二話 僕は美浦一輝。
僕は美浦一輝。
中学二年生の割には大人びてるね、などとよく言われるが、特に特筆することのない一般中学生だ。
いや、一つだけ特筆することがあった。
それは幼馴染の保科羽香奈のことだ。 彼女を一言で言うと……言うと……。
……なんだろう。
ま、まあ幼馴染の女の子である。
彼女とは小学二年生の夏頃――僕が転校してきてから一月後くらい――に知り合ったから、もうかれこれ7年近い付き合いになる。
僕と彼女が出会った時、彼女は既にクラスの人気者だった――実際には(本人いわくマドンナだそうだが)ガキ大将に近かったが。
明るくて。誰とでも話せて。運動神経がよくて。
読モにでもなれそうなくらいに可愛いかった。
後で話を聞いたところ、実際に芸能事務所に声をかけられたこともあるのだけど『服とかめんどい』という理由で断ったそうだ。
――彼女らしいと言えばらしい。
でも、彼女が人気だった本当の理由は――あんなに先生に怒られているところとは食い違うのだけれど――なんというか芯からにじみ出るような大人っぽさ、みたいなのがあの頃からあったからだと思う。
なんだか、彼女は他の子とはちょっと違ったのだ。
余裕があるというか、どこか安心感があるというか。
まるで、年上のやんちゃなお兄ちゃんが子供を相手に一緒に遊んでくれるかんじ、とでも言うのだろうか。
ああ、そういえば、あの頃の彼女は毎週、毎週いろいろと新しい遊びを考え付き、クラスの男子連中に布教していた。
それも、年上のお兄ちゃんっぽいと思った理由なのかもしれない
……そのせいでうちの代以降には『階段の手すりで滑ってはいけません』とか『給食を運ぶ台車を勝手に持って行ってはいけません』とか、妙な規則が山のように追加されるようになったけど。
その一方、当時の僕は、転校してきたからの一月ほど、絵にかいたような陰キャボッチだった。
――多少家庭の状況が特殊な方ではあったとはいえ、小二でコミュ障ってのはもう一種の才能じゃないか?
だいたい休み時間は教室の隅っこで本を読んでたし、放課後は図書館で本を読んでた。
体育の時もペアを作るとだいたい最後まであぶれる。
……今もそこまで変わってないとか言わないでほしい。
だが、今の僕は美人な幼馴染と仲がいい、とかいう男子中学生の妄想みたいな状況にいるのだ!
ただ僕と彼女も最初から仲が良かったわけではない。
ぶっちゃけて言うと当時の僕は彼女のことがキライだった。
『キライ』というのも変な感じだが、多分、あの頃の僕にはクラスの中心で楽しそうにしている彼女が癪に触ったというか、妙にうざったかったというか……要するにうらやましかったのだろう。
だが、そんな感じに腐っていた僕に初めて声をかけてくれたのも、他でもない彼女だった。
今でも彼女が僕に話しかけた最初の一言目はおぼえている。
夏休み明けの9月。
彼女は夏休みの宿題をびた一つもやらないという開校以来の偉業を成し遂げ、放課後居残りをさせられていた。
その日、(もちろん宿題はちゃんと提出して)いつものように図書館で本を読んでいた僕は、ふと忘れ物に気付いて、教室に取りに戻ったのだ。
そして、自分の教室のドアを開けた途端に目が合った彼女にだしぬけに話しかけられたのである。
僕とハカナ以外、誰もいない教室。
彼女の机は不思議に光っていて。
蒼い夏の日差しが差し込んで、彼女を照らす。
少し空いてた窓から抜けた風は、彼女の髪をふわりと揺らしてた。
そして、机に肘をついたハカナは、なんだか大人っぽい表情をして僕に話しかけてきたのだ。
「お、カズキじゃん。ちょ、一人でずっと宿題やるの飽きたからから話し相手になってくんね?」って。
そう言った彼女の瞳が、やけに目の奥に残った。
その声が少し薄暗い教室内を無性に反響してた。
そして僕は、なぜか彼女のことを知りたいって。そのとき思ったんだ。
でも、僕がいえたのは当てこすりみたいな小言だけ。
「……宿題はちゃんとやった方がいいよ」
でも、彼女はそんなこと、気にもしないように話を続けた。
「やってるやってる。今漢字の書き取りだからしゃべりながらでもできるんだよ。てかさ、カズキが持ってる本、小二にしてはむずくない?」
そういわれた僕は、確か得意になってこたえたのだ。
「でもこれ、言葉は難しいけど、結構面白いよ。ていうか、保科さんも本とか読むんだね」
言ってから失敗したと思った。これ結構悪口じゃないかって。でも、僕は彼女の次の言葉に仰天したのだ。
「ん、読むよ。そのシリーズは3巻が一番好き」
「え!?これ読んだことあるの!」
「んー。……結構前にね」
それを聞いたとき、はっきり言って僕は出まかせを言ってるのだと思った。
それで、あれこれと彼女に話の展開を尋ねたのだ。ちゃんと読んでなきゃ答えられないような内容を色々と。
でも、彼女は全部の質問にすらすら答えて見せた。
そして、最後に笑って言ったんだ。
「お前、結構話せるやつじゃん」って。
その後、家への帰り道で『なんでついてくるんだよ?』『そっちこそなんでついてくるの!』とかコントを繰り広げながら帰って、そこで家が隣なことに初めて気づいたのだ。
うちの父親は結局タイミングを逃して引っ越しした時の挨拶をし損ねちゃってたし、僕と彼女は家を出る時も帰る時もタイミングが違ったから、たまたますれ違ってたみたいだった。
多分、あの教室でのハカナとの出会いがなくても、あと半月もすればどっかのタイミングで彼女が隣に住んでることには気づいただろう。
――『ハカナと出会わなかったら』ってのは、なかなかゾッとする想像ではあるけど。
そんな僕には最近、悩みがある。
毎朝やたら元気な我が愚息のことだ。
一日に3回はなだめているのに、いつもいつも「やあ」と飛び出てくるのは勘弁してもらいたい。
ハカナはその顔面偏差値に反比例してやたらと無防備なのだ。もう、色々と見える見える。
そのたびにマイサンが「やあ」するのだ。
はっきりいおう。
興奮とか以前に普通に痛い。
痛いねん。チンコ。
あと心も。
あわせてチンココロ痛いねん。
……なんか暑すぎて脳みそゆだってきてるな。
ゲンドウポーズをして心頭滅却を試みていたところ(ハカナにごりおしされてエヴァは小4で履修済みだ)階下からドアの開く音が聞こえてきた。
ハカナだ。
夏場のハカナはドルフィンパンツ、というのだろうか。丈がきわくて柔らかい生地のあの種の短パンをやたら好んで履く。
『すずしくて、楽』だとか。
は?楽じゃないんだが!?こっちのちんこギンギンなんやが!?!?
そんな感じで逆ギレしながらも、僕はハカナを家に入り浸らせ続けている。
ハカナはめちゃくちゃだし、割とうざかったりダルがらみをしてくることもあるけど、でも、本気で嫌がったらすぐにやめてくれるから。
だから、ハカナがうちに入り浸り続けてるってのはつまり。僕自身、ハカナが来ることを本気で嫌がってないってことなのだ。
閑話休題して。
今日からハカナがうちに一泊するらしい。
いや、待って。普通に。
無理だが、わしの理性。
……うん。多分、僕はハカナとのお泊り会というやつに相当浮かれているんだろう。テンションが明らかにおかしい。
後我が愚息のテンションも、ああ、おかしいな……。
ぶっちゃけ結構深刻な悩みなのだ。僕の性欲に関しては。
だって普通に考えて友達で抜くのって、やばいだろう。モラルとか一般良識とかに何かしら違反している気がする。
しかも、お泊りだよ?中二の男女が。
うれしいよ?だってハカナは腐っても文句なしに美少女だからさ。うれしいけど、うれしいけどさ!
でもハカナは友達なんだよ!
僕は性欲が多少人よりも強いかもしれないけど、性欲と恋愛感情はやっぱり違うと思うんだ。
性欲に流されて今の居心地のいい関係性を壊したくない。
なによりも僕の心を飲み込んで離さないあのハカナの瞳に、僕への嫌悪感が移るかもしれないって思ったら、軽率なことはできないよな。
ってのはわかってるんだけども。
でも。それとこれとは別というやつだ。
うん。生理現象だからな。
たまには、いや、朝から3時間ぶりだからたま、ではないかもしれないけど、たまには息子を撫でさすって冷静さを取り戻してもらうことも必要さ。
そんな風に脳内で言い訳をしながら、僕はズボンを下ろし、コックピットに乗り込むルーク・スカイウォーカーのごとく操縦かんを握り締め、脳内のハカナフォルダをめくり始めたそのとき。
「はいどーん!目標かく、に……ん……」
ハカナがいつもよりも数十分早く、僕の部屋に入ってきたのだ。
何の言い訳もできない状況で、僕と彼女の目が、もろに合った。
クーラーの駆動音がやけにうるさく聞こえた。




