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集めるラジオ

 愛瑠がすべての経緯(いきさつ)を思い出したその時、またバチンと大きな音がして電気が消えた。いくつかの叫び声が上がる。

 ガラスの向こうで制作スタッフが怒鳴っている。


「おい、何やってるんだ‼ CMとっくに明けてるんだぞ!」

「CM明けから音楽流してますがそれももう終わります! 視聴者から苦情きてます!」


 そしてCMが明け、放送事故と呼ばれる出来事が起きる。


「あ、あー……えっと、ですねえ。ちょっとスタジオの方で、問題が発生しておりまして、」


 髑髏もしどろもどろで歯切れが悪く、隅では必死に斉木が愛瑠をなだめていた。


「ま、まあアレだよね! ホラー番組だから、こういうのがあっても! ねえ!」

「あっ、え、ええ」


 ゆたんぽはいつからかすすり泣く声が聞こえなくなった日比原の行方を気にして、曖昧な返事を返す。

 ぱっと電気がつき部屋が明るくなると、いるはずの場所に日比原がいない。それに髑髏も気が付き、咄嗟に愛瑠を見た。


 地面に膝を付く愛瑠のすぐ近くに、日比原がいた。

 心配しているのだろうか。愛瑠を含めて誰もがそう思ったのも束の間、日比原がやけに虚ろな目でパカッと口を開ける。その表情は愛瑠と斉木にしか見えていない。本能的に恐怖を感じ、二人は互いの腕を強く握った。

 口を開けたまま黒目だけがぎょろぎょろと動く。斉木が短く叫んだ。瞳の動きが止まった、そう思い一、二、三……日比原の手がゆったりと愛瑠へ伸びた。


「……だろ」

「ひ、日比原さん……? いッ」

「ああアああァあああ゛アああっ見えてるだろ見えてるだろ見えてるだろ見えてるだろ」


 日比原は愛瑠の髪を掴むと、高さの定まらない声でまるでチューニングをするかのように叫ぶ。そして本人の物とは思えない低くしゃがれた声で同じ言葉を何度も繰り返した。


「やめ、てっ」

「見えてるだろ見えてるだろ見えてるだろ」


 動揺しながらもどうにか愛瑠を守ろうと、斉木は懸命に日比原を引き剥がそうとした。しかし物凄い力で全く歯が立たない。日比原は掴みかかった愛瑠に涎を垂らし、それも気にせず同じ言葉を繰り返し続けた。愛瑠がその形相に心桜の死相を重ねていると、突如日比原の力がふっと抜け傾れ込む。

 そしてあの音が更に大きく、近くで聴こえてくる。


ーーザーーッザザッ……て……ろ……ザッ


 一瞬の静けさ。砂嵐のような音が止まる。その数秒周りの声も耳に届かず、愛瑠にはすべての音がクリアになったような感覚があった。


ーー「見えてるだろ」


 今度ははっきりと、耳元でそう聴こえた。その事に気付くより先に、夏場に放置した排水口のようにツンとした臭いが部屋に立ち込める。隣の斉木は鼻と口を手で覆い、臭いの元を探すように視線を彷徨わせる。

 腹部に完全に脱力した日比原の重みがあるが、愛瑠は彼女を退けることも出来なければ、自分がそこから抜け出すことも出来なかった。


 なぜなら愛瑠には幼少時代よりも鮮明に、日比原の後ろに立つあの少女の姿が見えていた。夢の中に何度も現れたあの少女が。私たちを連れて行くと言った、心桜を連れて行った、あの少女のような何かが。

 その何かはすぐ側にやって来てしまった。


 裾の長い汚れたシャツを着ているように見える。遠目で見れば確かに短いスカートを履く少女のような体躯をしている。

 それが愛瑠の方へ、一歩また一歩と歩みを進める。

 愛瑠は恐怖の気持ちに支配されながらも、その動きが不自然であることに気付く。歩を進める度に、右肩の位置がガクッガクッと低くなっては元の高さに戻るのを繰り返す。


「なんで……ひっ」


 足元へ目を向ける。声が漏れる。奇妙な歩き方の原因がはっきりした。明らかに、持ち主の違う足が左右にどうにか一本ずつ付いているのだ。左右の持ち主が異なるだけではない。まずは左右の太さ、長さが全く違う。そしてそれぞれ大腿部、膝、下腿部、足首から先。大まかにはそれらが、全て異なる肌質、噛み合わない大きさをしていた。


 恐る恐る他にも視線を向けると、足だけではない。

 腕も同じくばらばらの人体を繋ぎ合わせたかのようだった。繋ぎ目に見える部分は赤黒く爛れ、腐った皮膚はどろりと垂れている。

 

ーーヒタ、ヒタ、ヒタ、ビチャ、ヒタ、


 歩行による振動でその爛れた皮膚は時折床へ落ち嫌な音が響く。

 ハッとして斉木を見る。愛瑠の右肩を支え、まだ立ち込める臭いと倒れた日比原を気にしていた。


ーーこれは自分にしか見えていないんだ。実在してないんだ。見えちゃだめなやつだ。


 愛瑠は目を閉じた。


「見えないっ! 見えない見えない見えないっ!」


 心の中で強く念じた。反応しちゃだめだ。見えるとバレちゃだめだ。そう感じ、見えていないと自分に言い聞かせる。


 ヒタヒタと近付いてきた音が消えた。ツンとしたドブ臭い臭いも消えた。

 それでもまだ目が開けられない。まだだ、まだだ。と、ぎゅっと一層強く目を瞑る。

 そうしてどれくらい時間が経ったのか、数秒のことだったが愛瑠にはとても長い時間に思える。


 やがて、肩をとんとんと叩かれる。


「愛瑠、大丈夫?」


 斉木の問いかけにホッとして、声のした方へ顔を上げる。左側に顔を上げながら、右肩に感じる温度に「しまった」と気付く。しかし上げた顔を止めることは出来ず、視界いっぱいに広がるあれを直視した。

 初めて見る顔には球体のようなものがいくつも蠢き、沸騰する湯のように入れ替わり立ち替わりぼこぼこと浮いては消える。それの一つ一つが苦痛の表情を浮かべる顔であると気が付くのに時間は掛からなかった。


 硬直し動けずにいると、顔に湧く小さな顔面がさらにちいさく増えていき、やがて一つの見慣れた顔に変わる。


「わたし……?」


ーーそうじゃない、心桜だ。


 小さい時の、あの頃のままの、いつも見ていた顔だった。

 その顔がゆっくりと、目を細め、口の端をニィと横に伸ばした。


「見えてるなあ、お前見えてるなあ」

「キャアアアアッ」

「ワタシの、ナマエは」

 

 双子の姉と同じ顔をして、心底嬉しそうにそう言った。

 愛瑠はその不気味な表情にゾッとし、叫び声を上げる。あの頃の夢で何度も聞いたそのセリフを最後に気を失った。


 日比原が大人しくなったためどうにかMC二人で放送を続けていたが、今の叫び声によってこれ以上は続けられないと判断が降りたのだった。





「ーーと、いうのがあの日の放送事故の全貌です」


 目の下に隈をつくり覇気のない声で、だがしっかりとした口調で全てを話す。

 その場にいた共演者たちは、愛瑠のただ事ではない雰囲気と話の内容の悍ましさに呼吸も忘れていた。


「あ、あぁ、えー、本日の語り手をもう一度紹介しましょう! ゲストの小方愛瑠さんでーす! 今日はね、あの伝説の放送事故についてお話をしてくださるという事でこちらにお越しいただいたのですが、いやあ、想像以上でしたね」

「本当に! あー、こわかった!」


 共演者たちは番組を盛り上げようと、必死に場を盛り上げる。しかし愛瑠には番組の盛り上がりなど関係はなかった。


「他のラジオからも出演依頼あったんじゃないですか?」

「はい」

「どうしてうちに?」

「…………」


 愛瑠は押し黙り、共演者たちが顔を見合わせた。


「ずっと、見えるんです」

「な、何言って」

「遠目に見ると女の子に見えて、ぱさぱさの白髪混じりの髪の毛が顔に掛かるほど長く、大きな汚れたシャツを着ていて、ばらばらの手足を繋げてどうにか歩くんです」

「こわい、ですよね、あはは、はは」


 コメンテーターの一人がやっとのことで反応して、乾いたわざとらしい笑いを絞り出す。


「ずっと近くにいるんです。心桜が、言うんです。「もう怒ってないよ」って。「思い出してくれてありがとう」って。「愛瑠だけは助けてあげるね」って」


 ブース内には湿気った嫌な空気が流れ、いよいよ静寂に包まれる。誰かが唾を飲み込む音が聴こえた。


「彼女、オリジナルの名前は「カンザキ シオリ」って言うんです。シオリは新しいパーツが欲しくて待ってるんです」

「待ってる……?」

「はい。シオリは事故で体がばらばらになっちゃったから、新しいパーツが欲しいんです。だから、ラジオに触れる人が現れるのを待ってるんです。そうすると夢の中でお話できるから」

「お話……出来るとどうなるんですか?」


 司会者が恐る恐る訪ねた。


「名前を、伝えることが出来ます」


 先程名前を聞いたばかりの共演者たちは、背中に冷たいものが伝うのを感じる。


「彼女の姿を知り名前を知った人間と、シオリはチャンネルを合わせることが出来るんです。ラジオの周波数を通じて、シオリは頭のチャンネルを合わせてくるんです。あ、皆さん今はヘッドホン外さないで下さい。もう合わせようとしていると思います」

「なんでそんなことっ、これ全国放送だぞ!!」

「だから、出演しました。たくさんの人に、カンザキシオリを知ってほしかったんです。そうしたらシオリは多くの人のチャンネルにアクセス出来る。新しいパーツを手に入れられる。心桜も、もうこれで寂しくないよね……」


 愛瑠はそっとヘッドセットを外す。


「はあ、久しぶりに静かだ……」


 深く息を吸う。そしてゆっくりとドアへ向かう。ドアノブへ手をかけ、緩慢な動作で共演者たちの方へ顔を向ける。目を細め、口の端をニィと横へ伸ばす。


「もう、見えていますね」


 愛瑠の視界から彼女が消えた。騒がしくなったスタジオを後にして外に出ると、胸いっぱいに空気を吸い肺を酸素で満たす。こんなに静かなのはいつぶりだろうか。久しぶりに顔を上げて空を見た。

 たまらなく清々しい気持ちになり、晴れやかな顔で家路についた。

お読みいただき、ありがとうございました。

今年もなろう夏のホラーに参加させていただきました。


のですが、ギリギリだった上、作業中なぜかログアウトされ入れなくなってしまったため5分遅れて完結笑。

笑。で済ませていいやつですかこれ??


あとで参加要項よく読んどきます。


テーマ、ラジオということで。

ラジオ→チャンネル合わせてるあの瞬間怖くて苦手! から出来上がったお話です。

楽しんで頂けたら幸いです。


こういうのはネタかぶりしていませんようにと祈るばかりです。


楽しかった方は、感想などあるととても喜びます!

評価やお気に入り登録、いつも励みにさせて頂いております。ありがとうございました。


運営さん、遅刻参加すみません。シオリちゃんに謝罪に行かせます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] だから『集めるラジオ』なのですね。 ((( ;゜Д゜)))
[良い点] ∀・)ものすごく読み応えのあるホラー作品でしたね。色んなピースが散りばめられていて、不気味な場面が断続的に続くけど、それがあの衝撃的なラストに繋がるとは。いやはや凄い読み応えのある作品でし…
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