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よく舐められた子熊

その日、レリアは呆れたように少女を見下ろしていた。

レリアの濃いブラウンの髪とヘーゼルの瞳は弟と同じ色だったし顔立ちもよく似ているため、一見するとエドガーの女性版のようだが、目を眇めた厳しい表情は彼女独特のもので、その気の強さからくる迫力のようなものがとても美しい。と、そんなことを見下ろされた少女、アデライドは考えていた。


「確かに言ったよ。いつもワインで煮詰めたみたいな色の服ばっかり着るのやめなって。私がさ」

「ボルドーといいますの。公爵家の色ですわ」

「いや知ってるし。で、そのボルドーをやめたのはいいよ。でもさ、今度は全身茶色ってどういうこと?なんなのあんた?それもう熊だから!子熊令嬢!」

「こぐま…それは可愛らしいですわ。ありがとうございます」

「褒めてないし!何で嬉しそうにしてるの?!もう、ほんと意味わかんないし!」


ぽんぽんと矢継ぎ早に紡がれるレリアの厳しい物言いに、アデライドがおっとりと返す。なかなか自分の言葉が響かない相手に対してレリアが苛立ったように言い募る。


「見た目は相手に与える最初の印象だよ。つまり先制攻撃なの!そこで舐められたら不利になるでしょ!」

「えっと、熊なら強そうですし…」

「は?!あんた森にでも住んでるの?社交界は森の動物たちのお楽しみ会じゃないんだからね!」

「まぁ、それは絵本みたいで素敵ですわ!レリィお姉様は可愛らしい例えがお上手ですのね」

「ああーー!もう!なんなのこの子!あんたそんなんだっけ?」


公爵家でのパジャマパーティーから間を置かず、今度はレリアがアデライドをヴァンダム侯爵家に招いていた。たとえ恨まれても鬼教官の如く厳しく指導してやろういうレリアの思惑は、なぜか最初から空回りしていた。


「マディお姉様が、レリィお姉様はお言葉が厳しい時があるから誤解されがちだけど、とても優しくて可愛らしい人だと仰っておりましたわ」

「あー、信じちゃったんだそれ。そんなこと無いよ〜、特にあんたみたいなのにはね」

「あと少し天邪鬼だとも。本当にその通りですのね」

「あ゛ぁ゛〜〜!なんなのほんとに!」


この手応えのなさすぎる現状の陰には親友の裏切りがあったことを知り、レリアは呻き声をあげるしかなかった。



「あーもうなんでもいいわ。でもね、あなたのその服はナシ!あなたの歳でそれはスカート丈が長すぎる!装飾が少なすぎて貧乏くさい!色も形もダメ!とにかくやばい!地味にしすぎて悪目立ちするの!」

「まぁ…」

怒涛のダメ出しがようやく響いたようで、アデライドも落ち込んだような声を出す。

「目立つのは避けたいですわ…どのようにすればよろしいのでしょうか?」

「とにかく流行りの色を着る!今はパステルカラー系がいいんじゃない?この中で好きな色とかないの?」

「あっ、この色が素敵ですわ」


レリアが出した明るいパステルカラーの並ぶ布見本からアデライドが真っ先に選んだのは、紫だった。彼女は昔から好きな色を選んだだけで他意はない。だがレリアはどこかの伯爵が持つ稀有な瞳の色が頭をよぎり、ウッと顔を顰める。


「そんなに好きなの…?なんで?」

「えっ、とても素敵だと思ったのですが…」

「あなたには似合わないから。諦めなさい」


ダブルミーニングなレリアの真意は当然アデライドに通じることはなかったが、「確かにこれはブルベ向けですわね」と彼女は納得した。アデライドはパーソナルカラー診断の結果で服装に縛りを加えるタイプだった。


「これにすれば?」とレリアの指がピンクの布に向かう途中で「無理ですわ」とアデライドが遮った。

「その…わたくしはレリィお姉様のように美しくはありませんし、こんな華やかなお色は似合いませんわ」

俯いて小さな声を出すアデライドに、ここぞとばかりにレリアの沸点の低さが発揮された。


「なに湿った子熊みたいな顔してんの!あんたにはあんたの良いところがあるんだから、似合うかなんて合わせてみなきゃわかんないでしょ!?」

「ホントにそうです!もっと言ってください!」


急に口を挟んできたのは、レリアより少し年下くらいのお仕着せを着た少女だった。彼女はハッと口を押さえて「差し出がましいことを…大変申し訳ございません」と頭を下げた。

「パメラ…!あの、この子はつい先日勤め始めたばかりの侍女ですの。申し訳ありません」

顔を青くするアデライドとその背に庇われた侍女を、レリアは「ふーん」と言って眺める。


「ねぇ…パメラ。あなたこの子の服どう思う?」

「えっそのシンプルすぎるというか…地味です」

「変えたい?」

「…出来れば」

「じゃあ、協力しなさい」

「はい、よろこんで!!」


あっという間に自分の侍女が飼い慣らされたことに驚くアデライドを他所に、レリアとパメラはドレスの色見本とデザイン画を漁り始めた。





客人だけを室内へ残し廊下に出たレリアは、そこで兄と鉢合わせた。

「うわ、立ち聞きしてたの?怖いんですけど」

「様子が気になったからな」

冗談で言ったことを真顔で肯定されて、レリアは心底驚いた。


ヴァンダム侯爵家の理想を体現する兄エミールは、不言実行・公明正大・質実剛健という、レリアから見れば面白みに欠ける人間だった。

「そのお兄様が…女子の部屋をのぞき?!」

「滅多なことを言うな。お前はいつもそうだな」


ほとんど表情は変わらないが、機嫌を損ねてはいるらしいエミールがポツリと漏らす。

「エドガーが落ち着かないから代わりに様子を見にきたんだ」

「あいつが落ち着いてる時とかないでしょ」

「まぁそうだが…そうじゃなくてな。お前がヴォルテール公爵令嬢をいじめてるんじゃないかと思っているらしい」

「は?なにいってんの?バッカじゃないの?そんな事するわけないでしょ!」

「いや、お前は彼女をあまりよく思っている様子もなかったからな」

言いづらそうに目を逸らす兄の様子にレリアが勘付く。


「もしかして…お兄様までわたしのこと疑ってる?はぁ?信じられないんだけど!この私があんなすぐにプルプルぷうぷうする子熊をいじめて何のメリットあるの?教えてよ具体的に!…は?答えられないの?なんでですかぁ〜?ひょっとして脳味噌まで筋肉になっちゃいましたぁ?まさかそんなことないですよねぇ?普通に頭使って考えてくれませんかぁ〜?」

「あぁ、こうなるよな、うん」

口数に勝る妹のラッシュに晒されて兄はただ項垂れている。そのときドアが開いてアデライドがそっと顔を覗かせた。


「あの、大きなお声が聞こえましたけど、どうかされまして?」

「ほら!お兄様のせいで子熊が出てきちゃったでしょ!せっかく冬眠してたのに」

「冬眠はしておりませんが…」

それは俺のせいなのかと萎れているエミールとアデライドの目が合う。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんエミール様。本日はレリィお姉様にお招きいただきましてお邪魔しております」

「…れりぃ…お姉様…?」

「お兄様、スパッと挨拶くらい返す!」

面食らった様子のエミールに尚もレリアのジャブが入る。

「ああ、いや、こちらこそ…ごゆっくりお過ごしくださいヴォルテール公爵令嬢」


「ほら子熊。のぞきムダ筋肉は放っといてさっさと続きやるよ」と、レリアはアデライドを伴って部屋のドアを閉じてしまった。エミールがトボトボと居間に戻ると勢揃いしていた家族が詰め寄ってきた。


「ねぇねぇ大丈夫だったかしら?あの子、もう小姑みたいなことしてるんじゃない?ご令嬢が将来に不安を感じたりしないかしら?」

「まじでやばいし!姉ちゃんがブワァーッてきたらぁ、オレでもぉ、えっぐってなってぇ、ガチめにだっるぅ無理ってなるからぁ、あいつトロいし、オレ助けないとやばい!だからぁ、行くし!」


勝手にしゃべくる母と弟にさらにうんざりしたエミールは「…大丈夫そうだった」とだけ答えて、いまにも走り出しそうな弟の襟首を掴んだ。今日はもう誰のおしゃべりも聞く余裕のなくなった彼は、弟を持ったまま鍛錬に向かった。





ひと通りのダメ出しと今後の服装の確認で、子熊令嬢の今日の研修は終了した。


「あんたが見れる格好になったらうちのお茶会や食事会に参加してもらうからね」

「まぁ…ありがとうございます」

「そこでもビシビシ行くからね!覚悟しなよ!」

「はい!!」


次からはOJTかとアデライドは遠い目をする。


「ところでさ、あなた聖女祭はどうするの?」

「そちらですが、急に公爵家の名代として王宮に参内することが決まりまして…わたくしで務まるかと、今から気が重くて」

「えっ?」

「それに実は今朝方、当家の保管庫から女性用の礼装や装飾品が無くなっていることが判明しましたの。ねぇパメラ?」

「はい、それでお父さ…父がいま代わりになるものを急いで探し回ってます」

「はっ?」


祖母が表に出なくなってから、長らくヴォルテール公爵家の女性が王国の行事に参加することはなかったし、ここ数年は家内の女主人すら不在の状態が続いている。そのため管理がされていなかったようだ。


公式な式典に参加する際には公爵家の一員であることを表すバッジと、王家から高位貴族の誕生時に贈られる勲章を付ける慣例がある。巻き戻し前は王子と婚約していたので王家の記念勲章をつけていたから気に留めたことがなかったが、アデライド用のそういう装備が一切合切存在しなかったようだ。


「それじゃ式典用の小物は?アクセサリーとか…そもそもドレスは?」

レリアの問いにアデライドがパメラを見る。新人の侍女は「ええと、無い…ですね」と目を泳がせる。

「あと2週間ちょっとだよ?!何やってんの?!」

そう叫ぶとレリアは先ほど作ったデザイン画の中から1枚を選ぶと、それとアデライドの手を握って部屋を飛び出した。






それからはあっという間だった。ヴァンダム侯爵家に紹介してもらった職人に大急ぎでドレスや小物を誂えてもらった。それにプルストがヘロヘロになりながらもどこからか用意してきたバッジを、これも急遽拵えたリボンタイと共に付けて、アデライドの礼装が完成した。


「ヴォルテール公爵令嬢、お手を」

聖女祭の日、アデライドの隣でエミールがエスコートをする。エスコート役の伝手がなく、ランベールに頼もうかと言い出したアデライドにレリアが慌てて兄を差し出したのだ。

女児の相手は慣れないのか身長差に苦戦するエミールに申し訳なさを感じつつ、2人揃ってバキバキに緊張しながら王宮に赴いた。


夕方から大聖堂で礼拝をし、その後王宮で晩餐会をし、深夜にまた礼拝をする、というのが本日の貴族たちのスケジュールであった。子供は普通夕方の礼拝だけで帰るが、今回は公爵家の名代として晩餐会までの参加となった。夕方の礼拝を終えて晩餐会を待つ間、控え室となったホールは貴族たちの社交場となっていた。そして若いというには若すぎる二人は完全に浮いていた。



気不味く佇む2人に話し掛けて来たのはマドレーヌで、その隣にいる人物にアデライドは驚いた。

「マディお姉様、ランベール先生と参加されたのですね」

「父は領地だから、わたしも名代よ。アディとお揃いね。ロワイエ伯爵とはお隣同士ということで、他意はないのよ。本当にないの。絶対よ。私の可愛いアディならわかるわよね?」

マドレーヌはアデライドが「わかりました」と言うまでしつこいくらい念を押してきた。


ランベールは特に何も発言しないままマドレーヌに引っ張られて挨拶回りに行ってしまった。アデライドがその様子を「お似合いなのでは?」とマドレーヌが聞いたら怒りそうなことを考えながら眺めていると、遠巻きにしていた他の貴族たちが挨拶に来て、アデライドたちコミュニケーション弱者は心中でてんてこ舞いすることになった。



晩餐会は緊張で何を食べたかもわからないまま終わり、無事帰路に着いたアデライドは馬車の中で放心していた。今日はただ、はじめまして、ごきげんようと繰り返しただけだった。


向かい合わせに座った今日の相方に「エミール様はお知り合いと話せましたか?」と聞くと、「いえ…ああ、そうですね」という、人見知り特有のわかりにくい返事が来て、アデライドは仲間意識から逆に安心した。


「わたくしはマディお姉様とランベール先生だけでしたわ」

口に出してみて、人生を巻き戻しているというアドバンテージを微塵も感じさせない自分のコミュ障ぶりに、アデライドはさらに落ち込んだ。


ご令嬢が凹んでいる…と、エミールは目の前の少女を見て、内心慌てていた。

レリアが彼女はロワイエ伯爵を好いていると言っていたから、彼がパートナーと参加していた姿を見たせいだろうかと無表情のまま考える。

彼のあの容姿とこの歳の差では、彼女の恋が叶うことはまず無いだろう。だが静かに悲しむ姿はエミールの胸を打った。苛烈な妹や、騒々しい母に比べて控えめで大人しい。こういう義妹なら歓迎したいと、気づくと彼はアデライドの頭を撫でていた。






「ぜんぜん普通の子だったわね。がっかりしちゃったわ」

隣で呑気に呟く王妃に、王は冷や汗をかく。

自分に黙って妻がヴォルテールの孫娘を呼び出してしまい、あとでレオポルドに何を言われるか考えると憂鬱になる。だが勝手なことをしないでくれと言ったところで妻は「だって毎年退屈すぎるんですもの」と言って取り合わない。


「コランティーヌさんがね、あの子のことすっごく悪く言ってるのよ。アバズレだって。びっくりしちゃったわ。そんな下品な言葉、使う方がズレてるわよね。笑っちゃったわ」


悪意と嫌悪をユーモアに変換して含み笑いを漏らす妻が恐ろしい。王太子妃の名前を出すとき、彼女は決まってこんな感じだ。女のこういう世界に足を踏み込んではいけないと、王はお得意のダンマリを決め込む。


「そういうの、あなたもレオポルドも気が付かないのよね。まぁいいけれど。そうやっていつまでも黙っていればいいんだわ。沈黙は金、ですものね。男性諸氏にとっては」


それきり王妃は黙ってしまった。自分こそこうなったらもう話さなくなってしまうくせにと、礼拝堂の天使の絵を眺めながら王はため息を飲み込んだ。

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