第76話 最強の騎士誕生?3
「ルータス様、これにて準備完了でございます」
ベールは自信満々に声をあげる。
ルータスは鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめた。
服は小さな汚れ一つないほど丁寧に洗濯され防具はテカテカに磨き上げられている。
そして身につけた赤い大きなマントには王家の紋章の刺繍が施されていた。
綺麗になったのは服装だけではない。
髪の毛はサラサラツヤツヤに輝いていて、毛先は綺麗に整えられていた。
ルータスは生まれて初めて髪の毛をまともに切ってもらったのだ。
こうも急にピシッとしすぎると変化に追いついていけない。
鏡に映った姿にルータスは違和感しかおぼえなかった。
「なんか……自分じゃないみたいだ」
ルータスの率直な感想である。
「まずは慣れてください。ルータス様は騎士なのですから」
「そうですか……」
そう言われてもどうしたものか……
こうなったらなる様になるしかない。
準備完了のルータスはベールにお礼を言った後すぐに王座の間に向かう。
扉の前に立つと心臓の鼓動が高鳴るのが分かる。
ルータスは意を決して扉を開けると玉座に座っていたユーコリアスと視線が合った。
ルータスの顔を見るなりユーコリアスの表情が一気に明るくなり、
「おぉー! やっぱりカッコいいではないか!」
ユーコリアスは玉座から飛び上がると軽やかな足取りでルータスの下まで走ってきた。
それに合わせルータスは膝を付く。
ユーコリアスはルータスをまじまじと見つめぼそりと呟いた。
「95点くらいね――」
「な、なんでしょうか?」
「いや、なんでもないわ」
ユーコリアスはゆっくりとルータスの周りを回りながら時より何か頷いている。
ユーコリアスは一周回り終えると再びルータスの正面に立った。
ユーコリアスは何も言わずじっとルータスを見下ろしている。
ルータスは下げた頭の先にビリビリと視線を感じていた。
もしかして何か間違ったことをやってしまったのか?
騎士の作法など知るはずのないルータスの不安は積もる一方である。
「どうかしましたか?」
限界に達したルータスは思わず声を出す。
「ルータス、立て」
「はっ!」
ルータスはすぐに立ち上がる。
「何か気づかない?」
そう言ったユーコリアスは両手を広げた。
ルータスは頭をフル回転させ意味を考える。
見たところによると先ほどと変わっているのは服装だけだ。
先は女王に相応しい豪華な服であったが今は少し大人っぽい肩の部分が大きく開いたドレスの様な服である。
恐らくこれが普段着なのだろうか?
可愛い顔と大きな胸にぴったりの服だ。
女王ではなく街で見かければ間違えなく声をかけているだろう。
当たり前だがそんな事できるはずもない。
しかしルータスは一つの答えにたどり着く。
「女王様、とてもよく似合っていて美しいです!」
ルータスの言葉を聞いた瞬間にユーコリアスは一気に笑顔になりクスリと笑った。
その笑いにどんな意味があったのかルータスには分からない。
「そうか、そうか! でもまだ何かぎこちないな……ふむ――」
ユーコリアスは少し考える素振りを見せるとくるりと背中を見せた。そしてルータスについてくる様に手で合図すると王座の奥へと歩き出した。
奥にあった螺旋階段を上って行きその先にある扉を開けユーコリアスは開くと、
「入って――」
「はい」
中に入るとそこはどう見ても女の子の部屋である。当たり前だが中には誰もいない。
間違えなくユーコリアス女王の部屋だろう。
ユーコリアスはルータス前に仁王立ちをしながら、
「これから重大な使命を言い渡す」
「はっ!」
只ならぬ雰囲気にルータスの声にも気合が入る。
しかしユーコリアスの口から出た言葉は思いもよらないものだった。
「公式の場以外ではその堅苦しい態度を止めろ。私をもうちょっと普通の女の子として扱って」
「はい?」
何をこの人は言っているんだ?
これがルータスの率直な感想であった。
思っていた事が顔に出ていたのかユーコリアスは少し不満をあらわにしながら、
「だから、ガチガチの態度だと話しにくいではないか!」
「ですが女王様――」
言いかけのルータスの言葉をぶった切りユーコリアスは指を指す。
「その女王様も禁止よ! ルータスは私の騎士なんだからケビン同様に姫様でいいわ」
「分かりました! 姫様!」
ルータスはすぐに従う。
「うむ、うむ、ルータスと私は丁度歳も同じだから2人の時は軽い感じで行きましょう。それとね――」
ユーコリアスは美しいネックレスを取り出しルータスに見せる。
「これは?」
いかにも高そうな金のネックレスの先には王家の紋章が刻まれた丸いコインがぶら下がっている。
「今後、城を出入りするにあたって必要になるときもあるはずよ。これを肌身は出さず付けておいてね」
そう言うとユーコリアスはネックレスのチェーンを外しその両端を持つとルータスの正面から首に手を回しネックレスを付け始めた。
「――! ひ、姫様」
これはほとんど抱きつくような形となっていて体(胸)も密着している。顔は吐息が当たるほど近く顔を見られない。
と言うか必要以上に引っ付いているような気さえした。
「い、いいの! 歳も同じなんだからいいの! 動くとちゃんと付けられないわ!」
どういう理由だよ! と突っ込みを入れたくなったが口に出せるわけもなく余計なことをしないようにルータスは無心で目を閉じる。
クンクン――
引っ付いたユーコリアスが動くたびにほのかに飛んでくる匂い――
これは確か初めて合った時と同じ匂いだ。あの時は初めて頬にキスされてドキドキだったな。
まさか女王様とは思わなかったが……
それにしてもなんで女の子ってこんないい匂いがするんだろうな。
いま、待て、これは女の子の匂いなのか?
アイはこんないい匂いはしない気がする。
ということはこれはもしかして――
高級な女の子の匂いだ!
などとルータスの頭はフル回転していたが、冷ややかな一言が現実に戻してくれた。
「ルータス、聞こえているぞ……」
あ……
「つ、つかぬ事をお聞きしますが、一体どこまで聞こえていました?」
「お、女の子の匂いがどうとか……」
「す、少し、過去の余韻に浸っていまして――」
全く理由になっていないし自分でも何を言っているのか分からい。
するとユーコリアスはルータスの首に回した両腕に力を込めギュッと抱きしめる。
「あの時はありがとうね。頑張ってくれたら又キスしてあげるわ。で、でも今日だけは特別よ」
ユーコリアスの声と同時にルータスの頬に柔らかい感触が伝わる。
懐かしい感触と言ってもいいだろう。
一気に心臓は高鳴り頭に血が上るのがわかる。
ユーコリアスは頬から唇を離すと顔をルータスの正面に向けた。
鼻先が当たりそうなほどの距離で2人は視線を合わすとユーコリアスは少し顔を赤らめ下を向いた。
ルータスは我慢できずに、
「ひっ、姫様、少し近いです!」
悲鳴に近い声を上げる。
するとユーコリアスは意地悪そうな笑みを見せながら、
「もしかして、ドキドキしてる?」
女の子に縁のなかったルータスがそんなことをされて冷静でいられるわけがない。
ルータスは首を縦にブンブン振る。
ユーコリアスは首に絡めた両腕をパッと離すと一歩後ろに下がった。
「クフフ……歳が同じだからいいの! そういうことよ。これから私をずっと守ってね」
そういったユーコリアスの顔は本当に嬉しそうだった。
ルータスもユーコリアスが時より見せる年相応の仕草に胸の高鳴りは続いた。




