38.家と武器
「家、家かあ。考えたこともなかったなあ」
ハンナに教えてもらった、腕が良くて良心的だという鍛冶屋へ向かう途中である。管理局で済ませるべき用事は終わったので、迷宮に行く前に鍛冶屋に相談にいくことにした。
「この辺はやっぱり、家賃も高いって言ってたよね」
街の正門と、管理局と、大入口はひとつの大通りで結ばれている。もちろん、街の心臓になる街道だ。この並びには商店も多く、住もうと思うと家賃が張る。しかし、冒険者を続けていくならば管理局と大入口へは日参することになるから、遠いところは不便だ。
そう考えると、やっぱり家を借りるよりは、通り沿いの宿に泊まっていた方が合理的かもしれない。
「イルザとリタはどう思う?」
「それはつまり、家を買うか借りるかするか、このまま宿暮らしを続けていくか、という話でしょうか?」
「うん、そうだけど」
「レオ様、失礼ながら、あまりの愚問でございます」
イルザは目をきらりと光らせている。心なしか、嗜虐的な輝きが見えなくもない。救いを求めて目線をやると、リタも珍しく全力でイルザに同調している。
「そ、それはやっぱり、家を借りるなんて贅沢は慎むべきだ、っていうこと……?」
「逆、逆だよレオ様! ぜんっぜん、逆!」
「え、そうなの?」
てっきり、財布を預かるイルザとしては、無駄遣いをいさめるつもりなのだと思っていた。
しかし、レオとしては正直、宿暮らしに不足を感じていない。女性にはやはりあの生活は不便だったということなのだろうか。であれば、これまでの気遣いの欠けた振る舞いを詫びて、改めるべきだろう。
「家、探してもいいけど……広さも必要だから、条件に合うところを見つけるのは大変そうだよね」
「条件? 条件とは?」
「えーと、三人で暮らすんだから、それぞれ独立した部屋が必要だよね。共用スペースはあってもいいけど、パーソナルスペースは広く確保しないと」
なにしろ、同居ということになったら三人暮らしだ。女性のプライバシーをどれくらい尊重しなければならないのかはわからないが、部屋数は多いに越したことはない。
浴室を分けるのは難しいだろうから我慢してもらうにしても、生活部分がなるべく独立した造りになっている方が望ましい。
「あ、いっそ同じアパートメントで三部屋借りちゃう、とかのほうがいいのかな。そっちの方が、ふたりは安心でしょ?」
名案を思い付いたつもりで二人に話題を振ると、
「は?」
「なに言ってるんですか?」
鬼の形相でにらまれた。
「え、えーっと、だから……」
「はー、レオ様ぜんぜんわかってない」
「ええ、まったく、まったくわかってませんね!」
どうしてこういうときだけ息ぴったりなのだろう。
「部屋なんてワンルームでいいくらいです。むしろワンルームがいいくらいです。それを、三部屋借りる? それじゃあ何の意味もないじゃないですか!」
「い、意味?」
「部屋を分けてしまったら夜這……失礼、万が一の際に、お守りすることもできません。それはお互いについて言えることです」
「守るって、そんな大げさな……」
「大げさじゃないよレオ様! ハインスボーンは治安がいいって言うけれど、レオ様もアタシたちも、立派なお尋ね者なんだよ。いつ、だれが襲ってくるかわからない。だから、お互いを守り合って暮らしていくべきなんだよ。それなのに、別々に住むなんて自殺行為だよ! イルザの言う通り、アタシたちはいつだって肩を寄せ合って生きていくべきだと思うよ。うん、そう、用心の意味でね!」
「う……たしかに」
リタに真顔で正論を言われると、なぜか敗北感がすごい。
「まったく完全にリタの言う通りですし、なにより不経済です。これから装備を整えるにあたっても、先立つものは必要です。我々とレオ様は一心同体、空気も同然のことですから、一部屋で暮らし、隣で眠ったとしても何も問題ありません。ええ、何一つ問題ありませんとも!」
いや、それは大いに問題がある、と反論する前に、イルザはさらに畳みかけてくる。
「そもそも自宅というのは安息の場所ですから、長くタフな冒険を続けていくのであれば不可欠の条件です。帰る家がある、ということは、いつも人を勇気づけます。いつまでも宿暮らしでは不安が残ります」
まあ、それはそうだ。そのことはよくわかるので、しぶしぶうなずく。
「以上のことから、早急に我々三人が一つ屋根の下で暮らせる環境を構築するべきだということは明白になりました。最優先事項の一つに、条件に合った家探しを追加します。よろしいですか?」
「異議なし! なんなら鍛冶屋の前に不動産屋に向かうべきなんじゃない? 金貨30枚あるんだから、即入居可っていう物件だってあるかもしれないよ?」
「名案、まったく名案ですリタ。今日は冴えていますね。ああ、あそこに看板が」
「さあ行こうレオ様。すぐ行こう、いま行こう。素敵な家がアタシたちを待ってるよ!」
そうまくしたてるふたりを宥め、とにかく家を探すことにだけは同意する。ただし、同意する代わりに、いくつかの条件を飲んでもらうことにした。もちろん二人は大反対だったが、ここが土壇場と決めて腹をくくったレオの交渉に、結局はしぶしぶ折れてもらった。
その条件とは、まず迷宮と管理局に近いこと。そしてそれぞれが独立した三部屋を持つ家であること。最後に、家賃が高くなってしまうことを鑑みて、タイミングは金級昇級時、あるいは銀級でも金貨300枚以上の蓄えができてからにすること、だ。
路上で声を張り上げての議論をしてしまったせいで望まぬ注目を集めてしまったが、とにかくこれで辛うじてレオの精神の安定は保てることになった。
それにしても、ふたりがあまりに早く家を欲しがることが、レオには意外だった。とてもタフに見えているとはいえ、やはり貴族育ち、今の生活にはいろいろと不満があるということなのだろう。
今後はより一層、ふたりの生活の不便に目を光らせていかなければならないな、と心に誓うレオであった。
* * *
訪れた鍛冶屋では、意外なことが判明した。いや、意外というか当然のことだったのだが。
それはつまり、イルザの杖とリタの双剣は規格外の逸品なので、新しい武器を拵える必要がまったくない、ということだ。
「紅の杖は基本にして最強の杖装備だ。先端の宝玉の特性や純度で、杖そのものの性能がいくらでも変わる。この宝玉はちゃんと炎熱系に相性のいいもので、純度も硬度も光度も申し分ない。これ以上の宝玉を求めるなら、少なくとも迷宮の50層以下には行かなきゃならねえだろうな」
というのが、イルザの杖を見分した鍛冶屋の主人の見解である。スキンヘッドで筋骨隆々という、いかにもな鍛冶師だった。ハンナの言う通り、声がでかい、体がでかい、そして器もでかい、気のいい男のようだ。
リタの双剣にいたっては、鞘を払うなりため息を漏らしてしまった。
「すっげえ鋼だな。これ、いろいろ混ぜてそうだが、どうやった調合したんだ……? 作ったのは……なに、王国一の鍛冶師? そりゃそうだろうよ、俺みたいな街の鍛冶屋で鍛えられる刃じゃねえ。重さも刃渡りも重心の取り方も独特だが、それはきっと、使い手に合わせてのカスタマイズだろ? 十年修行しても、俺にはこれを超える武器は打てねえよ」
というわけで、武器を新調するのはレオだけということになる。なにしろ街に来て、なけなしのお金で買った定番のロングソードだ。岩を叩きまくったこともあって、早くも刃こぼれが目立つ。
戦闘のメインはリタとイルザに譲っているとはいえ、かれこれもう半月以上は迷宮に潜っている。戦う機会が少なかったわけではない。採掘のことを抜きにしても、武器は買い替え時だったのだ。
「迷宮産の石で作りたいんだろ? うちは素材持ち込みさえしてくれりゃ、そこそこの値段で承るぜ?」
まだハインスボーンに来て日が浅いことと、鉱石の種類にも詳しくないこと、そこら辺を教えてもらいたい、ということを素直に告げる。厚かましいお願いだから断られることも覚悟していたが、ハンナの名前を出すと快く引き受けてくれた。
鍛冶屋が語るところによれば、レオ達が持ち込んだ鉱石は可もなく不可もなく、というレベルだそうだ。
鉱石には金額的な価値と、武器加工に適しているかの価値、二側面があるという。たとえば金や銀は値段は高いが、それをメインの材料にして武具を作ると、良いものにはならない。
普通は、石はひとつではなく、数種類をうまく混ぜ合わせる。うまく鉱石同士を掛け合わせると強い鋼を作れるかもしれないが、それはむしろ持ち込む側が調合のレシピを持参するのが筋、ということだった。
せっかくだから大枚をはたいてでも上等の武器を拵えるべきだと主張するふたりを押さえて、レオは決めた。
「ここにある鉱石だけで、今のロングソード以上の強度の武器は作れますか?」
「それは可能だぜ。長さはそのままで、少し軽くして、属性をひとつ追加、強度と硬度を一段階くらい上げたものなら十分に作れる。金貨3枚だな」
「それで十分すぎるほどです、ありがとうございます。属性は……雷でお願いします。出来上がりまでには?」
「定番の仕事だからな、三日もあればできるが……急げば二日でも」
「三日後で構いません、よろしくお願いします!」
必要な鉱石と金貨を支払って、外へ出る。
この機にもう少しいい武器を、と考えないこともなかったが、レオには思うところがある。今回は、こんなところが適当だろうと踏んだ。
なにか言いたげな二人の顔を笑顔で封じて、迷宮に足を向ける。これからまた数日、魔物ハントに精を出さなければならない。




