37.急成長
「50318ポイントね」
「ごまっ……!」
ドヤ顔で魔石を渡した割に、度肝を抜かれているレオである。一方のハンナは平然とした顔つきで、それに適したカタログの物色をはじめた。
「これだけあるといろいろ選べるけど、どうしよっか。便利アイテムを拾っていくか、探索お役立ち系スキルを充実させるか、戦闘スキルに振っちゃうか。悩ましいところだね。探索してて困ったなって思うことを教えてもらえる?」
「そ、それはいくつかありますけど……その、5万ポイントってそこまで珍しくはないんですか?」
「んー。頻繁にあることじゃないけど、金級だとさらに一桁大きいこともあるしねー。管理局に勤めてるとマヒしてくるのよ、その辺」
あはは、と乾いた笑いを浮かべた後で、あ、そういえば、とハンナが付け加えた。
「レオ君たちにはいらないお節介かもしれないけど、ポイントから金貨への換金は上限が決まってるから気を付けてね。具体的に言うと、年に金貨300枚まで」
「金貨300枚っていうと、ポイントにすると3万ポイント、ですか?」
「そう。魔石ポイントとお金の交換はね、実は管理局のボランティアみたいなもので、お金がない冒険者への支援の意味が大きいの。だから、下層に挑めるような冒険者は魔石の換金じゃなくて、お金になるアイテムを発掘したり採集したりして生計を立ててねって意味」
「はー、そうだったんですね。でも確かに、戦利品を売るだけで暮らすには不自由しないし、今はスキルやアイテムの方が欲しいので、換金する気はないです」
「ほとんどの冒険者はそういうわね。不思議なもので、一獲千金を目指してこの街に来た人であっても、銀級に上がるころにはすっかり迷宮の虜でね、お金なんかよりスキルが欲しいって口をそろえるの」
くすっと笑って、馬鹿よね、と言う。その口ぶりには、いつものように、冒険者への慈愛が感じられた。
「そうそう。それで、ポイントの振り分け。困ったのはどこ?」
イルザやリタも交えた相談の結果、やはり今後の安全を考えてもう少し戦闘系のスキルを充実させておきたい、ということになった。今のところアイテムには不足を感じないので、ポイントはすべてスキルに振ることにする。探索系のスキルも少しは欲しい。
イルザもリタも、とにかくレオのスキルの充実を訴えたが、主力となるのが二人である以上、現状はそちらにスキルを振るのが効率的だ。これも侃々諤々の末、おおむね均等に配分することに決める。
大まかなスキル構成と迷宮での戦闘スタイルをヒアリングして、ハンナがスキルの構成案を作ってくれる。こういうスキルのマネージメントも迷宮管理局の仕事のひとつらしい。
「銅級くらいのレートだとサービスでできるけど、ここまでくるとさすがに手数料、あとでちょっともらうことになっちゃうかも。大丈夫?」
「もちろんです!」
「んー、そしたら、こんな感じでどう?」
そうしてイルザが提案してくれるままに獲得した各人の新たなスキルが、こんな感じだ。
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◎レオ
剣技(2)⇒(4)4000 レベルUP
身体強化(1)⇒(3)1500 レベルUP
火魔法(1)
魔力増量(1)
経験効率(7)
鑑定(1)
高速探索(1)⇒(3)6500 レベルUP
感覚拡張(1)
全力斬り3000 NEW
識別:青2000 NEW
カリスマ(ユニーク)
これで合計17000ポイント。
やはりレベルアップはずいぶんポイントを喰う。基礎的なスキルの底上げをしつつ、攻撃に特化した新たなスキルを習得し、探索系の【高速探索】のレベルも上げておく。
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◎イルザ
【保有スキル】
炎熱魔法(6)
氷魔法(1)⇒(5)14500 レベルUP
魔力増量(3)1150 NEW
魔力運用(3)
魔力強化(5)
解毒
四大元素
これで合計16050ポイント。
【魔力増量】は50ポイントで新規獲得し、そのままレベル3まで上げた。これは基礎値に倍率がかかるタイプではなく、絶対量が増えるスキルだ。レベル3程度だとイルザの総魔力量を考えると誤差の範囲だが、レベルを上げていけば違いが出てくるらしい。
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◎リタ
【保有スキル】
双剣技(8)
剣技(6)
身体強化(5)
連撃(3) 6700 NEW
回避(3) 4600 NEW
先制(3) 4600 NEW
戦闘予測(4)
これで合計15900ポイント。
【連撃】スキルはリタのように手数で勝負する戦闘スタイルと相性がいい。【回避】と【先制】も前線でスピードと反射神経、そしてなにより【戦闘予測】を生かして戦うリタの特性を考慮したものだ。
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3人合計で、スキルに消費したポイントは48950。今回獲得した50318と、もともと残しておいた71ポイントから引いて、残る手持ちは1439ポイントになった。
せっかくなので、1000ポイントで夢幻のフライパンを購入する。迷宮内で調理をする際、栄養効率を高め、味を調えてくれるらしい。これが馬鹿にならない効果で、なにしろあのアカタケがちょっとはおいしく食べられるようになるという。密かに冒険者必携のアイテムと言われるだけのことはある。
余りは439ポイント。これは次回に繰り越すことにした。
「スキルはこんなもんでいいんじゃないかな。普通は5万ポイントも振るとずいぶん印象が変わるんだけど、レオ君たちはもともとが優秀なスキル構成だから、劇的な変化ってわけにはいかないかもね」
「スキルロールって初めて体験したから、なんか変な感じ。これでスキルが身についているなんて、ちょっと信じられないかも……」
「あ、そっか。リタはもともと騎士団所属だったのよね。やっぱり、こういうのはズルみたいで嫌い?」
「? なんで?」
「そういう人がいるのよ。スキルロールで身に着くスキルなんて邪道だって」
「あはは。変なこと言うんだねー。アタシは強くなれるなんてなんだっていいかなあ」
「へえ。プライドは傷つかない?」
「プライド? 強くなる方法にプライドなんていらないっしょ。手に入れた強さを何のために使うか。プライドが大事になってくるのって、そこじゃないの?」
新しいスキルを早く試したいのか、リタは気もそぞろに答えている。その適当な答えが、思わぬところでハンザの胸を打っていることになど、気づきもしない。
くすり、とレオは笑った。ひょっとしたら、冒険者に一番向いていたのは、リタだったのかもしれない。
「ハンナさん。次は戦利品の買取をお願いしたいんですが」
「あ、そうだね。うん。ちなみに、鉱石はいっぱい採れた?」
「はい、ただ、どれがなにに向いている石なのかっていうところが、僕たち全員さっぱりで。そういうのも、管理局で教えてもらえるんでしょうか?」
「うーん。簡単なものであればわかるけど、銀級用の武器を拵えるつもりなんでしょ? そしたら、ちゃんとした鍛冶屋に持ち込んだ方がいいと思う。街中にいろいろあるから、後でいくつか評判のいいところを教えてあげるわね」
「ありがとうございます!」
続いて移った戦利品の買取は、貴重な鉱石をすべて除いたこともあって、やはり魔石と比べると目覚ましい成果とは言えなかった。
もっとも、手持ちに困っていないこともあって、鉱石以外にもめぼしい発掘品は一応売らずに保管しているのだから、金額がいまいち奮わないのは当然のことだ。
とはいえ、腐っても銀級一週間分の戦果だから、これまでに比べると大きな違いがある。金貨31枚、銀貨8枚、銅貨15枚になった。
一般の感覚からすれば大金だが、レオはもちろん、貴族階級出身のイルザやリタにとっても、珍しい金額ではない。
金貨の管理を行っているイルザがハンナからを代金を受け取る。ずっしりと重いそれを見て、イルザが問う。
「当面、暮らしていくには問題ありませんね。宿のランクを上げましょうか?」
「イルザたちがそうしたいなら、そうしようか」
「レオ様は、今のままで構わないのですか?」
「なんか愛着も湧いてきちゃって。立地も便利だし、あの食堂の庶民的な味、ちょっと癖にならない?」
「アタシ、それわかるー」
「まあ、不足があるわけではなし、節約もかねて、それでは当分は宿はあのままとしましょう」
しかし、と渡された金貨を収納袋に突っ込みながら、イルザは遠い目で嘆息した。
「……なんだか、ロングロードを買うために銀の燭台を売ったのが、遠い昔のことのように思われますね」
「まだ一か月も経ってないんだよねえ」
そのやりとりを興味深そうに見ていたハンナが、口をはさむ。
「不思議なんだけどさ、あなたたち、これからもずっと宿暮らしを続けるつもりなの?」
「そのつもりですが……他に選択肢が?」
「ずっとハインスボーンでやっていくつもりなんでしょ? だったら買うか借りるかすればいいじゃない?」
「なにを?」
「家」
「家?」
「そう、家」
一瞬の静寂の後、三人そろって手を打った。
「その手があったか!」




