向日新と北條更紗は家に帰れない
スマホの振動で目を醒ますと、電車が出発するところだった。
止まっていたのは、知らない駅。
目を開けた俺は、しかし、まだ少しはっきりしない意識の中で、ポケットからスマホを取り出した。
――あれ、何か姉貴から凄い量の電話が来てるんだけど。
それから何となく時計に目をやって、驚愕する。
「思いっきり、深夜じゃねぇか!」
思わず叫ぶ俺を、前の席に座っていたスーツの女性がチラリと見て、再び手に持っていたスマホの高速連打作業に戻った。
SNSに『電車で無表情の男がいきなり怒鳴り出した』などと書き込まれて『いいね』を稼ぐためのネタにされているような気がしなくもないが、今はそれどころじゃない。
「そもそも、どうして俺は電車に乗っているんだ?」
俺は今日一日の行動を回想する。
無表情キャラ四人で映画を観た後に、スタパに行って、午後の5時頃に電車に乗った。
四人で同じ路線の同じ方向の電車に乗り、途中で有栖と都筑が降りていって、俺と北條が空いている席に座り……。
北條?
そう思って、横を見ると――北條がいた。
北條が寝ていた。
「おい、北條! 起きろ!」
北條の細い腕を掴んでわさわさと振り続ける事三十秒ほど、北條がやっと目を醒ます。
「フジャムボ」
意味が分からない。寝ぼけているらしい。
「スワヒリ語でおはようという意味」
よし、スルーしよう。
「それよりも大変なんだ。ちょっと寝ただけだったはずなのに、気が付いたら、深夜になっていたんだ。タイムリープってやつだ」
「向日、落ち着いて。冗談は無表情で言うものではない」
お前に言われたくない。
北條は落ち着いた様子でフラフラと立ち上がり、窓の外を見る。ガラスに映る無表情。彼女の視線はしばし車窓からの景色を見渡してフラフラとさまよっていたが、やがてこちらを見る。
「私たちは、タイムリープなんてしていない。……寝過ごしただけ」
な、何だと?
「私たちが乗っている山手線は環状。寝過ごしても、回り続ける。永久回廊。私たちはずっと、山手線内を回り続けていたということ」
「そうだったのか……。でも、この後どうすれば……」
「まずは、降りる」
電車が駅に停車して、北條が降りていく。
俺は北條を追って、外に出た。
外に出た俺たちは次の電車を確認するのだが。
「終電だと……」
発車標には今日の電車はもうないと表示されている。
北條は無表情でスマホを取り出すと、何かを打ち込む。しばらくして、スマホの画面を俺に示した。
乗換案内サイト。
やはり、どの経路も始発の時間が表示されていた。
「終電……なくなっちゃった……」
北條はその台詞のもう一つの意味を知っているのだろうか。無表情の顔からはうかがい知ることができない。
「向日は、初めて?」
「え、ああ。初めてかな」
終電を逃したことはないので、そう答えておく。
「私こういう事には慣れている。大丈夫、初めての向日を私がフォローする」
「それは、ありがとう……」
「まずは駅を出て、ホテルを探す」
「待てーい!」
「なに」
「今話してるのは、終電を逃したあとの話だよな。慣れているって、終電無くなることに慣れてるって意味だよな!?」
「そうだけれど……。他に意味がある?」
「そうか、それなら良いんだ。いや、良かった」
北條が『そういうこと』に慣れているビッチじゃなくて。
いや、まぁ、終電乗り過ごすことに慣れている女子高生というのは、それはそれで危ない気がするけれど。
無表情で首をかしげている北條に、俺は外に出ようと言って、二人で階段を降りていく。
改札に向かっていくが、北條が突然立ち止まった。
「どうしたんだよ?」
「ここからが、大切」
「え?」
「私たちは本当なら、乗り越した分だけの乗り越し料金を払わなければならない」
なん、だと……?
どうしよう、俺そんなに持ち合わせあったっけ。そもそも俺たち何周したんだよ。乗り越し料金いくら分だよ!?
俺は全身の血が引いていくような感覚を味わいながら、財布に手を伸ばそうとするが、北條は俺の手をそっと抑える。
「大丈夫。私の真似をすれば、向日も乗り越し料金を払わずに済む」
前を歩き始める北條。
北條がICカードをかざしたとき、ピンポーンという音と共に改札が閉まった。
北條は無表情で引き返すと、慣れた動作で端にある駅員のいる改札に向かう。
駅員はICカードを機械でチェックすると、案の定、ある質問を繰り出した。
「入った時刻が五時過ぎですが、どうされました?」
ここで対応を誤ると、追加料金を支払わなくてはならない。
乗り越し料金、恐らくは数千円分にも及ぶそれを、払わずに済む方法……。
一体、どんな奥義なんだ?
俺はゴクリと咽を鳴らす。北條は涼しげな無表情のまま、両手を胸の前で合わせた。
「ゴメンナサーイ、寝過ゴシ、シマシタ。ワタシ、日本来タバカリ。時差ボケデネムクテ……スミマセーン」
日本人の外国人にやさしく接しようとするおもてなし精神を上手く利用した技だ。
「次から気を付けてくださいね」
北條の技にかかり、駅員は優しげな苦笑いを浮かべながら、機械を操作。
通り抜けてよいと告げて、北條にICカードを返した。
無事に駅の外に出た北條はこちらを見て、親指を立てる。
よし、次は俺だとICカードを駅員に渡す俺だったが、そこで今更ながら気づいてしまった。
――俺、今のできないんじゃないか?
一見外国人風の北條と違って、俺はどこからどう見ても日本人である。
いや、待て。外国人って言っても、欧米人的な容姿だけの人種だけじゃない。アジア系の外国人って設定にすれば――いける! そう思ったのだけれど。
「入った時刻が五時過ぎですね。どうされました?」
「ゴ、ゴ、ゴゴ」
駄目だ、ゴメンナサーイが言いだせない。
「え?」
「ゴゴゴゴゴ……」
ジョジョかよ。心の中の俺が突っ込みを入れる。
俺はそれからしばらく、ゴゴゴゴゴと謎の地鳴りを放ち続けたが、いつまでもこうしている訳にもいかないと思い、もう財布だけじゃなくて、服も置いていくしかないという覚悟を決めて、俺は駅員の顔を見据えた。
「ご、ごめんなさい。寝過ごしました」
「……ああ、次回から気を付けてくださいね」
駅員は形容し難い微妙な顔をして、ICカードを返してくれた。外国人のフリしなくても普通に通れたな……。
改札を抜けて、無表情で俺を見守っていた北條に合流したとき――俺の胸ポケットで、スマホが鳴りだした。
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