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インダイレクト干渉

いつまでも地下牢にいる必要もないので場所を変えて話しましょうとプルストに提案されて、ロワイエも異論はなかったのだが、アデライドがプルストから離れなかった。ひっつき虫のようになってしまったご令嬢を「しょうがないですねぇ」と言いつつプルストが抱き上げた。応接室に通された後も離れないので仕方なくプルストもアデライドの隣に腰掛けて、ロワイエと向かい合う形になった。アデライドがボソボソとプルストに呟くのを彼がロワイエに伝えるというまどろっこしい方法で、先ほどの契約魔法に縛られた男を捕まえるまでの次第を説明された。


「なるほど、しかしご存知だとは思いますが、一度掛けた契約魔法は解くことは極めて困難ですので、あの男から情報を引き出すのは諦めた方がいいかもしれません」

そう言うと、アデライドはプルストの服に押し付けていた顔を少しロワイエの方に向けた。垂れ目がちな黒い瞳が不安に揺れているが、それを悟られたくないらしくぷっくりとした唇を引き結んでいる。


「契約魔法をかけた人間がいると言うことは、何者かに命令されて動いていたと言うことです。下手に警吏に届ければ始末される可能性があります。このままここに拘束しておいた方が色々と安全でしょうね」

アデライドの目を見ながら話しかけると、彼女はビクリとしたが頷いて見せた。


もしやこれは怖がられているのだろうかとロワイエは遅ればせながら察した。彼は自分が美形であることをよくよく知っていて、女性から無条件に好かれるという経験を重ねてきている。子供といえど、いや子供の方が無遠慮に容姿によって区別をしてくる。今まで無愛想にして女性に嫌われてきたこともなかったので、むしろ好かれすぎないためにわざとそうしてきていたが、いささかやりすぎたようだ。


ひっつき令嬢がポソポソとまた何か呟いている。

「これからご夫妻のところに向かいたいのですか?…では着替えましょうか。その間に先触れを出しますので」

ご令嬢がまだ張り付いたままじっとロワイエを見て、口を開く。

「先生、ご迷惑をおかけいたしました。でもこのことは他言無用でお願いしますわ。…お祖父様にも言わないでくださると嬉しいですわ」


ロワイエは元々公爵家内で知り得たことを漏らさないという契約を交わしているし、自分も好奇心に負けて警備の目を誤魔化してまで侵入しているという負い目がある。ここは仕事が楽な割に給料もいいのでもう少し続けたいという下心もあった。

「私も先ほどは分を弁えず失礼なことを申し上げてしまいました。お詫びとなるかわわかりませんが、私も同行ささせていただけませんか?魔術師としてお役に立てるかもしれません」


アデライドの顔がわかりやすく歪んだ。ロワイエも彼女の機嫌を取るために点数を稼いでおこうと思ったのだが挽回には手間がかかりそうだと自覚させられた。

「お嬢様、せっかくのお申し出ですので、ご一緒していただきましょう。先ほども助けていただきましたし、大丈夫ですよ」

ご令嬢は不本意さを押し隠すように「お願いいたしますわ」と言ってまた張り付いた。「お部屋までですよ。それからはご自分で歩きましょうね」と言ってプルストがまた抱き上げた。それを横目に見て、この2人は主従というより過保護な父親とその娘のようになっているがいいのだろうかと思いつつ、ロワイエも腰を上げた。




「なんだよ用もなくいきなり来んな。俺らは忙しいんだぞ」

「先触れは出したはずですわ!」

ベルナール・アランという男はダルそうな顔をして玄関に現れると、挨拶もなく失礼極まりないことを言い放った。

「ん?どうしたお嬢、目が赤いぞ見せてみろよ。…あれ?泣いたの?わがまま言って怒られたのか?」

「違いますわ!」

ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる相手から逃げようとしてアデライドが結局またプルストにしがみついている。

「ベルくん失礼だよ!お嬢様は心配してきてくれたんだからね!あ、どうぞお上がりください!」

奥からバタバタと音を立てて顔も体も丸っこい女性が現れ、ベルナールを片手で押しのけて一行を案内した。


「ふ~ん、それでわざわざ魔術師様まで連れてきてくれたってわけか」

一通りの説明を受けた後も不遜な態度を崩さないベルナールにジロジロと見られるも、ロワイエはこの手の反応には慣れていたので涼しい顔をして受け流した。

「せっかくだがよ、魔術師様の出番はないと思うぜ。ゴミを調べたり嫌がらせしたりするあたり、同業のスパイみたいなやつじゃねえかな」

たまにいるんだよな。そういう意味わかんねえ方向に頑張るやつがと、ベルナールがひとりごちる。


「ですが魔術で少しばかり罠を張ることは出来ますよ。今日はそれだけさせて貰おうかと同行しました」

ロワイエがそう告げるとベルナールは「ゲェ~」と不本意そうな声を漏らす。ロワイエはいつもこの手の職の、それも男からは本当に好かれない。だがアデライドが彼を希望のこもった瞳で見上げてきたのに気づき、点数稼ぎとしてはまぁまぁかと思えばそんな不快さは軽く無視できた。

「アランさん、公爵家であなたたちをお守りすると決めた以上、できることは全部させて欲しいですわ。ロワイエ先生にお任せ出来ることはさせていただきたいの」

アデライドが向かいに座るベルナールを説得しようとしている。先程からロワイエは気になっていたが、このご令嬢はなぜか平民相手でも対話して了承を得ようとしている。権力で従わせることも恩を売ることもできる場面なのになぜかそうしない。彼は地下牢でプルストが『ご友人』と表現していたことを思い出し、まさか公爵令嬢が平民と友誼を結べると思っているのだろうかと考えていると、ベルナールがアデライドを手招いた。


「それよりお嬢に見せたいものがある。ちょっとこっちこい」

急に真剣な表情をしたベルナールはアデライドが近づくと、白衣のポケットから何か取り出した。

「これこの間お前の手の平から取った微生物を培養したやつ」

取り出されたガラスのシャーレには小さめな手のひらの形に白いコロニーがぶつぶつと発生していた。

「なんですの!?それ今なんの関係がありますの!?」

「いいから見ろって、このフサフサしてんのが真菌。カビだぞ!」

「わたくしカビてなんかおりませんわよ!?あなたのミスではなくって!?」


一体何が始まったのかと呆然と眺めるロワイエの前で、依然2人はギャアギャアと騒いでいる。じゃあもう一回やるかと、白衣のポケットからまっさらな培地の入ったシャーレが出てきた。

「お嬢には世話になってるからな、出てきた微生物の種類を全部特定してやろうか~?」

「あなたお忙しいんでしょう!?そんなことしてていいんですの!?」

「新種の微生物を発見出来るかもだろ?そしたらお嬢の名前をつけてやるよ。嬉しいなぁ~?」

「何にも!嬉しく!ありませんわ!」

アデライドがジリジリと後退りながら悲鳴を上げる。

「プルスト!ペリーヌ!たすけて!この人おかしいですわ!」

茶を淹れる為に席を外した2人を必死に呼ぶ。慌ててやってきたペリーヌが、捕まって荷物のように持ち上げられたアデライドを見てベルナールに蹴りを入れるまで、この茶番は続いた。



茶番に付き合わされるのもうんざりしたロワイエが「侵入者用の罠を張りたいので、施設内の案内をしてほしい」と願い出たところ、俺が一番詳しいとベルナールが付いてきた。よりによってこの男と2人きりかとロワイエは軽く息を吐く。遠慮なくスタスタと前を歩く男が「こっちだ」と指示する先に歩いていく。よく使用するという実験室前の空間に魔術式の罠を張るロワイエを興味もなさそうに見ていた男がふと口を開いた。

「なぁ魔術師様。あのお嬢は大丈夫なのか?」

唐突な問いかけの意図が読めず「大丈夫とは?」と応じると、少し焦れたような様子で話し始めた。

「いやあいつおかしいだろ。ガキの癖に変な心配ばっかりしてねえか?」

作業を中断して視線を向けるとベルナールは続けて言った。

「最初は賢ぶっておかしなこと言いだすムカつくガキかなと思ったんだが、たまに来ると俺とペリーヌの顔を不安そ~に眺めてくんだよ。ありゃ一体何なんだっつー話」


そういえばとロワイエは初めて顔を合わせた時のことを思い出す。女性に初対面で見惚れられることには慣れていて気にしていなかったが、彼女の場合は今思えば見たくないものを見たとでもいうような様子だったかもしれない。

「私はまだお会いしてから二ヶ月ほどしか経っていないのでよくわかりませんね」

さして興味を持つべきことでもないと言い切ると、バカにし切ったような声が返ってきた。

「はぁ?二ヶ月もアレ見ててわかんねえの?初対面からバキバキにおかしいだろあいつ。魔術師様っつーのはやっぱり世俗とは感性があわねえみたいなもんかね」

「あなたこそ、図々しすぎるのではないですか?公爵家のご令嬢相手に今日見たような態度を常に取っているのなら問題ですね」

「仕方ねえだろ。あいつ弄ると面白えんだから」

反射的に敵意を返されたことを意に介しているのかいないのか、あっけらかんとベルナールは言う。


ロワイエとてここにきてさすがに気付かされた。あの子供はプライドが高そうに見せて常に人の顔色を窺っているし、ツンケンしていると見せて慣れた相手には非常に気安い。

「あのお付きのおっさんも最近甘やかすようになってきたけどさ、魔術師様ももうちょい注意して見ててやれよ。それが給料分の働きってもんだろ」

「…人にものを頼むなら名前くらい覚えろ」

ロワイエの呟きを聞いて吹き出したベルナールは「ちゃんと仕事したら覚えてやってもいいぜ」と答え、それに舌打ちが返ってきたことにまたひとしきり笑った。




後日、仕掛けた罠に反応があったので再びロワイエはベルナールの元を訪ねた。

「あ?あれ本当に役に立ったのかよ」

まじかぁ~すごいっすねぇ~と、わざとらしくベルナールが呟く。

「侵入されているのだからもっと危機感をもったほうがいいんじゃないですか。あなた方の命をも狙っている可能性があるんですよ」

「そりゃ無理っすねえ~見りゃわかるんじゃないですかぁ?」

そう言って視線をやった先には公爵家から派遣された騎士がいた。

「この間から俺とペリーヌは四六時中ずっとこれなんだよなぁ。影みたいにくっついてくんのよ。お嬢のおかげで王族にでもなった気分だわ…ところで今日はお嬢来ねえの?」

「教えると付いてきたがるので言ってません」

ふーんと納得したように見せたベルナールだが、ニヤッとした顔でロワイエに近づいてきた。

「お前お嬢にちょい嫌われてんだから、ちゃんと働いてるとこ見せた方がいいんじゃねえの?」

ロワイエが顔を顰めたのを見て、ギャハハと盛大に笑い出した。

「図星かよ!思ったよりモテねえんだな色男!」

「…いいから早く仕事させろ」

頑張って点数稼いでいけよと激励とも皮肉とも取れることを言われて、ロワイエはまた舌打ちをすることになった。


前回のように捕らえてもまた何も聞き出せなければ意味がないので、護衛の騎士は犯人をわざと逃していた。先日組んだ魔術式はこの場に侵入した人間を検知するもので、登録外の人間が入った場合は発光して周囲に知らせる。その後、罠を踏んだ人間の情報を記録する。今日はその記録を回収しに来ていた。この魔術は裁判で証拠として使われた実績もあると告げた時、アデライドの反応がすこぶる良かったので、ロワイエはその点には満足している。


「ほ~便利なもんだな。この間は急に床に這いつくばり始めるわ、その辺巻き尺で測り始めるわでびっくりしたがよ。引っ越してそんなに経ってねえのにリフォーム業者来たと思っちまったわ」

「証拠として使われる為には情報の精度が必要になる。その為には空間の参照範囲を厳密に設定しなければならないんだ」

不機嫌そうに答えるロワイエにを気にするでもなく、ベルナールは呆れたように言う。

「もっとこう実験室!とか、手っ取り早く研究所全体!とかで設定できねえの?お前らいつもそう言う感じだろ」

「そういう魔法もあるが…出来ない。この術式では」

「何でだよ?」

「そういう可変の範囲を設定すると精度が落ちるし、出力を上げて無理矢理使えるようにしても情報のフィルタリングが機能しなくなる」

「どういうことだ?」

「近所にある別の“研究所”の情報も拾って来たり、ここにいた数年分の人間の情報を集めたりして収拾がつかなくなる」

「ふーん…大変だなそりゃ」


ロワイエは持ってきた荷物からガラス瓶を取り出すと、その中身を床に撒き始めた。

「お?!なんだそれ!?」

「魔術師用の特殊な金属の粉末で魔術痕に反応して黒色を呈する。害はないから安心しろ」

白い粉が足跡の形に集まり黒くなっていくのを見て、ベルナールが「げぇ」と声を漏らした。形をなして黒くなった粉の上に、薄い半透明の紙を乗せてから剥がすと黒い粉がそのままの形で紙に転写されたようになった。それに同じ紙を重ねて崩れないように保存する。


「これで証拠になる。ここからいろいろと読み取れるからな」

「なにがだよ」

「性別、身長、体重に年齢。それから近くにいれば居場所も辿れる」

「ふーん便利だな…で、その魔術痕?とかいうやつ、まだあるみたいに見えるがどうすんの?」


犯人は随分慌てたようでたくさんの足跡を残していた。無数の黒い足跡を前にロワイエは溜息をつく。

「なるべく採取していく…」

「そうか、まぁ頑張ってくれや」

ふわっとした応援に応える気も起きず、ロワイエは黙々と作業を続けた。


こうしてロワイエにより採取された情報は、侵入者の背後にいる存在を割り出した。

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