第五十三話 バイクと戦車
それから十日ほどして。かつて魔人達によって、多くの領土を失ったディーク国土では、急速な変化が生じていた。
「よし出てきたわ! 凄い大きい人が、十匹ぐらいです!」
場所は見晴らしの良い平地。空も青くお天道様も明るく、この日は実に綺麗に、その広い空間をどこからでも見渡せる。
この広い空間一帯の地面には、耕された跡があり、どうやら元は畑のようだ。最も大分放置されているようで、作物などはない。恐らく以前は植えられていたのだろうが、後から放置されて野生動物のご馳走になったのだろう。
その代わりに無雑草が生えそろい、一帯は人口の農園から、自然の草原へと変わり始める途中の土地である。
その見晴らしの良い土地を、真っ直ぐ逃げるように走るのは何故かルチルであった。しかも彼女は、自分の足で走っていない。
どこで手に入れたのか、何と高価そうな浮遊バイクに乗っていた。以前弘後町の中を走っていたのと似ているが、これもあそこで買ったのだろうか?
それなりに練習したのか、それとも彼女の覚えが良いのか、実に上手い運転で、この草原を真っ直ぐと走っていた。ちなみこの世界に、バイクの運転免許制度はない。
日本では交通違反で捕まりそうな速度で走っているが、聞こえてくるはずのエンジン音はよく聞こえない。その音をかき消すもっと大きな足音が、この草原の空間を支配しているからだ。
ズンズンズンズンズン! ズンズンズンズン!
雷が落ちたかのよう轟音が、機銃のように連続して、しかも重なり合って、この大地を鳴り響かせる。
つい先程までは、この草原には雑草を頬張るウサギや、空を駆け巡る鳥たちの姿があった。だが今は皆、その轟音に驚いて、何処へと去ってしまった。
その足音の主は、以前ピッグが召喚し、自らの領主館を粉々にしたのと同類の、あの巨人魔人であった。
一匹だけでも大層な威圧感なのに、今はそれが十匹もいる。それが一斉に、バイクに乗ったルチルを追って、勢いよく地面を踏みつけて走っているのだから、それは大地も小刻みに揺れるだろう。
ルチルはそんな恐ろしい無数の巨人に追われているのだが、彼女の表情には焦りや恐れは感じられない。それは勿論これも作戦であったから。
作戦と言っても、そんな細かい策ではない。彼女があの魔人をおびき寄せ、纏めてこの場に姿を現せる。そして待ち伏せていた味方に、あの魔人を一網打尽にさせる。それだけである。
彼女の逃げる先、この草原の真ん中で、ポツンと立っている件の人物は、やはり真澄であった。
『ようし後は任せろ!』
そういう真澄の頼もしい声は、何故かスピーカー越しのような、反響のこもった声だった。いや、それは例えではなく、まさにその通りであった。
真澄の声の発信源を、バイクに乗ったルチルが、一気に通り抜ける。彼女の通り抜けた先には、声の主の真澄の姿はない。その代わり、何やら謎の巨大物体があった。
それはローター付きの車輪が付いた、二重の縦長の箱形の物体。上部の小さな箱形には、以前真澄が使ったのと同型の機関銃と、パイプのような細長い砲身のような物がついている。
それはまるで一つの砲台のような・・・・・・いや現代日本人ならば、このような細かい説明などしなくても、一つの単語で全てが理解できるだろう。
それはどこからどう見ても“戦車”であった。しかも日本自衛隊の、10式戦車と酷似したデザインの、新品同然の表層の代物である。
ウィイイイン!
その戦車の砲塔が回転し、砲身が上に曲がる。その砲口の先には、今まさにこちらに接近してくる巨人の群れがあった。
ドン! ドン! ドン!
そうして発せられる、巨人の足音以上に大きな砲声。それは見せかけではなく、実弾を発射できる本物の戦車であったようだ。
ディーク神聖王国が主に使う、カノン砲やカルバリン砲などの旧型とは比べものにならない、強烈な大砲である。
槍のように鋭い砲弾が、音速以上の速度で飛び、巨人達の目を次々と撃ち抜いた。それらは正面から真っ直ぐ突っ込んでくる巨人達に、一発も漏らさず全弾命中。巨人達の眼球に大きな穴がポッカリ開いた。中には衝撃で、頭部全体が吹き飛んだ者もいる。
一分も経たない内に、十匹全てが撃ち抜かれ、巨人達はあっさりと泥となって崩れ落ちて、この荒れた畑に湿った小山を十個作り上げた。
普通ならば、聖者が十人は必要な敵軍が、この戦車一台の手で、勝負にすらならずにあっさりと撃退されてしまったのである。
そもそも何故この中世西洋風国家の領土に、10式戦車という現代兵器があるのか? そしてこの兵器を使って、巨人達を撃破したのは、一体何者なのか?
ガチャン!
「おう、ルチル! 怪我はないか!?」
そんなこと疑問にすら持つ必要もない。ハッチを開けて、砲塔天井から顔を出したのは、当然のごとく真澄であった。
戦車乗りには違和感のある和装の獣人女性は、素早くハッチから身を乗り出して、地面に降りて、さっき囮役になったルチルの方へと向かっていく。
「凄いわね・・・・・・あんなの私一人じゃ、せいぜい二匹相手がやっとだってのに。これじゃあ聖者も教会も商売あがったりね」
真澄が飛び降りた後に、次にハッチから顔を出したのは、ラチルであった。彼女は砲塔天井に立ち、見晴らしの良いこの場から、巨人達の残骸を感嘆して眺める。
「これがディークの侵攻から、アマテラスを守った力かい。確かに言うだけあって、大したもんだな。機械に触れたら、勝手に使い方が頭に流れてきて、素人の俺でもこんな凄い力が使えたし」
ラチルが出た後で、次に出てきたのは・・・・・・何故か天勝寺の僧の伊助であった。大分毛が伸びてきた短髪坊主が、法衣姿でハッチから身を乗り出す。
この現代戦車から出てきたのは、女サムライと西洋騎士風の女と、そして何故かお坊さん。10式戦車を扱うには、確かに三人必要だが、何とも面白い組み合わせの者達であった。
・・・・・・というかそもそも天勝寺にいるはずの彼が、何故このディーク国内にいるのか?
「大丈夫ですよ真澄さん。森の中を走るときに、ちょっと枝が頭に引っかかりましたけど。真澄さんも、こんな大きいの相手にお疲れ様でした」
「別に疲れるほどでもないさ。細かいのを一々相手にするより、でかいのを纏めて潰すほうが簡単なものだ」
よく見ると髪の毛に葉っぱが挟まっているルチルと真澄が、戦勝で軽く笑い合う。ラチルと伊助が、戦車から降りると同時に、今度は無人の戦車に変事が発生した。
それには誰も驚かない。それは真澄の使っている武器が、いつも姿を変えるのと同じ発光現象。光に包まれた戦車の巨体が、どんどん小さくなっていき、それはあの小さな勾玉=ゲンイチへと姿を変えた。
そしてそのゲンイチが、浮遊して真澄の元へと飛んでいって、彼女の手元に戻る。あの戦車の正体は、ゲンイチの変身であったのである。
小銃から機関銃になったと思ったら、何とこれは戦車にまで変身できたのであった。真澄の話に寄れば、これは戦車だけなく、戦闘機や護衛艦にもなれるという。
「ところで勝太郎さんが、まだ戻ってきてませんね・・・・・・大丈夫でしょうか?」
「ああ、あいつは細かいの相手にしてるからな。そりゃ手間がかかるだろう」
さてその場とは数㎞ほど離れた林の中。件の勝太郎は、そこで戦闘中であった。
ドシュ!
勝太郎の拳が、この林の細木を薙ぎ払って突撃してくる大蛇魔人の目を、拳で撃ち抜いた。彼の拳が、その眼球を卵のように簡単に叩きつぶし、大蛇はあっさりと泥になって崩れ落ちる。
大蛇の死に様を見届けることなく(そもそも見えないが)、彼は体勢を立て直して、周囲の気配を探る。
(這う音からして、残りは後二十匹か・・・・・・ようやくここまで減らせたか)
この林には、勝太郎を取り囲んで、あの大蛇たちが群れをなしていた。勝太郎を包囲する大蛇の数匹が、牙を向けて一斉に勝太郎目掛けて四方から突撃する。
勝太郎はそれらの攻撃を、実に細やかな動きで次々と回避。攻撃を躱された大蛇の何匹かが、味方同士で激突したり、胴体が絡まったりして、間抜けな姿で動きを鈍らせていた。
そんな大蛇たちを、勝太郎はいとも簡単に、眼球を打ち砕いて沈黙させていく。以前大蛇と戦ったときは、狙いやすい長い胴体ばかり狙っていたので、ラチルの神聖魔法以外で、これらを倒すことはできなかった。
だが弱点を知れた今では、このように彼一人でも、簡単に魔人の群れを相手にできる。
最初はどれほどの数がいたのか、今やこの林は魔人の残骸の泥だらけだ。地面の各所や木の幹には、灰色の液体がペンキを零したかのようにベッチャリと付着し、この林は今や泥だらけである。
つまり勝太郎は、それだけの数の魔人を、これまで倒してきたわけだ。それから間もなくして、林を汚す泥が更に増える代わりに、この林から邪悪な魔神の姿は一切なくなった。
(うわぁ・・・・・・全身ビチャビチャで気持ち悪い。早く風呂に入りてえ・・・・・・)
勝太郎には視認できないが、それでも感触で判る。彼の全身は、この林同様に泥だらけだ。泥で濡れていない箇所の方が少なく、沼にでも溺れたかのような姿。
これもそれだけ大量の魔人を屠り、その返り血を浴びた、健闘の賜だろう。
(そういや大砲の音が止んだな。てことは向こうも片付いたか? じゃあ早く合流して、さっさと寺に戻ろう・・・・・・)
もはや身体を洗うことしか頭に勝太郎は、小走りにそしてルチルのバイク以上の速さで、先程砲音が聞こえてきた、草原へと駆けていった。
さて場所は天勝寺の宿坊に移る。勝太郎達が寝泊まりしていた一室で、一行ら四人が少し早い夕食を取っていた。
ちなみにこの日の食事はスパゲッティ。これも異世界からの輸入なのか知らないが、何故か洋食での夕食であった。
「ふう・・・・・・疲れた後の風呂上がりの飯は、確かに旨いもんだな」
「そうなのか? 私はさほど疲れてないから判らんが・・・・・・」
「そりゃお前らは、大砲を十回撃つだけの楽な仕事だったからな」
真澄の返答に、勝太郎はやや皮肉ってそう口にした。実際に労働量においては、この中で勝太郎が一番多い。というか真澄の方は、戦車で数分いただけで、殆どの仕事を終えていた。
倒した獲物の大きさは、真澄の方が圧倒的に上だが、数においては圧倒的に勝太郎の勝ち。しかもこちらはしきりに身体を動かして、しかも全身泥まみれになっての大仕事であった。
十日前に出会ってから、真澄とルチルは、勝太郎と行動を共にして、この天勝寺で下宿していた。
彼らはゲンイチを飛行機に変えて、海を越えてディーク神聖王国に辿り着いた。だがそれは結構な旅路で、気軽に二大陸を往復できない。
だが勝太郎の能力ならば、日帰りで、ちょっと近くの店に行くような感覚で、実に簡単に大陸を往復できる。このことから、彼らは勝太郎と天勝寺の方々のご厚意に甘えることになっていた。
「まあ私はそうだがな。ルチルだってお前ほどじゃないが、結構大変な仕事してるぞ。こいつは体力はそんなにないのに、あの大物相手に必死に走り回ったし」
「走り回ったって言っても、バイクに乗ってだろ? ていうかお前、初心者なのに何であんなに乗れるんだよ? 俺なんか四輪の免許取るのすら、何ヶ月も講習してギリギリだったのによ・・・・・・」
「いえ、私は何となく乗ってみたら、何故かどうにかなっただけで・・・・・・」
「生粋の天才的センスかよ? 妬ましいな・・・・・・」
勝太郎がルチルに対して、茶化しと同じぐらいに、やや本気の妬みの言葉を浴びせる中、ラチルの方はナポリタンのケチャップで、口をオレンジに塗らしながら、少々やや不満ありげに語り出す。
「何だか私ら聖者の神聖魔法が、殆ど不要になってるわ。あれ伊助さんでも動かせたって事は、別に私でなくても誰でも良かったのよね?」
長きに渡って言われてきた、魔人は聖者に倒せないという、他国では実はバレバレだった嘘。そしてそれを勝太郎達も知った上では、もはや聖者の神聖魔法は、決して必須の力ではなくなった。
勿論魔人に対して優れた効果を発揮するために無意味な力ではない。だがこの数日間の戦いで、勝太郎や真澄のような人物なら、それがなくても充分戦えることが判明している。
「別にそういうこと気にしなくてもいいじゃないですか? どのみち魔人がいなくなったら、私達の力なんていらなくなるんですし」
「まあ、そうだけどね・・・・・・私にできることって、本当になくなってきたなって、ちょっと寂しいわ」
ルチルの方は自身の戦力のことは、ラチルと違ってさほど気にしてない様子であった。
「さて早速行くか! ・・・・・・ああでも勝太郎は少し休むか?」
「いやいい・・・・・・もう少しはやれるよ」
彼女達が始めた魔人狩りの仕事は忙しい。食事一つ取っている間にも、次の魔人が増殖しているかも知れない。
そのため彼女達は、頻繁に寺とディークを移動しながら、この数日時間があれば、連戦と急速を繰り返す、多忙な日々を送っていた。寺の境内に出て、早速転移を始めようとしたときに、ふと彼らに声をかける者が現れた。
「ああ、良かった! 間に合いましたね!」
それはここの院主の水奈子であった。何やら慌てた様子で、手に何かを持ちながら、急ぎ足で堂内からこちらに駆け寄ってくる。
「水奈子さん、どうしたんだ?」
「真澄さん。たった今届いたんですが、あなた宛にお手紙ですよ」
それは意外な人物への、意外な届け物であった。




