接合した未来は―― 前編
場所は閑静な住宅街。その外れに存在する広い公園。数分前までは広いグラウンドのように平らな地面が続き遊具が点在していた。そんな憩いの場は小さな森林と化していた。
「誰かー、あの女がどんどん木を出してくるのウザいんだけどどうにかしてよおー」
「こっちはこっちで針が面倒で手が回せないんどけどお~」
ミハギが《植物》を使い障害物を増やして、辺りを複雑な迷路にしてくれたおかげで大方の分断には成功している。6,7人の相手を1人で2人ほど相手にしなくてはならないが、それでも集団戦法にぶつかるよりはまだマシだ。
しかし隙を見て集まろうとするのを牽制しなくてはならないので精神的に負担がかかる。このまま長期戦になれば先に限界が来るのはこちらの方だ。どうすればいい。どうする事が最適解だ。
「必死に逃げてばかりとか超ウケるんですけどぉー!」
目の前には2人、知らない女が立ちはだかる。飛んでくるリボンを避けるために飛び退る。変幻自在のリボンはなおも俺へと向かってくる。それを正面を向いて睨みつけたまま背後の木を掴み、その手を支えにしてさらに跳躍。リボンは未だ俺の足元をはたく事しかできていない。近くの枝をさらに足場として次は別の木に飛び移る。それを相手に認識される前に即刻次の木に狙いを定めて飛び移り、絶えず座標を変えていく。路地裏でミハギを襲った奴らを撃退した時に編み出した戦法だ。そのまま両手に持ったハンドガンで凶弾の雨を降らせる。
「これでどうだ!」
「そんなオモチャでウチらを仕留められる訳ないっしょ」
そう言って眼前の2人は互いのリボンで自分達の周りを包み込む。実弾に負けない程度の殺傷能力があったはずだがリボンのシェルターはその勢いを受け流し、主人の元まで弾丸を届かせない。やはり何回撃ってもリボンの壁は貫けない。どうすれば攻撃が届くのか。
「トウヤ君!」
呼びかけられた方向にはこちらへ猛ダッシュするレナの姿が映る。
「おい、マリア達はどうしたんだよ!?」
「ミハギちゃんが引き受けてくれたよ。それよりもこれを使って!仕留めるよ!」
そう言って投げ渡されたものは薄い金色のナイフだった。レナも全く同じものを手にしている。
「貫けないなら切り裂くまでだよ!やあああっ!!」
そう叫んでレナがシェルターの正面を、頭上に高く上げたナイフを高速で振り下ろし切断する。裂ける音すらしなかった。その一閃は果たして中の女達とレナの視線を交差させる事に成功する。一方は驚愕、一方は得意顔。しかし相手も黙って見ている訳ではなかった。新たなリボンを即座に持ち出し二刀の構え。そのリボンは瞬く間にレナを雁字搦めにする。レナはそこに手痛い一撃を――浴びる事は無かった。
「やっぱり使い所を見極めたらかなり強いよね。《不可視》って」
「そこは俺の奇襲の技術を褒めるとこだろ。何年かけてここまでにしたと思ってるんだ」
レナの労いに軽口でもって返す。レナがシェルターを破壊した瞬間には俺は《不可視ん条約》でシェルターの背後に移動していた。そしてレナを縛って動きを止めた決定的瞬間を狙って例のナイフで2人まとめてなます切りにしたのだ。
この金のナイフはどうみてもレナの《麻酔》で作られたものだ。であるからには一度でも切りつければそれで動きは止められるとは思ったが、マリア達に使わないとも限らない。そういう訳でナイフ術のリハビリも兼ねて華麗なナイフ捌きを披露したという次第だ。
アニメで見て憧れてちょこちょこ練習してたんだよな。なんせ1人の時間はたっぷりあったから。《不可視》を身につけてからはエアガンの方が強いと確信してたから使おうともしなかった。かと思えばこんな所で役に立つとは世の中は分からないもんだ。
「先輩!こっちにも来てくれないかしら!もう防ぎきれない……!」
ミハギが絶叫する。それもそうだ。彼女は今の戦闘だけでなく囮になってくれた時の疲労も残っているはずだ。これ以上無茶をさせるのは忍びない。
「待ってて、すぐ行くよ!残りもこれで片付けるから!」
防戦一方――リンカを傷つける可能性を減らしているというのもあるだろうが――のミハギの前に針と弾丸の弾幕を張り残りの敵を一旦退がらせる事に成功する。
「飛び道具しか使えないと思ったらぁそんなものまで持ってるとはねぇ」
「私は何でも作れるからね。あんまり舐めない方がいいと思うよ?」
そう言いながらレナはナイフを構えて攻撃のタイミングを探している。
「このナイフならその子に攻撃を当てずに近寄れるんだよね」
「そんなに危害を加えたくないんだぁ。じゃあリンカぁ、アナタがあの女と戦ってくれるぅ?動きを止めてくれれば仕上げはアタシ達がしちゃうからぁ」
「分かったん、ですけど……」
そう言われて前に出てきたのはリンカ本人だった。抵抗もせず、拒否感も示さず、ただ目の前に立っている。本気で倒そうとか負けないようにとも感じられないその出で立ちは敵である立場の俺でも不安になる。
「……先輩!」
そんな状況に耐えられなかったのかミハギが呼びかける。
「分かってる。痛めつけたりしないから任せてよ」
そしてレナは悠然と走り出す。何をされても対応できるよう警戒しているのだろう。リンカの《自我》は触られればそれでアウト。抜け出せない。ならば、自分でも制御できないスピードを出すのは危険だという事だ。
「やっ!」
走りながら麻酔針を生成しリンカへと数本撃ちつける。
「……飛び道具は効かないんですけど」
不意にリンカは来ていたパーカーを脱ぎ、自身の正面ではためかせる。ちょうど針から自分を守るようにひらめいたパーカーは針が貫通するのを許さなかった。
「私が触ってるものも何でもくっつくようにできるんですけど……」
パーカーを背後に投げ捨てながらリンカが言う。しかしその時にはレナは次の攻撃を始めている。パーカーを広げてリンカの視界が遮られたその一瞬にゼロ距離まで詰めていた。握りしめているのは例のナイフ。
左手に握ったそれで斬りつけようとするレナ。それを握ろうと手を伸ばすリンカ。どちらが先に接触するのかといったタイミングでレナは急に左半身を旋回させてターンする。ナイフはその動きに従うように円を描きながらリンカから離れていく。
「フェイント!?」
思わず叫んでしまう。しかし理由が分からない。あのままいけば動きを止められたかもしれないのにどうしてそんな事をしたんだ。
「傷つけないようにするって言ったからね!私の本命はマリアだから!」
勢いに負けて倒れこむリンカを一瞥してらレナが言う。そしてターンを終わらせてあの集団へと突っ込もうとするが――
「そんなの誰でも予想できるわよねぇ」
マリアがそう呟いた時にはもう遅かった。レナは完全に相手の術中にはまっていた。
「ダメ、先輩!」
「止まれ、レナ!」
叫んでも無駄なのだが叫ばずにはいられない。目の前にはさっき投げ捨てられたパーカーがあるんだ。お前の視界を完全に封じてるんだ。その死角からリボンが迫ってるんだ。
「あっ、しまっ……」
レナの目の前に迫りくるリボン。その先とレナの体はもう目と鼻の先だ。
「くそっ、間に合え!」
「その距離じゃ無理に決まっているでしょおぅ!!」
吠えて咄嗟に走り出すもこれは間に合わない。それはマリアの言う通りだと思う。それでも体は止まろうとはしなかった。それでも――
「少しだけなら私がどうにかできるわ!だからそのまま走って!」
俺の背後でそんな声が聞こえる。それと同時にレナの体を巨大な赤いチューリップの花弁が包み込む。しかし花というものは儚いものだ。いつかどこかで必ず散る、もしくは枯れてしまうものだ。それを象徴するかのようにレナを保護しているチューリップも他の奴らも出したリボンによって次々と花弁を剥がされてしまう。それに負けじと花弁を連続して出現させるミハギだが、削るペースと補充するペースが目に見えて違う。――確かに長くは守れないようだ。
「させないん、ですけど……」
しかし行く手にはリンカの姿がある。俺が右や左に進路を変え、揺さぶりをかけても俺の正面から離れようとはしない。
「くそっ!」
四肢を狙って麻酔弾を何発か牽制のつもりで発砲するも全て両の手の平に吸い付けられるので体の感覚を奪えない。
「手の表面で止められるから麻酔が体内に入らないのかよ……!」
そうしているうちにピシピシと何かにひびが入るような音が聞こえる。
「ダメ、もう持ちこたえられない!」
悲痛な叫びと共に深紅の壁は崩れ去った。崩れ去ったがリボンはレナを捕らえる事はできなかった。細切れの花弁と砂埃に紛れて脱出するレナを追尾するリボンは1本もなかった。
「危なかったよー……。ねえ、私がこの中で大人しく怯えてると思った?ちゃんと反撃の一手くらいは考えてるんだよ?」
砂埃がはれたそこから身動きの取れていないリボンが現れた。まさか絡まった?いやあのようなグループに限ってそんなミスはしないだろう。いや、よく見るとナイフのようなものがリボンとリボンを貫通している。それが楔となってリボンの動きを封じたのだろう。
つまりレナは自身を守る花弁が破壊された瞬間、作り出したナイフで襲い掛かる複数のリボンを全て刺したのだ。俺もナイフ術はそこそこ練習してきたという自負があるがこんな芸当を見せられては自慢する気も起きない。
「やっぱり、お互いに正々堂々とした一騎討ちは好きじゃないみたいだね」
「そのようねぇ。アンタはもうちょっと、騎士道精神っていうのぉ?そういうのがあると思っていたのにぃ」
「そんな精神がある娘が《麻酔》なんかに目覚めると思う?」
「そう言われればあり得ないわねぇ」
表面上は笑いあっているように見えなくもないがこのやりとりすらもどこか緊張感が漂う。
「……そっちばっかり見てていいん、ですか……?」
「うわっ、危ねえ!」
いつかの路地裏よろしく音もなくリンカが襲い掛かる。俺は自分から体勢を崩し、そのまま地面に倒れこむ。リンカの手は空を切るだけだった。それと同時に受け身を取り、全力で地面を蹴る。そのまま後方へと離脱する。
しかしそれだけでは終わらない。後方へ飛ぶと同時に麻酔弾を何発かもう一度発砲する。ミハギはリンカが怪我をする事を心配していたが麻酔を掠らせて動きを止めるのならば許容範囲だろう。
とはいえ、ある程度予想していた事だがリンカはそれを無言で受け止めこちらへと突進してくる。彼女に触れないよう身を躱しつつ危なくなった時には近距離で発砲する。それをリンカは手で受け止める。全て律儀に受け止める。いや、受け止めるしかないのだろうな。
「その《自我》さ、自分の手か足で直接触れないと効果を発揮しないだろ?さっきから俺の銃弾を全部受け止めてるんだし」
「それが、どうかしたんですか……?」
能力を知られて動揺しているとか能力が分かっても私には勝てないとか、そんな含みを持たせた訳ではなく、純粋な疑問としてリンカが聞いてくる。まるで勝ち負けにあまり拘りが無いような反応だ。
「いや、単純に会話の糸口を探していてさ……。どうやって話しかければいいか困ってたんだよな……」
「そうですか……。それで、何が言いたいんですか……?」
非リアに属する人間は概して声が小さい。そのため、お互いにボソボソと会話をするため周りには何も聞こえていないようだった。俺とリンカの今の性格が偶然成しえた業だ。リンカに半ば仲間意識を持ちつつ話を切り出す。
「お前さ、本当は……」
「……!」
*
その後、近接戦を繰り広げ続けた俺だが体力の無さが原因かそれとも不注意が招いてしまった結果なのかは分からないが気づけばリンカに腕を捕まえられている状況に陥ってしまった。
「これで……もう、動けないんですけど……」
「ちっ……」
《真奈》を握った手も固定されているようで手から落とす心配はないものの引き金に指を掛けることができない。体のどんな部分も自分の命令で動かせなくなったようだ。
「さっすがリンカちゃん!!やるじゃあん!」
「あの男、動けなくなって焦ってるし!超ウケるんですけどお~!!」
マリアの周りにいる女の「ウケる~!」といったシュプレヒコールを受けてもどうする事もできない。心底不快だ。
「ねえ、みんなぁ。アタシ、コイツら止めておくからさぁ、アナタ達であの人を処刑してきてよぉ。見せしめになるじゃなあぃ?」
そう言ってマリアは乱暴にリボンをレナと駆け付けたミハギの周辺に高速で叩きつけ始める。しかもその軌道は傷つける事が目的ではない。現に2人に怪我はない。ただ逃がさないようにしているだけだ。こうなってはそこから逃れることは困難だ。それでもレナが動こうとする。
「待っててトウヤ君!」
「無理だ!来るな!チャンスを待ってろ!」
「そんなのあると思ってるのぉ?まあ、あったとしてもアンタにはもうないんだろうけどねぇ!!さあ、リンカちゃんごとやりなさあぃ!!」
「止めてええっっ!!」
「こんな愉快な事、止められるハズないよねえ~!」
レナは何もせず下を向き続けている。ミハギが絶叫する。あの2人が役立たずだなんて俺は思わない。それでも2人は無力なように見えてしまう。傍から見れば実際はそうなのかもれない。俺の目にもそう見えるんだったらマリア達には当然そのように映っているだろう。俺を処刑しようとする奴らだって目が笑っている。歪んでいる。愉快だって口以上にものを言っている。そんな目と俺達を飲み込もうとするリボンの波を見ながら俺は言う。
「そりゃあ愉快だろうな。こうやって一方的に弱者をいたぶれるんだからな。でもな、そういう事ばっかしてるといつか痛い目に遭うんだぜ?」
「……いつか、と言うよりは今なんですけど……」
次の瞬間、誰もが地面に打ち捨てられた俺達を想像したことだろう。しかし実際には違った。飛んでくるリボンを全てリンカが受け止めたのだ。掴んでいた俺の手を放して、その両手で。
「これで……動けないんですけど……」
リンカが掴んだリボンを持っている女達。パーカーにくっつけた麻酔針同様こいつらも《接合》の対象にできるようだ。
「じゃあ……後はお願いしたいんですけど……」
「はいよー」
パンパンパンと俺は片っ端から麻酔弾を当てていく。動かない的なんて寝てても当てられる。
「それにしても最後はあっけなかったな」
「……《麻酔》と《接合》がかなり相性が良かったからだと思うんですけど……」
「違いないな」
そんな会話を交わしながら倒れた女の横を通りすぎていく。何が起こったのか分からないうちにただ1人となってしまったマリアが掠れるような声で呟く。彼女は獲物であるリボンを落とした事にも気づかない程の衝撃を受けたようだ。
「リンカ……アンタ、一体何して……」
それに対して声量こそ伴わないが、今までにない毅然とした態度でリンカが答える。
「私は……自分の本当の居場所を自分で決めただけ。ただ、それだけなんですけど」




