闘いのあとに
ああ、空がキレイだな。
夕焼けのように真っ赤な血色に染まって、陽光も一時の勢いが多少弱まっているし、風は清々しいし。
願わくば、空の赤色が血に染まった視界の所為でなければもっと清々しかったろうが。
地面に突き刺した剣を背に座り、メルクは空を恨む。
体中のあちらこちらが痛み、ギシギシ骨が軋んでいて不調がないところがないくらいだ。
さて試合が終わって。
「僕の負けです」
───まあ、健闘した方だろう。
と、いうことにしておこう。
「私の勝ちだな」
胸の傷を押さえながらイドが答える。
「楽しかったな」
「いや、それは貴女だけですから。間違っても僕を一緒にしないでくださいよ」
彼女との因縁の対決は結局、今回もメルクの黒星をまた一つ増やして終わった。
今回の敗因、彼女にあおられて無駄に剣で闘ったこと。
メルクの法衣はボロボロで血まみれ、眼鏡は壊れて多数の斬傷。
一方でイドは既に細かな傷の治療を終えていて、疲れの色も見えない。
「やれやれ、楽勝そうですね。気に入らない」
「いや、勝負は紙一重の差だった」
「ハッ、何起きたまま寝ぼけたこと言ってるんですか。どう考えても僕の完敗でしょう。謙遜のつもりですか? 高い所からもの言いやがって」
「そういう心算では無かったのだがな」
メルクは痛む身体をどうにか立ち上がらせ、壊れた眼鏡をかけなおす。
見た目いつも通りで、怪我一つ無いのに紙一重だったなんて言われて、はいそうですかと素直に頷ける程メルクは物分りがよくない。
「今回は私に有利な条件が多かったからな。それで勝てなければ騎士の中の騎士としての沽券に関わる。だが、次に尋常な勝負をすれば結果はどう転ぶか」
確かに、今回は色々と条件が魔法使いに不利だったかもしれない。
開始の位置がまず彼女に有利だったし、あまり距離をとる訳にもいかない上、周囲を巻き込む派手な攻撃も不味い。
後半はあまり気にしていなかったが。
「負けは負けです。いい訳はしません」
大体にしてお互いの得意分野がまるで違うのだから、結局どちらかが譲歩しないと成立しない試合なのである。
今回は魔法使いに不利な条件だっただけの話だ。
「というか、尋常にって貴女。だまし討ちみたいなセコイ真似をしておいてよく言えますね」
「何処がだ。大体、あれはお前の方が先に小細工に走るからだろう」
「なに言ってるんですか、あれは立派な兵法ですよ。引っかかる方が馬鹿なんです」
「ものは言いようだな」
「ふん。まあ、いいでしょう。その内に雪辱は晴らしてみせますよ。ええきっと」
「ふ、それではその時を楽しみにしているとしよう」
いらない約束をしてしまったが仕方がない。
譲れないものがあるのだ、男の子には。
そんな事を二人が話していると、シグがギンカを抱えて闘技場まで降りてきたのにメルクは気がついた。
「お疲れ様です。二人とも大きなケガがないようで何よりですね」
「ええ。他の細々とした傷は私が治しておきましょう」
「それは助かります」
「ではメルクは後で私の事務室に」
との事にメルクは頷く。
「いい闘いでしたよ、二人とも」
「そう仰っていただけるのでしたらそれは光栄です。時に、私は貴方とも手合わせ願いたいと思っているのですが、どうでしょうか?」
こちらが終わったと思ったらイドはさっそくシグにも突っかかっている。
元気なことだ、とメルクは呆れた。
「いえいえ、残念ながら遠慮しておきましょう。手負いの貴女に勝利しても自慢にはなりませんからね」
と、シグが彼女のナイフで刺された胸を指摘すると、イドは「う」と身を怯ませた。
「こ、この程度のキズはどうってことありません」
「それはそれで僕の立つ瀬がなくなるんですけど?」
そこへ、心なし沈んだ様子のお姫様が寄ってきた。
「大丈夫か」
「ええ、まあ。流石にちょっと疲れたけど、健闘した方だよね?」
ギンカは俯いてメルクの軽口には応えなかった。
「どうして……」
と、一度口にしてから躊躇いがちにその後を続ける。
「どうして君は闘ったんだ?」
「どういう意味?」
「それは僕のせい?」
その問いにシグなんかは何も言わずに、仕方ないとでも言いたげに首を左右に振るだけだった。
問いかける少女が思いのほか真剣だったので、メルクも真面目に応えなければと思案をめぐらせる。
そうですね、とメルクは前置きをした。
「確かに貴女の為に始めた事だったかも知れないけれど、貴女の所為ではありません。僕が自分の意思で選び、自分で行ったことだ。他の誰に強制されたことじゃない」
それだけは嘘偽りなく本当だ。
きっかけが何であろうと、発端が誰であろうと関係ない。
確かにらしくもなく熱くなりすぎていたかもしれないが、とは思う。
それで、少女の瞳から一筋の涙が落ちたのが見えてメルクはうろたえる。
「え、ちょっと、どうしたのさ。目にゴミでも入った?」
あまりに意外と言うか、珍しいと言うか、初めての光景だったので何と言っていいのかわからず、メルクは考えなしに自分でも間抜けだと思う質問をする。
「な、何でもない」
ギンカはブンブンと勢い良く首を振って何でもないと否定する。
銀色の髪が左右に振られるくらいの勢いだった。
「いや、でもさ」
「何でもないったら! しつこい男は嫌われるんだぞ」
何かを言う前にギンカが吼えて、二の句を告げさせなかった。
いつもの調子のようなそうでないような。
見間違いだったろうか。いや、そんなハズは……。
「女性を泣かせるなんて最低ですよ、メルク」
「全くですね」
シグの言葉にイドが同意する。
「泣いてないったら!」
「そういうことにしておきましょう。泣き虫さん」
シグは惚けたように笑う。
あれは絶対、何か知っているに違いない。
けれど結局、それ以上は追求されたくなさそうなので、メルクは何かを聞くのをやめたのだった。




