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女神の誓剣  作者: 長月遥
第六章 刻皇再生
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第八十七話

「些細じゃねェよ。つーか、六百年前の事忘れたのか、テメェまで」


 苛々とした様子でネクスはかつて俺に言ったのと同じ事をユーリィにも言う。些細じゃないと俺も思う部分があったけど、そこにあえての言及は無しだ。

 まあ、ネクスとユーリィは長い付き合いなんだもんな、判ってるって事なんだろうな……。


 そして俺に言ったのと台詞は同じだが、その口調はちょっと諦めてるっぽい。これも付き合いの長さゆえだろう。


「忘れてはないわ」


 微かに首を振ってユーリィは静かに答えた。しかしその瞳に浮かんだのは、怒りではなく悲しみだ。


「けれど、だから全てを愛せない理由にはならないわ。皆、違う人なのだから」

「魔に憑かれる素養があんなァ全員一緒だ」

「……うーん」


 平行線なのは話す前から判っていたんだろう、ユーリィも首を傾げてちょっと困った感じの声を上げる。


「貴方も、人を好きになってみればいいのにねえ」

「有り得ねェ」


 そう思います。


「……そろそろ、本題に入って構わないか」


 話が平行線で解決はしないまま、それでも一応落ち着いた頃合いを見計らって、あくまで淡々とディードリオンがそう切り出した。


 目の前でこれから協力してやって行こうって相手の一人が自分達を嫌ってるとか、結構大問題だと思うんだが、とりあえず表面上それは見せてない。流石だ。


「全くじゃ。いつまでも身のない話をしていても仕方あるまい。妾は碧皇に賛成じゃが。立場や属性が違っても、可愛い奴は可愛いものよ、のう」

「同意はするけど、俺を見るのは止めてくれ」

「あァ、流石のテメェも水蛇に手ェ出す程悪食じゃねえか。ほっとしたぜ」


 本気で避けようとした俺の意思が伝わったか、ニヤリと笑ったネクスからそう言われた。


「……奏皇。さっきから聞いていると、どうにもお前の発言はこの場に添わない物が多い。お前は我々と協力するつもりがあるのか?」


 ここに来ている以上、ディードリオンは最低でも返事はイエスだと思っていただろう。嫌っていても、協力するつもりはあるのだと。

 けど、この質問はちょっと、マズい……。


「ねェよ」

「っ……?」


(あぁ、やっぱりな)


 予想外だっただろう、ネクスのきっぱりとした否定に、ディードリオンは驚いて、次に続ける言葉に詰まった。


(どうせいつかバレる事だしな……)


 皆に知ってもらってた方が良い……のかな。良くない気もするが、本人が隠そうとしてないんだから仕方ないよな、これは。小休止状態の今のうちが、タイミングとしちゃマシだっていやそうだろうし。


「俺ァ人間なんざ一片たりとも信用してねェ。だから、背中を預けるつもりもねェ。近いうち、掃討するべきだとも思ってる」

「な……っ」

「ネクス、言い過ぎよ。そこまで……」

「俺は本気だぜ、ユーリィ。テメェ等が何言おうと、今度ァ許すつもりはねェ」


 取り成そうとしたユーリィを遮って、そうネクスは彼女に――否、この場の全員に宣言する。


「……ほう……?」


 絶句したディードリオンに代わって、楽しげな声を上げたのはタタラギリムだった。


「では貴様は孤立する事になるのう、奏皇。それはそれで楽しみよ。妾は、貴様は好かん」

「こっちも同じだ。安心しな」

「止めろって、二人共」


 今すぐにでも立ち上がりそうな二人を諌めて、俺が仲裁を買って出る。これから先これが続くのかと思うと、気が重い――が、やらねばなるまい。

 どっちがいなくなるのも、俺は嫌だ。


「タタラギリム、ネクスを孤立させるつもりはない」

「……皓皇……」

「……むぅ……っ」


 俺の宣言に、ディードリオンとタタラギリムは難しそうな声を上げる。

 ネクスと戦う気なら、俺もそちらに付く、という宣言だ。敵対するのも孤立させるのも有り得ない。

 押し黙ったディードリオンとタタラギリムとは逆に、ネクスは満足気にふん、と鼻で笑った。


「当然だ。ハルトはテメー等とは違う。俺達は仲間を裏切らねェ」

「私達は裏切らないわ、奏皇」


 既にネクスの意思を知っているフィレナに、動揺はない。誰の助けを待つでもなく、フィレナは迷わずそう言って、ネクスの瞳の前に己を晒す。


「貴方に殺される理由を作らないわ。絶対に」

「言ったろう。俺はテメェ等を信用してねェ。そんな奴の言葉なんざ、何の価値もねえんだよ。どうでもいい」

「……」

「俺は、人間を許さねェ」


 始めから、何の交渉もする気がないんだ、ネクスは。

 フツカセには、人間がいない(・・・・・・)――いつかアリストがさらっと言っていたが、それが答えなんだ。


 人間が住めない様な悪条件下での生活は、俺達精霊にだって辛い。地域的な問題で人間が住めない、という事はないはずなんだ。まして清流の大陸と風鳴きの大陸は繋がってるんだから。

 それでも人間が移り住んだりしないのは、ネクスが許さないからだろう。おそらく、実力行使で。


「……なら何故、お前はここにいる」

「納得してねェ馬鹿がいるからだよ。こいつが昔の事思い出しゃ、俺と同じ事言うさ。甘いからアイルシェルにゃ人間を許して住まわせてるが、元々こいつは人間嫌いだ。どれだけ人が汚ェか、思い出すまで守ってやらなきゃならねェ」

「……」


 しん、と会議室に重い空気が満ちて、会話が止まった。これからどうするとか、話せる空気じゃないぞ、これ。


「ユーリィ、お前もだ。何なら回復するまでウチに来い。属性違ってもミットフェリンよりゃマシだ」

「あらあら」


 微笑んだままユーリィが口にしたのは、イエスでもノーでもない返事。でもこれはノーだろう。ネクスも判ったのか、溜め息をついて二度は言わなかった。


「――俺の希望としては、とりあえず皆で協力できればいいと思うし、種族間での諍いもなくなればいいと思う」

「ふふ。私もハルトに一票。だからネクスには反対します。貴方も判ってくれると嬉しいわ」

「有り得ねェ」

「あらあら。有り得ないなんて事、有り得ないのよ? だから皆で仲良くできるよう、頑張りましょう?」

「私は頑張るわ。ハルトが納得するまでが猶予だっていうなら、一生納得させない」


 力強いフィレナの宣言に、ユーリィはぽん、と嬉しそうに両手を合わせて。


「あらあら、素敵だわ、フィレナちゃん」

「フィレナ……ちゃ……っ?」


 今までまず呼ばれた事のないだろう可愛い呼称に、フィレナは動揺にちょっと仰け反り、おののいた声を上げた。


「じゃ、まとまった所で次の話をするか」

「おい、ハルト……っ」

「ネクス、俺はお前を裏切る気はないけど、フィレナ達を裏切る気もないんだ。お前も俺を裏切らないだろ?」

「たりめーだ。舐めてんのか」

「フィレナ達も裏切らないって言ってるんだから、まとまってるだろ。はい、次行こう」

「……」


 まだ不満そうではあったが、ネクスが黙った事で、ちょっとほっとした空気が流れた。とりあえず現状維持の了承だからだ。


「先の事もそうなんだが、その前に――ユーリィ、ディードリオン」

「何?」

「何だ」

「あの黒いローブの魔王、あいつの事何か知ってるか?」


 強い魔力の持ち主だから魔王って事にしてそう呼んでるが、少し違うような気がして来た。

 ディードリオンを無理矢理魔王にしたり、ジ・ヴラデスにも『魔王が自分に逆らうのか』みたいな事言ってたし。

 同格の相手にする言動じゃない気がする。


「俺は、良くは知らん。二ヶ月程の付き合いだしな。会ったのも十回かそこらだ。名前すら知らん。一番長く話したのも、お前がレトラスに来ているという話をされた時程度の付き合いだ」


 ああ、俺がミットフェリンに来てる情報ソースはそこからだったのか。

 結構正確に把握されてたんだな……ちょっとぞっとしたぞ、今。何で直接来なかったのか判らないけど。それぐらいジ・ヴラデスに苦戦したからか?


 しかし名乗りもしないのか。必要ないから別にいいけど。


「私はかれこれ、百年の付き合いになるのかしら。でも残念ながら、情報らしい情報は持っていないの。とても嫌われているって事ぐらいかしら。ごめんなさい」

「幽閉されてりゃ当然だ。って事ァ、お前を捕えたのはそいつなのか」

「ええ、そうよ」

「……ふん」


 頷いたユーリィに、ネクスの瞳に強い怒気が浮かぶ。これはかなり本気の怒りだな……。


「そいつァ、是非、ツラ拝んでやらねェとなァ……」


 ……同族には本っ当に親身になってくれるんだけどなぁ……。


「しかし、そうか。知らないか……」

「すまない。役に立たなくて」

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