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普通の悪役令嬢と、誇張しすぎた悪役令嬢

その日アデライドは不意に引き出しから真っ黒になった魔法契約書を発掘した。

かつてプルストを縛り付けるために作ったそれは、魔法の濫用であるとランベールにブチ怒られる原因となったもので、自身への戒めとして保管していた…という殊勝な理由ではなく、手放して何か起こったらと思うと怖くて仕舞い込んでいただけだ。今思えば記憶を取り戻したばかりの頃はテンションが高いばかりで思慮が足りておらず、迷惑と黒歴史を拡散していた。だがしかし、あの向こう見ずな情熱を失っていいのかと、真っ白なノートを眺めながらアデライドは考えた。


「わたくしは悪役令嬢のはずですわ」

「何ですかそれ?」


近くにいたパメラがアデライドの呟きを拾って疑問を投げてくる。


「パメラには…わたくしの専属侍女となったあなたにだけは知っておいて欲しいのですけど、わたくし悪役令嬢なんですの」

「えっ?」

「なのに最近はそれにふさわしい振る舞いが出来ておりませんでしたわ!」

「そうなんですか?」


急にいきりたったアデライドにパメラが唖然としている。


「今日は新規軸ですね!何をいっているのか全然意味がわからないですけど、そこがお嬢様っぽいなって思います!」

悪役(わたくし)っぽいならヨシ!ですわ!」

「えー…?」

しっかり聞いていたポールが音もなく横からシュバって口を挟む。新規を置き去りにした古参ノリに、パメラは戸惑いながらも提案する。


「悪役ですか…うーん、じゃあその宿題をやるのをやめますか?」

「エッ、それは、なんか違うかなって…」

「ロワイエ卿、サボりには厳しいですもんね」

「ヒエ…」

思い出してプルプル震えながらペンを走らせ始めたアデライドをよそに、侍女と護衛の現状分析が始まる。


「たぶん逃避行動ですよ。この間お姉様方に囲まれて涙目になってましたから」

「お茶会疲れかな…じゃあ、ちゃんとケアしないとですね」

「言ってること結構ヤバいから心配にはなりますね。割といつもですけど」


お前が言うなとツッコむ時間も惜しんでアデライドはペンを走らせる。授業がはじまるまであと1時間。






その頃、リール公爵家ではクリスティーヌとミシェルが向かい合ってお茶を飲んでいた。


「ねぇクリス、体調はどう?」

「うふふ、大丈夫よ。ミシェルは本当に心配性ね」


ミシェルはティーカップを傾けながら上目遣いに観察するが、彼女の顔色はそれほど良くなっていない。彼はここ数ヶ月、地道にアデライドに聞いたことなどを試しているが、目に見える成果を上げていなかった。

彼とアデライドの手紙のやり取りは今も続いており、筆マメだったらしい彼女からは健康に配慮したレシピがモリモリ届く。試すうち、いたずらにミシェルばかりがツヤツヤになっていき彼の親族は喜んでいる。最近は産地特集とか、室内で出来る健康体操とか、主婦のための情報紙もかくやという内容になってきて、母や祖母の愛読書になりつつあった。


そのとき音もなく執事服を着た褐色肌の美しい青年が現れ彼女の耳元で何事か囁くと、クリスティーヌは思わずといったように口に出した。


「えっ、これからラファエル王子がいらっしゃるの?」

「そのようです。今日は先触れがあっただけまだ良い方ですが、すぐに到着すると思われます」

「困ったわ…私そんなつもりはないのに…」


ラファエル王子がこうしてクリスティーヌのもとを訪れるのは珍しいことではない。王子は彼女を妃に迎えるつもりでいるのだろうと、周囲は皆認識している。傍目にはお似合いのうえに仲良しなのだが、こうして彼女はミシェル等にはそのつもりはないと言う。

「私は殿下にはふさわしくないもの」そう言う彼女に「そんなことないよ」と答えるのがいつものルーティンだ。実際に身分も能力も彼女と彼は釣り合っているとミシェルは思う。


「…もう到着されたようです」

やはり音もなく現れたメイド服の美少女が報告すると、褐色肌の執事が舌打ちをする。客前であるとか王子に対してその態度はどうなのかなどと違和感を覚える感性をミシェルはもう失っていた。彼らはクリスティーヌ以外にはいつもこのような対応であった。


スラム街を訪れた彼女がそこで困窮していた彼らを拾い雇用したとミシェルは聞いている。だからかクリスティーヌ以外には彼らの忠誠心は向けられない。これは彼女の優しさを表すエピソードであり、なぜ公爵令嬢がスラム街に行くのかとか、なぜ出自の知れないものをそば近くに置くのかとか、そんなことは誰も気にしない…こともなかったが、ミシェルは受け流すことに慣れてしまっていた。


「クリス!ああ、ミシェルもか!元気そうで安心したよ」

ラファエル王子が侍従を振り切るような早足でやって来て、ホッとしたように笑顔を見せる。

「また倒れたと聞いたときは本当に肝が冷えたよ」

「ご心配をおかけして申し訳ありませんわ」

「民の生活を思い遣る君の姿勢は素晴らしいと思うが、まず自分を大事にすべきだ」


王子は自分で引いた椅子に腰掛け、クリスティーヌの手を握った。それに彼女が頬を赤らめると、彼はハッと気がついたように手を離し「すまない」と呟いた。頬を朱に染めて俯く2人を、スラム街出身の腹心2人は苦々しげに、他の使用人は和かに見つめている。

「と、ところで、ベラは元気かしら?」

そして甘い空気から流れるように、彼女から急に話を振られる。ここまでもいつもの流れだ。


「イザベラ・ド・ランジュレ伯爵令嬢か。リール公爵家とかの伯爵家は、事業で提携しているのだったな」

必要以上にわかりやすく王子が口を挟む。

「ええ、新しい事業を起こせば民の生活が豊かになりますもの」

「また君は。本当に民のことばかりだな。だが君のそういうところが私は好…」

「えっ?」

「あっいやその…私も、君と共に民を幸福に導く王になりたいものだなと」

「まぁ!ラファエル殿下ならきっとなれますわ」

「そ、そうか…」


ラファエルからのプレ・プロポーズみたいなセリフが軽く流されるのもいつものことで、やはりスラム街出身の腹心2人は苦々しげに、他の使用人は和かに見つめている…ばかりではないようだ。王子の従者メレスは無感情を顔に写しながら進言する。


「恐れながら、本日は早めに戻られた方がよろしいかと」

「問題ない。黙っていろ」

命令通りに黙ってしまった彼に、ミシェルばかりが不安に駆られるが本人たちはどこ吹く風だ。


「ところでその、今日の装いも美しいな」

なかなかめげない王子のアプローチにクリスティーヌが笑顔になる。

「ええ、私の商会で作ったドレスです。お茶会などで宣伝するために自分でも身につけているんですよ。ベラやジョゼにも着てもらっていてとても華やかなのです。夜会用に王太子妃様にも誂えさせていただきましたのよ」

「ああ、聞いているよ母上も君が王宮に来るのを楽しみにしている」

「まぁ!…ですが、王妃様は、あまり私をお望みではないようで…」


クリスティーヌの表情が曇り、苦々しげに王子が吐き捨てる。

「ヴォルテールのあいつがお祖母様に取り入っているそうだな。聖女祭の晩餐会にまで出しゃばって図々しいとしか言いようがない」

「アデライド様…そんな傲慢な振る舞いは身を滅ぼしかねないのに…誰かお止めにならないのかしら」

「狡猾で抜け目のない奴だからな」


そうだろうかと、ミシェルは疑念を抱く。近頃は自分より先にアデライドからの手紙を読んでしまう母や祖母が、「礼装やバッジを慌てて用意したそうよ。間に合ってよかったわよねぇ」とネタバレしてきたことを思い出す。

彼女にはあらかじめ母達も読むことの了承を得ている。それなのに公爵家内のドタバタ劇を書いてよこすアデライドのことを、ミシェルは結構うかつな人なんだなと確信し始めていた。


「あいつは我が国の誇るべき魔術師であるロワイエ卿も金で縛りつけている。あの素晴らしい頭脳にあんなやつが纏わりついて時間を浪費させるなど、国家にとっての損失だ!ミシェルもそう思うだろう?」


急に話を振られて思考の底に沈んでいた彼は「ふえ」と呟いてしまった。それをYESと捉えたらしい王子の独演が続く。


「あの者はただロワイエ卿の見た目に懸想しているだけで、その真価を全く理解出来ていない!そんな軽薄な欲望のために崇高な学術の発展が邪魔されるなど許されるべきではないんだ!」


ロワイエ卿というのはアデライドの言うところのランベール先生という人だろうとミシェルは察する。


「ご、誤解なんじゃ…ボクにはそんな風には見えなくて、その…」

「ミシェルは純粋だから理解できないかもしれないが、色欲のままに愚行に及ぶ人間というのもいるんだ」

「し、しきよく…?」


次に会うときは先生に怒られると、手にしたタマネギと一緒にふにゃふにゃになっていたアデライドの姿を見ていた彼は、確かに愚行っぽいものの一端は目にしたがあれが色欲からのものだと言われれば違和感しかない。


「アデライド様にその方を解放してくださるように働きかけてみましょう。きっと私たちで誠心誠意説得すればわかってくださるわ」

「クリス!君がそう言ってくれると心強いな」


何か絶対に誤解があるとミシェルは狼狽えたが、きっと聡明な2人のことだから彼女と話し合えばわかってくれるはずだと、このときは楽観的に考えて口をつぐんでしまったのだった。






「お嬢様、大丈夫ですか?」

「今日も絞られたみたいですね」

授業が終わった後、アデライドは机に突っ伏していた。宿題の完成度も授業の理解度もすべていまひとつで、今日もランベールに詰め寄られる羽目になり疲れ果てていた。

「…わたくし悪役令嬢のはずですのよ」


「あっ、その話続いてたんですね…」

「ずっと気になってたんですけど、自分で令嬢って言うのはアリなんですか?」

アデライドの呟きに見守っていた侍女と護衛がそれぞれの感想を口にするが、目の座った彼女はあさっての方向に主張を始める。


「悪役令嬢はだいたい頭脳明晰で気が強くてスタイル抜群できつめの縦ロール美人で商売繁盛してて婚約破棄されるんですの」

「ビックリするほどお嬢様と共通点ないですね!」

「じゃあ形から入りますわ…」

「えっと、お嬢様の髪質はクセがつきにくいですから、縦ロールにされるならかなりお時間をいただくと思います」

全ての発言をあっさりと否定されてピクピクと眉を動かした彼女は「だったら精神だけでも近づけますわ!」と言って立ち上がった。


「オーホホホ!わたくし悪役令嬢ですのよ!魔法チートどころか授業の復習が追いつかなくて怒られましたし、自前の商会もないし、内政チートもありませんし、婚約破棄どころか婚約者もおりませんが、悪役令嬢ですのよー!これはざまぁですわね!…わたくしが?これはわたくしがざまぁされてるのかしら…?」


ストレスからか、ただの悪役令嬢モノマネを始めたアデライドを前に2人が取った手段は、ただちにこの危険物の取り扱いに慣れた責任者のプルストを呼びに行くことだった。







「本日、王太子殿下が静かの森の管理権をアルドワン侯爵単独とする決裁をされました」

王宮に戻る馬車の中でメレスは出し抜けにそれだけをラファエル王子に告げた。

「またそれか。以前に聞いて知っている。私が別に構うことではないだろう」

明らかに鬱陶しいと態度に表す王子に、メレスは「それは申し訳ございませんでした」と返す。


構うに決まってんだろうがよ!

と、表面的には平静を装っていたが、メレスの心の中のリトルメレスは大暴れしていた。


管理権を放棄することは、静かの森から得られるあらゆる資源を手放すということと同義になっている。管理を委譲されていたリオット伯は高齢であるし、彼には面倒しかなくさしたるメリットが無いので都合がいいだろう。だが王子、オメーはダメだろ。


近頃あの近辺の動きが怪しい。アルドワン候とロワイエ伯が接近しているうえ、その背後にヴォルテール公の影があると噂になっている。常に中立であったヴァンダム候がヴォルテール側につく動きを見せていることも併せて、何かがあると貴族社会のみならず新興の金持ち連中までざわつき始めた。


静かの森とあの周辺の地域には資源が眠っているというのは以前から言われていたことだったが、魔獣の影響で手がつけられていなかった。だがヴァンダムの騎士達の力と、ヴォルテールの財力でそれが暴かれるのでは無いかと年末から噂で持ちきりになっている。


そんな宝の山かもしれないものを、このタイミングでみすみす手放すなんて、何かの密約の上でない限り正気の沙汰とは思えないが、多分何も考えてないんだろうなとメレスには分かってしまうのだ。


やっぱりここは泥舟かなぁと、職場に対する帰属心を欠いた青年は、転職への思いを新たにするのだった。


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