世界で一番嫌いで、
おまけのようなサムシング。
教官とカズホの仲の悪さは、訓練所内で有名だった。
「いつまで我流でサーベル振ってるつもりだ」
呆れたような声に、休憩中のカズホは顔を上げた。「げ」と露骨に嫌そうな表情を見せれば、教官は深い溜め息を吐く。
「前にも注意したはずだが」
「いいじゃないですか、勝ったんだから」
「よくない。動きが大きい分無駄な体力を食う」
教官はそう言うと、カズホの隣に腰掛けた。
「昔の癖が抜けてないだろ、お前」
「よくおわかりで」
訓練場を見渡しながら、教官が指摘する。対するカズホは皮肉っぽく返すが、彼が特に気にする様子もないのが悔しい。
教官の視線が、ある一点で止まる。
「――あいつだったな、確か」
カズホと同じく、休憩中の訓練生。上背があり、なかなか体格に恵まれた男子である。
その男子相手に、カズホは先ほど剣術の訓練試合で勝ったのだ。
「……この前、格闘術の訓練でぼっこぼこにされたんで」
「そのリベンジか。確かにお前、身長は大してないからな」
「教官に言われたくないです。まあ、エイト兄さんくらいは確かに欲しかったですけど」
はーっと大きな溜め息を吐き、空を仰ぐ。抜けるような青空に雲はなく、夏の強い日差しが容赦なく照りつけてきている。
「お前らいいところで水分補給しろよーっ!」
教官が訓練場全体に響くように声をかける。何人かが「はーい」とへろへろになりながら返した。
「……エイト兄さん、元気かな」
「新人の指導が大変だけど楽しい、とこの前手紙に書いてたぞ」
「なんで教官には手紙が来て俺には来ないんですかね」
「お前によろしく、と最後に書いてあった」
「扱い雑じゃないですか?」
「弟なんてそんなもんだろ」
ばっさり斬り捨てる教官はカズホに優しくない。
カズホは「あーあ!」と嘆息した。
「早く訓練生なんて卒業して、諸島のほうに配属されたいです。そしたらエイト兄さんの傍に行けるのに」
「お前はそればっかだな」
教官はよっこらせ(爺くさい)とベンチから立ち上がると、近くに壁に掛けてある訓練用サーベルを取った。直接指導に入るらしい。
「あそこは港が小さいから、行ける奴は限られてくる。希望者の中から成績を見て選ぶから、相当頑張らないと無理だぞ」
「……わかってますよ」
「わかってるならサーベルの型くらい正しく憶えろ」
「……」
カズホは教官に続いて立ち上がると、サーベルを腿の横に添えて、直角に辞儀をしてみせた。礼儀正しく出来ないわけではない。ただ、この人にはあまりしたくないだけで。
「お手合わせ、一番にお願い出来ますか」
「……ほう」
カズホが顔を上げると、教官は笑っていた。どこか満足げな、ややむかつく笑み。この人が笑うとどうにも腹が立つ。が、ここは露骨に嫌そうな表情を見せるだけに抑える。彼がそんなことにいまさら目くじらを立てる性格でもないことはわかっている。
「いいだろう。格闘術の時みたいにぼっこぼこにされなければいいな」
世界で一番嫌いで、二番目に尊敬出来る人。
「その時は、次でリベンジしますので」
その人を倒すのが、カズホの目下の目標である。
教官と一帆は、仲が悪いのによく一緒にいることで、訓練所内で有名だった。
完結です! 読んでくださった方々、ありがとうございました!




