朝の今
「おは」
「……おはよう」
顔を洗ってもまだ寝ぼけた頭の私に、夫は、ヨシくんは楽し気に微笑む。
年はアラサーだっていうのに、この無邪気な笑顔は小さい子でも見ているような、そんな変な気分にさせられる。
ふらふらした足取りでイスを引いてテーブルに座る。
私の横では、娘のミツが変身ベルトのおもちゃに何かガチャガチャと取りつけて遊んでいた。
食事の時はダメでしょ、と取り上げようとすると、ぐずって嫌がる。
「あー、ナオちゃんそうじゃないよ、たぶん。ほら、ね?」
スクランブルエッグを持ってきたヨシくんは、テーブルに皿を置くとミツに向き直った。と、ベルトをがちゃがちゃやっていたのを「ここに入れて、こうだよ」と教えている。一通り何かをすると、今さっきまでとは別な音が鳴り「なー!」とうれしそうに笑った。
がちゃん、と取り落としそうになるベルトをとって、ヨシくんはおもちゃ箱の中に入れた。
ちゃんとお人形さんとかとぶつからないように、器用に入れていた。
「ミツちゃん本当、ライダーとか好きだね」
「ん! だってね、まもって、くれるの!」
うちの娘はどうしてか、こういう男の子向けのアニメとか、特撮とか、そういうのが好きらしい。
その会話に置いてきぼりになっている自分が、少し憂鬱だ。
「ありがと」
「いえいえ、どういたしまして。はい、お弁当さん」
微笑むヨシくんは相変わらず少年のようで、その笑みに素直に返せない自分が少しだけ憂鬱だ。
去年までの慣れない様子はなく、今ではすっかり専業主夫な感じの夫。
そんなヨシくんに対して、私の抱える罪悪感は自業自得だった。
食事を終え、髪を整え服を着替え化粧をし、娘を抱き上げ頭を撫でる。
「おかーさんね、きょうね、おりがみなの!」
「そう。何折るの?」
「ばった! あのね、ばったがへんしんね、するって!」
何の話かと思えば、ヨシくん曰く特撮番組の話らしい。仮面ライダー。
そういえばモチーフはそういうのだったかしら、かなり古いやつは。
娘を受け取り足元におろし、ヨシくんは私に微笑む。
「じゃ、行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます………………」
「?」
少しだけ何かを期待する視線を、ヨシくんに向ける。
でも、彼がそれに気づくことはない――――「もう」ない。
それも寂しく私は彼の手を取り、顔を近づける。
でも、ヨシくんは不思議そうな顔をしながらのけぞった。
「どうしたの?」
「…………ごめん、なんでもない」
「おとーさん、おかーさん、なかよしね! おてて! おてて!」
娘のミツが楽しそうに、混ぜて、混ぜてと私とヨシくんの手をとろうとする。
それに救われてしまう自分が、あまりに情けなかった。
「じゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
改めてと声をかけて、私は家を出る。
夫のヨシくんが、会社員で私の夫のヨシくんから「中学生の」ヨシくんになってから、はや一年。
私がヨシくんにしてあげられていることは、未だに少ない。




