1話「はじまり」
正面から剣が―――ズバッ!
右から斧が―――ズドン!
左から槍が―――ツンツン!
「逃げるんじゃねぇぞ!!盗賊ッ!!」
俺はいま、洞窟の奥に追い込まれている。
洞窟全体はかなり暗く、数個のたいまつの光でかろうじて視界を確保できている。
すると、俺を殺さんとする敵たちが、一斉に武器を突き付けてきた。
さっきの三人の他にも、辺りには武器を構えた人間が無数にいるのだ。
そして、彼らが狙うのは三人と同様に俺の首元。
昔の人が述べたうまい言葉を引用させてもらうと―――俺は今、四面楚歌の状態にあるわけだ。
よそ見する隙もないほど、俺に向けて武器が振り下ろされ、突き出される。
ひとつ避けてもまたひとつ。
右、左、右、そして右、正面。
決まったパターンなどない攻撃のあまりのランダムさに、俺は圧倒される。
果たして、この連撃に終わりが見えようか、という勢いだ。
「時計の残存バッテリーは?」
「分かりませんが、このまま大群で押せば制圧可能かと」
敵の声が聞こえた。
時計というのは、俺の左手首にある『ウォッチ』と呼ばれる道具を指している。
ギリシャ文字のひとつをかたどってデザインした、近未来感に溢れる黒の腕輪。
中央には、縦に長い楕円形の、赤色に輝く石が嵌め込まれている。
正面の敵と目が合う。
彼らは大数の法則から勝ちを確信し、余裕ぶった様子だ。
対する俺は、攻撃に対して集中力のリソースを全て割くことで、やっとその攻撃を回避できている。
しかし、この多対一の状況では、俺は消耗するばかりだ。
対する相手は前衛と後衛を入れ替えて、実質的な消耗はゼロ。
おそらく、この拮抗も長くは持たない。
ザッッ!!
右から空気を薙ぎ払うような強烈な一撃!!
避け切れず、剣先が腕に掠る。
冷たい痛みと共に血が流れていく感覚。
予断を許さずに今度は、心臓を狙うようにして槍が突き出される。
なんとか体をねじって避けるが、大きく姿勢を崩してしまう。
―――ちいさな切り傷一つで一喜一憂できる余裕は、ここにはない。
―――ッ!!
バックステップして、一呼吸する。
着地は完璧、姿勢もなんとか立て直した。
すると、攻撃が空を切ったことに驚いた様子の相手が、すぐに距離を詰めてくる。
相手と俺とには、2mほどの距離しかない。
だが、それでもこの戦いをリスタートするには十分な猶予だ。
ちらっと右手を見ると、手には鉛色の棒が握られている。
なにか敵を圧倒する力を宿しているわけでもない。
目の前の、ざっと数百人はいようかという相手と戦うにはあまりに心許ない鉄の棒だ。
かといって、別に俺自身がそうした力を持っているわけでもない。
だが、俺のもう一方の手にある、このデバイスは違う。
この状況を切り抜けるだけの力を備えている。
すると、相手の一人が、挑発的に俺に声をかけた。
「ストーンを渡す気になったか?盗賊さん?」
「嫌だね!渡すもんかバーカ!」
俺も負けじと声を張る。
そして、武器をもう一度深く握り直し、足と両目にぐっと力をこめる。
地面を強く踏み込んで、勢いよく前方にステップ!
正面には盾を持った大柄の男がいる。
彼に狙いを定め、加速の勢いを両腕に乗せるようにして、両手に持つ武器を振り下ろし―――
「アクセラレーション!!」
俺は叫ぶ。
時計を起点にして、俺の両手が紫色の光に包まれ―――
攻撃が「加速」して放たれる!!!
第二ラウンドの開始だ。
―――ここで、一度話を変えよう。
まず、どうして俺は大群に囲まれ、殺されようとしているのか。
次に、「俺」とはいったい誰なのか。
そして―――ウォッチやストーンとはいったい何なのか。
これから語られる物語の中に、その答えがあるはずだ―――。
―――7月20日10時15分―――
憂鬱な一日が、まだ始まって2時間くらいしか経っていない頃。
「いでッ―――」
あくびをしたら、後ろの女子生徒から丸めた教科書で垂直に頭を叩かれた。
続いて背伸びをしたら、軌道を水平にして体の側面を叩かれた。
逃げるようにして机に伏せると、前方から回ってきた教師に硬そうなボードで叩かれた。
「「なに寝てるの、崎谷くん!」」
「ご、ごめんなさい―――」
あくまでこれは暴力事件の現場ではなく、真面目なクラスの委員長と、規律に厳しいクラスの担任が、俺がぼーっとしている様子にイライラして俺を叩いている状況だ。
―――あ、じゃあ、暴力事件か。
冗談はさておき。
マンガのキャラクターみたいに鼻の上にペンを乗せ、憂鬱そうに教室にいるこの男子生徒こそ。
12時間後に更なる暴力に見舞われることになる「俺」その人であり。
そして、この物語の主人公だ。
崎谷カイ。
2月9日生まれ、みずがめ座の17歳で、高校2年生。
アニメのキャラクター付けらしい中の上といった見た目。
そこそこの清潔感。自分のニオイが気になるお年頃。
性格は、適当で陽気ということにしておこう。
また、フラれたときと、財布を無くしたときにしか泣かないのがポリシーだ。
現在は近場の高校に通いながら、下から数えた方が早そうな成績をなんとかキープする学びの日々を送っている。
趣味はカラオケとスマホゲーム。
特技としては、人の身体のあらゆるツボを見つけて的確に押せる、というものがある。
肩こりによく効くらしい。
これが俺のプロフィールだ。
そんな俺は、今日も高校生らしく、学校で授業を受けている。
だが、どうも頭の調子が悪いというか、いつもより眠気がひどいような気がする。
1回50分のこの授業も残り10分となったが、これまでの40分で何度も居眠りをした気がする。
―――言い換えれば、何度も何度も頭を叩かれた気がする。
そんな俺の眠気を覚まそうとしたのかどうなのか、教師が俺に声をかける。
「崎谷くん、教科書38ページを音読して?」
ダラダラと読み始―――
「起立して、読みなさい?」
「あ、はい―――」
ノロノロと立って、ダラダラと読み始める。
今日は現代的な随筆を取り扱った授業。
作者の主観的な視点から、物事が描かれている。
口語が多い感じだ。
「『私は、目の前の汚い人間性の発露に、おかしい事ではあるが、心奪われてしまったのである。
こうして一人の少年と出会って、彼の故郷の風習について学びつつ』
あ、いや、
『この世界の異能について学びつつ、意志の力を―――』」
あれ?と俺は言葉をつっかえさせてしまった。
なぜなら、いまここで不可解な事が起きているからだ。
なんと、教科書の文章が、PCの文字入力のように書き変わってゆくのである。
「『石の力を深く知ることで、自分の人間性に当てはめ―――』
えー、いや、
『石を時計にはめ、自らの能力を広げることが可能になる―――!』」
教師のやめ、の一言で俺は読むのを止めた。
自分のたどたどしい朗読を笑われる覚悟をしていたが、それほどまでもなかったのだろうか。
クラスメイトはまるで無反応で、教師の板書を眺めていた。
というより、俺の読んだ文章にはどういう意味があったのだろう。
石?時計?
それらは一体なんなのか。
もしかして、木の棒のようにして地面に立て、時間を計るなんてテーマの随筆なのか。
今は日時計を作る時代じゃなくて、スマートウォッチを買う時代だろう。
そもそも、文字が置き換わっていくあの現象はなんだったのか。
眠気からかうまく目が見えず、単に見間違えていただけだったのか。
うまく言い表せない胸騒ぎが、俺の中をいっぱいにした。
そして、俺の中に湧いた嫌な予感は、その10秒後に現実のものとなった。
今日イチの、強烈な眠気。
抵抗する間もなく、俺は眠りについた―――
「いでッ―――」
今日イチの、教科書ハリセンの打撃。
俺は頭に受けた痛みから、即座に目を覚ました。
悪い予感は当たったようだ―――
―――悪い予感は当たっていたが、悪い予感の正体は当たっていなかった。
どうやら俺は今、うつ伏せの状態で地面に倒れているらしい。
目を開くと、黄土色の地面が広がっている。
次に、独特な土の匂いもした。
数秒たって、歓声や怒号、拍手の音が聞こえた。
そしてに、頭の痛みが引くのと同時に感じる、土の感触と―――。
―――死が間近に迫っている感覚。
「ァ―――?」
ゆっくりと顔を上げて、そこにあったものとは―――。




