3.小高い丘の上の神社
荘厳な城の長い廊下。大理石の床には真紅のビロード絨毯が、各部屋との間には壺や絵画、彫刻などの芸術作品が並べられ、そのどれもが華美過ぎず、厳かな雰囲気を醸し出していた。
隅々まで手入れが行き届いた廊下を歩くのは武骨な騎士が二人。
一人は大柄な隻眼の男、第六騎士団長アウグストで、彼の少し後を歩くのは包帯を至る所に巻いた副団長のグンターであった。
謁見の間にて姫殿下へ先の失態の申し開きを終え、兵士達の詰所へと向かっている二人は終始無言であったが、アウグストから放たれている怒りのオーラは明らかで、目線を落としているグンターからは反省の色が見て取れる。
すれ違う者は既に二人がどのような状況に置かれているのか察しているようで、表には出さないがアウグストを気の毒に思い、グンターを愚か者であると詰っていた。
誰もが軽い会釈で済ませる中、柱の陰から出てきた者は空気を読まず陽気な声を掛けて来た。
「どうしたんだい? 喪に服したような顔をしちゃってさぁ」
「き、貴様……っ! よくもおめおめと顔を出せた――――」
「控えろ、グンター」
「……っ! ……ハッ!」
グンターを一瞬にして激高させた男。彼は病的に白い肌でいて、アウグスト達よりも遥かに小柄であるが、彼も騎士の一人で、第七騎士団の副団長でもある。
中性的な顔立ちで、一見すると女性のようでもあるが、その表情は歪められていて、下卑た笑みを浮かべており、整った顔立ちは崩れていた。
「あれれぇ~? 怒っちゃった? でもそれって奴当たりじゃないの? 今回の件はグンター、お前の失態なんだろう? それなのに図星を指されたからってそんな態度を取るなんて……。お前、騎士に向いていないんじゃないの」
「どの口でそのような事を――――」
「グンター……っ!!」
「団長、しかし奴は――――」
「私の前でこれ以上の恥をさらすつもりか……?」
「……クッ!」
安っぽい挑発であると、相手をしてはいけないとグンター自身も気が付いている。けれどもこのまま受け流す事は出来ないと、ニヤつく男の所業をぶちまけようとするも、アウグストに抑え込まれてしまう。
ひとしきり嘲笑っても思うような反応が得られず不満に思ったのか、はたまたからかうのに飽きてしまったのか。嫌味を言うのを止め、肩を竦めさせた男はニヤニヤと笑みを浮かべつつ近づき、そして出方を窺うグンターの傍へ一気に距離を詰めて囁いた。
「お前の出番はこれでお仕舞。せいぜい役立たずな自慢のデカブツでも磨いて待ってな」
ヒラヒラと手を振りながら去って行く男の背中を睨み付けるグンター。彼の拳は怒りに打ち震えているが、それは息を大きく吸って吐く事でどうにか治まった。
嫌味ったらしい男が去り、再び厳かな空気に戻った廊下。
再び歩き出す前に、アウグストは首を横に振って見せ、グンターを諭した。
「……あのような立ち振る舞いだが、アレは腕の方も立つ。その事は御前試合で相対した者ならば分かるだろう?」
「……確かに。私は奴に敗れました……。しかし奴の剣術は騎士を名乗るのもおこがましい卑劣な技で――――」
「お前の気持ちはわからんでもない。私とてあのような剣技など認めたくはない。……だが、此度の戦にはそのような事も言ってはおられんだろうな……」
異世界への侵攻。それが容易でない事は覚悟していたが、グンターが体を張って得た情報から更に侮れないと危機感を強めていた所で、そのような状況では汚い真似でも目を瞑らなくてはならない。
力量については口を挟めない理由の一つであったが、第六騎士団の団長であるアウグストでも強く出られない理由がもう一つあった。
「何にせよ、アレの後ろには狸が居る。関わらない方が身のためだ。……先の件はお前の油断が招いたとしておけ」
「…………出過ぎた真似を致しました」
本来第一陣として異界へと赴く筈であった第六騎士団。だがそれはグンターの先走った行動により見直される事となった。
直情的な性格であって、言葉よりも手が先に出てしまいがちなグンターであるが、隊規を乱すような真似は断じてしない。
副団長を任されており、自身の立場も弁えている筈のグンターが何故身勝手な行動をとったのかというと、手柄を急いた訳では無く、ある人物に嵌められてしまったのである。
先程グンターを煽った騎士。彼はヴァルトハイン・べルスフォードという名で、宰相であるベルント・べルスフォードの息子であった。
そして彼こそがグンターを謀った張本人であるのだが、不幸な事に目撃者は無く、証拠も残らなかった上に宰相の息子という事もあり、責め立てる訳にもいかずにいたのである。
異世界への侵攻において敵は異界の地に住まうものだけではなくこちら側に、肩を並べて戦う者達にも気を張らなくてはならない。今回の一件で改めてそう思い知ったアウグスト達は汚名を返上する為に機を窺うのであった。
空に浮かび上がった魔法陣に光の柱。それらに嫌な予感を覚えつつ家路を急いだ海人だが、自宅には居る筈のアレイシヤの姿が無く、彼女とはすれ違いに、竜堂家を出てどこかへ行ってしまった。
重蔵からアレイシヤの事を聞かされた海人は居ても立ってもいられず、来た道を慌てて引き返したのだが、しばらく走った所でピタリと足を止めた。
「……アイツ……、何処に……っ」
来た道を真っ直ぐ戻っていても会える可能性は低い。そう考えていた所で差し掛かったのは交差点で、三つに分かれた道の内どの道を行けばよいのかと迷いが生じた。
「――――っと! ……海人……っ!!」
「……真帆?」
立ち尽くしていた海人の元へ駆け寄ってきたのは真帆で、彼女は荒い息を整えつつも海人を睨み付け、いきなり走り出した事を咎めてきた。
「もう! 急に走り出したかと思えば――――」
「真帆は家に戻っていてくれ。アーシャなら俺が捜すから」
「捜すって、当てはあるの……?!」
「そ、それは――――」
「やっぱり、当てなんかないのね……」
バツが悪そうに後ろ頭を掻く海人に対し、真帆はやれやれと肩を落として深い溜息を吐いた。
真帆の指摘通り海人にはアレイシヤの行く先に心当たりはない。正確に言えば、彼女の向かった先は予測がついたが、そこは先程海人も訪れて何もなかったと確認をしており、そこから自宅に向けて歩いていれば鉢合わせになっていてもおかしくはない。
図星を指されてしまった海人だが、何処に向かったのか分からないからといってじっとはしていられず、ならば手あたり次第探して回ろうと、丈夫な足だけを頼りに捜そうとするも、真帆から待ったが掛かる。
慌てている海人とは対照的に、努めて冷静な真帆は制服のポケットからスマートフォンを取り出すと、この辺り一帯の地図を開いて見せた。
「さっきの光の柱、私達が学校から見て公園に落ちたとばっかり思っていたけど、その直線上には別の場所もあるでしょう」
「公園より先には……――――まさか……!?」
「そう、西水守神社……。あそこなら周りは木々に囲まれているし、潜伏するにはもってこいかも」
「潜伏って……」
「違うの?」
アレイシヤを狙っているかもしれない襲撃者を探していたと見抜かれた事に驚く海人だが、真帆はその位簡単に分かると、大したことではないと言う。
彼女曰く海人は自宅まで戻る道すがらも妙に警戒しており、特に人影には異様に反応していたらしく、その挙動でピンときたそうだ。
「とにかく、行ってみましょう!」
「あ、ああ……」
できれば真帆を危険な事に巻き込みたくはなく、自宅へ戻るように言い聞かせなければならないのだが、一緒に探す気満々である彼女を上手く言いくるめる言葉も時間も海人は持ち合わせていない。
結局二人で神社に向かう事となったのだが、道中で真帆は海人の様子を何度か横目で窺っていた。
「何かあったのか?」
「え……? あ、ううん……。何も……」
「そうか……?」
真帆の様子が気になる海人であるが、当人に何でもないと言われればそれ以上追及できず、そのまま二人は目的地である神社に向かった。
西水守神社は小高い丘の上に在り、そこまでは石段を登らなくてはならない。
全速力ではないが、ここまで走り続けていたせいか、真帆は体力の限界が来たようで石段を前にして両手を両ひざに付いてゼイゼイと息を切らしていた。
辛そうにしている真帆とは違い、海人は息を乱す事無く平然としている。彼はまだまだ余裕があるようで早速石段を登ろうとするが、ピタリと足を止めて振り返り、俯いたまま肩を上下させている真帆へ声を掛けた。
「しばらく休んでいろよ。俺一人で先に行くから」
「ま、待って……、あと少し……だから……っ」
「無理はしなくて良いから、落ち着いてから来ればいいんだし」
「……っ。……海人は平気なの?」
「俺か? 俺はこの通り、全然余裕で――――」
「そうじゃなくて……っ」
段々と息が整い始めていて、もう平気かと思われた真帆だが、彼女は顔を上げぬまま海人に問いかける。
「ここに来て、平気、なの……?」
「……」
「ずっと、避けていたでしょう?」
「……何年前の話だよ。俺なら大丈夫だから、心配は要らないよ」
「でも……」
「それに、あの時の事は忘れちゃいけない事だから。だから、避け続ける訳にもいかない」
「……そう。分かった」
無理はしないで欲しいと言った真帆は海人の横に並び、そして彼よりも先に踏み出し、石段を登り始める。
真帆に言われるまで忘れていた訳では無い。ここは海人にとって苦い思い出がある場所であって、これまで自然と避けてきたのだが、今では何故だかこの場所が行かなくてはならない場所のように感じていた。
この場に向かう途中も、こうして石段を登っている時にも、過去の出来事を思い出してしまうが、今はあの時とは違うのだと、今度こそ何があろうとも大丈夫だと、海人は自身に言い聞かせながら前を向いて進む。
石段を登り切り、鳥居をくぐった先。そこは十年前から何も変わっておらず、寂れたままの社殿があった。
ひっそりとした境内で、辺りに聞こえるのは木々が葉を揺らす音だけで、どうやらここには誰も居ないのかと思われ、無駄足を踏んだという気持ちと、襲撃者と遭遇しなくて安堵した気持ちが入り混じっていたが、よくよく辺りを見回すと、社殿から少し離れた場所にある御神木、梛の木の傍に人影がある事に気付き、海人は声を上げた。
「――――アーシャ……!」
「……カイトさん?」
突然声を掛けられて驚きつつ振り向くアレイシヤ。
傍まで駆けよって、その身に何も起きていない事を間近で確認して、ようやくそこで安心できた海人は肩の力を緩めて安堵の溜息を漏らすが、すぐさま顔は真剣なものへと変え、アレイシヤを問い質す。
「どうして家を出て行ったんだ……!?」
「え、あ、そ、その……」
「何も言わずに出て行って……、心配したんだぞ……!」
「ご、ごめんなさ――――」
「アーシャちゃん、謝らなくてもいいのよ」
「え……?」
ぺこぺこと頭を下げていたアレイシヤだが、割って入った真帆の言葉に小首を傾げる。
海人としては心配だったという一心で、多少強く言って出てしまった訳だが、真帆は非難の目を向けつつ指摘した。
「いっつも何も言わずに走り出す誰かさんに言われたくはないわよねぇ……」
「う……!」
「心配だって、いつも掛けさせている立場なのに、そんな人が注意するだなんてねぇ……」
「……うぐ……っ!!」
「どの口が心配しただなんて言えるのかしら?」
「あ、あの……、今回は私が悪かったので……、そろそろ許してあげても……」
「いいえ! この際だから言っておかなきゃ! 何時まで経っても改めないんだから……っ!」
何故だか真帆の説教が始まり、海人は勘弁してくれと耳を塞いで逃げ出そうとする。
置いてきぼりになりつつあったアレイシヤだが、二人の様子を見て自然と笑みがこぼれ、クスクスと笑っていると二人もそれに気が付き、真帆は渋々と説教を止め、海人も肩を竦めさせて問い質した事を謝った。
「カイトさんが謝ることは無いんです。……私がちゃんと説明をしていればよかったのですから」
「聞かせてくれるのか?」
「はい……。で、でも……、カイトさんやマホさんには信じ難い話になるかもしれませんが……」
「俺ならどんな話でも大丈夫だ。昨日の事もあるし、それにコレもあるしな」
そう言って海人が見せたのは右手に填まる腕輪である。
その身で非日常的な体験をしており、今もこうして証拠として残っているという事で、海人は受け入れる用意が出来ている。
一方で真帆はどうかというと、全て信じられるか不安だけれどと素直に心の内を明かし、それでも出来れば信じたいと、知る事を望んだ。
「……お二人とも、ありがとうございます」
「礼は全部済んでからでいいさ」
「そうね。聞いてみないと始まらない事だし」
二人の優しさを改めて身に感じたアレイシヤ。彼女は、少しだけ涙ぐみながらもちゃんと伝えなければと、自身がここに居る理由を明かし始めた。
「――――私は、この世界ではない別の世界、シュトラルヴェルトから来ました」




