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爆走公爵レディ&ゴー!WGN

「と、いう噂になっておるが…知っておられるか?」

「いや、ぼんやりとは聞いておりましたが、まったく心当たりもなく…なんでそんなことになってるんでしょうか?」


ヴォルテール公爵家の応接室では、当主のレオポルドとヴァンダム侯爵が深刻な顔で向き合っているが、話し合う内容は実にふわふわとしていた。


アルドワン領の眠れる資源を巡る噂は当事者たちを大いに困惑させていた。年明けにようやく帰国した後しばらくして聞こえてきた話に、ヴォルテール公爵レオポルドは慌てて確認して回ることになった。


「アルドワン侯爵も誰にもそんなことを話したこともなければ、そういった計画もないと言っておってなぁ」

「そうでしょうねぇ」


ほぼ真実のような顔で歩き始めていた噂は、当事者たる4つの家にとってはまったく心当たりのないもので、それぞれ寝耳に水という状態であった。


「この間ロワイエ伯爵とも話をして、アルドワンには人員を派遣して調査することにはなったが…」

「その資源とやらがあるかどうかすらわかっていないですからねぇ…。まぁ、うちからも息子をやりますから使ってやってください。警備くらいは出来るはずです」

「いやいや、ありがたい。心強いですな」

「しかし本当になぜこんな話が出てきたのか…それぞれ特に接点もないでしょうに不思議です」


そのときコンコンとドアがノックされ、公爵が許可するとひょこっと少女が顔を覗かせた。

「ヴァンダム侯爵様、お祖父様、お話し合いの最中に申し訳ありませんが、お茶とお菓子をお持ちしましたわ」

「こんにちはアデライド嬢。お気遣いありがとう」

最近レリアの元をよく訪ねてくるため、ヴァンダム侯爵とアデライドは顔見知りになっていた。

「おや、今日はアディが手ずからもてなしてくれるのかい?」

「はいお祖父様。是非召し上がっていただきたいお菓子がありますのよ」


アデライドは自分でティーワゴンを押して、お茶とお菓子を運んで来ていた。それをテーブルに並べていく。


「ヴォルテール領で長期保存されたリンゴを、アルドワンのパティシエの方にケーキにしていただきましたの」

「ああ、アディがはじめたというケーキのお店の商品かな?」

「そうなんですの!アルドワンのマディ…マドレーヌ様が、お互いの領地の産物を使って何か作りましょうと仰ってくださいましたの」

祖父の言葉にうれしそうに笑って喋り出す少女の様子は微笑ましく、ヴァンダム侯爵も笑顔で見守っている。


「レリア様やランベール先生にも試食していただいたのですが、好評でしたのよ。是非お試しくださいまし」

その言葉に引っ掛かるものを感じた二人をよそに、アデライドはもう用は済んだとばかりにトコトコと出て行ってしまった。


閉まった扉を眺めながら彼らは悟る。”接点”はスカートを履いて歩きまわっており制御はできないのだと。




「厄介だ。勘弁してくれ」

それがアルドワン侯爵バジル・ド・アルドワンの正直すぎる感想だった。

“働いたら負け”が彼の人生の信条である。父が死んで爵位を引き継がされて以降、出来る限り何もしない方法を模索してきた。いろんな人間に仕事を割り振って責務を分散することでそれはある程度達成できていた。


だが、隣の領のやたら見た目のキラキラしい一族が「魔獣の森がどうこう」としつこく言ってくるのには辟易としていた。なんとか会わずに済むようにする手段として、“身分差にブチギレる”という手法を編み出した。昔演劇か何かで見たのを真似したのだが、初めての演技を必死でやったせいか謎の説得力が発生して思ったより上手くいった。この成功により、いつからか”キレて誤魔化す”は彼の常套手段になっていた。


避け続けていたキラキラ一族のトップとは愛する娘のために会うことになってしまったが、娘が連中の中でも一際キラキラしたそいつを嫌ってくれたおかげで縁談も御破算になり彼にとっては大満足の結果となったはずであった。


今度は娘の様子がおかしくなった。領主の仕事についてやたらグイグイ追及してくるようになった。極めつけには「私が侯爵を継ぎます」と言い出した。娘には格好をつけたいので厳しい顔をしてみたが、「孫の誕生を待つより早く引退できるくない?」という心の声が甘く囁いてきた。夢にまで見たFire!早期引退リタイア!

そんな盛り上がりを見せていた彼にとってはなんとも都合の悪い噂が流布されてしまい、冒頭の感想に繋がるのであった。


このせいでまたキラキラ野郎と縁が出来てしまったのはまだいい。今度はあのヴォルテール公爵家などという、無下にしたら握り潰されそうな相手と折衝しなければならない。ああなんて面倒な、と彼は自領の境遇を呪うのであった。





一方で、当事者の一人であるランベールも困惑していた。

「このドア開かないからさ、もういっそ壊そうかと思ってた。このタイミングでお前が来てくれて助かったよ」

「機密があるから関係者以外は入れないようにしてある。忙しいから帰ってくれ」

人好きしそうな笑顔で物騒なことを言う青年に、ランベールが渋面で対応する。


「なにそれ?つれないな。しばらく連絡してなかったから怒ってる?」

「連絡なんぞしてこなくていい。いや一生してくるな」

「同窓会にも来ないからみんな心配してるのに…ってそろそろどこかに座らない?お前と話したいことがあるんだ」


大学の研究室に続く廊下の、指紋認証がついた重厚な扉の前で、二人は立ち話をしていた。仕方ないという顔でランベールが案内したのは、廊下の脇に設けられたただ椅子がいくつかあるだけのスペースだった。


「殺風景だね。お茶でもしたかったんだけど」

「アルドワンでやる調査の件か?」

「せっかちかよ…うん、そう。俺も参加するよ」

「なぜ?」

「なぜってさぁ、う〜ん、ほら、何か出たら国益に繋がるだろう?だから魔法省としてはね、協力を申し出たいんだよ」

「協力」

「うん協力。同じ国に住むもの同士助け合わなくちゃね」

背もたれに寄りかかって足を組み替える仕草と、口にする言葉の噛み合わなさに、ランベールは久々に会った青年が自分の勘にさわる彼のままで有り続けていることを確認した。


「昔からの友達と仕事出来るとか俺は嬉しいんだけど、お前は何か言いたそうだ」

「実質王家からの監視だろう?それがお前とかタチの悪い冗談でしかない」

「関わりがないとは言わないけど、王家とウチはそこまでべったりじゃないよ。誤解さ」

「わかった。用件は聞いた。じゃあな」

用は済んだと腰を浮かすランベールを青年が止める。


「だからせっかちすぎるって。ここからが本題。お前に会いたいって子がいるんだよ」

「会わない」

「ひっど。話だけでも聞けよ。あの天使サマのご要望に添えないとなったら、俺が実家で立場無くすって」

「知るか」と吐き捨てるランベールを無視して、青年は話し続ける。


「俺のウチさ、親父が後妻さん迎えただろ。その人が生んだ俺の異母妹なんだけど、その子がお前を紹介しろってさ…って、そんな嫌そうな顔する?」


大学構内の廊下は人の気配も話し声も少なく、カラカラと遠くから機械のような音が聞こえるだけだ。ランベールが全身で拒絶反応を示すのをどこか面白そうに眺めた青年は、イタズラっぽく笑って呟く。


「それとも、もう“公爵令嬢(リトルレディ)”はお腹いっぱい?噂通りお前の趣味が学生時代と変わってるなら、ウチの天使サマでもいいかなって思ったんだけどさ」

「そういう冗談は笑えない」

「そう怒らないでよ。俺がセッティングするから、顔を立てると思って空いてる日を教えて…あれ?何か近づいてきてないか?」


先ほどからカラカラと微かに聞こえていた音が、ガラガラと耳障りな大きさで響きはじめた。バタバタと走るような音まで付随し始め、工事の予定でもあっただろうかとランベールも訝しみ始めたとき、すぐ近くの廊下を何かが駆け抜けた。それを目にした瞬間、ランベールは椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、廊下に飛び出した。


「何をしているっ!止まりなさい!聞こえないのか!…アデライド!!」

爆音の正体は、ティーワゴンを押して全力疾走する公爵令嬢であった。




「で、あなたはいったい何をしていたんですか?」

ランベールに捕まってティーワゴンの横でしょんぼりしているアデライドは、彼の顔色をチラチラと伺いながら話し始める。


「あの…年末にですね、我が家の大掃除をしまして、不用品がたくさん出ましたの。今日はそれを大学に寄付するために伺いましたわ。このワゴンもその中のひとつでして、事務局の方に許可をいただいてこちらに運んで参りました」

確かに高級そうだが年代物であるマホガニー製のワゴンには“備品管理番号19406“という大学職員が貼った紙が付いていた。


「それで、なぜ、廊下を、走ることになるんですか?」

「古いものですので耐久テストをしてみようかなって…」

「なるほど。本当は?」

「う…誰もいない長くてまっすぐな廊下を見たらなんだか無性に走りたくなりましたの。あの、でもですね!この子作りがしっかりしてて、キャスターが大径で抵抗も少ないからスピードを出しても車体は安定するのが分かりましたわ!」


なぜか誇らしげに胸を張る教え子を見下ろすランベールの目は座っており、ワゴンをアデライドの手の届かない自身の側に引き寄せる。


「わかりました。こちらはありがたく使わせていただきますが、あなたは今後触らないように」

「えっ、なぜですか?わたくしのビンテージマホガニーXTO…」

「廊下を走って誰かにぶつかったら?怪我をさせてしまうでしょう」

「あっ…」

「あなたが転んで怪我をしても、下手をすれば大学の責任になりかねません。あなたはそういう立場のある人間だと自覚してください。ここに来れなくなってもいいんですか?」

顔を青くしたアデライドが「嫌です…」と呟く。


「ここでは機密の関係で従者の方は立ち入りを遠慮してもらっています。だから開放感があるのはわかりますが、浮かれず慎重に行動しなさい。分かりますね?」

「はい。申し訳ありません。ランベール先生…」

小さくなって謝るアデライドは、パチパチという拍手の音に驚いて顔を上げた。


「ははっ、意外だよ。本当に先生みたいじゃんランベール」

拍手する青年と、ランベールを交互に見て、アデライドはスカートをつまんで膝を折る。

「はじめまして。わたくしアデライド・ド・ヴォルテールと申します。ランベール先生のご友人の方でしょうか?」


挨拶しながらも、青年の見た目にアデライドは内心恐れ慄いていた。金髪ツーブロで浅黒く焼いた肌をして、顎髭をちょいと生やし、がっしり目の体躯にイカついアクセサリーを付けている。ゆるっと着ているがロングコートとワイド幅のパンツは生地感が高価なもののそれで、見る限りどの時代のアデライドにも馴染みのない界隈の人間だった。


そんなオタクの対義語みたいな存在の青年は、大きめの口でニカリと笑って見せた。

「ご挨拶が遅くなりましたレディ。私はユベール・ド・リール。一応公爵家の長男ですが、今は一介の魔法省の小役人です」

「リール公爵家の…」

「うん。あなたにはクリスティーヌの兄と言った方がわかりやすいかもしれませんね。…似てないって思いました?」

顔を覗き込まれてビクッとしたアデライドを、ランベールが背に庇うようにする。


「近づくな。アデライドお嬢様が怯えているだろうが」

「また決めつける。そんなことないでしょ?ああそうだ、この子も呼ぼうか。きっと楽しいよ」

「だから!行かないと!言っているだろう!耳もどうかしたのか?アデライドお嬢様を巻き込むな」


頭の上で交わされるギスギスしたやり取りをしばらく眺めたアデライドが遠慮がちに口を開く。

「あの〜積もるお話もあるようなので、わたくしはお先に失礼いたしますわね」


どさくさに紛れてティーワゴンを持って行こうとするアデライドをランベールが体を壁にして阻止する。

「私ももう行きます。って、やめなさい!なんですかその執念は?」

「モーリスさんたちとぉ、お茶の時間をお約束しておりますのぉ、もう走りませんから返してくださいまし」

「ダメです」

ランベールに妨害されながらもその脇からアデライドが手を伸ばしてジタバタしている。それを見てユベールが何か納得したように頷く。


「うん。お茶が良いな。また連絡するから。二人ともじゃあね」

ユベールが立ち去ったことにも気づかないのかもうどうでもよくなったのか、その後も二人はモーリスが様子を見に来るまで揉め続けていた。









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