【番外編】ピクニックと臨時の指輪
本編直後のリリアとケトスのお話です。
「失礼ですが、本当にリリアと婚約するのですか?礼儀も作法もなっていませんけど」
「令嬢としての嗜みはからっきしですよ。繕い物は上手ですけど」
「その、性格も従順とは程遠いくて・・・村の男を言い負かすぐらい気が強いですけど」
リリアとの婚約は正気かと口々に問いかけられるケトスの隣で、リリアは俯いて耐えていた。
反論しようにも言われていることは事実だし、リリアだって本当にいいのかな?とは思ってる。
それにケトスに問いかけている面々は何を隠そうリリアの家族だ。
家族とは言え、家族だからこそ、ひどい言われようである。
もうちょっと!少しぐらい良いところを言ってくれても良いんじゃないの!?
リリアが不貞腐れ始めたところで、ぐっと腰が引かれた。
「リリア嬢がいいんです。リリア嬢でなければ、私は婚約も結婚もする気はありません」
リリアが見上げると、ケトスに腰を引かれたせいで至近距離の斜め下から見ることになり、ケトスの瞳がちょうど眼鏡と顔の間の隙間から見えた。
いつもの無表情だけれども、目元がほんの少し赤い。レンズで覆われれば消えてしまいそうなほどの淡さだが赤い。
家族の方に目をやると、あまりにも堂々と愛の告白をされて絶句している。
というか、ケトスのことを珍獣のような目付きで見るのはやめてほしい。
リリアは急に可笑しくてたまらなくなり、笑いながらケトスに抱きついた。
ギョッとしたケトスが思わず両手を上げてバンザイの格好になっている。
「ちょっと、ここは抱きとめるとこじゃないの?」
文句を言われ、やれやれとした表情のケトスがふんわりとリリアの体に手を回す。
ケラケラとリリアが笑う振動が伝わるのか、くすぐったそうな顔をしている。
「お父様、お母様、マーキス、心配しないで。ダメだったら出戻ってくるから」
「そこは、添い遂げる決意を述べるべきじゃないんですか?」
先ほどとは違う意味でギョッとしたケトスが、リリアに回す手に力を込める。
「だって、結婚するのも婚約するのも初めてだからわからないじゃない。ケトスと私は仕事仲間だったけど、そんなに長い付き合いじゃないし」
はーっと額に手を当てながらケトスはため息をつくと、こう宣言した。
「これから長い付き合いにしますよ」
ライナスの婚約式が終わり、リリアが帰る時にケトスは一緒について来た。
仕事は?と聞いたら、とっくに調整済みだと言われたがいつから調整していたのやら。
リリアの両親に挨拶するついでに2泊するらしく、それも既に連絡して了承を得てるそうだ。
怖いから、こんなところで仕事ができるのを発揮しないでほしい。
で、ケトスは到着して両親に挨拶した途端にリリアの家族全員から正気を疑われたわけだけど、最後は憐れみの目を向けられてすっごく励まされていた。
逆にリリアは「ケトス様をもっと大事になさい。こんな奇特な人もういないんだぞ!」とすっごく説教された。
移動疲れもあって、すぐに休んだ翌日。
リリアはケトスとピクニックに行くことにした。
本当は、いつも通りに農地の手伝いをしに行ったり粉挽き水車の様子を見に行こうかとリリアは思っていたのだが、家族から止められた。お願いだからケトス様をちゃんとおもてなしするようにと釘を刺されてしまった。
リリアはどうしたもんかと悩んだ結果、ケトスをピクニックに誘ってみた。
ちょうど日差しが暖かくなってきて外でご飯を食べるには気持ちがいいはずだ。
ケトスが了承してくれたので、リリアは朝からいそいそとピクニックの準備をしていた。バスケットに食べ物やら飲み物やらを詰め込んでいく。
屋敷のコックに頼んでもいいのだがリリアはこの準備が好きなのだ。実際に食べる時を想像しながらあれやこれやと準備するのは、とてもワクワクして楽しい。
と、いつの間にかケトスがやって来て準備を手伝ってくれる。お客様なんだからいいのに。とリリアが言うと「お客様ではなくて求婚者ですので」と理由になっていないような返しをされて結局最後まで手伝われてしまった。
でも2人で食材を選ぶのは楽しかったし、ケトスはバスケットに詰めこむのが上手だった。パズルのようにピッタリと詰め込むのにリリアは感心してしまった。
準備をして屋敷を出るところで、弟のマーキスに出会った。犬のあーちゃんと遊んでいたようで隣であーちゃんが、わふわふ言っている。
「姉さま、ピクニック日和ですね。いってらっしゃい」
マーキスは懸命に隠そうとしているが、目はバスケットに釘付けになっている。姉のリリアからして見れば行きたがっているのはバレバレだ。貧乏貴族のクーグリタ家にとってピクニックは貴重なレジャーなのだ。
「マーキスとあーちゃんも一緒に行きましょう!」
「ええええっ!いや、さすがにそれは・・・」
「そうですね。そうしましょう」
マーキスは必死に辞退しようとしたが、ケトスにまで誘われては断るわけにはいかない。
え、姉と姉の婚約者のデートに同伴する弟ってどうすればいいの?
マーキスの複雑な心持ちなんて関係なく、犬のあーちゃんが嬉しそうに尻尾を振ってウォンと鳴いた。
3人と1匹のピクニックはマーキスが心配したほど気まずくはなかった。
最初は爵位が上の貴族であるケトスにガチガチに緊張していたマーキスだが、すぐケトスと話すのに夢中になってしまった。
ケトスは信じられないほど博識だった。マーキスが今まで疑問に思っていたどんなこともちゃんと答えてくれる。しかも、決して自分の考えを押し付けようとはせず、「・・・と言う説が一般的ですが・・・と言う人もあります」「・・・という理由から私は・・・と考えていますが、これは私の個人的な考えです」と根拠と自分の考えを分けて話してくれるのが非常にわかりやすかった。
「2人とも〜!お昼食べましょう〜!」
マーキスがはっと気づくと、太陽が既に高い位置に来ていた。
どうやら午前中いっぱい話し込んでしまったらしい。
おまけでついて来た自分がケトス様を独占してどうするんだ!
自己嫌悪に項垂れるマーキスの頭の上に、ケトスがポンと手を置いた。
「リリアと私はこれから一緒になるんです。いくらでも時間はありますよ。それに、私はリリアの大切な家族とも親しくなりたいと思っているんです。後、私とマーキスも兄弟になるんですから様はいりませんよ」
ケトスはそれだけ言うと、バスケットの中身を広げ始めたリリアの手伝いに行ってしまった。
マーキスは頭に残るケトスの手の感触をたしかめるように両手をあてると、自分も手伝いをするために走り出した。
お昼はお手軽サンドイッチだ。
バスケットから取り出された手のひらサイズの丸パンと野菜やハムなどの具材とソースが敷物の上に並んでいる。
「ケトス、食べ方わかる?この丸いパンにナイフで切れ目を入れて、好きな具材を挟んでお好みでソースをかけるのよ」
なんとも田舎っぽい雑なサンドイッチだし、ちゃんとしたサンドイッチと違って大口を開けて食べる必要があるのだが、ケトスは美味しそうに食べている。
マーキスも期待してはいなかったが、思った通り姉はケトスのサンドイッチを作ってあげるようなもてなしは一切せずに、やり方を教えただけである。飲み物もご自由に方式だ。
最初こそ、王都の貴族しかも伯爵位の人の対する態度として杜撰すぎないか?と姉の対応を心配したマーキスだが、どうやらそんな姉の対応をケトスも気に入っているらしいことはこの短時間でもわかった。
ケトスは元々は商家の出で伯爵の養子だと聞いているので、庶民的な方が安心するのかもしれない。
むしろ、パンに具を詰めすぎて、食べた途端に具が溢れ出したリリアの方がケトスに世話を焼かれている。さすがにそれはどうなんだろうか。
ちなみに、落ちた具材はあーちゃんが美味しくいただいていた。
食事が終わると、マーキスは今度こそ姉とケトスが一緒にピクニックを楽しめるようにと、1人で花畑の方へと向かった。一緒にあーちゃんも連れて行こうとしたのだが失敗した。
あーちゃんの大好物、レタスで釣ろうとしたのだが(あーちゃんはシャクシャクした食感が好きなのだ)あいにくリリアの方が大きいレタスで釣っていた。
姉さま!!そういうとこだよ!姉さまの残念なとこ!得意そうな顔するとこじゃないから!!
マーキスは仕方ないので、あーちゃんにあげるはずだったレタスをパリパリと食べながら、1人で花畑へ向かった。
リリアは手にしたレタスをケトスに分けると、ケトスからあーちゃんに与えさせていた。ケトスは今まで犬に触れたことがないそうで、ずいぶんおっかなびっくりしていたが、好物のおやつをもらう度に「ねえ、もっと」と目を輝かせるあーちゃんの相手をするにつれだいぶ慣れてきたようだ。
ちなみに今の「あーちゃん」は2代目で、リリアが小さい頃に初代の犬を「あー」「あー」と呼んでいるうちにそれが名前となってしまい、それからなんとなく犬につける名前は「あーちゃん」になってしまったのだ。
リリアはあーちゃんのもふもふを存分に堪能でき、かつあーちゃんも喜ぶ触り方をケトスに教えていく。ケトスに何かを教える立場というのは非常に貴重でとっても楽しい。
「ほら、こうやって、こんな風にしてこうやって撫でてあげて」
リリアに言われた通りに、ケトスがあーちゃんに手を回し首の下をさすってやる。嬉しそうなあーちゃんが尻尾をブンブン振りながら、ケトスの顔をベロンと舐めた。
ケトスは、嬉しいけど少し困ったようなちょっと情けない顔であーちゃんに応じている。
え、なんか表情の乏しい男がかわいい動物と戯れる様子ってすごくいいんじゃない?いつもは皺ひとつない服装が、くしゃくしゃで犬の毛だらけなのもポイント高い!
とリリアは謎視点でご満悦だ。
「姉さま!これあげる!」
リリアがケトスとあーちゃんの組み合わせを愛でることにハマりかけた頃、突然マーキスがやって来るとリリアの頭に花冠を被せてきた。
そしてそのまま、ポケットに残しておいたレタスであーちゃんを誘い出す。
ケトスに撫でられていたあーちゃんはマーキスの持つ大好物を見つけると、ウォフ!と張りのある声で鳴いてさっさとマーキスの方へ行ってしまった。
取り残されたリリアとケトスは、顔を見合わせて苦笑した。
どうやらマーキスに気を使われたらしい。
ふと、ケトスはリリアの頭上にある花冠に目を留めた。
「ちょっと待っててください」
とケトスは少しリリアから離れると、何やら真剣に作業を始めた。背中を向けてるので何をしているのかは見えない。
日向ぼっこをしながら待っていたリリアは、戻ってきたケトスに手を取られた。リリアが不思議そうにしていると、そのまま指に白と黄色の小花で作ったリングがはめられた。
「母の形見のリングは今サイズを直していてありませんから、その代わりです」
この人はいつの間にこんなにロマンチストになったんだろうか。
リリアは照れ臭さと嬉しさから、眉尻を落としながら困ったような顔で笑った。
そして、何かお返しをしたくてケトスの眼鏡に手をかけ、ゆっくり外す。
眼鏡が外れると、ケトスの裸眼と目が合った。
そして、あーちゃんのよだれで汚れたレンズを拭いてあげて、そっと戻した。
「もうちょっと違うお返しないんですか?」
期待していたのと違ったらしくケトスは不満そうだが、リリアはそれは次回にとっておくことにした。今はこのむず痒い気持ちでお腹いっぱいだ。
それに、まだまだこれから、2人で過ごす時間はたっぷりあるのだから。
たくさんのブクマに評価に感想まで!
本当にありがとうございます。
お礼も込めて番外編書きたい!と思いつつ舞台が定まらず時間がかかってしまいました(^-^;
文字数も足りるか心配してましたが、書き出したらあっという間にこんな文字数でした(笑)
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。