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そしてみんないなくなった

 愛瑠は眠い目を擦り、大きなあくびをした。何度も何度も意識が飛びそうになるのをお互いに声を掛け、寝ないように気を付けた。

 だが小さな子どもが眠気に逆らえるわけもなく、先に寝息を立てたのは愛瑠の隣で必死に自分を起こしていた彼女の方だった。


「あっ、寝ちゃだめっ」


 愛瑠はそれに気付いてバッと体を起こすと、隣で寝息を立てる彼女を強く揺らす。しかし全く起きる気配がない。「起きてっ! 起きてようっ!」


『絶対に連れて行く』

 昨晩の少女が頭に過ぎる。途端に恐怖心を駆り立てられる。この子が連れて行かれてしまうのではないか? そんな恐怖でいっぱいになる。

 

 何分間体を揺すっただろうか。愛瑠にはとても長い時間に思えた。

 突然布団の中に何らかの気配を感じ、驚いた愛瑠はバッと布団を捲る。


「やぁぁぁっ」


 そこにはあのラジオがあった。隣の彼女に抱かれていた。そんな訳はなかった。彼女が抱いて寝ている訳がなかった。

 泣きながら叫ぶ愛瑠の声に大人達も目覚めたのか、二人の寝室に母親がやって来た。


「ちょっと愛瑠! 大丈夫⁉」

「ひぐっ……ううっ……ママ……ママぁっ」

「あらちょっと、なぁに、怖い夢でも見たの?」


 大丈夫大丈夫と笑って背を叩く母に安心したのか、そのまま愛瑠も眠りの世界へ堕ちていく。


 目を覚ますと、愛瑠は客間で母と寝ていた。


「ママ……」

「起きたの、愛瑠。怖い夢、見なかった?」

「怖い、夢……」


 怖い夢を、見なかったのだ。

 どうしてだか今日はあの子が夢に現れず久々にしっかりと眠れた。きっとあの子も今日はゆっくり眠れたに違いない、嬉々として祖父の部屋に向かった。


「キャアッ‼」


 二人が寝ていた祖父の寝室の戸を開けると、すぐそこに虚ろな目の彼女がラジオをしっかりと抱いて立っていた。


「な、なにしてるのっ、なんでこれ持ってっ」

「愛瑠、一人でどこにいたの」

「え……どこって……」

「どこに、いたのっ‼」


 聞き慣れない大きな怒鳴り声に愛瑠の肩が跳ねる。


「ご、ごめんね……知らない内にママの部屋で寝ちゃってて」

「一人で逃げたんだ」

「え、違うよ! 昨日、」

「もういいっ、私になったもん! もう遅いから!」

「どういう……」


 その時の彼女はとても恐ろしい顔をしていた。憎悪に満ちた顔だった。今思えば、そうだった。

 そして彼女は荒い足取りで部屋を後にした。幼い愛瑠にも彼女が怒っていることが分かったので、追い掛けることが出来ない。


 あのラジオのせいだ。こんな家に来たのが悪いんだ。もう少ししたらおうち帰れるし、そうしたらもう一回謝って仲直りしよう。


 しかしその日、彼女はいなくなってしまった。

 どこかに行っちゃった……くらいにしか思わなかった。その時は、家出、失踪、そんな概念がなかったのだ。


ーーそうだ……大人だって、騒いでいた。あの子がいなくなって、大人が、騒いでいた。集まっていた親戚やご近所の方、警察まで来て総出で山も川も探した。


 夕飯の時間になり、やっと事態が明るみに出た。


「あれ、愛瑠だけ?」

「うん。朝、けんかして、それで」

「え、どこ行ったの? 心桜(アイラ)は?」


ーーそうだ。あいら、心桜だ……名前だってある。そうだ、架空の親友なんかじゃない。あの日はおじいちゃんのお葬式なんかじゃなかった。

 あの子は……心桜は……



「私の、双子のお姉ちゃん、」

「愛瑠っ、愛瑠っ!」


 愛瑠はブースに入って来た斉木マネージャーや共演者たちの呼び掛けに答えず、目からぼろぼろと涙を流しぶつぶつと呟くのをやめない。先程から「ラジオ」「こっちに来る」「連れてかれる」と繰り返し、その異様な光景に髑髏やゆたんぽもすっかり青ざめ、優香も泣き出してしまった。

 ようやく別の言葉を発したがその場の誰も意味が分からなかった。


 ヘッドホンを外した愛瑠にはまたあの音が聴こえていた。


ーーザーッザー……ザザッ……ザー……


「もう……やめて……」


ーーザー……る……ろ……ザザッ……えて……ザー……


 この音に聞き覚えがあった。やっと思い出した。この音は、あのラジオから聴こえていたーー。


「チャンネル、合わせてるんだ……」


 自分にチャンネルを合わせている音、それに気付いた愛瑠は半狂乱でそこにいた斉木に縋りついた。


「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ、忘れていてごめんなさいっ!」

「愛瑠っ、いい加減にっ」

「あの後っ、心桜は屋根裏部屋で見つかって……みんなで探しててっ! パパもっ、ママもっ、おじさんたちもっ! どこだろうねって、いつものとこかもって、屋根裏部屋に入ったら、心桜がこっち見ててっ」

「落ち着いて、愛瑠何言って」

「マネージャーさん待ってください! まさか……これ本当に実話だったんじゃ……」


 ゆたんぽは青ざめたまま、先程読んだ手紙を見た。ハッとした髑髏は愛瑠の肩を掴み、興奮気味に発言を促した。怪談師としては聞かないわけにいかなかったのだろう。


「そのっ、心桜というのは、さっき言った『双子のお姉ちゃん』なんだね⁉ その子が、屋根裏部屋でどうなってたんだっ」

「心桜がこっち見てて、屋根裏の開口部のすぐそこで、目があって……謝っても心桜はじっとこっちを見ているだけでっ……後ろからお父さんが『いたのか?』って懐中電灯で照らしたら、屋根裏部屋が明るくなって、それでっ」

「それでっ⁉」

「髑髏さん、やめてくださいっ!」


 髑髏はマネージャーの制止を振り切り、愛瑠にその先を促す。


「それでっ、首から下がぐるぐるに伸ばされた心桜の死体があって……体は……屋根裏部屋の床にめり込んでて、腕もっ、変でっ……その、死んだ心桜と目があって……っ」


 愛瑠が父に照らされ目にしたものは、もうこの世の者ではなくなってしまった親友ーーいや。双子の姉、心桜の変死体だった。


 顔には怒りの色が強く現れていた。自分と同じ顔をしたそれは、眉をぎゅっと寄せ目を見開き、歯茎を剥き出しにして奥歯を噛み締めている。

 体は常識では考えられない程変形し、あまりにもおぞましい死に様だった。首から下がきつく絞られた雑巾のように捩れ、胴の幅は五百ミリリットルペットボトルと同じくらいだろうか。捩りながら引っ張ったかのように元の身長よりも随分伸ばされていた。

 上腕が複雑に曲がり、関節が赤ん坊程に細くなっていた。前腕はぎゅっと潰したかのように縮められていて、掌はしっかりと床を掴むように力が入ったまま。ここから逃げようとしたのだろうか。開口部の扉にあと少しで届こうかというところだった。


 それをはっきりと認識してしまい、あまりの恐怖に愛瑠は意識を失った。そしてラジオの件ごと、この日の記憶をすっかり失ってしまったのだ。


ーーそうか。心桜は、連れて行かれたんだ。私があの日、心桜を一人にしたから。


 一家はこちらで心桜の葬式をしようということになり、またしばらく祖父母の家に留まることにした。

 愛瑠はその間何日経っても「心桜は? さっきまでいたんだけど、朝喧嘩しちゃったからなー」と両親、親戚や近所の大人に聞いてまわった。気の毒に思った大人たちは話し合いの上、心桜のことはこれから一切口にしないと決めた。


 愛瑠も今なら分かる。大人たちが自分を思い嘘を付いたと。


 あの頃愛瑠たちの母は部屋に篭もりきりになり、どんどんやつれていった。

 意識を失っていたため、愛瑠は心桜の死体が発見された後何があったかは知らない。


 失神した愛瑠は顔を青くして泣いている父親に抱きかかえられ下へ降ろされた。それを見た彼女らの母は最悪の事態が起きたと察するとわあと泣きながら屋根裏部屋に掛かるはしごを足をもたつかせ駆け上り、最愛の娘の一人が見るも無惨な亡骸となってしまったのを確認すると発狂した。父親は彼女をどうにか心桜から引き剥がし下に降ろした。

 そうして近所中が大騒ぎになったことを愛瑠は知らなかった。


ーーそうだった。お母さんがいなくなったのは、心桜がいなくなったから。


 暫くして精神を病んでしまった母親が離婚届けを置いていなくなった。愛瑠を思えば心桜は元からいないものだと嘘を吐かなければならず、しかしそれでは心桜が報われず、母として「せめて自分だけは心桜を忘れない」という気持ちもあったのだろう。

 その後父親は精神を病み、自らの意思を持って永遠に帰らぬ人となってしまった。


 愛瑠は何も分からないまま遠くに住む親戚に預けられる。それなりの生活をしていたものの、実の子ではないのに面倒をかけている……と申し訳なく思い早くに家を出て芸能界に入った。

 愛瑠が大人になったら真実を話そう、そう思っていた大人たちもすっかり機会を失ってしまったのだった。


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