第六十五話 撤退
『あれは・・・・・・魔女か? どこかで見たような・・・・・・?』
真澄がそう漏らしたその人物は、まさに西洋の魔女と言った風貌の女。それはカーミラであった。彼女のコスプレのような衣装は、ディークにもよくあるデザインなのか? 一行からも、討伐軍の方からも、特にその衣装を変に思うものはいなかった。
ただ何故か唐突に現れた、女魔道士の存在に疑問を浮かべている。疑問を浮かべていないのは、この場では大翔ただ一人であった。
「契約違反? 何だよカーミラ・・・・・・」
その名前を口にしたときに、一行は即座に納得した。ラチルも勝太郎から、彼女の容姿を聞いている。一方の真澄の方は・・・・・・
『ああ、思い出した。あの時、山田屋(津軽王国の宿屋)で、同じ頃泊まってた、あの女か・・・・・・』
一体どういう経緯での面識なのか、いまいち判らないことを言っていた。まあこの際そのようなことはどうでもよく。
大翔は自分の行動に、いきなり水を差してきたカーミラに、苛立ちながら問いかける。
「まさかこいつを殺そうとしてることか? こいつは俺の邪魔をするあの女の仲間だぞ。確か契約では、悪事を働かなければ何しても良かったはず。悪人を捌くのを邪魔する奴の方が・・・・・・」
「だからって別にその人の方が、あんたに立ちはだかったわけじゃないわ! ただでさえ、今あんたのしてることは、お世辞でも褒められないことだってのに・・・・・・ここまでいくともう只の殺人よ!」
カーミラの方は、余程慌てて姿を現したのか、顔に冷や汗を流し、かなり焦った口調で、今の大翔の行動を咎め立てする。
だが大翔の方は、そんなこと歯牙にもかけない様子である。
「はあ、うぜえ・・・・・・そんな細かいと事言うのに、俺の前に出てきたのか? ていうかお前、口調変わってないか? いつもみたいに、無理に威厳出してるみたいな喋り方は忘れたか?」
「ぬ・・・・・・どんなことであれ、無用な殺生を見逃すことはできんということだ。もし私の命を無視し、これ以上の狼藉を働くならば、それ相応の罰を与えるのみ。私がその気になれば、貴様の魂を、その肉体から強制的に引き離すこともできるのだぞ」
慌てて口調を整えて警告するカーミラ。どうもわざとらしい振る舞いだが、今の発言は大翔にも効果があったようだ。
彼はさっきまでラチルの首を掴んでいた手を、あっさりと手放した。
「ぐはっ・・・・・・くうっ!」
解放されたラチルは、痛む首を押さえ、流れ出る血で手を汚しながら、即座にカーミラの元に駆け寄る。
「ごほっ・・・・・・ごほっ! ・・・・・・あんたがカーミラ? 何でこんな根性折れ曲がった奴に・・・・・・」
「悪いが今は黙っててくれぬか? 私は今、この者と話している故に・・・・・・」
カーミラの言葉に、ラチルはあっさりと言葉を止めて、彼女から一歩離れる。この会話に、あまり介入しない方が良いと、即座に判断したのだろうか?
「それで解放したはいいが、これでどうするんだ? あいつはまだ、俺を止める気らしいが、あっちのしてることはいいのかよ?」
「お前もあいつも、己の意思でこの国の内情に介入した者。こうしたことには、私からは直接止めには入らぬ。・・・・・・だがここ最近のお前の行動は、明らかに度が過ぎている。故意に大きな犠牲を出す方向に手を貸すなど、先程この者が言ったとおり、根性が曲がっているとしか言いようがないぞ!」
「ふうん・・・・・・でもはっきりと、俺を止めに入らないことを見ると、別にディーク討伐は、冥界の法は悪事認定してないんだろ?」
「それは・・・・・・そうであるが・・・・・・」
図星のようで言葉につまるカーミラ。これまでインチキ宗教を崇拝していたこの国の者達に、この世界の本当の神である鬼神達は、あまり同情の意思を示していない。
さすがに今回彼らがしようとしている虐殺行為に関しては、どう思っているのか判らないが、少なくとも現時点で、大翔と討伐軍を咎める意思は示していないのだ。
「さりとて限度というものがある・・・・・・。お前だって、生前はあれ程の経験をしながら生きてきたのだ。虐げられる者の気持ちは、よく知ってるはずであろう?」
「判ってるから、今あいつらに協力してるんだが? 今まで虐げられてきた奴の復讐を、こうして手伝ってる。強弱が逆転したからって、今まで加害者だった奴を、安易に許せとは言わないよな?」
「加害者は聖王政府であって、民は・・・・・・」
「もういいよカーミラ。無駄な議論になるのは判ってるだろ?」
突然又第三者の声が割り込んでくる。ここに来てまた、新たな介入者が現れたのだ。ただし今回は、カーミラと違って見知らぬ顔ではなかった。
「勝太郎さん! 無事だったのね?」
カーミラのすぐ側にいたラチルは、これまた突然姿を現した勝太郎に、驚きと同時に歓喜の声を上げる。今勝太郎の手錠は、しっかり外されている。
勝太郎が自力で解いたのか、カーミラが外したのかは不明だが。そして彼の腰には、しっかりとあの刀が戻っていた。
「おい、あいついつの間に逃げたんだ!?」
「やばいぞ・・・・・・あの巨人と目隠しサムライの二人がかりじゃ、どう見たって大翔様に勝ち目は・・・・・・」
今まで困惑しながら、状況を見守っていた討伐軍からも、これには危険な事態を迎えたと認識したらしい。焦りの声が次々と上がっている。これは大翔も同じであった。
「カーミラ・・・・・・お前が逃がしたのか!?」
「だとしたらどうだというのか? 私にとっての被験者が、自由を封じられて、研究成果を見せられない状態なのだぞ」
カーミラは手を出さないからいいとしても。真澄にすら勝てるかどうか微妙だったのに、ここに来て勝太郎という増援が来たのだ。これはどう見たって、大翔には勝てないだろう。
「悪いなカーミラ・・・・・・お前のこと侮ってた。まさかきっちり、自分から姿を見せて、この問題児に説教ができるなんてよ。口で魔王ぶってるだけで、自分からは碌に人前に出れない引きこもりだと思ってたよ」
「その言葉に、賞賛の意思は全くないだろう?」
こんな話しをしている間、大翔が今にも逃げようと、僅かに後ずさり始める。だが勝太郎の方はと言うと、ラチルからの抱擁をスルーして、真澄の方に声を上げた。
「真澄・・・・・・一旦帰るぞ。こいつの相手はいい」
『相手はいい? 何言ってるんだ? こいつらを野放しにすると・・・・・・』
大翔が逃げる前に、何故か勝太郎の方から退く発言であった。
「ともかく今はいいんだ。訳あって、こいつとはまだ戦いたくないからな」
『・・・・・・判った』
少々困惑しながらも、訳ありな雰囲気を感じたのだろうか? 特に反論することなく、真澄は戦闘状態を解いた。
ロボットの姿が消えて、生身の真澄が突如空中に現れる。そして勝太郎の元に寄ってきた。ラチルの方は、討伐軍のことはどうでも良いと言った風で、さっさと勝太郎の元に寄った。
「一旦転移で、討伐軍から早めに離れるぞ。その後で、ヘリでルチルを迎えに行く。悪いなカーミラ、わざわざ来てもらって」
「別によいさ。私もこれからしばらく、事の成り行きを見守ることにしよう。だがその前に・・・・・・」
カーミラが勝太郎に、何やら耳打ちしてきた。どうもこちらには聞かれたくない会話なのか、ラチル達がこの様子に戸惑って見ている。
(何だこいつら? 戦う気がないってのか? それだったら・・・・・・)
二人とも無防備で、真澄はゲンイチロボット状態を解除して、生身の姿。この状況を好機ではと、彼らがボソボソ会話している中、大翔が不意打ちを考え出す。
すると勝太郎が、急にラチルの方に顔を向ける。彼には視覚がないので、ラチルは見えていないはずだが、それでも首を振り向かせるほどの話しでもあったのだろうか?
「えっ? 私が何かしたの?」
「では私からの話はここまでだ。ではさらばだ!」
ラチルに何の説明もせずに、カーミラの姿が掻き消える。そして勝太郎の方も、当惑しているラチルには一切目を向けず、ラチルと真澄を連れて、その場から転移した。
大翔が追い打ちをかける隙もなく、彼らは一瞬でその場で消えたのだ。
先程まで巨大ロボットとの激闘が繰り広げられていたこの草原は、次から次へと乱入者が現れたと思ったら、あっという間に大翔一人しかいなくなってしまった。
勝太郎達が消えたことに、討伐軍の方でも再三の困惑が広がっている中、大翔の方は少々腹立っているようである。
「あいつ転移魔法が使えたのか? 俺の方はそんな能力貰ってないのに・・・・・・カーミラの奴、あいつを贔屓したのかよ!?」




