021ー2 魔人イリス
【修正履歴】
2019年10月9日
○第21話を4分割しました。
○分りにくい表現を訂正しました。
○少し加筆しています。
○主人公等の思考を表す表記の方法を以下のように変更しました。
(主人公等の思考)
↓
────主人公等の思考。
なお、この変更は、順次行っています。
表記がしばらく混在しているので、お許しください。
【迷宮の底で】
アメリアは、光の妖精の王族だ。歌は種族の特技みたいなものだ。
直ぐに、アメリアは、妖精達のサーガを歌い始めた。
寂しい旋律が、美しい声で奏でられる。地底の庭園にアメリアの歌が木霊した。
歌声が流れ出すと、翔の手の中の女の子は、暴れるのを止めて静かになった。
翔が見ると女の子の目に宿っていた狂気が無くなっていた。
翔は直ぐに手を離し、メロに目配せして着るものを出させた。
メロは、マジックバックをゴソゴソ探していたが適当な服が見つかったのだろう、それを出して女の子に渡そうとした。
女の子はメロには、意識も向けずに、アメリアに近づいて行くと、アメリアの前に三角座りをして、瞳を輝かせるように、歌に聴き入った。
メロは、女の子の後ろに回ると無理に服を着せた。女の子は、子供のようにされるがままにメロに服を着せられた。
一頻り歌を歌ったアメリアがニッコリと微笑んで、視線を女の子に向けた。
女の子はアメリアの笑顔に釣り込まれて、笑顔になった。
「お前の名は?」
アメリアが尋ねた。
「イリス。貴方はだあれ?」
少女が聞き返す。
「私はアメリアだ。この娘がメロ。そしてこの男の子が翔だ」
アメリアは、皆を紹介した。
「イリス。いい名前だ。お前の名前は誰がつけたんだ?」
翔が話に割って入った。
アメリアは、翔の突然の質問を聞いて眉をしかめて翔の方を見た。
翔は、アメリアに頷いて見せる。
「名前を? 分からないわ、私は、長い時間たくさんの映像を見ていたの。それは意味のあるものも有ったし、意味の無いものもあったわ。イリスの名は、その時に自分でつけたのかもしれない」
遠くを眺めるような視線になりながらイリスが答えた。
「お主は、こんな迷宮で何をしていたのだ?」
アメリアが尋ねた。
「歌って、生き物を捕まえて食べていた。話せる魔物とは話もした。上の光の空間には大きな男が君臨していたから近づけなかった」
イリスは、天井の水晶を指差した。
「もしかしたら貴方は、ここで生まれたの?」
アメリアが突然核心をついた質問をした。
「ここの生き物は、ここで生まれるのが普通よ」
イリスは、何を言うのだと訝しむように言った。
「上の光の空間には餌が豊富にあったわ。しかし大男が独り占めしていた。ここは餌があまり生まれないの」
「翔。この子が迷宮の最後のボスなの?」
メロは、顔をしかめて尋ねた。
「うーむ。分からんな。あの宮殿に行けば何か分かるかもな。行くぞ」
翔は、宮殿を目指して歩きながら皆を促すように言った。
「あれは私のお城。でも貴方達なら入ってもいいわ」
イリスは、そう言うとついてきた。
「翔。この子ついてくるよ。どうするの?」
メロが尋ねた。
「飽きたら離れるだろう。この迷宮で生まれたのなら魔物の一種に違いない。放っておくしかあるまい」
翔は、答えた。
「しかし、魔物にはベニベドルのような物好きな魔物もいる。概括して言うのはおかしいぞ」
そう言ったのは、アメリアだった。
「お前達は、どうしたいんだ?」
翔は、肩をすくめながら聞いた。
「こんなところに捨てては置けんだろう。連れて行くしかあるまい」
アメリアが女の子の肩を抱くようにしながら言った。
「お前は、子犬を拾うように軽々しく」
翔は眉をしかめて呆れて見た。
「そう。こんなところに子犬どころか女の子一人を置いていくのは、とっても無責任」
メロは、追い打ちをかけるように言った。
「無責任で結構。こんなお荷物を抱えるぐらいなら無責任の誹りを甘んじて受けよう」
翔はキッパリと言ったが、メロとアメリアは、完全に翔の言葉を無視して二人だけで、イリスを庇うように取り囲んで先に歩き出していた。
翔は、仕方なく付いて行くしかない。
「おい?」
しかし、翔の言葉など誰も聞かなかった。
「イリスちゃんは、ファミリー名は、無いの?」
アメリアが尋ねた。
「ファミリーネーム?」
イリスは、聞きながら首を横に振った。
「じゃあ。あのお兄さんは、これからイリスちゃんのお兄さんになるんだから、あのお兄さんのファミリーネーム、マンダリンって名乗ったら良いよ」
アメリアが教えた、
「おい。俺を放って置いて、おかしな話を進めてるんじゃないぞ?」
翔は、慌てて二人の話を遮った。
「翔。男らしく無い」
メロは、振り返って睨んだ。
「おいおい。そんな問題じゃ無いだろう」
しかし都合の悪い事は、二人は聞こうとしなかった。
────この子は普通じゃないぞ.......
翔は、嫌な予感を胸にしながらメロとアメリアの二人と、楽しそうに話すイリスをジッと見つめた。
《翔様。イリスは恐らく、迷宮から生まれた魔物の類だと思われます。おそらくイリスは蝕によって誕生した魔族の可能性があります》
────アリス。迷宮から生まれた魔物と、蝕から生まれる魔族とは、何が違うんだ?
《魔物は、迷宮や魔力が集まる場所に自然に発生します。大抵は醜く知能も低い生物です。蝕は、魔力が集積する迷宮の深層などの特殊な空間でできる魔精結晶が生体化することを言います。
しかし魔精結晶が生体化するのはかなり低い確率だとも言われています。迷宮の場合でも魔精結晶が生体化するには一万年以上かかると言われています。迷宮の規模も五百層以上有るのが普通です。
しかし、ここ水晶迷宮は、まだ小さな迷宮なので魔精結晶が生体化する規模では無いはずです。イリスは不完全な蝕により誕生したのだと思われます。
蝕で生まれた魔族は普通高い魔力を帯びて生まれるので生まれた早々から、非常に強力で高レベルな魔物となります。普通は魔精結晶が生体化する前後には巨大な魔力の解放があり、蝕と呼ばれる自然現象が生じるのです。
蝕で生まれた魔物は誕生間際の幼生と呼ばれる時に、退治するのが慣わしです。今のイリスは幼生から成体になる手前のようですが、まだ大したレベルでもありません。しかし彼女はユグドラシルの掟では殺すべきかと》
────まてまて。俺に、こんな可愛い子を殺せと言うのか?
《翔様には無理でしょうね》
この時不思議なことに翔は、感情が有るのか無いかハッキリしないアリスに豊かな感情を感じていた。
────お前も、メロやアメリアみたいに俺をコケにするつもりか?
しかし、答えは無かった。
迷宮の宮殿は、近づくとハリボテであることが分かった。外見が宮殿らしく作られているが、中はただの洞窟のままなのだ。と言うよりは、作りかけのままの宮殿のような印象を受けた。
────アリス。これは子供が作った砂のお城みたいだな。
《恐らく、結晶が小さすぎて蝕が未発に終わったためでしょう。蝕が本格的になればなるほど、宮殿は、派手で大きな物になると言われています》
────魔王になれなかった魔精結晶の生体化を魔族っていうのか。
《魔王と魔族の最大の違いは支配の力が備わっているかどうかだと言われています》
────支配の力?
《闘気と同じ系統の力のようです。魔物を配下とし軍団として使役する力です。伝説の王達も所有していたと言われる能力です》
────支配の力。王の素質か?
《支配の力は、幼生の間は弱く、魔物の精力を取り込むに従って強くなると言われます。
イリスには支配の力はないようですが、少なくとも魔族に違い有りません。魔族は、とても知能が高く生まれながらに高度な魔法を使いこなすと言われています。それは世界樹のネットワークと直接リンクしているからだと言われています。
彼らが生まれながらに話せたり、高度な戦略家で魔物を軍事化する術などもそこから得るのだと言われています。イリスはレベルの低い魔族のようですが、それでも知能が低い訳では無さそうですし、支配の力についても今後の成長次第でどうなるか分かりません》
「出来損ないのイリスは、しかし知能がとても高いのか」
翔は、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「そいつは、逆にキツそうだぞ」
翔の呟きは、誰の耳にも届かないほど小さく力のない声だった。
見るとイリスは、小柄なメロの服ですら、だぶだぶになってしまっている。ハッキリと成長不良だ。そんなか細いイリス。黒髪が腰の辺りまで伸びてキラキラしていた。
何だか、近親感があると思って見ていたらイリスは黒髪と黒い瞳が印象的な女の子だった。
顔は日本人とは似ていないが、それでも金髪で青い瞳のメロや、銀髪に赤紫の瞳のアメリアよりずっと近親感があった。
メロとアメリアの二人と楽しそうに話している様子を翔は、目で追った。
────可哀想になってくるな.......
「おい。イリス。子供みたいなフリは止めて、キッチリ話そうぜ」
翔が改めて呼び止めた。
イリスは、振り向いた。少しだけ目が大きく見開かれた。そして翔の真剣な表情を見て、ため息を吐いた。
「貴方も、ユグドラシルから情報を引き出していたのね?」
今までの子供っぽい仕草がすっかり消えた様子でイリスは訊いた。
「まあ。そんなところだ」
翔が答えた。
「そう。ならば仕方ないわね。貴方達は簡単に騙せると思っていたんだけど。そんな甘い現実は無いわけね」
イリスはそう言うと大きなため息をついた。
「お前は出来損ないらしいな」
「翔。可哀想な事、言っちゃダメ!」
メロが叱りつけた。
「ああ。メロ。お前は一目で分かったんだろう。この子は蝕で生まれた魔族。ユグドラシルの掟では……」
しかし、メロは、そこまでしか言わせてくれなかった。
「翔。私達は、この子を退治なんてしない。もし、どうしてもッて言うなら私達が、真剣に翔からこの子を守る」
メロは、キッパリと言った。いつもは、少し天然で、なにを考えているか分からないメロだが、頭が悪い訳では無いのだ。
「ああ。お前達ならそう言うだろうな。それで、イリスはどうして欲しいんだ」
翔は、真剣な表情で、尋ねた。
「出来損ないなのは承知しているわ。足手まといなのも承知している。虫の良い頼みでしょうけど、助けて欲しい」
イリスが答えた。目には光る物があるった。
────助けてか.......
翔は、助けてという言葉に弱かった。
「安心しろ。俺もお前を殺す気はない」
翔は、諦めたようにそう言った。
イリスは、翔の言葉に意外そうな顔をしてみせた。
メロとアメリアは、喜びで顔を綻ばせた。
「俺は、そもそも可愛い女の子に弱い」
「そうだね」「本当だ」
メロとアメリアは、同時に強く相槌を打った。
「イリスみたいな可愛い女の子に酷い事なんかとてもできない。しかし、イリスには、確認しておかないといけないと思ってね」
「どういう意味か分からないわ」
イリスが首を傾げた。瞳を泳がせている。何を聞かれるか怖いのだろう。
「つまりだ。俺達について来る気があるなら確認したい事がある。さすがに無条件で仲間にはできないからな」
翔のその言葉に、イリスは目を丸くして驚いていた。
「仲間? 見逃すだけでなくて? 貴方達は、お人好しなんてのを通り超して……不思議な人達ね」
「お前は、ユグドラシルの情報だけで頭でっかちになっているだけだ。俺達は、ユグドラシルの何者にも縛られない。しかし知っておいて欲しいが、俺達は、今、女神ブリュンヒルデとベルダンディーの作ったレベルアップ・トライアル・ルートに参加してるところだ。
多分お前を女神達から隠しおおせるとは思えん。蝕の幼生は退治する事が掟らしいから、お目こぼしをお願いする事になる。お前を殺さずに済むかどうかはラグナロクの予言の詳細を知らない我々では判断できない。それでも良いならついて来い。それが条件の第一だ」
「なるほどそう言う事なのね」
イリスが納得して頷いた。
「今の私では、この迷宮はレベルが高すぎるわ。無事に地上までたどり着けるとは思えない。このままでは、この迷宮で魔物の餌食になって死ぬか餓死するか、どちらにしても長生きできるとは思えないわ。どんな条件だろうと、あなた達に助けを求めるしかないわ」
「そうか。条件は、後二つだ。二つ目の条件は、俺達三人の特殊事情に、真面目に付き合う事」
翔は、指を二つ立てて見せた。それからメロ、アメリア、翔の三人の特殊事情と目的や希望などを簡単に説明した。
イリスは、メロ、アメリアの話は黙って頷きながら聞いていたが、翔の話になるとにわかには信じられないのだろう眉をひそめて聞いていた。
「貴方の話全てを信じろと言うのは、無理があるわね。でも、貴方の楽して楽しく生きてゆくって事と、この二人の目的を達成してあげるって事は、両立しないんじゃないの?」
イリスは、不思議そうに聞いた。
「そこが俺の一番の矛盾するところだ。こいつらに助けてくれって頼まれちまったのが運の尽きだ」
「貴方はよく分からない矛盾だらけの人なのね」
イリスは、笑いながら言った。
「まぁ。イリスの言う通りだな。俺は何だか本来の目的からどんどん離れてゆくようだ。しかし成り行きをそのまま楽しむってのも俺の信条ななのさ。くよくよ生きるなんてバカバカしいからな。
そう言う訳で、三つ目の条件だが……」
そう言うと翔は、指を三本立てて示した。
「俺達各人の事情をクリアするためには、相当なレベルアップが必要だ。そのためにレベルアップ・トライアル・ルートを挑戦中だ。それにも付き合ってもらわないとダメだ。
俺達の仲間になる条件は以上だ。
しかし、地上に出て、女神達の許しが出たらお前の好きにしても良いぞ。とにかく地上までは、連れて行ってやる。メロ、アメリア、お前達も条件を言っとけよ」
「イリス。ごめんなさい。なるべく無条件で一緒に行きたいんだけどこれだけは飲んでもらわないとダメな条件がある」
メロは、珍しく真面目な顔で言った。
意外なメロの発言に、翔もアメリアも目を開いて、聴き入った。
「翔は、女好き。すぐエッチな手で触ってくる。キッパリと、ダメ出ししないと、どこを触るか分からない。気を付けた方が良い」
「お前。それの何処が条件だ?」
翔は、呆れて突っ込んだ。
「女の子には重大な条件。相性が合わないなら断ってくれても仕方がない。でも、できたら翔のエッチな視線とソフトタッチは許してやって欲しい」
「俺は痴漢ですか? 変態ですか?」
翔が割って入った。
「そう」
「うむ」
メロとアメリアが同時に肯定した。
「こんなバカメンバーだが、イリスは嫌じゃないか?」
聞いたのは、アメリアだ。
「私もこの二人に助けて貰った。最初は隙を見つけて逃げ出すつもりだったが、こいつらは隙だらけだった。いつだって逃げろみたいな感じだった。イリスも我々を利用するだけ利用したら好きな時に去って行っても我々はお前を責めたりせんぞ」
あっけらかんとした口調で、アメリアは、言った。やはり条件とは、かけ離れた条件だった。
「私は、人間と言うのは、お貴方達しか知らないけど、皆そんなにお人好しなの?」
「翔は変人。変わり者。普通じゃない。私達は、その命令に従う弟子。変態でも我慢するしかない」
メロが翔を評価するとこうなるようだ。
「おい。こんどは俺は変態マスターかい?」
「そう」
「うむ」
メロとアメリアは、やはり、同時に肯定した。
「でもイリスはそんなに小さいのに翔の言う通り頭が良いのね」
メロは、イリスの顔を覗き込みながら聞いた。
「私は作り物の人形よ。頭なんてよくないわ」
イリスが自嘲するように言った。
「お前。そんなに可愛く作ってくれた奴を恨むなんてバチが当たるぞ。出来損ないと言ったがあれは取り消す。お前は、お前だ。今でも凄く可愛い。それに今の自分に不満があるならいくらでも変われば良いじゃないか」
翔は、イリスの頭をぐりぐり撫で回しながら言った。
こうしてイリスが仲間に加わった。しかしレベルアップ・トライアル・ルートの挑戦は、一時中止にせざるを得ないだろうと言う事になった。
ようやくたどり着いた最下層だったが、イリスを連れて『脱出』の魔法を使ったのだった。




