014ー1 異世界の七不思議の一つとは?
【修正履歴】
2019年9月7日
○分りにくい表現を訂正しました。
○少し加筆しました。
○主人公の年齢17歳を明記しました。
○第14話を二分割しました。
○主人公等の思考を表す表記の方法を以下のように変更しました。
(主人公等の思考)
↓
────主人公等の思考。
翔たちは、とある宿場町の飯屋で昼食を摂っていた。
グアリテーロの手から逃れ、東へ八十キロほど移動してきたところだ。
翔もアメリアもお腹がいっぱいになり、ぼんやりとくつろいでいた。だが、メロだけはまだ食べることに余念がない。
────こいつの食べた物って、一体どこに入ってるんだ?
翔は、いつものことながらメロの豪快な食べっぷりに呆れ果てていた。
メロの七不思議の一つ「その小さな体のどこに食事が消えるのか」が、今まさに全力で発動中である。
一方、アメリアは隣のテーブルに座る冒険者たちのことが気になって仕方がないようだった。彼らが先ほどから、やかましいほどの大声で騒いでいたからだ。
「それは、ゾングアルスの大賢者だろうが!」
「お前、人の話を聞いているのか? 今現在の人族だとしたら、と言ったんだ。ゾングアルスなんて歴史上の人物じゃないか」
翔もうるさく騒ぐ冒険者たちにチラリと目をやった。
レベル13の魔術師、レベル14の剣士、レベル14の僧侶という三人連れ。どうやら、まだまだ駆け出しのパーティーのようだ。
────こいつら、やけに声が大きくないか?
あまりの騒がしさに、翔は耳を塞ぎたくなった。
「翔。ゾングアルスとは何者だ?」
アメリアが尋ねてきた。冒険者たちの議論の内容は「今、一番強い人族の冒険者は誰か」というもののようだ。
────いかにもガキが好みそうな話題だ。
自分もまだ十七歳に過ぎないのだが、翔は駆け出しの彼らを子供扱いして眺めていた。しかし、アメリアは興味を惹かれたらしい。
────見たこともない誰が強かろうが関係ないだろうに。アメリアはそういうことが気になるのか。
不思議に思いつつも、翔は質問に答えるべく意識の中でアリスに問いかけた。
────アリス。ゾングアルスって?
《前回の「蝕」で魔王を倒したパーティーのメンバーであり、大賢者と呼ばれた人物です》
────前回の蝕っていうのは、そんなに昔のことなのか? 歴史上の人物だなんて言われてるぞ。メロの母親のカロンも、そのメンバーだったんだろう?
《メロさんはそのようにお話しされていましたね。しかし、いかなる公式記録にもカロンさんの名前は残っていません。前回の蝕で魔王が討伐されたのは、二十五年前の七月です。ちなみに、大賢者ゾングアルスは今も健在であると思われます》
翔はアリスから得た情報をアメリアに伝えた。
「ゾングアルスは前回の蝕で魔王を倒した英雄だ。ちなみにまだ存命だから、歴史上の人物ってわけじゃないぞ。アリスに……」
「お前がアリスという空想上のイメージ娘から情報をサーチした、という説明は不要だ。分かっている」
アメリアが残念そうな顔で言った。
「お前のその気持ち悪い癖さえなければ、少しはまともな人間に見えるのにな」
「俺は至ってまともだ。アリスの話も本当だし、俺をメロみたいに言うなよ」
翔がツッコミを入れる。
こき下ろされた当のメロは、二人の会話には一切関心がないようだった。彼女の意識は、今この瞬間の最大関心事に集中している。
────カニブタの香草煮かぁ……。ドードー鳥のカモママ包み煮込みも頼んでほしいなぁ。迷う……。
メロの頭の中は料理のことでいっぱいだ。
しばらく悩み抜いた末、メロはおもむろにメニューから顔を上げた。そして、一大決心をしたような真剣な面持ちで翔にドードー鳥の料理を注文した。
「メロ、そんなに食べて大丈夫か?」
オーダーを聞いた翔が驚いて尋ねる。
「もう八品目だぞ」
この宿場の食堂は、丸テーブルにたくさんの大皿が並ぶ形式だ。一皿二銀貨(約二千円)前後とそこそこ高価だが、味も良く分量も多い。普通なら一人二皿もあれば満腹になる量だ。
「六品目あたりから、メロ一人で食べてるじゃないか」
「大丈夫。私のお腹の中のものは精霊たちが食べに来るから、いくらでも食べられるんだよ」
メロが事もなげに答えた。
「お前の小さな体でそれだけ食えるなら、本当に腹の中に精霊を飼ってると言われても信じそうだ」
「本当にお腹の中に可愛い精霊がいっぱいいるんだもん!」
メロが頬を膨らませて言い張る。
「じゃあ……」
翔たちの会話を遮るように、隣の席から大声が響いた。レベル13の魔術師だ。
「俺たちが世界一の冒険者になればいいじゃないか!」
喧しくて会話もままならない。
アメリアはさきほどから、この冒険者たちの耳障りな放言が気になって仕方がなかった。
────この子たちは、一度痛い目に遭った方が良いかもしれない。
鋭い眼差しで睨みつけていたアメリアだったが、若造たちの人を見下したような態度に見かね、ついに意を決したように立ち上がった。
「おい。お前たち」
アメリアは騒ぐ冒険者たちのテーブルへ向き直り、凛とした声で言った。
「少し声を落としてくれないか。いくら何でも騒ぎすぎだぞ」
「アメリア、面倒事を買うなよ」
翔は座ったまま彼女をたしなめたが、時すでに遅し。アメリアは既に相手のテーブルのすぐ側まで歩み寄っていた。
「お前たちは、なぜ周りの迷惑も考えず、そんな大声で馬鹿話をしているのだ?」
────あちゃー。こりゃ、ただでは済まないな。
翔は頭を抱えたくなった。その危惧はすぐに現実となる。
レベル14の剣士が、いきなりアメリアの手を掴んだのだ。なかなか乱暴な手口である。さらに彼は喚き立てた。
「おい、亜人の分際で俺様に偉そうな口を叩いて、無事で済むと思っているのか?」
────おお。この剣士、半端なく上から目線な上に人種差別までするのか。タチが悪いな……。
翔は呆れ、少し頭の悪そうな剣士の顔を凝視した。
アメリアの表情も険しい。相当な怒りが溜まっているようだ。
「その汚い手を離せ」
アメリアの口調が一段と低くなる。
翔がチラリと隣を見ると、メロは届いたばかりのドードー鳥の煮込みを食べるのに忙しそうだった。
仕方なく、翔はアメリアに補助魔法をかけてやった。さすがに三人を相手にするのは荷が重いだろう。
アメリアのステータスが上昇し、およそレベル18相当の実力になったのを確認して、翔は満足げに頷いた。
アメリアは一瞬だけ翔に目を向け、感謝の視線を送る。
翔は親指を立てて応えた。「頑張れよ」という合図だ。
アメリアが身構えるよりも早く、レベル14の剣士は掴んでいた腕を突き飛ばすように離した。体勢を崩したところを剣で畳みかける算段だろう。
体重の軽いアメリアは、その勢いで後ろに数歩下がった。
剣士は立ち上がりざま素早く抜剣し、体勢が崩れた(ように見えた)アメリアに斬りかかる。
想像していたよりは手慣れた動きだった。しかしアメリアは、決して体勢を崩したわけではなかった。あえて後ろに下がることで、剣士との間合いを計ったに過ぎない。
彼女は剣士よりも遥かに素早くレイピアを抜き、相手の剣を叩き落とした。強烈な一撃が剣を握る手に決まり、剣士はたまらず片膝をつく。
アメリアはその反動を利用し、立ち上がろうとしたレベル13の魔術師の鳩尾をレイピアの柄で強打した。魔術師は悶絶し、その場に崩れ落ちる。
三人目のレベル14の僧侶は、まだ座ったままだ。アメリアが攻撃の予備動作を見せた瞬間、両手を上げてゆっくりと立ち上がった。顔面は蒼白だ。
時間にしてわずか数秒。まさに電光石火の早業であった。
「な、なぜレベル11程度の亜人に、俺たちが……!」
剣士が打たれた腕を押さえながらも、なお差別的な言葉を吐き続ける。
その顔面に、アメリアの容赦ないパンチが叩き込まれた。剣士の体が吹っ飛ぶ。
周囲の席から一斉に歓声が上がった。
「よう、美人のエルフのねえちゃん! かっこよかったぞ!」
声を上げたのは、これまで見たことのない半人半獣の種族だった。
────アリス。あいつは何だ? 見たことがない種族だが。
《あれは「ガオウルフ」ですね。ドワーフと人狼のハイブリッドだと言われています》
食堂には三十ほどのテーブルがあるが、改めて見渡すと亜人種が多いことに気づく。その亜人たちが皆、アメリアに喝采を送っていた。
────なるほど。
翔は、アメリアがなぜあれほど怒ったのか、その真の理由を理解した。
騒ぎが起こるまで気づかなかったが、この冒険者崩れの坊やたちは、わざと周囲に聞こえるような大声で、亜人への差別発言を繰り返していたのだろう。これほどの喜びようからして、相当に酷い内容だったに違いない。
冒険者たちは、店内の亜人たちの反応を見て形勢不利と悟ったのか、憎々しげにアメリアを睨みつけている。
────こいつら、絶対あれを言うぞ。
翔は、この手の輩が必ず口にするであろう「決まり文句」を予想し、期待に瞳を輝かせた。
降参したレベル14の僧侶が、打ちのめされた二人を助け起こしながら、絞り出すような声で言った。
「お前ら、覚えておけよ! きっと仕返ししてやるからな!」
────やった! 生きている間にこのセリフを生で聞けるなんて!
翔は、あまりにもテンプレな発言に思わず吹き出してしまった。
しかし、その一方でアメリアは、自分の行動が仲間に迷惑をかけるかもしれないと、今さらながら気づいたようだった。
こんなチンピラのような下っ端冒険者であっても、執拗に付け狙われれば鬱陶しいどころの話ではない。
アメリアは少し困ったような顔で翔たちを見た。
────これ以上、翔に迷惑をかけてはいけない。ただでさえ、返すことのできない恩義があるというのに。
アメリアはそんな殊勝なことを考えていたが、気恥ずかしさが勝って言葉にはできない。
その気持ちをなんとなく察した翔は、彼女の側に歩み寄ると、その肩に手を置いて優しく下がらせ、自らが前に出た。
そして、翔は言い放った。
「お前らみたいな雑魚キャラ、いちいち覚えてられるかよ」
あまりの暴言に、レベル14の僧侶は一瞬絶句した。直後に顔が真っ赤になるほど激昂する。
「くそっ! たかがレベル7のくせに生意気な! 夜道は一人で歩くなよ!」
僧侶は強い口調で捨て台詞を吐いたが、その手はブルブルと震えていた。
────ぷっ。まだ言ってやがる。
翔は笑いを堪えながら、ダメ押しとばかりに脅しの魔法を発動させた。
「ラップ!」
────バンッ!!!
大きな音が鳴るだけの、ショボい魔法だ。MP消費は1にも満たない。
だが、無詠唱で突如魔法が発動したことに驚き、冒険者たちが悲鳴を上げた。
「「「ギャーーッ!」」」
三人は慌てて店を飛び出そうとした。
しかし、出口で待ち構えていたレベル23の強面店員に首根っこを掴まれ、「勘定を払え!」と怒鳴りつけられている。
────本当にとことん馬鹿な奴らだ。
翔は呆れて眺めていたが、すぐに見飽きて視線を外した。
☆
翔には、MPの消費具合について腑に落ちないことがあった。
────アリス。ユグドラシルのMP表示はいい加減だな。「ラップ」を使ったのにMPが1すら減ってないぞ。
《翔様は、ユグドラシルの人々に比べてMPの消費効率が極めて高いのです》
────なぜだ?
《翔様が構築される魔法術式が、極めて無駄なく洗練されているからです》
────じゃあ、いっそMP表示を増やせばいいじゃないか。
納得がいかず、翔が呟く。
《おそらく、現在就かれている「創造師」としての魔法が、まだ効率的に発動できていないことが原因かと思われます》
────なるほど、そういうことか。
ようやく翔は納得した。
────やはり創造魔法の使い方は、もっと研究しなきゃダメだな。
そう思いながら、席に戻ってきたアメリアに声をかけた。
「アメリア、気が済んだか?」
「ああ。すっきりした。迷惑をかけてすまぬな」
アメリアは晴れ晴れとした様子で、ぐいっと大きな胸を張った。いつもの彼女らしい仕草だ。
あまりに勢いよく張るものだから、胸元のボタンが今にも弾け飛びそうである。
「翔。目がエッチ」
すかさずメロの突っ込みが入る。
メロは戻ってきたアメリアと楽しそうにハイタッチを交わしていた。
「お前たち、少しくらい強いからって調子に乗るなよ。世の中にはグアリテーロみたいな変態もいるんだからな」
「あのギザ男、追いかけてこなかったね」
メロがポツリと言った。
────あの髪飾り、可愛かったな。取られちゃって悔しい。翔、また作ってくれないかなぁ。でも、ギザ男に渡す前に翔がレリーフを書き換えてたから、もう同じのはどこにも無いんだよね……。
メロは残念そうに考えていた。翔はただ防具を脱ぎ捨ててきたわけではなかったのだ。脱ぎ捨てると同時に、意匠を少し変えていた。メロはそれを見逃してはいなかった。
「あのグアリテーロという男、何を考えているのか分からんからな」
アメリアも同意する。
「自分を誇示するわけでもなく、組織の人間でもない。あれほどの実力があれば、名声も地位も金も思いのままだろうに。全く得体の知れない奴だ」
サバサバした性格のアメリアですら、不快そうに顔をしかめた。
翔も同意見だった。
「いつ、どんな形で現れるか分からんが、一生会いたくないタイプだな。とにかく、もっと強くなるまでは、あんな派手な防具は作らないからな」
メロは「うんうん」と深く頷いた。さすがの彼女も、グアリテーロのような恐ろしい強盗に目を付けられるのは御免だった。
☆
「ふぅ、お腹いっぱい!」
九品目のお皿を平らげて、メロはようやく満足したようだ。
「メロ。さっきの冒険者たちも気にしていたが、確かにこの辺りは亜人種が多いみたいだな」
翔が、美少女らしからぬ仕草で膨れたお腹をさするメロに尋ねた。
「そうだね。兎人のウサ耳、可愛いよね」
メロは、店内にいた耳が長く突き出た兎人の少女を思い出し、嬉しそうに言った。
「うむ。あれはなかなかのレベルだったな」
翔も少し鼻の下を伸ばして応じる。兎人の亜人には美少女が多い。しかも豊満で色っぽい。翔は道中、その姿につい見惚れていたのだ。
「翔、すぐにエッチな顔になる。気持ち悪い!」
メロの指摘が飛ぶ。
「兎人はああ見えて、人狼や熊人間などの獣人と同等の、極めて強力な種族だ。侮ると酷い目に遭うぞ」
忠告したのはアメリアだった。
「獣人は、アメリアと同じエルフピラタの住人なんだよね?」
メロの問いに、アメリアが首を振る。
「いや、エルフピラタはエルフと光の精霊たちの世界だ。獣人たちはどちらかと言えば、黒エルフピラタの住人だな」
「黒エルフピラタって、ダークエルフの世界でしょ。彼らにも『至高者』みたいな支配者階級っているの?」
「エルフの支配者は我ら『至高者』だけだ。ダークエルフも光のエルフも、本質的には肌の色が違うだけ。だが、エルフの世界にも人種差別は厳然として存在する。獣人たちが黒エルフピラタに住まうのも、そうした情勢の表れなのかもしれぬな」
「獣人って、狼や熊や兎の他に、どんな種類がいるんだ?」
話題が重くなりそうだったので、翔はさりげなく質問を投げた。
「様々な種類がいるぞ。豹、虎、獅子、麒麟、馬などだ。魔界には龍人や魔人といった獣人もいる。彼らは野生動物さながらの運動能力や再生能力を持つだけでなく、なぜか魔法の適性も高い。神が面白半分に創造したという神話もあるが、真相は分からん」
────狼人間がいるなら、吸血鬼もいるのか?
翔はふと疑問に思い、聞いてみた。
「狼人間が獣人なら、吸血鬼もその類に入るのか?」
「吸血鬼のことは詳しく知らんが、狼人間とは共通点が多いと聞く。だが、奴らは魔界の住人だし、分類上は『不死者』に入るのではないか?」
「吸血鬼も実在するんだな……」
翔が改めて感心したように言う。
「翔、いるも何も、吸血鬼は魔界における一大勢力だぞ。『ヴラド串刺大公爵』、『カミラ女叙勲爵位』、『竜騎士侯爵』、その息子の『小竜騎士伯爵』などは有名だ」
「おお、その名前は聞いたことがあるぞ。まるでお伽話の主人公だ。本物がいるなら一度会ってみたいもんだな」
翔が感嘆の声を上げる。物語の怪人たちが現実に存在すると聞き、子供のような好奇心が湧いてきたのだ。
「そんな生易しい連中ではないぞ。強さで言えば、遥か高みに君臨する恐るべき冥界の住人たちだ」
アメリアが釘を刺す。
「冥界の恐ろしく強い奴らで思い出したけど、アメリアにはウコバクやバルバルスを倒すっていうデカい目標があったよな。あいつらのレベルがどれくらいか知ってるのか?」
「レベルか……。正確な数値は分からん」
アメリアは翔の懸念を理解していた。魔界の諸侯たちは、あのレベル57の怪物・グアリテーロよりも遥かに強いはずだ。
人には修行を積んでもそれ以上レベルが上がらない「限界」があるとされている。翔たちは希少職に就き、魔核を精製する翔の能力で魔物の基礎能力を吸収できるため、限界点は高いはずだが、それでも先は未知数だ。
「だが、死んでも奴らを超えてみせる」
アメリアが毅然と言い切った。
「死んだら意味ないだろ」
翔がすかさず突っ込む。
「しかし、このままチンタラやっていては、お前の言うレベルに到達するまでどれほどかかるか分からんな。……ちょっと待っててくれ」
翔は会話を中断した。少し思いついたことがあり、アリスと相談しようと考えたのだ。
彼はまた、静かに目を閉じた。




