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第五十五話 ニンジャ

 さて更に時間が流れて、その翌日のこと。ディーク神聖王国領内の、かつての隣国との国境付近。

 疎らに木が生える草原地帯。その中に建っている、城壁に囲まれた建築物群。それはかつては、国境を監視するためにあったであろうディークの砦だ。

 例の魔人の勃発で、大分前に放棄された砦である。付近にあった数カ所の集落も、畑や牧場を放置して、民は皆何処かへと逃げた。

 だがその誰もいないはずの砦は、何故か今、大勢の者達で賑わっていた。


「皆とうとうこの時が来たぞ! 長らくこの悪国と、我らの間を阻んでいた魔人は、アマテラスのサムライと聖者の残党によって、ほぼ全滅したという! 今こそ進軍の時だ! これまで我ら受けてきた屈辱を、この悪国に倍にして存分に返してやろうぞ!」


 かつてこの砦の長のディークの将が、大勢のディーク兵を束ねて演説していたろう、砦内の広場。

 その広場のかつて将が立っていただろう演説台に、いま立っている者も、そしてその者が甲高く上げている言葉を聞いている、この広場に集まっている者も、皆ディークの兵士ではなかった。


 装備している武具は、ディークと同じ西洋風ではあるものの、その細かいデザインはディークとは大きく異なる。

 そして演説台にかけられている国旗も、ディークの国旗とは異なるものであった。


「「うぉおおおおおおーーーー!」」

「「マリガン王国万歳! マリガン王国万歳!」」

「「悪国ディークに鉄槌を! マリガン王と多くの民達の仇を今こそ!」」


 そのディーク以外の国の将の演説に、盛大な歓声を上げる、これまたディークではない数千の国の兵士達。彼らはディーク神聖王国の隣国の、マリガンという国の兵士達である。


 本来ならば、ここはディーク領であり、今彼らがここにいるのは、完全に国境侵犯であるはずだ。だがそれを訴える者は誰もいない。そもそも最初に国境を害したのは、ディークの方であるために。


 彼らの祖国は、女神ロアの神判を大義名分にした、ディークの軍勢によって、長いこと植民地とされていた。多くの者達が奴隷として扱き使われ、多くの富が搾り取られ、マリガンの民の犠牲は計り知れないものであった。

 だが今はその立場は逆である。今の彼らは、既に弱体化したディークの支配から、国を取り戻すことに成功していた。

 そして積年の恨みを晴らすために、ずっと以前からこの砦に陣を敷き、いつでもディーク王都に攻め上れる準備をしていたのだ。


 だがその機会は中々訪れなかった。何しろ国中に魔人という魔物が巣くうようになったからだ。彼らは既に魔人の弱点を知っており、聖者でなければ魔人を倒せないなどと言う戯言を信じていない。

 だがそれでも大発生した魔人が、彼らにとって脅威であることに変わりはない。報復のために攻め上るはいいとしても、王都に辿り着く前に、魔人の襲撃を受けて大損害を受けては敵わないと、今までずっとここで待機していた。

 皮肉にもディークは、魔人の災厄のおかげで、旧植民地からの報復から守られていたのだ。


 だが勝太郎達が魔人を狩り続けたことに、その災厄による国境の壁は打ち崩された。魔人がいなくなったことで、もう彼らの進軍を阻む者はいなくなったからだ。


「今まで奴らが我らにしてきたことを忘れるな! 武器を持たぬ民だろうが構うことはない! 奴らから奪える物資があれば、好きなだけ奪え! ディーク人なら目に入るものは全て殺せ! 女と子供は、奴隷にして汚すも売るも、お前らの好きにするがいい! 今まで奴らが我らにしてきたこと、思う存分この悪国の民共に、好きなだけ返してやれ!」

「うぉおおおおおおおーーーー!」


 兵達は歓喜に満ちあふれていた。長きに渡って待っていた報復の時が、ようやく訪れたのだ。

 彼らにこのボロボロになった国に対して、同情しようなどという考えは微塵もなく、塀も民も容赦なく手にかけてやろうという、殺意の感情の嵐が、凄まじいまでに吹き荒れていた。


 まもなくして隊列を組み直すマリガン軍。王都への長旅に備えて、兵糧や武具を詰めた、鬼鴨が引く鳥車も、しっかり必要数配備されている。

 砦の門が開け放たれ、やがて演説していた大将が、専用の鳥車に乗りこもうとしたときだった。


「えっ?」


 その時、このマリガンの軍勢に、とある疾風が走った。その不思議な風に、多くの者が気づかず、気づいた僅かな者も、それに即座に対処できないほどの、あまりに早い風。

 このマリガンの軍勢に、何者かが超高速で突っ込んできたのだ。それは兵士達の間をかいくぐり、潜りきれなかった分は、飛び跳ねて彼らの頭上を通り越した。

 突然の襲撃者の存在に、気づくことも迎え撃つことも、彼らはできなかった。それは今まさに鳥車に乗りこもうとした、大将に目掛けて急接近していたのだ。


「なっ!?」


 気づいたときは時遅く、その大将は突如足払いされて地に背中を置き、そして首筋を何者かに掴まれていた。


「将軍!?」


 進軍への士気が大幅に高まっていた軍勢に、一気に動揺を走る。大勢の兵士達が目を向ける先には、この大将を組み伏せる一人の少年の姿があった。


「大翔様!? ・・・・・・いや違う! 目隠しサムライか!?」


 それは目隠した鶏人の少年剣士の勝太郎である。彼はたった一人で、この軍勢に入り込み、大将を皆の前で捕獲したのだ。

 そしてどうやら彼は、ディーク国外では「目隠しサムライ」という通り名で呼ばれているようである。


「貴様一体どういうつもりだ!?」


 何故ここに今噂の目隠しサムライがいるのか? そして何故、彼がこのような行動に出るのか? あまりに不可思議な状況に、兵達は皆、怒りよりも困惑の感情が大きい様子である。

 気を取り直すのが早い者達が、何人か剣や魔道杖を彼に向けようとするが・・・・・・


「おっと、下手なことをするなよ。あんま余計なことすると、こいつの首が握り潰れるぜ。お前らは判ってるだろ? 俺は武器なんかなくても、人を八つ裂きにすることなんて、簡単に出来るんだぜ」


 組み伏せた大将を掴む手を、少し強める勝太郎。それによって大将の息が、少し苦しげになったのが見て取れた。

 勝太郎は刀を差しているが、何故かその刀を彼は一回も使わない。まあ使わなくとも、彼の強さは充分各地に伝わっているが。兵達は渋々、武器を置き、彼らから数歩後ずさる。


「よしよしそれでいい・・・・・・悪いがしばらくの間、こいつは預からせてもらうぜ。そしてお前らには、今からここを離れて、国に帰ってもらう。勿論ディーク領土への攻撃も中止だ」


 こちらが意を聞く前に、一方的に要求を突きつける勝太郎。最初は困惑して固まっていた者達も、ここに来て彼に対して怒りを感じ始めた。


「どういうつもりだ? 何故お前が我らの邪魔をする!? お前も大翔様と同じく、我らの味方ではないのか!?」

「その“ひろと”てのが何なのか知らんが、別に全面的にお前らの味方をしたわけじゃないよ。俺は只、これ以上無駄な死人が出ないようにしてるだけだ。要は純粋な善行だ」


 勝太郎の目的は、己の罪の償い。そのためには彼は、できるだけ多くの命を救おうと考えている。最も兵達は、彼のいう善行の定義を、理解できないようであった。


「何が善行だ! 悪国への裁きを邪魔することが・・・・・・」

「悪いがお前らと、いちいち議論する気はない。さっき俺が言ったこと、よく覚えておけ。もし破ったら、こいつのバラバラ死体が、お前らの祖国の空から舞い降りるぜ」


 死人を出さないようにと言っておきながら、かなり物騒な事を言っている目隠しサムライ。生憎目隠し布のせいで、彼の目が本気なのかどうかは判らない。

 だがこの言葉で、その場にいる兵士達は充分たじろく。そして勝太郎は、それ以上の言葉を発することなく、その場で大将と共に転移した。


「きっ、消えた!?」


 転移で突如消えた二人に、兵達は更に驚きおののく。突然の乱入者に、統率者を連れ去られたことで、しばしこの砦は混乱に包まれる。

 そしてまもなくして、勝太郎の要求通りに兵達は祖国へと帰還し、この砦は再び静かな廃墟と化すのであった。






 さて勝太郎が各地の国境で騒ぎを起こしている間でのこと。彼以外の三人はどうしているのかというと。

 このディーク神聖王国領土の中央付近。そこに向かって、巨大な鳥が飛んでいた。いや正確には鳥ではない。それは鳥よりも遥かに巨大で、そして鳥よりも遥かに速く飛べ、やせ細った魚のような形をした謎の物体である。

 それは羽ばたく翼はなく、何故か背中と尻尾に、鰭がなく代わりに、大型の風車のような物体が取り付けられている。背中の方の風車の方が、とりわけ大きい。それがとてつもない速さで、手裏剣のように高速で回転しているのだ。

 風に吹かれて回っているのではない。逆にこちらが勝手に回転して、風を作っているのだ。どうやらこの謎の物体は、この回転翼の風圧で、宙に浮いているらしい。

 その茶色と濃い緑色の縞模様が着いた物体は、空飛ぶ魚ではなく、大型の機械の乗り物である。


 その形状は、航空自衛隊でも使われている、“ニンジャ”の愛称を持つ、偵察ヘリコプターのOH-1と酷似していた。機体の両脇には、しっかりとミサイルを積んだハードポイントとランチャーが取り付けられている。

 森があれば畑も水辺もある、ディーク領土の上空を飛ぶ、武装した高科学戦闘機械。それが森の木々や草花を、嵐のような強風で大きく揺らしながら、轟音を立てて低空飛行をしている。


 そのOH-1(以後ニンジャと呼称。何故かというと、そっちの方が、キーボードで名前を打ちやすいから)は、あるときから急に速度を落とし、ゆっくりと下降し始めた。ニンジャが向かう先には、踏み固められた大型の街道がある。


「うっ、うわぁあああああっ!?」

「何だよあれ!? 竜か!?」


 街道の大きさに比べて、そこを通る者は少ない。だが全くいないわけではない。この世界の人間から見れば、怪物にしか見えないそれが、自分たちの近くに降りようとしているの見て、大混乱に陥っていた。

 ある者は街道から外れて、脇の林に飛び込む。ある者は、載っていた馬車の馬が暴走し、遙か彼方へと走り去っていった。あれはあの後、事故らなければ良いのだが・・・・・・


 ニンジャはその街道の真ん中で着陸した。プロペラの強風が、その街道に小規模の砂嵐を巻き起こし、近くの林の木々がへし折れそうな勢いで踊っている。

 そして着陸直後に、ニンジャの操縦席の窓が、口を開けるようにパックリと開いた。


「ふう・・・・・・相変わらず気持ちいいですねこれ♫」

「私は未だになれないわ。ていうかずっとあんたの身体に掴まってて、楽しむ余裕もなかったわ」


 降りてきたのは、勝太郎と別行動中の、真澄・ルチル・ラチルの三人であった。

 勝太郎の転移は、一度行った場所にしか行けない。彼らはここまでの道を、何とニンジャに乗って到着したのである。


 ちなみにニンジャは本来二人乗り。ラチルは後部座席で、ずっと妹のルチルの身体にしがみついて乗っていた。

 幸いルチルが小柄なおかげで、どうにかそっちに二人分載ることができたが。シートベルトがかけられない状態で、人の身体にしがみついて高速の旅をしてきたラチルは、一体どんな感覚でこの戦闘機に乗っていたのであろうか?


 三人が降りると、ニンジャは一瞬で消えて、以前の戦車と同様に、勾玉の姿となって真澄の元へと戻る。どうやらこれも、ゲンイチが変身したコピー兵器であったようだ。

 ちなみに余談であるが、このゲンイチはヘリだけでなく、戦闘機にもなれる。以前勝太郎達の戦場を爆撃したときは、ピッグ街から大分離れた草原で草刈りをし、そこを滑走路代わりにして離発着していた。


「さてそろそろ入ろうか?」

「入るって、手段はどうするのよ? ていうかさっきの変な乗り物の着陸で、向こうは大分騒ぎになってるんじゃないの?」


 あれだけの騒ぎを起こしながらも、すぐに街道から離れて、脇の林の木陰で隠れる一行。

 彼らが見上げるのは、ビルのように高い城壁と、そこを通り抜けられる数少ない出入り口の巨大な城門である。

 それは以前のアドレーの領主街よりも、遥かに高い。高さだけでなく、その広さもとんでもない。面積はあそこの数十倍はあるだろう。

 この城壁の向こうの街には、どれほどの数のディークの民が住んでいるのだろう?


 彼らが今対面しているのは、ディーク神聖王国の王都・アブナーである。名前からして、色々危なそうな都市であるが、どうもこれは初代の聖王の名前であるらしい。

 まあそんな歴史などどうでもよく、今彼らは勝太郎とは別行動で、この国の民を救うための作戦準備を始めていた。


「そうだな・・・・・・あの大鉄砲(対戦者弾)で、門を破ってみるか?」

「ちょっと駄目ですよそれは! 街の人達に被害が出たら大変です! それにそんなことしたら、先に聖王陛下が逃げてしまうかも知れません!」


 真澄の冗談交じりの突破案を、ルチルが大慌てで制止する。彼らが目的は、王族の説得。勝太郎が元属国らの報復を防いでいる間に、聖王を説得して、諸国との休戦と、政治改善を求めることであった。

 別に軍を全部追い払ってから、全員で行っても良かったが、その内に聖王がどこかに逃げ出すのではという懸念もあった。


「多分大丈夫じゃないの? 王都の門は、特殊な素材と魔法強化が加えられてて、そうそう破れるものじゃないから、巻き添えどころかあの大鉄砲で倒せるかどうかも疑問な所ね。いっそあの戦車っていう武器の大砲でぶち破って、聖王が逃げる前に、一気に王都まで走るのがいいかも」


 門を強行突破の上、王都内で戦車を爆走させる。それはもう説得ではなく、完全に侵略である。そのラチルの剛胆な計画に、真澄の方は首を横に振った。


「戦車か・・・・・・問題は城の方まで、戦車が走る道があるかどうかなんだがな。まあ王都の街道は通りやすくなってると思うが・・・・・・さっき空から眺めたときに、城の周りに濠があったの見えたから問題だ」


 戦車は深い水の中を走れない。もし城に辿り着く前に、城の周辺の揚げ橋を、全て上げられてしまったら、もう戦車では手も足も出ないものだ。


「じゃあやっぱり、さっきの風車鳥ニンジャで城壁を越える?」

「着陸できる平地があるだろうかな? それにそんなことして、街道で大量死亡事故が起きたら・・・・・・」

「ああ、もう・・・・・・別にいいじゃない、少しぐらい死人が出たって!」

「・・・・・・あっ!」


 ラチルが物騒な事を言っている中、ふと真澄は何を思いついたように声を上げた。彼女は再び懐のゲンイチを取りだす。


「そういや忘れてた。今までの魔人狩りで、ゲンイチの奴、まだ一段進化したんだったな。後で確認しようと思って、うっかり忘れてたよ」

「進化? それ勝手に強くなったりするもんなの?」

「ああ、まあな。こいつは魔人を沢山倒すごとに、どんどん強い武器になれるんだよ。最初は小鉄砲と短刀にしかなれなかったんだが・・・・・・それ!」


 そう言って真澄はゲンイチを放る。広い街道の中で、再び光と共に変化するゲンイチ。それは今までの戦車やヘリと同じく、とても巨大な物に変容していった。



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