様は年齢からは考えられないほど深い知識をお持ちですね」
「でしょう!7歳にしては天才でしょう!」
「しかし20歳過ぎればただの人…となってしまうかもしれませんし、基本は大切ですよ」
「うぐっ勉強したくない…」
「大丈夫ですよ。全力でサポートさせていただきますね」
プルストはいつになくいい笑顔で楽しそうだ。アデライドは「なにわろとんねん」と言いたい気持ちを飲み込んだ。
プルスト考案の家庭学習カリキュラムが容赦なく開始されて5日目の朝、鏡に映る自身の冴えない顔にアデライドは軽く嘆息する。
世の悪役令嬢の多くは金や銀の髪に青や紫の瞳を持っていたが、彼女の黒い髪に黒い目は前世と同じで代わり映えしない。髪質が極太超硬なのもそうで、バレッタなどは余程頑丈なつくりでなければ髪留めにならないどころか破壊してしまうし、巻き戻し前の時はまとめ髪が重すぎて頭痛がしたので軽くなるようにすいて貰ったら、短い髪がぴょこぴょこ飛び出るようになってしまい非常に後悔していた。
顔の造形も気の強そうな猫のような吊り目…ということはなく、垂れ目だし唇は厚くて垢抜けない顔だ。悪役令嬢というより、その取り巻きのモブといった風だと彼女は思っている。
この世界の教育を再び受け始めたことで、アデライドは『悪役令嬢のわたくしがチートでザマァ!』とはやっていた気持ちが沈んでいくのを感じていた。巻き戻し前は学園でもそれなりに優秀な成績をおさめていたが、それはただ努力したからであるし、それでもトップ層からは引き離されていた。彼女は自身が天才ではなく、かといってガリ勉秀才タイプにもなれない“ただの人”であったことを思い出してしまった。
「今日の午前中は魔法学です。講師はまだお若いですが研鑽を積んだ優秀な魔術師の方ですよ」
朝からニコニコとプルストが案内する。彼曰く、この講師陣の報酬も祖母の遺産から払われているらしく、アデライドは自分で自分の首を絞めたのだなと自嘲した。
「魔法学を担当させていただきますランベール・ド・ロワイエと申します」
表情を動かさずによろしくお願いしますと言う青年は、二十代始めくらいに見える。銀の髪に紫の瞳という珍しくも美しい『悪役令嬢カラー』(アデライドの個人的見解)を持った男は、目の覚めるような美形だった。長身痩躯の均整の取れたスタイルに、切長の瞳に通った鼻筋と薄い唇は彫刻のようで、誰もが目を奪われるような美貌だった。だが今はその美しさの中にゲームの攻略対象者の面影を見出して、アデライドは思わずポカンと口を開けて凝視してしまった。
ランベール・ド・ロワイエはゲームでは学園の教師として登場する。腰まで届く長い銀髪を毛先の方で緩く三つ編みにして縛り、ガウンを幾重にも重ねたような服を着て片眼鏡をかけているという、オタク100人が見たら100人が魔法使いと認識するデザインの人物であった。現在はまだスーツの上にポンチョ状のものを着て、髪も背の中ほどまでの長さを頭の後ろでまとめてひとつ縛りにしている。
ゲーム内で彼はベルナールと同じく大人枠で登場するが、他の攻略対象者が何かしら問題を抱えていてヒロインである聖女の助けを受けて救われていくのに対し、彼だけは最初からヒロインに手を差し伸べ導く役であった。親密度の低い段階でもいつも微笑を向けて優しく助けてくれる、いわば年上の包容力を担当するキャラクターだった。
「今回は初日ですので、お嬢様の理解度を計るために簡単な小テストを行います」
自己紹介も雑談も無く、ニコリともせずにアデライドの前に紙束と砂時計を置いた彼は、平坦な声で「45分で解いてください」とだけ言って黙った。アデライドがひょっとしてもう始まっているのかと焦ってテスト用紙を手に取ると、とても”小“テストという量ではなく、唐突に学生時代の定期テストが始まったような感覚で必死に解く羽目になった。
テストの採点を終えるとまたノータイムで授業が始まった。特に説明もなく、中級の教科書を渡される。巻き戻し前にはもっと高等な魔法学の授業を受けていたが、そこの理解度は今ひとつと判断されたのかもしれない。さもありなんとアデライドは”理解“をした。
午前中に一通りの座学を終えると、ロワイエは特に何の感情も見せず宿題だけを残して去っていった。ゲーム内では絶えず微笑みをたたえていた顔は常に真顔であった。それもそうかとアデライドは思う。
ゲーム内のヒロインは珍しい癒しの光魔法を使う聖女という鉄板中の鉄板という設定の上、彼女はとても美しかった。光を透かしたような金髪に、蜂蜜のような金の瞳。折れそうなほど華奢な体なのに、勇気があり誰にでも優しく献身的という、老若男女すべてに好かれる愛されるために生まれたような存在である。それと地味系悪役令嬢とで同じ扱いをしろというのが土台無理というものだ。前世や巻き戻し前の記憶を持つアデライドには嫌というほど理解できる。世の中は才も色も無い女子にそんなに優しくはできていないのだ。
自己肯定感が地を這い始めていたアデライドの顔をプルストが覗き込んできた。
「お疲れ様ですお嬢様。よく頑張られましたね」
ここ五日間、プルストは授業後になるとやってきて習った内容を聞いてくる。それほど物覚えのいい方ではないアデライドに復習をさせているのだと気づいた時には面倒だと思ったが、必ず褒めてくれるのでそれほど悪い気はしなかった。特に今は話を聞いて欲しかった。
「魔力に乏しい私は魔法学は門外漢ですので、そちらの復習よりも本日は私が講師として公爵家の領地や資産について学びましょうか」
ニッコニコでさも“これからボーナスステージですよ”とでも言うようなプルストに、思わず「なにわろとんねん」と言ってしまった彼女の声は、しかし小さすぎたようで届かなかった。
詰め込み学習が始まって二ヶ月ほど経ち、アデライドも新生活にやや慣れてきていた。たまにパメラやベルナールの所に顔を出す余裕も持てるようになった。
最近では慣れてきたのか、なぜか気安くなったベルナールが「おう、ちっこいお嬢!辛気臭い顔してどうした?」などと声をかけてきた。「貴方に心配されることなんて何もなくってよ!」と答えたアデライドの顔を、ベルナールはわざわざしゃがみ込んで覗き込んでくる。「ふーん」と呟くや彼は、アデライドの手の平を掴んで寒天培地にベタりとつけた。突然プルプルしたものを押し付けられて悲鳴を上げる彼女をニヤニヤと眺めて「これでお前の手にどれだけ細菌がいるかわかる。ヤバいくらいうじゃうじゃ育つぞ~楽しみだな!」などと言い出した。意味がわからず目を白黒させるアデライドにペリーヌが「あれは近いうちにまた来てねって言いたいんですよ。素直じゃなくて可愛いですよね。ちなみに48時間くらいで育ちますよ、微生物。楽しみですね〜」と言ってきた。夫婦の行動も思考もアデライドには理解はできないが、公爵家から派遣した人材ともうまくやっているようだし、あちらは順調そうだった。
魔法学の授業では相変わらずロワイエは無表情でなにを考えているかわからなかったが、優秀な人間がする『こいつこんな事もわからないのか』というような表情をたまに拾えるようになった。アデライドの被害妄想かもしれないが、彼女が答えに詰まった時などに、確かにふっと不快さを覗かせる瞬間がある。いよいよ今日は質問をした時にわかりやすく眉を顰められて、ヒロインへの態度との格差をこれでもかと感じる羽目になった。
そんな魔法学の授業を終えた後、最近はプルストに早く会いたいと思うようになっていた。しかし今日に限っていつもはすぐに来てくれるはずの彼が来ない。ソワソワと待っていた彼女の元に、珍しく足音も大きく忙しげに顔色の悪いプルストがやってきた。
「お嬢様、アランご夫妻に付き纏っていた怪しい男ですが、ついに武器を持って侵入しようとしたため、捕らえました」
アデライドはこの間会ったばかりの夫婦の顔が浮かんで、足先から血の気が引いていくような感覚に陥った。
「お二人はご無事です。ですが男の目的も分かりませんので…これから本人から聞き出します」
今まで難癖をつけて絡んだり周りをうろうろしていただけなのに、突然白昼堂々凶行に及ぶ理由がおよそ分からない。
「わたくしも立ち会いますわ!」
「お嬢様、こういったことは我々にお任せください」
「嫌よ!ダメだといっても齧り付いてでも行きますわ」
そういって本当にしがみついてくるアデライドにプルストはとうとう根負けした。
牢のある地下へ続く階段は細く薄暗かった。前世の感覚だと大きすぎる家だと思っていたが、地下牢まであるとは流石にどうなのかとアデライドは思った。なぜか形容できないような重苦しく嫌な雰囲気があり、先に行きたくなくなる自分をどうにか鼓舞して進んだ。
牢に入れられていたのは中肉中背の特徴のない中年の男だった。身なりは普通だがキョロキョロと目線が泳いでいる。とても凶行に及ぶような人物には見えない。騎士が凶器としたものを見せてくれたが、いわゆる“バールのようなもの”だった。確かに殺傷能力はありそうだったが、人を害そうとする時に積極的に選ばれる道具とは思えなかった。しかしゲームの世界ではペリーヌは死んでいて、ベルナールはそのショックが強く世捨て人のようになっていた。あの世界で彼女が亡くなったのが、もしこの男のせいなのだとしたらと考えると、黙ってはいられなかった。
危険だからと言われ、男とは牢の鉄格子越しの対面になった。
「こんにちは…あなた、お名前は?」
男はアデライドの顔を見て目をしばたたかせて、フルフルと頭を振った。
「ダニエル・ダヴィドと名乗っておりました。戸籍を調べましたが1年前にこちらに住み始めたようです」
男を捕らえてたという騎士が代わりに答える。
「ダウィドさん。あなたはペリーヌさんに度々絡んでいたそうじゃない。彼女に恨みでもあって?」
ペリーヌが言うには、汚い水を流したり危険なものを地域のゴミに出すのが気に食わないので出て行けと、度々彼女を怒鳴りつけてきていたらしい。しばらく床を見つめた後、男はまたフルフルと首を横に振るだけだった。
「ではあのご夫婦に何か思うところがおありになって?」
男は下を向いて黙りこくり、動く気配もない。
「あの方達に手を出そうとしたのなら、わたくしは絶対に許さないわ。話さないのならば、無理矢理にでも聞き出すことになるわよ!」
焦れたアデライドが苛立ちを隠さずに言い放つと、男はしばらく逡巡するようにまた視線を彷徨わせたが、小刻みに震えながら口を開いた。そこで驚くことが起こった。
空中から突如大きな手が現れて男の口を塞いだのだ。マジックハンドのような無機質な手が絡みつく様は間抜けだが、それがより不気味に見えた。
「なっ何なのよこれっ?!」
「分かりません!手です!」
一瞬迷ったあと、牢の中に入った騎士が男に絡みつく手を剥がそうとするが、余計に締め付けが強くなるようで男は苦しみにうめいている。自分も手を出そうとしたアデライドをプルストが肩を掴んで引き離した。
応援の騎士も来て数人がかりで必死になって剥がそうとしているのに、“手”はより強い力で男を締め付けていった。やがて男の動きがだんだん弱くなってきたのが見て取れて、アデライドは自分が震えていることに気がついた。その体をプルストが抱きしめて、男を彼女の視界から隠した。
その時バチリという音がして、男に絡みついていた手の周りに火花が散った。弾かれるように男から離れた手が、ビチビチと陸に上げられた魚のように暴れた後ポロポロと崩れて消えた。解放された男は牢の石作りの床に投げ出されて動かなくなった。
「えっ何…今度は何が起こったんですの…?」
「分かりません!手が消えました!」
レスポンスは早いが情報量ゼロの騎士の返事に当惑していると、コツコツという足音とともにここ二ヶ月で聞き慣れた声が響いた。
「契約魔法ですね。少し強引に干渉しましたが…上手くいってよかった」
背後から掛けられた声に振り返ると、ロワイエが立っていた。薄暗い地下牢でも、わずかな灯りを受けて美しい銀髪が怪しく輝いている。
「その男、今はまだ生きていますが、あれが続けば死にますね」
騎士が男の様子を確認したが気絶しているだけらしい。アデライドはホッとしたが、今はそれどころではない。
「何故ロワイエ先生がここにいるんですの…?」
「忘れ物を取りに来たのですが、あまり良くない気配がしたので辿って来ました」
タイミング的にありがたいことはありがたかったが、忘れ物ついでに他所のうちの地下牢に侵入する先生ってどうなのかとか、我が家の警備がザルなのかとか、何から指摘していいか分からなくなっているアデライドを他所に、ロワイエが厳しい表情でプルストに問う。
「プルストさん、貴方は何を考えているのですか?こんな所に幼い子供を連れてくるなんてどうかしている」
アデライドはプルストの返答を待たずに反論する。
「プルストは悪くありませんわ!彼は使用人で、わたくしが見せなさいと命令したのですから!」
「こんな子供の言うことなど真に受けてどうするのです。あなたに躾けられないのならば公爵閣下に報告する必要もありますね」
ロワイエはアデライドを一瞥もせずプルストの方だけを向いて話し続ける。
「ランベール・ド・ロワイエ!」
地下牢にアデライドの声がこだまする。
「この場で一番地位が高いのはわたくしでしてよ!」
叫びにも似た宣言を受けて、ようやくロワイエの視線がアデライドを捉えた。
「私がいなかったらあの男は死んでいましたよ。貴女は公爵令嬢である前にただの子供なのだから、大人の言うことを聞くべきです。それとも囚人が痛めつけられるのを見たいのですか?でしたらあまり趣味がよろしくないですね」
不快げに眉を顰める表情は授業中に見たものに似ていたが、より一層冷めていた。言い返したいと思っていたのに、相手の言うことにも理があってアデライドはどう言っていいのかわからなくなる。鼻の奥がツンとして、ただ出口を見失った感情がぐるぐる頭の中を回っている。アデライドなりに努力したつもりでも、結果としては今は人を殺しそうになっただけだ。彼女自身も自分はヒロインではなく、美しくもなく、優秀でもないという自覚はあったが、ただ他人を巻き込んで迷惑をかけるだけの悪役令嬢なのだとしたら、なんて愚かで惨めなのだろうかと改めて思わされる。
その時、彼女のそばにプルストがしゃがみ込んだ。
「ロワイエ先生。当家のお嬢様はいろんなことを放っておけない方なんですよ」
ロワイエがわずかに眉をよせ、アデライドもきょとんとして彼を見つめる。
「ご友人に危害を加えようとした男を放ってはおけなかったんですよね。怖かったですね…申し訳ありません。私が不注意でした」
「違うわ!あなたのせいじゃない。あなたのせいじゃないのに…」
アデライドにもわかる。不注意なのは自身だった。焦って聞きだそうとして、ロワイエがいなかったら男を殺してしまったかもしれなかった。その上プルストにも迷惑をかけようとしている。泣きたくないのに込み上げてくるものを抑えられない。18まで生きた記憶があるはずなのに、まるで本当の7歳の子供のようで情けなくなる。
「悪いのはわたくしだから!あなたを巻き込んだのもわたくしでしょう?!」
さっきの不気味な現象が契約魔法だというなら自分も同じことをしていると思い出した。他人を縛り付ける魔法の不気味さをアデライドはまざまざと見せつけられた。プルストだって同じだろう。
「そうですねえ…あれは強引でしたねえ」
プルストが噛み締めるように目を細めて言う。
「でも今はですね、お嬢様を支えていきたいと思っていますよ」
「うそ…」
「嘘ではありませんよ。もちろん、魔法でもありません。私の本心です」
プルストが手を広げたのを合図としたように、アデライドは彼に抱きついて泣き出した。
しがみついてくるアデライドの背をさすりながら、プルストがロワイエに語りかける。
「ロワイエ先生、お嬢様は確かにやや…すごく強引で突飛な行動をなさいます。私などでは御しきれないところもあるでしょう。ですから貴方のような方にお力添えをお願いしたいのです」
ロワイエはそんな2人を見下ろして、わずかに形のいい眉を顰めた。