44話 相棒5
落花生壊滅後、工場中に血の匂いが漂っていた。訓練で血の匂いは嗅ぎ慣れていると思っていたが。
「・・・・・・・・・・」
死体の匂いは訳が違う。
「・・・・・ぅ・・・・」
吐き気が襲ってくる。正直、今すぐここから出たいが、その前に。
「班長、お怪我は大丈夫ですか」
俺は時衛に駆け寄り声を掛ける。蛙川を倒した後も5分間、時衛は左手を治療しないまま戦闘を続行していた。戦っている時も血がどばどばと大量に流れていて、左手は使ってはいなかったが、少しでも激しく動かしたら指が千切れそうで見ているこっちが冷や冷やした。
「あぁ、すまん、応急手当はしたから心配するな」
時衛は包帯でぐるぐる巻いた左手を見せて言う。
いや、無理があるだろう、安心させるために見せているのだろうけど、包帯は血が染みこんで血の水滴が一滴、一滴、落ちていた。
「いや、班長、それはさすがにやばいです、治療になっていません、失血死してしまいます、在現団の死体処理班には連絡しました、医療班も来るように言ったのでそこで休んでいてください」
さすがにこれは見過ごせない、俺は本部に連絡したことを伝え、休むように言う。
「・・・・そうだな、すまんな、仕事が早くて助かる」
時衛は平常時と変わらず冷たい声で返し、素直に言葉を聞き入れ近くにあったドラム缶に座り休む。
それから数分後、ほどなくし在現団団員数名を乗せたマイクロバスが到着し、死体の処理と時衛の治療を行った。在現団は死体処理と隠蔽も仕事で、15分で工場はもぬけの殻、時衛の千切れかけていた指は一瞬でくっつき、本来ならこのまま乗せてもらって本部に帰還するのだが、時衛が「3人と話したいことがある、先に行ってくれ、俺達は徒歩で帰る」と死体処理班の班長に伝え、上の命令、というか総帥のご子息に文句を言えるはずもなく、深々と頭を下げ了承し、時衛の労いの言葉を送り、聞き届け去って行った。
去った直後、時衛は一言も発さず森の方へと歩を進める。俺達3人は混乱しつつも後を追う。奥の方を進むと時衛は足を止め、それに合わせて止めその場で立ち尽くす。
それから数分、沈黙の時間が流れた。その間、田辺と松岡は冷や汗を掻き、緊張して俺も少ししていた。一方黙っている時衛は微動だにせず、不気味なほど静かだった。
「・・・・・・・松岡獅郎」
木々の葉が風に揺らされた時だった、黙っていた時衛がそのまま振り向きもせず口を開き冷たいで松岡の名前を言う。
「は、はいぃ!!!」
急な呼びかけに松岡は怯え、ビビりながらも震えた声で返事をする。
「・・・・・・・・・」
「・・・・あ、あのどうされ・・」
再び数秒の沈黙が訪れたが、僅かでも耐えきれなかったのだろう、松岡が声を掛けた次の瞬間、時衛が体を180度回転、右手を伸ばし松岡の顔を鷲掴み背後にあった木に叩きつける。
「・・・・かはぁぁぁああぁぁ!!!!」
「「!!!!!!!!」」
あまりにも突然で一瞬の出来事で俺と田辺は驚く、松岡は後頭部を強くぶつけ、少し血が流れ木に付着していた。
「・・・・・あぁ、あぁぁ・・・・・・」
腐っても松岡も来未団団員、意識だけは辛うじて保っていた。
「お前、あの動きは何だ・・・」
「・・・・・え?」
「えじゃねぇよ」
松岡の返事に時衛は松岡を睨み付け、冷たく言葉を吐き捨てるのと同時に右手の握る力を強める。
「・・・・うううぅぅぅぅっぅぅうぅうううぅう!!!!!!!」
辺りに松岡の悲鳴が響く。あまりの握る強さに爪が肉を刺さり、血が指を通り腕へ、すその中へと入って行く。
「さっきの戦闘でお前は何をした」
時衛はそのまま松岡に再度問う、その声は今まで通り冷たく低くもあったが、悍ましいほどの殺気が込められていた。
「・・・え?」
「何人殺した・・」
「え、えっと、30人は・・・・」
「お前・・・・何言ってんだ、精々2、3人だろうが、そもそもお前は敵の総数を知っているのか」
「え?」
「えしか言えないのか、敵は何人いたと聞いているんだ」
時衛は語気を強め、目を大きく見開く。
「に、200人!!! 200人です!!! 資料ではそう書かれていました」
「・・・・・田辺、お前は・・・」
「え、あ、えっと!?」
「・・・・・・」
時衛の唐突な問いに田辺は即座に答えられない。その一瞬が迷うでも時衛は気に入らなかったのか、時衛は目線をゆっくり田辺に向ける。
「じ、自分も同じです!!!!」
「・・・・・・・無寺は・・」
「4時間ほど前に渡された資料では200人程度書かれていましたが、私が数えた限りでは168人でした」
時衛は俺にも問いを投げかけてきたが、俺は即座に返す。正直、この答えには自信がない、戦闘中に数えてはいた、だけど全体が見えていたとはいえ戦闘に集中していたのであまり自信はない。200人が正しい可能性も十分にある。
「・・・・174人だ、田辺、松岡、お前達戦闘中に数えてないな」
静かに時衛は呟く。やはり、数人見落としていたか。悔しい、余裕があれば分かってたかもしれない、もっと鍛えなければ。
「え、いや、資料で確認出来ていますから、わざわざ数える必要は・・・」
「馬鹿か、お前は、資料がすべて正しいわけじゃない、現に今回は資料と違い敵は想定よりも少なかった、今回は少なかったからいいが、逆に多い場合もある。敵を数えていた自ずと敵の配置も分かる、敵の数と配置は必須情報だ、それを分かってないでどうやって戦略を組む、教官共に教わらなかったのか」
それを聞いた松岡は口答えするが、時衛は正論で返す。その目はもはや、軽蔑を超え、憐れみの目だった。ちなみに戦闘に敵の総数を数えることは教官達に教わった。武術の訓練の時に5回に1回は1時間、戦略、兵法の基礎を教わっていたのだが、こいつらの脳には1ミクロも入っていないらしい。
「で、ですが、さきほどの殺した人数を聞いたのと何の関係があるのですか、実際、自分は30人ほど殺し・・・」
田辺が反論しようとした直後、時衛は掴んでいた松岡をそのまま地面に叩きつけ、一歩を踏み出し、田辺との距離を詰め、田辺の腹に掌底をぶち込む。
「ぶはあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!」
八極拳の掌底だろう、今までの静かな踏み込みとは違い、近くにあった木々を揺らすのほどの踏み込み、田辺は吹き飛び1m離れた木に直撃、大の字になって倒れる。
一方、地面に叩きこまれた松岡は声を上げる間もなく、気絶しピクリっとも動かなくなった。
「敵を・・・・殺しただと、たかが3、4人殺したぐらいでなに調子乗ってんだ」
時衛はそう言うとうつ伏せになっている松岡を足で仰向けにし、その場で膝を付き松岡の鳩尾に両手を乗せ押す。
「・・・ぐはぁぁぁあ!!! げほ!! げほ!!! げほ!!!!!」
松岡は目を覚まし立ち上がり咳き込む。
「お前達2人はただ自分の異能力を振りまいていただけだろう、その能力で殺せているのなら文句はない、殺せているから文句を言っているだ」
「え?」
「なぁ!?」
「2人の攻撃はすべて致命傷には至ってなかった、殺した数人は当たり所が良かっただけだろう、しかも、殺し損ねた奴らに襲われているのに気づいていない始末、俺が助けていなかったらお前達は間違いなく死んでいた」
「・・・・・・・・・」
本当にその通りだ、あの2人の攻撃は言ってしまえば、チンピラ、喧嘩自慢の域だ。
俺達いるべき場所は殺し、あんな攻撃で満足していけない。
こいつらは何のために銃とナイフが支給されていると思っているんだ、人を殺すためだ、決して飾りなどではない。
「人を殺すことが俺達が与えられた任務、それが出来ないのなら裏方に行くか、鉄砲玉になるか、選ぶことだな」
時衛が告げた冷たい現実に2人はただ黙って聞き、怯えるしかなかった。
「明日、訓練場でお前達のいらぬ自信を砕く、次の任務で最低限の役に立たなかったから、分かっているな」
「「は、はいぃぃい!!!!!」」
「分かったなら、去れ、丁度良い、体力を付けるために走って帰れ、言うまでもないが人がいる場所を経由して帰るなよ、その時は本当に殺すからな」
「「はい!!!!」」
2人は時衛の忠告を聞く一目散に帰っていった。
「無寺、お前にも2つ文句がある」
「・・・はい」
2人が見えなくなった後、しばしの沈黙、時衛が口を開く。
やはり、俺にも文句があるようだ、今回は自分も至らない点があったと自分でも思う、おそらくそこを指摘されるのだろう、罰を甘んじて受けよう。
「まずは敵の総数だ、数人とはいえ、敵の総数を見誤ってしまった、そこは確認しないといけない」
「はい」
「2つ目は戦闘中、お前は爆弾を使った、屋内の戦闘で爆発はなるべく避けるべきだ、もし威力を間違えれば、建物は崩れ、俺達は建物下敷きになっていたかもしれない」
「はい」
全くその通りだ、どの指摘も正しい。総数は言う間でもないが、爆弾は威力が調節出来るとはいえ、今回初めて使ったし、時衛に使用許可を取らなかった、これは俺の落ち度だ。
「分かっているなら良い」
時衛は冷たくそう言うと、音もなく俺の目の前に来た。
「じゃあ」
時衛は右手をゆっくりと俺の額に近づける。分かってはいたが俺にも罰があるらしい。やはりというか、何というか、自分でもそこまで嫌とは思っていなかった。納得しているからだろうないつも理不尽に暴力振るわれているからだろう。痛みには慣れている、その攻撃、参考にさせてもらおう。
時衛が下した罰、それは。
デコピンだった。
「っ!!!」
痛い、デコピンとは思えないほどの威力、思わずよろけて一歩下がってしまった。
いや、そんなことよりもだ。
(・・・・・はぁぁぁああぁぁ!?)
俺は思わず困惑した、心の中でこんな叫びを上げるほどに。
「え、えっと、これは・・・・」
「? 罰だ」
「これが?」
「何だ、あの2人のようになると思ったのか、お前は2人と違って言わずとも分かっていたし、あの2人に比べれば1000倍マシだ」
「・・・・・・・」
「ほら、さっさっと帰るぞ」
時衛は困惑している俺を他所に90度回転し、歩みを進めた。
「は、はい!!」
俺は困惑しつつも後を追う。こうして、俺の初任務は終わった。
だが、当時の俺はこの時、困惑するばかりで増々、時衛のことが分からなくなった。
それから月日は流れ、1年半後、俺は来未団で力を付け、入団時と比べられないほど強くなった。班長にもなり同期では1番出世した。一方、田辺と松岡は来未団を退団した。あれから時衛は宣言通り。みっちりしごかれ、任務では結果を出す所か足を引っ張る始末、時衛や他の団員にも叱責され続け半年で異動届を出し、今は2人仲良く去過団に言った。
まぁ、そこでもろくに仕事が出来てなく鉄砲玉候補になったと聞く。そして時衛はと言うと結果を出し続けた。半グレやマフィアを1人で壊滅し続け、1ヶ月前には海外に行き、国家転覆を目論んでいた構成員が1万人ほどの組織を時衛、時衛の兄2人、来未団団長とその側近2人、来未団副団長、来未団隊長3人で壊滅させた。
その時衛の活躍は凄まじく、組織のボスと幹部陣のほとんどを殺したと聞く。その成果で時衛は隊長に昇格、おそらく後3年もすれば団長になっているだろう。
そして、その功績で時衛はこう呼ばれるようになった、時衛家の最高傑作と。
そんなある日、俺は時衛と訓練の一環で武器ありの組み手をしていた。お互い持っているのはナイフ1本、3mほどの距離がある。
双方、ナイフを構えて戦闘態勢に入り一色触発の中。
「っ!!!!」
先に動いたのは俺だった。
「はぁぁあああ!!!」
岩を砕くほどの力で踏み込み予備動作最低限の俺が今出せる最速の突きを放つ。しかし、時衛は表情一つ変えずしっかり見切り、腰を捻り躱す。さらに俺の腕が伸びきった瞬間に俺の手首を掴み引っ張る。
「・・・ぅっ!!!」
そのまま首筋にナイフを置かれ勝負あり。
「もう一度、お願いします」
「・・・・・あぁ」
俺はもう一度勝負を申し込む。0勝7841敗、このまま一勝できずにたまるか!!! そんな気持ちで当時は毎日汗が出なくなるまで挑み続けた。
「かはぁぁああぁ!!!」
何度も。
「ぐはぁぁああ!!!!」
何度も。
「ぶはぁぁああぁ!!!」
挑み続けた。
おかげで隊長を含めた他の団員達とは互角に渡り合えるようになった。でも、
「くはぁぁ!!!」
いつまで経っても時衛には手も足も出なかった。その背中はどこまでも遠く、見えるかどうか怪しい、それだけ離れていた。
次の日、俺は時衛の執務室までバカみたいな量の資料を運んでいた。
「おい、そこの君・・・」
突然、一切足音が経ってない静寂の廊下に声が響いた。聞き覚えの無い老齢な声、しかしその声はどこか澄んでいた。俺は驚きつつも顔には出さないように振り向く。
そこにいたのはやはり声に似合う老人だった。真っ白な透けて見えるほどの白髪、しかし、顔にたるみやシワがなく姿勢も綺麗で髪が黒髪で声を聞いていなかったら、30代の男性に見えるほど若々しかった。
「・・・・・ん?」
どこかで見たことがある。確か・・・・・・・。
「・・・・・!!!!!!!」
もし資料が無かったら俺は間違いなく膝間付いていただろう、俺は資料が落とさないギリギリまで頭を下げる。
「何か、御用でしょうか、時衛操真様」
まさか、副団長がお声を掛けられるなど、思ってもいなかった。
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