やっぱり有栖出海は心が読めるに違いない
会場に入ると、それぞれのチケットを見ながら、座席を探す。
俺たちの席は、中央やや後ろというなかなか良いポジションだ。
俺が自分の席に着こうというときに有栖が言った。
「不覚だったわ……チケットを渡すときに確認すれば良かった」
見ると、チケットと座席の番号を何度も見比べて確認している。俺は有栖のチケットを横から覗いて、有栖の席を教えた。
「北條の隣だな」
「盗み聴き!?」
「隣にいたんだからそりゃ聞こえるだろ」
余計なお世話だとでも言いたげに、慌ててチケットを胸に当てる有栖。それから、何となく気落ちしたように、都筑の隣の席に着いた。
ちなみに俺の両隣はというと、左は北條、右は都筑である。
端の席が嫌だったのかな。
観客はそれほど多くなさそうだが、それほど大きいスクリーンではないため、満員とは行かないまでも、もしかしたら、有栖の隣に他人が座るかもしれない。
隣に知らない人がいると、落ち着いて見られないしな。
「端の席に座りたくないなら、俺と席代わるか?」
優しさのつもりで、俺は有栖にそう提案するのだが。
有栖は目を逸らす。
「結構よ。私が向日くんの席に行ったら、向日くんが私の席に来るでしょ?」
「んっと……俺に迷惑がかかるってこと?」
「もう……それでいいから。北條さん、向日くんのことなんて放っておいて、一緒にポップコーンでも食べましょう」
コクリと北條は頷いて、無言で『映画泥棒』を眺めながら、ポリポリとポップコーンを食べはじめた。
それ俺が買ったんだけど。まぁ奢ったものだし……。
それからしばらくして、映画が始まった。
開始五分ほどはよくある子供向けのファンタジーのようだったのだが、……あぁ……やっぱりこれは観るべきじゃなかった。とすぐに後悔し始める。
さすがはR15作品。
出だしから休みなく、下ネタやドラッグ関連のブラックジョークの連発。一人でDVDとかで見る分にはまぁ、面白いのかもしれないが、知り合いの女子と来て良いタイプの作品ではない。
超気まずい。
例えるなら、NHKとかで夏休みの平日朝にやる「未成年と性」の特集のような。
自分でチャンネルを変えるのも嫌だし、かといって親がチャンネル変えるのを見るのも何だか複雑なんだよな。
爽やかな朝のお茶の間の雰囲気が一変するあの感じ、本当に気まずいので、やめてください。テレビ関係者の皆さん。
……まぁ、それはさておき、今我々が見ている映画に付いても、それと似たものがある。しかもチャンネル変えられないし、さりげなく自分の部屋に行くこともできない。
付き合い始めて最初のデートとかで来たら、それこそ地獄だろうな……。
一体他の女子たちはどんな顔をしてみているのだろうと思って、横をちらりとのぞき見ると、皆一様に無表情。
流石は無表情キャラ。これくらいでは彼女たちのポーカーフェイスを崩すことはできないか。
とりあえず、俺は極力他の女子たちの存在を気にしないようにしながら、映画を観続けようとするのだが……突然、肩に何かが乗ってくる。
それと共にふわりと辺りに漂う良い香り。
北條の髪だった。
北條が寝て、俺の肩に寄り掛かってきたのだ。毛先が首に当たって、くすぐったい……。
「おい、起きろよ」
俺は小声で北條に言うのだが、起きる気配を見せない。
電車で横の人が寝てしまった時にやるように、肩を軽く揺らして気付かせようとするのだけれど……駄目だ。びくともしない。
諦めてこのまま観続けるか……と思ったとき。
「――――!」
ふと、殺気の入り混じった目線を感じた。
北條の向こう側、有栖だった。
薄暗い中で、有栖の口が動く。
「離れなさい」
「ムリだ。全然起きない」
「このむっつりスケベ」
そう言った有栖は北條の髪をいきなり掴むと、ふんぬと引っ張り、強引に自分の方の方に引き寄せる。
「うぐっ」と声を漏らした北條は、見た感じ普通に痛そうだったが、北條は薄目を開けただけで、またすぐに寝てしまった。
こいつはいつもいつも、どれだけ眠たいんだろう。
俺は溜息をついて、手元のジュースを飲む……って、あれ。これアイスティーの味がする。
俺が頼んだのはコーラだったような。店員さん、間違えたのかな――。
「向日さん、それ……私のです」
都筑にそう言われて、その時になって、俺は自分の犯した失態に気が付いた。
これは所謂間接キスってやつだ。俺、気持ち悪い。死にたい。
「うわっ、ごめん。俺まだコーラ飲んでないから、何ならこっちと交換しても……」
「だ、だいじょうぶです」
そう言って、都筑は少し俯く。その横顔には無表情ながら僅かに恥じらいの表情があるような――。
有栖が言った。
「都筑さんは炭酸飲めないのよ。『あれ、もしかして俺のこと好きなんじゃ? ぐへへへ』とか変な想像しないで頂戴。この、むっつりスケベ」
お、思ってないし。
……やっぱりこいつは心が読めるに違いない。
映画の方はというと、その後もテレビでは決して放送できないような危ない台詞と共に、デンジャラスな展開が次々と巻き起こっていったが、途中から意外といい話っぽくなっていき、最終的には、意外にも心が温かくなる感動的なラストを迎えたのだった。
エンドロールが終わり、場内が明るくなる。
「いやぁ、映画って本当にいいもんですね!」
思わず俺はそう言ってしまうのだが、
「ちょっと何、気持ち悪いのだけれど」
どうやら有栖は映画評論家の大先生を知らないらしい。まぁ、世代じゃないしな。
「周りの観客が声を出して笑っているのに、終始無表情なキミ達がとても不気味だったわね。まぁ北條さんに関してはずっと寝ていたけれど……」
そう言って、有栖は俺の肩で寝ている北條を見る。
北條は、結局あの後、途中でまた俺の方に倒れ掛かってきて、結局映画が終わるまで、俺の方に頭を預けたまま、現在に至っていた。
俺は北條の頭を軽くたたいて起こそうとする。栗色の髪が指先に触れる。不覚にも少しどぎまぎしてしまった。同時、北條はぱっと目を開くと、「ああ、面白かった」と適当なことを言って伸びをした。
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