012ー5 金は天下の回りもの
【武器屋】
次に訪れたのは武具屋だ。道具屋で手に入れたMPポーションがある今なら、三人の装備を十分に整えることができるだろう。なお、翔は自分用の防具を自ら創るつもりでいた。
彼らが店に足を踏み入れた途端、店員全員が血相を変えてアメリアのもとへ殺到した。もちろん、見たこともない意匠の盾を拝むためだ。
武具屋の店員たちには「鑑定」の能力がある。盾がミスリルとアダマンタイトの合金で出来ていること、そして翔の手によって何重もの付与魔法が施されていることは一目瞭然だった。層状に重ねられた付与魔法にも鑑定士は驚愕していたが、それ以上に、盾の表面に彫り込まれたレリーフが物議を醸した。
「これは……芸術の神が手ずから創った神器に違いない!」
それが店の最終見解となったが、翔はそれを無視した。
この盾を「金貨百万枚で売ってくれ」という懇願も聞き流し、翔はさっさと買い物を済ませることにした。彼が購入したのは、三つの全身鎧だった。
フルプレートの代価は一つにつき金貨十五枚。三つで計四十五枚にもなったが、もちろん支払いに使う金貨は魔術で創り出したものだ。
ちなみに、金貨の創造が「神の禁則」に触れなかったのは、その芸術性の高さゆえである。翔は金貨を一つの「アート」として定義し、構築したのだ。文明の進んでいないこの世界では、流通している金貨の出来もかなり雑である。
通常、職人が手作業で細工した元型から鋳型を作り、そこに金を流し込むのだが、そうして出来た金貨の精度はたかが知れている。対して、翔が創る金貨は、職人の元型よりも遥かに美しく精緻だった。
一度創ってから魔術で少し形を崩してやれば、市場に出回る普通の金貨に見える。これこそ正に「チート(ズル)」というものだろう。
そんなわけで、MPの制約はあるものの、実質タダで手に入れたフルプレートだったが、それは安物の金属製で付与魔法も一切かかっていない代物だった。
あえて安物を買ったのは、金貨を無尽蔵に創造できるほどMPに余裕がなかったからだ。
フルプレートを購入したのは、無から構築するよりも既存の物体を「材料」として加工する方が魔力を節約できると気づいたからである。今後、翔はよほどの必要性がなければ、完全な無からの創造は行わないつもりだった。あまりにも効率が悪すぎるからだ。
翔はフルプレートを抱え、三人で試着室に入った。彼が防具をどのように作り替えるのか、その過程を他人に見られたくなかったのだ。
試着室の中で、翔はフルプレートの材質をミスリルとアダマンタイトの合金へと変換し、それぞれの体格に合うよう形状を調整していった。
さらに主要な部位をチタン合金で補強。様々な付与魔法を定着させるために、創造魔法で物理特性を「上書き(オーバーライト)」し、その上から幾重もの付与を施した。
メロの防具は、一見すると全身を覆う優美な絹のローブだが、実際にはミスリルとアダマンタイトを極細の糸にして織り上げた布地である。急所には飾りのようなプレートが縫い込まれており、それがメイルとしての役割を果たすよう工夫されていた。
そのプレートは非常に薄くて軽く、花や樹木、鳥といった美しいレリーフが刻み込まれている。
元の無骨なフルプレートの面影は微塵もなく、洗練されたセンスを感じさせる「聖女の法衣」へと変貌を遂げた。
「メロ、さらに見栄えが良くなったな」
アメリアが手放しで褒めちぎる。
「えへへっ」
メロはくるくると回って衣装を見せびらかし、嬉しそうに笑った。「馬子にも衣装」とは言うが、メロはもともとの素質が良い。今の彼女は、どこかの国の王女のように気高く美しかった。
一方のアメリアの装備は、元のフルプレートに近い形式で仕上げられた。
全身を覆うメイルは、驚くほど薄く軽い仕様だ。これは「将来飛べるように、できるだけ軽くしてほしい」という彼女の願いを最大限に取り入れた結果だった。
強度よりも軽さを優先させたとはいえ、主要箇所の厚みを微調整し、強度を最適に配置することで、全体としての防御力と軽量化を両立させている。
さらに、創造魔法によって「軽さ」の物理法則をオーバーライトし、付与魔法で身体動作を補助する機能も追加した。
それだけでなく、暑さ寒さを自動で調整し、身体の不純物を取り除く清浄機能まで備わっている。
もちろん、美しさへの妥協も一切ない。
胸当てはアメリアの豊かな曲線に合わせて美しいフォルムを描き、見る者(主に男たち)を圧倒するだろう。全身のラインも優雅で柔らかな意匠となっており、彼女のスタイルの良さを際立たせている。
その優美な輝きは、触れれば金属特有の硬さではなく柔らかさが伝わってくるかのようだ。仕上げに各所へ宝石を散りばめ、鏡面加工された表面には金細工とエッチングによる絵画的なレリーフを施すという、翔独特の芸術的な武装が完成した。
最後は翔自身の武装だ。材質は、もちろんミスリルとアダマンタイトの合金を主軸にしている。
翔は兜に対し、創造魔法による物理法則のオーバーライトを多用し、さらに最高難度の「時間魔法」を付与した。
彼が意識を集中させると、周囲の時間をほんのわずかだけ引き延ばすことができるという画期的な付与魔法だ。
予想通り、現在の翔の技量では時間魔法の消費MPは凄まじく、得られる効果も決して大きくはなかった。
延長できる時間はわずか六%、持続時間も一秒間に過ぎない。しかも一度発動すれば三秒間のクールタイムが必要になるという制約付きだ。
納得のいかない翔は、さらなるオーバーライトと付与を重ねて強化を試みた。結果、莫大なMPを費やした割には、延長効率が七%、クールタイムが二・五秒になっただけであった。
この他にも、翔が思いつく限りの付与魔法をこれでもかと詰め込んだ。防御力向上、魔法耐性、物理耐性の強化は当然のこと、身体動作のサポート、筋力増強、自重の軽減など、枚挙にいとまがない。
最終的には、実戦用に取っておいたMPポーションの最後の一口まで使い切ってしまった。
オーガとの決戦は二日後だし、旅の途中は街道を通るため強い魔物も出ないだろう――魔術師としてはあるまじき楽観的な判断で、彼はMPが完全に底を突くまで魔法を掛け続けたのである。
意匠には、自分自身の肖像を彫り込んだ。それを見たメロとアメリアは「翔とは似ても似つかない」と切り捨てたが、翔本人は鏡を見るたび自分はこう見えているのだから仕方がない。
「翔……こんな男が実在したら、女たちが放っておかないだろうな。至高者の男性も相当な美形だが、これはそれ以上だ。見ているだけで恋に落ちてしまいそうだ」
アメリアが、鎧に刻まれた翔(自称)の顔をまじまじと見つめた。
「いい男っていうのは、こういうのを言うんだよ。翔も見習いなさいよね」
メロまでわけのわからないことを言いながら、肖像画に見入っている。
翔は呆れて二人を見た。(そんなにいい男が好きなのか……?)
「でも、翔も『違う意味で』いい男だよ」
メロが珍しく彼を褒めた。
そんなやり取りをしながら三人が試着室から出てくると、それを見た武具屋の店員たちは、文字通り卒倒せんばかりに驚愕した。
武具を売るプロである彼らにとって、その見たこともないほど美しく神々しいメイルは、驚きを超えた衝撃の象徴だった。
誰もが翔たちの周りに集まり、あんぐりと口を開けてただ見惚れるばかりだ。
ついには店主が、翔の手を握らんばかりの勢いで引き止めた。
「お願いです! どうか、その鎧を一箇所……いえ、一つでいいので譲っていただけませんか!」
「店主、MPポーションはあるか?」
翔が尋ねた。
「……申し訳ありません。店に置いてあるのはこれだけです」
店主は自分の懐からMPポーションを取り出し、翔に差し出した。もちろん非売品の私物だ。
翔がそれを一気に飲み干すと、わずかにMPが回復した。
「店主。手頃な盾を持ってこい。一番の安物で構わない」
翔の言葉に従い、店主は安物どころか、そこそこ質の良い盾を差し出した。
翔は即座に材質を変換し、防御力を高める付与魔法を施す。ついでに意匠も少しばかり整えてやった。
「簡単だが、これでいいか?」
差し出された盾を見て、店主は土下座せんばかりの勢いで平伏した。
「ありがとうございます! これは些少ですが、お礼にございます!」
店主は懐から一つの革袋を取り出した。
受け取ってみると、見た目とは裏腹に重さを感じない。マジックバッグのようだ。
「いくら入っているんだ?」
「はい。金貨一万枚にございます」
「袋ごと貰っていいのか?」
「もちろんでございます!」
店主は当然だと言わんばかりに即答した。
「貰えるなら貰っておく。……できれば、さらにMPポーションがあれば欲しかったんだが」
「申し訳ございません。MPポーションは一般には流通しておりませんので……」
店主は心底申し訳なさそうに肩を落とした。
どうやら、本当に欲しいものに限って手に入らないようになっているらしい。
こうして翔たちは、武具屋で思わぬ大金を手に入れた。先ほどのポーションで多少なりともMPを回復できたのは、不幸中の幸いといったところだろう。
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