8話「近似の矜持」
俺とマルカは、急いで闘技場の中へと向かった。
だがその通路は、中に入ろうとする観客や立ち見客でいっぱいになっており、容易に通り抜けることはできない。
これを見るに、観客席も満員なのだろう。
「そうだ、マルカさん!オーナーに頼んで、別の場所から入りましょう」
マルカが露骨に嫌な顔をした。
「あの人、何度断っても試合のオファーをしてくるんですよ―――まぁけどしょうがないです。よろしくお願いしましょう」
舌打ちが文節を区切るようにして出ていたような気がしたが、聞かなかったことにしておこう。
さっそく、俺たちは運営本部に向かってオーナーを探したが、そこにはいなかった。
受付に聞けば、彼は闘技場内のVIP席で試合を観戦する予定なのだそうだ。
俺たちは再度、観客席へと向かうことにした。
VIP席は入口から最も遠い所、そして闘技場で最も柵に近い所だ。
おととい、貴族のような人たちが観戦していた所、と言った方が早いか。
「マルカさん、『C』ってのはどんな奴なんですか?」
目的地へと走っている間、俺はマルカに質問する。
「入ってきた情報によれば、大きさは2mほどで筋骨隆々、全身に真っ白のボディースーツを着ていて、顔には同じく白い仮面をつけている。そして、全身を駆け巡るようにして赤く光るラインが通っているらしいです。」
「あと、聞きなれない言葉を話すらしいです。言葉とも形容できないような、なにかを」
「その言葉から、なにか素性だったり情報だったりを掴めそうですね」
―――意味の理解さえできれば、だが。
ちなみに俺はこの世界、コルバスに来てからというもの、言葉は通じるのに文字は読めないという面白い状態にある。
日本語と文字は違うが発音は同じなのか、あるいは俺自体に翻訳機能のようなものが付いているのか、その理由は分からないが。
そうこうしているうちに、VIP席に到着した。
「オーナー!!あのモンスターは危険です!今すぐ試合を―――」
「まぁそういうでない。危険こそが醍醐味じゃあないか、カイ君」
オーナーは『C」の危険性をなんとも思っていない様子で、俺を諫めるようにして言う。
すると、マルカがオーナーに近づき、密着したままその耳元に語り掛ける。
「””あなたは、アレがなんだか分かっていますか?””」
迫力。
俺が昨日受けたものと、同じ迫力だ。
すると、マルカの左手が淡い金色に光っているのが見えた。
心を見透かされている、神々しいまでの恐怖。
彼の迫力はストーンによるものだったのだ。
「い、いやぁ、知らないねぇ?私は仕入れただけに過ぎないよ」
オーナーは冷や汗をかいて、しどろもどろに言う。
だが、マルカの左手は発光したままだ。
「質問を変えます。””あなたは私のストーンの能力を知っていますね?””」
「あぁ―――『ライアーストーン』のことであろう。相手に密着して質問をし、その回答の真偽を判別できる能力と聞いている」
「ではもう、私に「バレている」ということを、あなたは分かっているのでは?」
とてつもない目力。
オーナーはそれに圧倒され、萎縮している。
凶器や器具の類は一切用いていないが、これはもう「拷問」と形容するしかないだろう。
そして、白旗をあげたようだ。
「『導騎士団』副団長、近似のマルカ=バツカを舐めないで頂きたい。」
オーナーは『C』に関して、渋々語り始めた。
数日前に見つかって捕らえられたのはたしかに事実。
奴が意味不明な言葉を話していたこともまた事実であった。
だが、オーナーはそれを聞いた瞬間、感じたこともないような苦痛のイメージを脳に投射されたのだという。
―――皮膚から石が生える。
―――苦しい。痛い。身体が焼ける。
―――殺す。殺す。殺す。
俺はその時なぜか―――カラミティのことを想像していた。
カラミティとは、大災害の被害を一点に集めることによってできた世界である。
初めてその存在を知った時、俺は台風や雪崩、火災や疫病といったおぞましい物々が同時に多発している情景を想像した。
もしそれが合っているなら、『C』はカラミティからやって来た存在なのではないか、と。
そして、オーナーは『C』を戦わせねばならないという強迫観念と、ひどい頭痛に襲われた。
不思議なことに、『C』が闘技場の試合に出る方向に物事が進むと、頭痛は緩和されたそうだ。
そして実際に試合が組まれた。
つまり、彼は半洗脳状態にあった、と言うのが正しいだろう。
オーナーが話している間、マルカはその後ろに立って、じっと彼を監視していた。
そして、話し終えた途端に膝から崩れ落ちた彼を、とっさに左腕で支えた。
その左手首には、仕事を終えて疲れ果てたように、ゆっくりと光を消していく黄色い石が見えた。
「それではァッ!第五試合の選手紹介をぉ―ッ!」
―――まずい!試合が始まる!!
MCが声をあげる。
すると、観客のボルテージは最高潮になり、どんどん盛り上がっていく。
まるで、これから起こる惨事に対して、ハイになっているかのように。
まずは、『C』と組み合わせられた相手選手が紹介される。
それに合わせてその選手が入場口から出てくる。
すると、『C』と思わしき真っ白い巨体の何かが、反対側の入場口から出てきた。
「なんだなんだぁ?」
「気が早ぇこった」
観客からはヤジや混乱の声が聞こえる。
自分の紹介を待たずして、選手が出てきたことに驚いているのだろう。
相手の選手もまた、状況を飲み込めていない感じだ。
そして―――
『C』が身体にぐっと力を入れると、全身の赤いラインが発光し始め、―――
「・・- ・-・・・ ・-・・・ ・-・・・ ・-・・・ ・-・・・!!!」
―――うおおおおお!!!
あらゆる方向に向けて赤いレーザーが放たれた―――!!
闘技場の壁や柵、階段が無残にも刈り取られた。
レーザーで焼けたことで、辺りは煙や焦げ臭いニオイで充満している。
観客たちにも被害が出ているようだが、全てを把握することはできない。
また、俺たちのいるVIP席は、レーザーの範囲外だったようだ。
しかし、危険な存在に慣れていそうなオーナーや運営側の人間でさえ、あまりの凶暴さに驚いている様子だ。
「カイさん!周りの人を誘導して、ここから離れて」
マルカが強い口調で言った。
「けどマルカさん、戦闘向きじゃないんじゃ!」
「これでも副団長だ!心得はある、安心しろ」
「はい―――わかりました!」
俺はこの場をマルカに任せることにして、運営やVIP扱いの人間たちを外へと誘導する―――
「---・- ---・- ---・-」
―――殺す。殺す。殺す。
この世界の人間を、皆殺しにしてやる!!!
『C』は荒れ狂っていた。
だがそれは生得の自我からではなく、あくまでプログラムされたものである。
人間ともモンスターとも違う、人造兵士と形容するべき存在だ。
兵士Cは、周囲の人間を殺戮するという命令を全うする―――
「おらああああ!!」
レーザーをなんとか避けていた対戦相手の戦士が、剣でCに斬りかかる。
勢いと力はかなり強く、Cも無傷では済まないだろう。
がしかし、Cはまるでおもちゃを扱うかのように、剣を軽く掴むと、ポキッと折ってしまった。
そして仮面の赤いラインからレーザーを放ち―――その戦士を焼き殺した。
すると、騒ぎを聞きつけたのか、控えていた戦士たちがフィールドに入ってきた。
そのどれもが闘技場で勝ってきた歴戦の猛者だ。
そしておぞましい怪物を見つけると、己の武器で果敢に立ち向かってゆく。
がしかし、Cの硬い身体と凶悪なレーザーの前に、剣や弓矢、盾や防具は効果を成さない。
なぎ倒され、踏みつけられ、そして焼き殺されてゆく。
―――圧倒的な戦いであった。
戦士たちが束になって挑んでも、死体の山に送られるだけだ。
対するCはその場をほぼ離れていない。
ある意味ではCの足止めに成功しているようであるが、Cの行動原理が人間の殺戮である以上、むしろ獲物が自分から首を差し出しているに等しい状況である。
「なんだアイツは―――」
「勝てない―――」
戦士たちの目に絶望が映る。
力で生き抜いてきた者たちの、その力が通用しない。
戦士の中には逃げ出すものもいた―――
闘技場の外。
カイは、走っていた。
たしかにマルカにはストーンがあるが、おそらく戦闘の方は地力だ。
あんなに凶暴な相手には敵わない可能性が大きい。
そして、カイも非力な高校生にすぎず、自分ではどうしようもなかった。
だがカイは、この状況を打破できそうな、唯一の人間を知っていた。
選手たちの控室に向かうと、騒ぎを聞きつけて出てくる戦士たちとすれ違う。
人の雪崩をなんとか切り抜けて中に入ると、一人だけ座っている者がいた。
―――あの少年だ。
「この前の人か。なにか、あったのか?」
「レイ君!ヤバい奴が人を殺して回ってる!!君の力を借りたい!!」
「あぁ、それでこんなに―――分かった」
カイは、レイを連れてフィールドへと走り出した。
マルカ、どうか生きていてくれ―――そう思いながら。
そして、場面はフィールド内へと戻る。
「C!””貴様の目的は殺すことだけか!!””」
マルカが観客席から叫ぶ。
そして、華麗な身のこなしで柵を飛び越え、フィールドに着地した。
「---・ ・・- -・ ・・」
―――そうだ。
Cは肯定の意を示した。
対するマルカはその言葉を理解できない。
だが、『ライアーストーン』の能力で、回答の真偽そのものを理解した。
密着していないと能力を発動できないという前提条件が、そもそものブラフだった。
マルカは能力を手にしたとき、咄嗟にそうしておかねばと思った。
真実を見分ける力の、真実の見分け方そのものを偽って広めておいたのである。
ゆえに、遠くからでも回答の真偽が分かったのだ。
―――Cの目的は人間を殺すことだけである、という「真」を。
すると、マルカは胸元のポケットからあるものを取り出した。
オレンジ色のデコボコした石。
その石は、太陽光を反射して面白いほどにキラキラと輝く。
『クローストーン』だ。
彼を副団長たらしめる、もう一つの要因。
そして、もう一つの異能の源であった。
マルカは右手につけられたもう一つのウォッチの姿を露わにした。
そして、そこにクローストーンを装着する。
ウォッチはストーンを読み込むと、まるでPCを作動させたときのように、キュイーンという音を発する。
ストーンは、更にオレンジ色の発光を強める。
そして―――
「クローッ!!!」
叫ぶと、その異能が発動した。
まず、彼の右腕がウォッチとクローストーンを巻き込むようにして、巨大なクローアームに変化した。
とてつもない切れ味なのだろう、空気を薙ぐ音がする。
次に、もう一つのウォッチとライアーストーンを守るようにして、左腕が小さなクローに覆われた。
そして顔が、ペストマスクのような、オレンジと黒のスタイリッシュな仮面に覆われた―――
「『導騎士団』副団長マルカ、貴様に決闘を申し込むッ!!」
クローの異能は、マルカにとっては奥の手であった。
ある意味では「異能はひとつだけ」というブラフも張られていたわけだ。
だが、Cにはそんなことは分からない。
次の瞬間、Cの右腕の白い肉が盛り上がって、斧の形に変化した。
身体の白色と赤色が混ざったような、薄い桃色の巨大な斧。
マッシブな肉体から振り下ろされるであろうその斧は、地をも砕き斬ってしまいそうに思える。
そして、マルカと同様に被られた仮面の奥で、眼がギラッと細められた。
「・-・・ ・-・・ ・-・-- ---- ・-!!」
―――かかってこい!!
Cはマルカの決闘を受けたのだ。
二人は同時に地を蹴る。
副団長と怪物は一瞬のうちに距離を詰めた。
そして―――互いの武器を振り下ろす!!
マルかバツかを判断できるというのは、一見あらゆる真実を理解できる能力に思えますが、あくまで相手の発言がマルかバツかという段階に留まっており、相手の発言に依存したものです。
質問に黙秘してしまえば、マルカにはなにも分からないのです。
ゆえに、真実に限りなく近づけるものの、完璧な真実には到達できないという意味での「近似」という表現を用いました。
また、能力発動に際して相手と「近づく」ニュアンスも込めています。さっそくブラフだとバレましたが^^




