第7話 元獣は人間に知られる
今回は主人公は出てきません。
安置所。それは生きてきた者達が自然に帰るまでに一時的に使われる〝安心して置いておける場所〟である。
そこに置いてある遺体は本当に一時的であり、すぐに自然に返す準備を整えて遺体を灰に、又は土に返す。そんな場所に今度は三人の遺体が運び込まれた。
ある日、三組の冒険者が【黒森林】へと侵入した。それは冒険者達を管理している【冒険者組合】でもしっかりと認知されていた。その森は危険であることは分かり切っていたことなのだが、勇気と無謀を間違えた者達がごくたまに森へと入っていくことがある。
そんな中、一組の冒険者達が運よく亜獣達に遭遇することなく依頼品を採取することに成功して帰ってきた。三人の物言わぬ死体を連れて。
仲間の冒険者の死体を連れてくればその冒険者達の財産や装備などを親族や与える相手を決めていなかった場合、正式に貰うことができる。
しかし、死体を持ってきたという報酬は確実に貰うことができる。
冒険者達は周りに危険がなくまだ体力的に余裕があったので連れてきたそうだ。もう一組の冒険者達は目撃していないとのことで、おそらく死亡したのだと周囲は考えた。
その後、三人の死体は安置所へと持っていかれ、今現在その三人の死体は白い布がかけられているが、それらは同様に赤いシミを大なり小なり作り出している。
そんな三人の遺体が置かれた安置所に数人の規律正しい服装をした男と一人のローブを纏った男が三人の遺体のそばでたむろしていた。
その中で代表として一人の男が他の者に見えないように白い布を持ち上げ中を一人づつ順番に覗き込んでいくと、眉に皺を寄せ苦悶の表情へと変えた。
「これは酷い、損傷が激しいですね。一人は脳がやられています、もう一人はまるで何かに食い散らかされたようになっていて記憶が残っているどうか怪しいですね。消去法で、見れるのはこちらの一人だけと思います」
記憶は全て脳に刻まれている。故に脳が破壊されてしまっていれば記憶を閲覧することはできない。更に、脳が無事でも痛ましい経験をした者は自己防衛として、それらを思い出さないように無意識に記憶を消去するという事案もある。
そのため、極たまに自ら冒険者を手にかけ、記憶を覗かれないよう頭をしっかりと破壊してから死体を組合へと持っていき報酬を得ようとする輩が現れた。当時はそれを見破ることができずにいたが、現在は嘘を見破るための魔道具が全組合に配給されているため、その極たまに起きる事件は確実に減っていった。
「そうか。ご苦労、では、これより記憶の閲覧に入ります」
「ええ、よろしく頼みます」
ローブを着た男が遺体を覗いた男が指示した遺体に近づき布の上から頭に手を置く。
「これより記憶を閲覧します」
そう宣言すると周りの男達は首を縦に軽く振る。
記憶を覗くことができる魔法は国中に知られているが、その使用方法は門外不出となっている。この魔法は死者だけではなく生者にも適応できる。故に他国の患者などを捕まえた場合、ごうも等を行う必要も、嘘の情報に踊らされることもなくなる。
もしこれが他国でも使えるようになれば時刻が危機に瀕してしまう。故に、この魔法の習得方法は厳重に管理され、また魔法を使用できる者は隠匿され、常に護衛が周囲に気づかれないようにつけられている。
「『暴くことを許す技』『見ることを許す技』『覗くことを良しとせヨ』『汝に全ての啓示と開示を』魔法【メモリーズ】」
ローブ男の手が一瞬光ると、視界が徐々にノイズに覆われていく。そして、徐々にノイズが薄れていくと薄暗い森の中に三人のおそらく仲間と思われる者達の様子が映し出されていった。
『お……ほん……こっちで……丈夫なの……』
予想よりも損傷が激しいのか記憶を閲覧している男の死角にはノイズが多く、さらに周囲の声も所々しか聞き取れない。
『確証……ない……こは……攻略……ない未開……出来たら俺……有名人……お前達も……しただろ?』
『……に……けど……ここま……場所……』
暗い森の中で他人の視界を見ている状況は男にとってどれだけやっても慣れないものであった。
【メモリーズ】は対象となった者の視点で見ることができる魔法である。しかし、これは対象になった者の感覚や感情と言ったすべてを感知することができてしまう。
草を踏む感触や暗闇にいるという不安感や緊張感も魔法の効力で薄れているものの感じてしまう。死ぬ瞬間の感覚は正に人が最後に感じる感覚の為比べられないほどに強い感覚がある。
それをもろにくらってしまえば、魔法で薄まっていても危険である。実際に、魔法を止める瞬間を誤って死んでしまったものも多数いる。運よく精神が強かったため助かった者もいるがそれはごくまれである。
故に、今魔法を使っているローブ男は細心の注意を払って視聴する。
『う……何……ぞ!』
一番先頭にいた仲間の一人が何者かに襲われたのを目撃した。
『うわ……あ! ア……ス!』
後ろの方で叫び声をあげる。おそらく今襲ってきたものが三人、というよりも四人の死因に違いないと分かったが、次の瞬間恐怖に染まることになった。
『た……やがる……人……食って……る!』
『ペッ……?』
襲いかかってきた相手がこちらを向いたとき、必然的にその瞳を見る事となった。
獲物を見定めているかのような凍土のような冷たいノイズ混じりの金の双眸がこちらを見ている。ただ見ているだけなのに、恐怖一色に染められた。
『ひっ!』
薄れているはずなのにまるで本当にその場にいるかのように錯覚してしまうような濃厚な死が金の双眸をこちらに向けている。
『クソ! 全員……いせっ!』
「っ! ウグッ!」
「大丈夫か!?」
本当に喉を噛み千切られて死んでしまったように感じたローブ男は足の力が抜けその場で膝をつく。自らの喉を手で何度か触れることで無理矢理意識を現実へと引き戻す。荒い息遣いで何とか冷静になろうと今度は自分の心臓に手を置き力いっぱい服を握る。
少しづつ冷静さを取り戻そうと男は必死に自分に向かってあれは他人だ、と暗示をかけるも、服を掴んだ手は一向に力が緩むことがない。
口を開けようとしても歯を食いしばり続けていて声が出せない。膝に力を入れても立ち上がれない。視界がぼやけて焦点が合わない。このままだと死んでしまうと混濁した意識の中でおぼろげながら考えた。
「おい!」
「ハッ!」
後ろから肩を叩かれたことで、ローブ男は意識を取り戻し視界がクリアになった。握っている手からゆっくりと力が抜けていき足にも力が入るようになった。
「ありが、とう……ございます。もう、大丈夫です」
肩を叩いた男に手を貸してもらうことでようやく立てたローブ男は一先ず冷静になろうと数回深呼吸をする。
「すぅ~、はぁ~」
「……何を見た」
深呼吸をするローブ男を見て隣で立つ手助けをした男は大丈夫かともう一度聞こうとしたが本人が先ほど大丈夫と言っていたので聞くのを止め、聞くべきことを聞く。
聞かれたローブ男は再び自らの喉を手で触れようとしたが途中で止める。
「……あれは、亜獣なんかじゃない、いや、魔物でもなかった」
「何? ならば人か?」
記憶を覗いた者が魔物か亜獣にやられたような傷以外見られないような死体にも限らずにそのどちらでもないと言う。規律正しい服装をしている者達の中で最も年上であろう人物が自分でもありえないと思っている質問をする。
すると質問を投げかけられたローブ男は首を横に振る。
「確かに、あれは人の形をしていましたが、ただ形を成しているだけのように感じました。あれは、比べてはいけない、いえ、比べるのもおこがましいほどの、何かです」
戦々恐々としながら答えているローブ男は冷静さを幾分か取り戻してはいるもののその口調は震えている。それが周りの者達に嘘ではないことを明白にしていた。
「まるで……そう、まるで、〝飢えた獣〟のようでした」
主人公の話し方をどうしよう……
のじゃ喋りか、改定前の元気な話し方か……