第九十五話
「なあ、あいつに何かされたのか」
『別に、何もねェよ』
「じゃあお前の意思で闇の宮を襲撃したってのか? らしくない」
従わない、と言って実際力尽くで抗おうとしたジ・ヴラデスだ。その彼女が何もないまま、自分の意思のない命令に従うとは思えないんだが――
『確かに私の意思じゃあないねェ……。でも別に、何もされちゃないってのは、本当……』
「なら、なんで」
『ちょいとした雑用程度なら、聞いてやった方が楽だよねぇ』
「……っ!」
再び吐かれた『雑用』の言葉に反論しようとして、やめた。
そう――、話は通じるが、話して判る相手じゃないんだ、こいつは。
「――……っ。命令、したのはあいつなんだな?」
『あァ』
「あいつは一体、何なんだ」
『ル・テウストローゼ。皮だけ被った魔力だよ……』
ル・テウストローゼ、か。名前がないと不便なぐらいには、ジ・ヴラデスとは付き合いがあるって事だろうな。
『皓皇』
「?」
『もう一回、言ってやる。あいつは皮を被った魔力だ。心当たり、あんだろ……?』
「っ……」
真剣に言われたジ・ヴラデスの言葉に、俺は答える言葉を持たなかった。
多分今のは、本気の警告。言うのが許される言葉を選んで、俺に教えようとしている。
(けど、俺には……ッ)
判らないんだ……ッ。
『皓皇』
「っ」
『お前の甘い所、私は好きだっつったけどォ……。――死ぬなよ? 同じ奴に殺される程、間抜けじゃねえだろ……?』
「知ってるのか!?」
ジ・ヴラデスの言葉に、思わずそう勢い込んで叫んでしまった。
皓皇の最後は、一体どんなものだったのか。いや、待て。それより今、『同じ奴に殺される程』つったか!?
「どういう事だ。相討ちだったんじゃ」
『違う。テメェは殺してねェ……。殺されたんだ……。けど、お前はクリスタルを抱えたまま死んじまった……。クリスタルごと、存在しなくなっちまったんだ。だからあいつも隠れざるを得なかった』
「……っ!?」
どういう意味だ?
クリスタルに執着するってのは、判る。俺が奪ったんなら、そりゃ取り返したいだろう。
けど『だから隠れざるを得なかった』ってのは……どういう意味だ?
『……ま』
「?」
そこまで言ってから、不意にジ・ヴラデスは表情を緩めた。
『私はそこまで見る前に、お前に封じられてっからねェ……。実際に見た訳じゃあ、ねェよ……? ただ、起きた時の状況と合わせりゃそうだろう、って思っただけさぁ……』
「……」
口調を変えたそれは、もう喋るつもりはないという合図のような気がした。多分今だって喋り過ぎなんだろう、本当は。
『なァ、皓皇』
「何だよ」
『……お前が再生したら、聞きたいと思ってた事があったんだぁ……』
「お前が?」
俺に?
『そう。お前さぁ、何で私の事、殺さなかった? 封印した後、何で放置したんだ?』
――……何で殺さなかったか、っつわれても……。
ってか、殺さなかったのか? 殺せなかったんじゃなくて?
でも本人が言うぐらいだから、『殺さなかった』が事実なんだろう。
いや、でも――殺す気満々だったぞ、前の『俺』の意識が出た時。全然ためらってなかったから、そうだと思う。
『やっぱりそれも、お前が甘いだけかねェ……』
俺が何を言う前に、そう言ってジ・ヴラデスは首を横に振る。
俺はその問いに対しての答えを持っていないから助かったっちゃそうなんだが、今のは答えを待つにしては短すぎた間だった。聞いてきたくせに。
……それとも、聞こうと思って聞いてみたけど、やっぱり怖くなったのか。
『さて――、とぉ……。どーやら私の仕事は済んだみたいだし……。お前、今どこにいんの?』
「だから言う気はないって言ってるだろ!」
断固として断ると、ジ・ヴラデスはさして気にしていない様子でくすくすと笑った。
『ま、そのうちなァ……』
ひらり、と手を振ると、そのまま踵を返して歩き去って行く。
『皓皇、いいのか?』
「今はな。戦りあわないで済むならその方がいい」
今の流れなら時間が経ってエレメントを回復させるだけ、より有利に戦える。無理をする理由はない。
(今はまだ、無理だからな)
それでも力は回復してきている。近いうちに、まともに戦えるようになるだろう。
(別に、戦わなくて済むならそれで良いんだが)
……そう言えば、あいつは何がきっかけで魔王になる程に魔に憑かれたんだろうか。
聞いた所で答えるとも思えないし、俺が聞いてどうするんだってのもあるけどな。
「じゃあ、俺もそろそろ戻る。お前も闇の宮から出た方がいいと思うぞ」
『今、か? しかし、ここに残れば新たに生まれた精霊に話が聞けるかもしれんぞ』
「新しく生まれた奴に聞ける話は殆どないさ」
会った事がなければ、眷族だって自分の王の姿も判らない。ルーティールがそうだったから、間違いない。だから多分、新しく生まれて来る精霊達は大丈夫だろう。
「別の事を頼みたいんだ」
『何だ?』
「クートの――、閃皇が囚われている場所を探してくれ」
境皇は多分だけど居場所が判ってるが、閃皇は本当に情報が何もない。
『判った。そうしよう』
「頼む」
『……しかし、皓皇』
「?」
『境皇と閃皇は、果たして奏皇の意見に、何と言うだろうな』
ディードリオンの言葉には迷いがあった。もし本当に精霊が人間を襲ってきたら、境皇や閃皇を助けるのは、敵を増やすだけの行いだ。
(迷いが出るのは当然だよな……)
「二人が何て言うかは判らない。けど、俺は絶対にネクスを止める」
させてはならないんだ、そんな事。ネクスだって本当は望んでないんだから。
『俺は、貴方の事は信用している。今ここに俺達がいるのは、貴方が結んだ縁だからだ。――だから、信じよう』
「ありがとう」
『あまり無理をするなよ、皓皇。お前でなければ纏まらない。きっとな』
そうかな。ユーリィなら引き継いで、結構俺と同じような行動取る気がするんだが。
けどだからってわざわざ自分から途中退場する気もないので、ディードリオンには肯定の返事を返す。
「ネクスの事もあるし、まだ引っ込む気はないさ」
『そうか。――ついでに、フィレナの事も宜しく頼む。母国とはいえ、今のレトラスはあいつに気の休まる場所ではないだろう。……あいつは貴方を信頼しているから』
「判った。気を付ける」
そうだな、俺達の中で今一番心許ない思いをしてるのは、多分フィレナだ。隠す奴だから、気を付けておかないと。
『では、またな』
「ああ。お前も気をつけて。……自殺するなよ」
『やるべき事があるうちは、途中で投げ出すような真似はせん』
という事は、役目が無くなったらやっぱり死ぬ気なんだな!?
役目が終わったとか思われる前に、気持ちに変化があればいいんだが。これは、俺もユーリィを応援するべきなのか?
不安極まりない台詞を残して去って行くディードリオンを見送って、俺も自分の体に意識を戻す。
「……あ、そーだ。ルトラに遮光カーテン持ってかねーと」
ルトラも勿論エレメントの物質化は出来るはずだが、闇のエレメントはまだまだ少ないし、しかもここはアイルシェルで属性も違う。やりずらいから俺に言ったんだろうから、持ってってやらないと。
遮光カーテンを具現化し、それを持ってまずツィアルを探す。
焦ってたとはいえ、任せ過ぎだな。客がどこに泊まるかぐらい、知ってからにすれば良かった。
「あら。皓皇様。どうなさいました?」
しかし幸いにして捜す手間はなく、一階下りた所で偶然ばったりとツィアルに会う。
「ああ、ツィアル、丁度良かった。ルトラの部屋ってどこだろ」
「え? お忘れになったんですか? 勿論、五階のお部屋にご案内いたしましたけど」
きょと、と不思議そうな顔をされてそう答えが帰って来た。その言い方からしてどうやら前から決まってたっぽい。
(いや、おかしくないのか)
光の宮はずっと変わってないみたいだし、これだけ長い間生きるんだから、精霊王同士、宮を行き来する事だって少なくなかっただろう。決まった部屋があってもおかしくない。
そういやツィアルも知らないんだよな、俺が皓皇としての記憶ないって。俺より後から生まれたんだから判るはずもないんだけど。
「何か不都合がありましたか?」
「あ、いや、いいんだ。確認しただけだから」
「そうですか」
ツィアルと別れ、再び五階へと戻る。この辺はあれかな。皆同列だからあえて変えないって感じなのかな。
言われてみれば、五階にあるのは部屋六つだけだった。気が付け、俺。
 




