21話 人事異動はじめました
「あれぇ?冬夜どうしたの?」
はっと気が付くと、私は現閻魔王様こと、エドガーが緑の目を真ん丸にして私を見ていた。
私はしゃがみこんだ状態で、目を瞬かせる。どうやら叫んでいる間に、移動が終わったらしいが……でも何で目の前にエドガー?
「訪問する場合は、必ず事前申請してもらわなければ困ります」
「それは謝罪する。しかしこの時間を逃すと、閻魔王様の予定を考えて、申請し話ができるのは2日後となってしまう。こちらとしても、これ以上冬夜の勉強時間が削られるのは問題ありと判断した」
エドガーの隣に立っていた左京のお小言に対して、右鬼はまったく表情を変化させることなくしれっと答えた。……すげぇ、右鬼。わたしなら、インテリっぽい左京に叱られたら、べこっとへこんで元に戻れないかもしれない。というかこういうタイプに口で勝てる気がしないんだよね。
わ-わーと喋るのは得意だけど、理詰めで返されるのはどうも苦手だ。
「そっか、冬夜、勉強はかどってないんだぁ」
あうっ。
エドガーってば、ド直球に聞いてくるなぁ。まあ、その通りなんだけど。
「いや。どうも、脳筋族には、ちょっとつらいものがあって……」
ちょっと心を入れ替えようとは思ったよ。思ったけど、世の中向き不向きがあることも考慮して欲しい。そう思う私は甘いのだろうか?
「まあ、そうだよね。僕も確か初日は3日目に逃げ出した気がするし」
「えっ?!逃げ出したの?」
いや、私も逃げ出したんだけどね。
その後心を入れ替えようと思ったんだけど、右鬼をフリーズさせて逃げたしたことには変わりない。
「だって、普通に考えて嫌じゃない?勝手に人の人生決めるなーって思ったし、そもそも法律関係には全く興味がなかったんだよね。僕がなりたかったのも舞台俳優だったしさ」
おっと。まさしく私と同じ考えじゃないか。
エドガーは私に比べてすごい人なんだろうなぁと思っていたので意外だ。特にほんわかとした性格をしているので、逃げ出すなんて思ってもいなかった。
「あまり自分がアホだった事を語られると、威厳に関係するので控えていただきたいのですが」
「でもね、左京。閻魔王にいきなりなれなんてて言われると、君が思っている以上に不安も大きいんだよ。やらなきゃいけない事だけど、上手くできない事なんていっぱいさ。だから、完璧な姿を見せるより、完璧じゃない姿を見せる方が冬夜は安心できると思うんだよねぇ」
さすが先輩。良く見抜いていらっしゃる。
駄目駄目な話を聞いたのに、さらに尊敬度アップだ。やっぱり、閻魔王の座に長年座っていると、こんな気遣いができるようになるんだろうか?うーん。今の私に後輩が出来たら、色々見栄を張ってしまいそうだ。私も将来、こんな風に後輩を気遣える先輩になりたいなぁ。
「心配な事があったら、何でも聞いてね。力になるから」
「先輩ぃぃぃ!!」
「冬夜あぁぁぁっ!!」
感極まってがしっとハグをしようとした所で、私は左鬼に首根っこを掴まれた。同じくエドガーも左京に首根っこを掴まれている。
「冬夜、そんな事している場合じゃないでしょう?折角右鬼が冬夜の新しい勉強方法を考えてくれたんですよ」
「貴方は何をしているんですかっ?!」
左鬼の諭す声と左京の怒鳴り声が、同時に響く。……そういえば、そうだった。エドガーの大人な発言に感動している場合じゃなかったんだ。
にしても、エドガーの方は大変そうだなぁ。あんな風にガミガミ言われていたら、私なら絶対喧嘩になるか、更なる脱走を試みている気がする。
「何って、ハグしようとしただけじゃないか。最近の日本の青春もの映画だと、ハグが普通なんだって。昔の日本人はシャイだったけどさ、今は違うんだって」
「日本人は今もシャイのままです。あれはフィクションだといつも言っているでしょうが。閻魔王のくせに、性犯罪者になりたいのですか?!セクハラ、パワハラで訴えられたいのですか?!」
「そんな事ないもん。あれは訴えられなければ罪にならないもん」
いや。左京はただの心配性なママンか。
怒鳴っているので怖いだけかと思ったが、意外にエドガー思いのいい人……いい死神なのかもしれない。
「話を進めてよいだろうか?」
あっ。
ぽつりと漏らした右鬼の言葉で、私は本題を思い出した。ここには、エドガーを先輩として称える為に来たわけじゃなかったんだ。
話が横道にそれてしまった為、どうやら右鬼は喋るのを待っていてくれたらしい。私は右鬼の絶対零度な目線に体を縮みこませながらそっと事の成り行きを見守る。
うん。そうでした。右鬼は私を怒ってもいい立場でした。折角私の為に勉強方法を考えてくれたのに、話を脱線させてすみません。心をちゃんと入れ替えます。
しかし今謝ると、やっぱり話をどんどん逸らしてしまう自信があった為とりあえず、お口にチャックをする。
「冬夜は、楽しく勉強がしたいという。しかし冬夜は、椅子に座って勉強するのが苦手。集中力はあるがムラがある」
あ、アホの子ですみません。
なんだか、母親にうちの子は馬鹿でと近所の人に話されている気分だ。しかも右鬼の場合、母親よりきっちり私の性格をとらえていそうでつらい。ごめんね、本当に、アホの子で。
「そこで、現世へ行き、まずは子供の霊をあの世へ運ぶ仕事を手伝わせ、体でこの世界の動きを覚えさせたい」
「えっ?!現世っ?!」
これ以上右鬼の邪魔はしないように黙っていようと頑張っていたが、考えてもいなかった言葉に、私は反射的に声を出していた。
だて、現世って、あれだよね。私が生きていた時にいたところだよね。むしろ、行っていいの?という感じである。
「子供の霊を慰められるのは、地蔵菩薩様だけ。ならば、これもいい経験になる。またあの世とこの世の動きについても覚えられる」
えっと。
私としては動ける仕事なら、雑務でもなんでもどんと来いだけど。いいのかなぁ?死んだ人間が、現世に戻るのは色々まずくないのかなぁ?
「サキ、いいの?」
こそっと私の背後にいる左鬼に耳打ちする。
私の知識ではいいとも悪いとも言えない。もしかしたら、生きている時は見えないだけで、結構普通にあの世とこの世の交流ってばあったりするのだろうか?
「僕的には反対ですけどね。危険が大きいので」
「えっと。危険じゃけなければいいの?あー、その。死んだ人がまた現世に行くっていうのは」
「ああ。その辺りは大丈夫です。死神は現世に出向きますし、ほらお盆という行事もありますよね。あの時、結構帰省する人もいますよ」
マジか。
お盆って、休む口実で、親戚が集まって酒飲んでどんちゃん騒ぎする日だと思ってたよ。
「ほら、きゅうりやナスに割り箸を刺して飾ったりしませんでした?」
「んー。そういえば、母さんがそんなことしていたかも」
「きゅうりは馬、ナスは牛。現世とあの世を渡る為の動物になぞらえているんですよ」
へぇ。
そうなんだ。何か飾ってあるなぁとは思ったけれど、気にしたこともなかった。若干あれで馬とか無理がないかと思わなくもないけれど、かといって粘土でリアルに作るのは美的感覚がなければ難しそうだ。となると、誰でも作れそうなアレがちょうどいいのかもしれない。
乗り終わったら食べる事もできるし。
「空太を貸していただきたい」
「へ?空太?」
なんで空太?
左鬼とこそこそ喋っていたので、右鬼の話を聞いていなかったのだが、唐突に出てきた知り合いの名前に反応して私は聞き返した。
「うーん。あの子、結構気難しいよ?」
「しかしあのまま遊ばせておくのは無駄。それに冬夜が現世に行くに当たり、私と左鬼が抜けては仕事が滞る」
「確かに。空太にとってもいい機会かもしれません」
なんか、勝手に本人がいないところで空太の人事が決まろうとしているのは、気のせいじゃないよねぇ。
会社でいう、社長や副社長などの幹部が人事異動について話し合っているような雰囲気に、私はなんとなく、また空太に迷惑をかけてしまっている気がした。
「えーと、あの。すみません」
右鬼の邪魔はしないと決めたが、このままだと良心の呵責を覚えそうで、そろそろと手を上げる。何かもう、色々わがまま言ってすみませんな気分だ。
「い、色々考えてくれたのはありがたいけど、迷惑をかけてしまうなら、今まで通りの勉強方法でいいから。その、ちょっと手加減して、休憩時間を長めにとったり、サルでもわかるような教科書にしてくれるとかの配慮で。うん、大丈夫です。ごめんなさい」
なんというか。本当にごめんなさい。
やっぱり閻魔王見習いなんて役職がついていると、言葉一つでも気をつけなければいけないみたいだ。見習いといっても、王様の見習い。つまりは王子様とかお姫様立ち位置ということ。
王政ではない日本の一般ピープルだったので、その辺りの感覚があまりなくてごめんなさいと思いながら、私はパンと手を合わせて拝むように謝った。だからお願い。これ以上、事を大きくして、友人に迷惑がかかるような事にならないようにして下さい。
うぅぅ。やっぱり私には、この職業、向いていない気がする。
「いいよ、いいよ。気にしないで」
「いや、でも……」
エドガーがニコニコ笑いながら手を振るが、おおごとになりすぎて、とてもそんな気分にならない。
「右鬼にとっては、孫が現れたみたいなものだから、浮き足立っちゃってるんだよねぇ。それに、空太にとってもとてもいい話だとは思うしね。よし、決めた」
エドガーはパンと手に持っていた木の板を左手に打ち付けて鳴らす。
そしてまっすぐに私を見た。
「今から、冬夜と空太を現世の子供の魂回収部隊に任命しまーす。あ、もちろん。左鬼も行っていいよ。元々左鬼が冬夜係りなんだし」
全然、私の話きいてないとおもうんですけどっ!
私の思いつきの所為で、上層部で予想外の人事が行われてしまい、私はどうすればいいのかと途方にくれた。うわぁぁん、空太ごめんなさぁぁぁい。




