絶好の狩場
翌日。リンカ達の諍いに首を突っ込んでから毎日慌ただしく動いている気がする。リア充の世界を垣間見つつターゲットを探し、時にはリア充と戦闘になったりとここまでリア充を関わる時間が多いと持病のリア充アレルギーにやられそうになる。
しかしそれも今日で終わるだろう。なんと言ったって昨晩、俺達はマリアのグループの人間から明日の待ち合わせ場所を特定した。今日はそこを襲う日だ。
「という訳でトウヤ君、しっかり尾行してよね」
「まあそれが妥当か」
姿を消せる俺が尾行を行うのが一番安全だという事は分かる。数少ない俺にしかできない事だ。失敗は許されない。
「取り敢えず先輩をGPS使って追いかければいいのよね?」
「まあそんな感じだ」
「いい、トウヤ君。少しでもマズイと思ったら《不可視》に切り替えて逃げるんだよ」
「当たり前だろ。自分の体ほど可愛いものはないからな」
これは紛れも無い本心だ。流石にそんな無茶はできない。
「この潔さをどう捉えればいいのかしら……」
そんなこんなで俺達――正確には俺がかなり先行しているがマリア達の待ち合わせ場所へと向かった。
*
待ち合わせに指定されていた染井駅は多くの地方都市とこの大都会を繋ぐ大きな駅だ。新幹線だって通ってるし周りのビル群は百貨店、レストラン、アミューズメントパークとか駅の要素としては不必要なもので溢れかえっている。人の流れだけでなく金の流れをも操作しようという事か。
この辺りもリア充御用達な場所だが俺はこの場ではそれはあまり気にならない。そもそもそれ以前に人間が多すぎて辛い。リア充、非リアとか関係なく人が多すぎるのも嫌なんだ。我儘とか言うなよ。無理なものは無理なんだって。
駅に電車が到着する時間には駅に入る人間駅から出てくる人間でごった返す。なんとなく潮の満ち引きを見ているようだ。そんな中で《不可視ん条約》を使うのだから早々バレる事はないだろう。
俺の少し前方にはマリア達の姿が見える。昨日の奴らがいるかどうかは分からない。相手が結構な大グループだとか皆似たような見た目をしているとかもあるが、そもそも俺は人の顔を覚えるのが苦手だ。これは非リアの基本だから仕方ない。一応マリアとリンカだけは分かるからそれでいいだろう。
しばらくして彼女らは動き出した。改札機にスマホをかざして歩いていく。券売機でどこまでの切符を買ったか分かれば行き先が分かったのだが。とにかく行き先不明の旨をレナらに伝えて俺も改札を通る――いや、飛び越える。透明人間が改札を素直に通ったら不自然だし、かと言って解除したところを見つかっても洒落にならない。軽い罪悪感と背徳感はミハギのためと都合よく目的を変えて振り払う。こういう事は今日限りだから許してほしい。
そうしてそのまま電車に揺られる事しばらく。違う車両にレナ達も乗っているらしく一安心だ。電車に乗っている以上は何も動きようが無い。やる事も無いのでマリア達の様子をうかがう。リンカは大人しく席に座って下を向いている。それでいて悲壮感は滲ませないように。リンカはこのグループを大切な居場所と言っていた。一体彼女はどんな気持ちであの台詞を言っていたのだろう……。
そんな事をボーっと考えていると電車が急停止したのを感じた。慣性力に負けそうになるがギリギリで踏みとどまる。どこにも触れずに上手く踏みとどまるにはどうすればいいのか教えて欲しい。ふとあいつらを見ると立ち上がってドアへと向かっていく。置いていかれないように俺もこっそりと続く。レナ達にも連絡は入れた。ここまでは順調だ。
電車に乗っていたのは大体1時間くらいだろうか。俺達が降り立った所は《江戸彼岸》と呼ばれる町だった。ここは俺達の住んでいる町、《染井》の次に発展している場所だと言える。
《染井》ほどでは無いがビルが立ち並び、商業施設だってそこそこある。しかし、注目すべき部分はそこではない。駅に降り立って飛び込んでくるのは大海原。ビル群に負けない規模のドック。入れ替わり立ち替わりやってくる船。ここは《桜》有数の港町なのだ。
『ここは流石に見つけられないよね』
そんなメッセージがレナから届く。《染井》以外で遊ぶなんて発送がなかったもんなあ。外出経験の無さが仇となっている。それに返事をしていてうっかりマリア達を見失いそうになる。見失わないようにすぐに俺も続いた。
こいつらをいつ襲撃するかは俺の独断で決めろと言われている。俺しかタイミングが図れないためこれも当然と言えば当然なのだがかなり責任が伴うんだよなあ……。とにかく大勢の前は避けた方が良さそうだな、と考えて暫く尾行し続ける。せいぜいこの町の滞在時間なんて2,3時間だろうと予想していた。そのくらいの間ならば尾行も余裕だと考えていた。
しかしそれは甘かった。今回俺が付け狙ったのは追っ手の目を恐れる凶悪犯ではない。イケイケの学生集団だ。俺にとっては凶悪犯の方がまだ相性がいい気がする。
実際、モールだのカフェだのと言った場所を高速でかつ恐ろしい軒数回っていく彼女らについていくのは大変だった。10軒超えてからは数えるのをやめた。それにしてもここまで派手に遊んでいたら人通りの少ない所なんて行かないんじゃないか。半ば詰んだような気持ちになっていたその時にあのグループの誰かの声が聞こえた。
「最後にあそこ行かなぁい?」
いや、どこだよと思ったが仲間内では通じているらしい。
「そうやね。あそこは静かだしたまにはアリかも~」
静か。その言葉が本当だとすれば狩場としてはうってつけ。千載一遇のチャンスってやつだ。レナ達に『準備しとけ』とぶっきらぼうにメッセージを送りその場所へと歩をすすめた。
20分ほど歩いただろうか。マリア達は駅前からかなり離れて港にやってきていた。コンテナが多く積まれているその場所には人気がない。キラキラと光る水面は眩しく、静かな雰囲気と調和している。こういう場所もリア充のデートスポットとして使われそうだと思ったが存外人がいない。
時刻としては夕方と夜の丁度境目。逢魔時とかいうやつなのか。確かその時間には魔物とか災いが降りかかるんだっけか。魔物と呼ぶには小物すぎるが災いという呼ぶならまあ相応しい役割ではないだろうか。規模は知らん。
俺はコンテナの隅に隠れて様子を見る。《不可視ん条約》は相手を攻撃するような動作を行うと――具体的には銃を向けるとか――忽ち姿が見えてしまう。警戒を強めて強めすぎる事は無いだろう。視界の向こうではマリア達それぞれがコンテナの上に座って呑気に雑談に興じている。
濃い化粧ややたら明るい髪といった派手な見た目でコンテナの上でたむろするのはまあまあ映えるのではないかと思った。まあ、そういうのはちゃんとしたアイドルに限るが。こいつらに対しては嫌悪感しか湧かないからな。
さて、いい感じにヘイトも溜まったからそろそろ動くか。ずっと無言で後ろを歩いていただけなのでストレスもかなり溜まっている。まずは近くにいるあいつ――例によって名前は不明――から狙うか。それを合図にレナ達も動くだろう――
「でさぁ、そろそろ出てきたりしなあぃ?多分その辺りに隠れてるんでしょぅ?」
甲高くそれでいて耳にまとわりつくような声が俺を包む。そのせいで踏み出した一歩目から足が動かない。そこで足を止めてしまった事は失策だった。踏み止まった時の足音をマリアは耳ざとく捉えていたようだ。
「そこぉ!」
マリアはリボンを放つ。補足した点を囲むようにリボンが大きく円を描く。これでどの向きへ逃げてもリボンで絡め取れるという算段か。実にいやらしい。
「縛ってぇ!!」
その号令と共にリボンが収束していく。こうなった以上横に避けるのは不可能。さらに足の方を狙ってきておりスライディングで下に躱す事も封じている。かと言って上に飛べば身動きが取れずそこを残りのやつが狙えると。かと言ってただ考えているだけでもリボンが収束してくるだけ。仕方なく俺は上へと跳躍した。無理矢理空へと追い込まれた形になってしまう。
「みんなぁ、やっちゃってぇ!」
今の俺は完全にマリアの掌で踊らされている。これは認めざるを得ないだろうな。完璧な作戦だ。――俺が1人でここに来ていたとすれば。
「先輩!」
その凛とした声と共に長い蔓がいくつも延びてきてリボンよりも速く俺を搦めとる。《自我》で作り出された植物は普通のものとは違うのか。圧倒的な強度でもってレナとミハギの元へ届けてくれる。
「来ないでって言ったんですけど……」
ボソボソとリンカが言ったような気がしたのは気のせいだろうか。それでもミハギの事を見て表情が明らかに硬くなったのは分かる。ミハギも同じくリンカを見て硬直している。どちらも互いの言い分を知っており、それだけにどのような反応をすべきか分からないでいるようだ。
「あなた達も本当にしつこいよねぇ。まるでストーカーみたいだねぇ」
俺達全てが現れた事を確認して、余裕のある笑みでマリアがそう告げた。




