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境界世界のクロニクル  作者: まるた。
一章 少女の鬱屈
9/21

死力をつくせ(下)

 お姫様(ギンカ)騎士(シグ)の不毛なやり取りを余所に闘技場で鎬を削っている魔法使い(メルク)治療師(イド)


 距離が離れたことで、メルクには多少余裕が出来ていた。

 片腕の不利も魔法を使うことで帳消しだ。


 メルクは空気を踏んで、上空から地を駆けるイドを見下ろしていた。

 その身にかかる重圧を無視しながら、彼女の手の届かない所からの魔法の弾幕。


「──────はあっ!」


 裂帛の気合と共に飛来したいくつもの雷球をイドが受け流し、切り払う。

 先程の急場しのぎの牽制で撃った一撃の比ではない。

 魔法使いが集中し、精神力(まりょく)を込め撃ちだされた(いかずち)は、弾かれたり躱された余波だけで闘技場の景観を破壊していく。


 メルクは横目でと観覧している二人の様子をうかがう。

 少女(ギンカ)は気がついていない様だが、騎士(シグ)は常にさり気なく戦場(こちら)に気を張っている様子がわかった。


 ───それなら、もっと派手にやっても大丈夫だろう。


 と、メルクは己のギアをさらに一段あげる。

 掌の上にあった雷球を握りつぶす。


 ───集中だ。


 精神(いしき)魔素(マナ)と接続。

 それは大気中に存在する魔素を身体に取り込み、ろ過して精神に流し込む作業。

 不純物(まりょく)侵された(みたされた)心臓がドクドクと早鐘を打つ。

 身体(にくたい)は魔法を扱うための単なる部品(パーツ)にすぎない。

 引き金(トリガー)となるのは呪文と精神(いし)


 メルクの身体から、制御されずにあふれた魔力が紫電となる。


「滅びの日には喜んで葬送の唄を歌おう。(やすらぎ)は等しく訪れるだろう」


 素早く何も無い空中に指で魔方陣を描く。


「罪には罰を。咎人は己の罪を知るがいい!」


 轟音とともに(いかずち)が鍛錬場へと降り注いだ。

 眩いほどの光が網膜を焼いてメルクの視力が少しの間、失われる。


 ───この程度でどうにかなる人なら、最初から苦労はしない。


 視力が回復しても土煙が辺りに吹き荒れており、視界は未だに悪いまま。

 彼女(イド)がどうなったかは見えなかった。

 それに構わずメルクは剣を真横に振るう。


「───風よ」


 鉄の剣が大気を切り裂き、その切っ先には風が集まりだす。


 風はクルクルと剣先で回り一点に収束していく。

 彼はそれを十字に振り下ろす。

 魔法は一条の風となり、イドが居るだろう場所へ駆け抜けて大爆発を引き起こす。

 地面が破壊され粉塵が巻き起こる。


「おっと」


 と、煙の中から鉄の剣がメルクに向かってくる。

 風を操ってメルクはそれを防ぐ。

 煙が晴れると、ボロボロに抉れた地面の中心にイドは立っていた。


 流石に多少のダメージはあったようで若干埃にまみれているたりするが、未だにその眼差しからは闘志が消えていなかった。


「やっぱり、この程度じゃあダメか」


 彼女は少しくらいの怪我ならば回復してしまう。

 倒したいのなら意識を奪うか、一撃で戦闘不能に追い込まなければならない。


                ◇ ◇ ◇


 投げた剣が落ちてきたのをイドは受け止める。


「ふぅむ、千日手だな」


 と、魔法使いと同じように戦闘展開を考えていたイドはぽつりと呟いた。

 このままチマチマとした削り相では簡単な話、体力の限界を先に迎えた方の負けだ。

 彼女はそう思考を巡らせる。


 イドは跳ね返ってきた短刀(ナイフ)を素手で掴む。

 パリッと手に電気が流れて彼女の身体を一瞬痺れさせた。

 顔を顰めてそれを懐に収める。

 体力の削りあいなら魔法使いより自分の方が有利だ、という自負があった。


 そういえば、以前もこんな局面(シチュエーション)で魔法使いと闘ったことがあった。

 その時はこの膠着状況から本当にお互いの体力が尽きるまで延々と闘ってそれで。


 さて結果は自分(わたし)が勝ったんだっけ、とイドは思い出す。

 けれど。

 前回勝ったからといって今回どうなるかは誰にも分からない。


 ───なにより待つのは私の性に合わない。


 彼女(イド)魔法使い(メルク)を倒す為にはどうにかして近づかなければならない。

 それに彼女の好みの問題としても遠距離戦より接近して闘った方が好きだ。

 ならば問題となってくるのは、どうやって近づくか、ということだけ。


 だからイドは魔法の弾幕飛び交う戦場で、刹那足を止めた。


 ───少し無理をしてみよう。


 立ち止まって無防備にその身を凶弾に晒す。

 いくつかは切り払うが、止まっていてはそれも限界が訪れた。

 単純に数が多すぎる。

 肩に、腕に、全身に衝撃が走った。

 膝を突きそうになるのを、イドは足に力を込めてどうにか耐える。


 おもむろに右手を前に突き出す。


 ───考えることはない。特別な言葉も必要もない。それは呼吸をするのと同じに、出来て当然のことなのだから。


 手を握り締め、筋肉ではない力を込める。

 魔力がイドの総身を渦巻く。

 それは他の誰にも扱えない彼女だけの力。


 まるで重力が強まったかのような圧力(プレッシャー)。いや、ようなではない。


 事実、イドは重さを操る。

 戦場全体にかかる負荷を増々強めると、彼女自身にかかる圧力も応じて強くなる。

 それでもメルクは宙に留まったままで墜ちない。


 だが速度は目に見えて低下した。


「いくぞッ」


 直後、彼女は一瞬の隙を見つけ弾幕の合間を縫うように空をかける。

 剣はメルクの片腕で振るわれた剣に受け止められる。

 空中ではあまり力がのせられない。


「────墜ちろッ!」


 それでも。

 触れた箇所から途轍もない重力を共有する。

 頭上から叩き付けられた剣に、メルクが耐えられたのは一秒にも満たない。

 彼の身体は勢いよく地面に叩き付けられる。


 地に墜ちた彼は素早く立ち上がり身構えるも、イドは追撃の手を緩めない。

 間合いを詰めてのつばぜり合い。


「信じられないことする人ですね。ムチャクチャだ!」


「フッ、おかげでここは私の距離だ」


 拮抗は一瞬。

 彼の剣を弾いた。


「しまっ──」


 渾身の力で小賢しい防御ごと切り裂く。


「!? なんだ、チィッ」


 返す刃で切り上げようとして、剣がメルクの身体に吸い付いたようにして離れないことに気がついた。

 イドは剣を手放して徒手空拳でメルクを貫いて止めを刺そうとする。


 腹部を貫く一撃。

 メルクがくぐもった声をもらす。


「───捕まえた」


 そう言ってメルクが血にまみれた腕でイドの腕を捕まえた。

 ほとんど密着するほどのゼロ距離。

 自身さえ巻き込みかねない距離で彼は魔法を解放する。

 電気の塊が爆発を引き起こしてイドを襲った。


 ───かわせない。


 爆風にあおられてイドの身体は痺れて動けない、メルクのナイフが彼女の左胸を貫く。

 そのまま踏み込まれ、身体の捻りで彼女は蹴り飛ばされた。


 ゴホリ、と口の中から血が零れ落ち、イドは自身の赤い服をさらに鮮血色に染める。


 今のはマズい。

 ちょっと内蔵をヤッたかも知れんな、との自己分析。

 胸に刺さったナイフを抜き去り、患部に手を当てる。

 深い傷はそう簡単には治らない。


「ふ」


 それでもイドの口から抑えきれない哄笑が零れた。

 ちょっとの間、動ければいい。表面を治すだけならスグだ。


「あはははは、楽しいな!」


                ◇ ◇ ◇


 そんな彼女に正直メルクは引いた。

 普段比較的にかなりマトモな部類の人間なのに、戦闘時の彼女はそれはそれは筆舌に尽くし難く、頭のネジが外れた状態というか、テンションが高いとでも言えばいいのだろうか。


 兎も角、あまり相手にはしたくない。


「ははは……」


 口からは力ない乾いた笑みが零れる。

 なんというか、笑わないとやってられなかった。


「タネも仕掛けもありませんよ、っと」


 サッと手を振る。

 そして、呼応するように闘技場全体の地面から丸い紫電を帯びた球がポツポツと浮かび上がる。


「これは……」


 イドが辺りを見回すが周囲三百六十度の包囲、最早逃げ場はない。


「伊達にそこいらで適当に魔法を撃ってた訳じゃあないんですよ!」


 魔法の抑えが臨界点に達するとそれは雷を呼び寄せて、目標関係なく辺り一帯に電気の雨を降らせた。


 轟音が一時的にメルクの聴力も奪う。

 だから何処かで「殺す気か馬鹿!」とか少女の声が聞こえた気がしなくもないが、きっと気のせいに違いない。


「痛ッ」


 メルクは胸と腹の傷の具合を確かめるように押さえる。

 ドロリとした血が流れ、手を汚した。致命傷には至らなかったがもうあまり長くは続けられないだろう。

 アッチはどうだか知らないがコッチはそろそろ限界だ。


 イドの様子を窺う。

 対する彼女も大分満身創痍なようだったが、


「お互いに、最後に頼れる得物はやはりこれのようだな」


 地面に突き刺さった(メルク)の剣を引き抜きイドが言う。

 メルクも身体から彼女(イド)の剣をとって構える。


「散々、素手とかで僕をいたぶってくれた人間の言うことだとはとても思えませんね。だいたい僕はどちらかと魔法使いだと何度言えば………」


「気にするな。私は気にしない、つまり誰も気にしない」


 なんだその理屈は。


「これを最後の一撃としよう」


 イドは上段に剣を構える。


「そうですね。いい加減に決着をつけましょうか」


 メルクの剣から紫電が音をたててあふれ出す。

 終わりが近いことは、言葉に出さずとも二人とも空気で感じていた。

 どちらともなく有りったけの力を一撃に込める。


 呼吸を整え、間合いをゆっくりと詰める。

 示し合わせたように二人は同時に地を蹴ってぶつかった。

 ───交差の後、立っていたのは一人だけだった。

前評判の割りにやたらと追い詰められている様子に見えるイドですが、これはメルクが頑張って健闘したからです。

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