第3話 しりとりを知っているだろうか
しりとりを知っているだろうか。
私はオスガキがニヤニヤしながら『ゴリラ』→『ラッパ』ときたら、迷わず『パンツ』と答えてあげる正統派美少女だ。
ちなみにこれをするとまごついたオスガキは条件反射的に『つみき』と答える。
そうした場合、私は『キツキツTバック』と答えてあげるのだ。
これが富の再分配というやつだな。
——みたいなことをうつらうつらと考えながら、私は揺れる吊り革を見ていた。
バスの車内にはホゲーとした婆さんと、やたらアナウンスが巻き舌な車掌さんくらいしかいない。
プールって入ってる時はいいんだけど、出た後サウナかってくらいに汗出るんよな……。
プールの後のしけった髪の毛がうなじに張り付いてなんかキモいし、背中にピトッと張り付くTシャツもウザいし。
そういや吊り革ってぶらぶらしててちんこみたいだな。
とか思い、私は隣席のカズキをチラリと見る。
そう、ちんこといえばカズキである。
結局私はあの後、無言でドアを閉め、階下に降りていき、一旦ニュースをつけた。
そしてニュースキャスターを見つめながら5秒おきに右上の時刻をチラ見し続け、5分きっかり待ってからもう一度部屋に突入した。
——まあ、念のためにノックはして。
そして私は何事もなかったかのようにカズキをプールに誘い、池の鯉みたいに口をパクパクさせているあやつの手を引っ張ってプールへ向かったのだ。
……特に深い意味はないが、プールについた私が真っ先に手を洗ったのはいうまでもない。
プールサイドについてもアイツはギクシャクしていたが、私が普通の調子でいると、だんだん普段の感じに戻ってきて、後半は、いつも通りに遊べた。
やー。こっからお泊まりだってのに、なんでこいつは初っ端からハッスルしてんだ?
あれか。最強無敵美少女の私がお泊まりするのに、ドギマギしておっきしちゃったってやつか。……にしても鍵くらいかけとけよな。
ガタンっとバスが揺れた。
お婆ちゃんがふえ?みたいな顔をして車掌さんの方を覗いている。
そしてカズキはバスに座った時からずっと無言で窓の外を向いていた。
多分遊んでいる最中は気が紛れていたものの、いさ座って静かになったら、また気まずさが戻ってきたとかだろう。
いやお前、そこ家と電柱しか見えないけども。
とかそんなふうに脳内で突っ込んでみても、カズキはずっと黙り込んでいる。
私も普通に気まずかったのでずっと手のささくれを見ていた。
あーくそ。話しかけるきっかけが掴めない。
……こういう嫌な緊張状態に入ったとき、私は前世からうまく均衡を崩せない。そして、それは今世でも変わってない。
チラつく苛立ちを振り払うように私も結局窓の外の電柱を数えはじめる。
23本、24本、えー25本……。
——そういえば今は8月25日だ。
夏休みが終わるまであと、一週間も無い。
カズキから目を背けて見る窓ガラスの向こうに、前世の教室の風景がじわりじわりと重なり始める。
端っこにでかい傷がついたあの黒板。
そうだ、この机は建て付けが悪いんだった。
あ、あの人は学級委員のヤマシタさん。
アイツはサッカー部の部長やってるタムラで……。
楽しそうに笑ってるやつ。異性と甘酸っぱい会話をしてるやつ。放課後遊びに行く計画を立ててるやつ。趣味で盛り上がってるやつ。
あー。
むかつく。
私——僕はその光景に背を向けて、一人。寝たふりを続ける。
別に、無視されてるとかじゃない。消しゴムを落としたら拾ってもらえるし、何か絡まれるとか、そういうこともない。
ただ、僕はなぜか輪に入れない。
髪の毛をぐしゃっと掴んだ私は一つ息をした。
今世で、私は確かに話の中心にいたんだ。間違いなくクラスのみんなが私を見てて。あと、たくさんの人たちが私の話すことを聞いてて、あと……それと……。
……小3くらいまではうまくいってたのだ。
勉強なんてしなくたってテストは全部満点だったし。クラスは当然の如く私を中心に回ってた。
……確かに、うまくいってたのだ。
それが。
『あー、え、ハカナちゃんも来るの?めずらしいね』
『ハカナちゃんっていっつも男の子たちと一緒にいるよね』
小4くらいから男どものノリがだんだん悪くなって、中学に入って女子の輪に入れなくって。
そして、今はカズキくらいしかまともな友達がいない。
なんだあいつら。私の方が前世含めたらよっぽど先輩なんだが?もっと敬えや。
そのカズキとの仲が、こんなしょうもないハプニングでくずれるとか。まじでない。
……あーもー。しょうがない。ここは私が一肌脱いで、カズキに話すきっかけをくれてやろう。
次、次の駅に着いたら、そのタイミングで話しかけるぞ。
えー、次の駅は……。
と決心した瞬間、プシューと音を立ててバスが止まった。
あ、もう?
ちょっと待って、やっぱ次、もう一個次の駅で……。
いや、違うな、ここで話しかけないとダメだろ。
でもな。ま、まずは最初の一セリフ目を考えよう。最初はまず……。
「な、なあカズキ」
「……なに」
ちょっ!声に出てた!?な、なんか言わないと、えーと、えっとな……ちょっと待てよ。
とそんなふうに素知らぬ顔をして冷や汗を滲ませる私の様子を、カズキは訝しげな目で見つめてくる。
泳ぐ目の先に映ったのはぶらぶら揺れる吊り革。吊り革がちんこで、ちんこがカズキだから……。
とか、訳のわからない言葉が頭を駆け巡ったのが悪さをして——気づけば私の口は勝手に回り始めていた。
「あーそんなに落ち込んでないで、あ!おちんこでないでさー」
「……」
——死にたい。
結局私たちは無言でバスにどんぶら運ばれ続け、ぷひゅー、と妙に気の抜けた音を立ててバスは最寄の駅に着いた。
婆さんがヘケッと一つ、咳をした。
バスから降りると、頭上にはかすかに橙色を帯び始めた空がぼんやりと浮かんでいた。
規則的に伸び縮みを続ける2つの影法師の距離は変わらないまま、私たちは家に向かって無言で歩く。
何か話をしないと、そう思ってはいても私の頭は何も捻り出してはくれない。
私は道端のたんぽぽを踏みつけて、そのまま歩く。
チラリと後ろを振り向くとカズキがなんともいえない顔でトボトボ歩いていた。
死んだ顔っていうには緊張感が足りないけど、生き生きしているとは言いづらい。
こう言っちゃなんだが、間抜けな顔ってやつだった。
そりゃそうだ。
こいつは同い年の究極美少女に自分のエクスカリバー(笑)を見られておち……こんでいるだけの中坊なのだ。
そりゃ、こんな顔にも、なるわな。
「なーカズキ」
「な、なに?」
カズキは間抜け面をもっと情けなくしてこちらを見てくる。
「今のお前の顔、死ぬほどウケる」
「………………は、はぁ!?」
「いつまで落ち込んでるんだよお前。なんなの?バカなの?死ぬの?」
「死なないよ!というかこっちは本当に深刻に悩んで」
「はいはい、粗チン乙」
「そ、そういうの今言い返しにくいからやめてよ!というか——」
「……なぁ、カズキ」
私がカズキの話を遮って重々しくいうとピシッと固まったアイツも真剣な顔をした。
十分にゆとりを持ってから私は明るく笑って言った。
「ぶっちゃけ、お前のちんこ見たぐらいじゃなんとも思わん(笑)」
「……」
言いたいこと言ってすっきりとした私は軽い足取りで道を進む。
うん。空が綺麗ダナー。
何故かカズキの顔がより妙な感じになったような気もしたが、きっと気のせいだろう。
カズキの顔がどれくらい変になったかをひらがなで例えるなら、そう。
「ぬ゜」みたいな感じだな。




