第八十六話
――朝早くに、厳かな鐘の音が澄んだ晴天の空に響き渡る。
雨の多いミットフェリンで、快晴のこの天気はまるで王の死と示し合わせたようだ――と、ディードリオンとエレネアが今も普通に生きている事を知らなければ、俺もそう思ったかもしれない。
窓の外を見ながらそんな事を考えていると、葬儀を終えて戻って来たフィレナと目が合った。どうやらレトラスでも喪服は黒らしい。
「お疲れ」
「そうね。ちょっと疲れたわ。――でも」
空に響く鐘の音を自分に刻みつける様に聞いてから、先を続ける。
「兄様と姉様の棺は空だけど、そうじゃない人には、本当にお別れの儀式だから。自分の都合で疲れたとか言うのは不謹慎ね。王女――いえ」
言い掛けて首を横に振って、強い意志を覗かせる瞳と口調で、その単語を口にした。
「私はレトラスの王だものね」
「そうだな」
結局あの後ディードリオンの死は免れたものの、ここまでやった以上、計画そのものは変更しない方が良いだろう、という事に落ち着いた。
特に武力で制圧された部族なんかは、ディードリオンを制したフィレナの方が好意的になるのは間違いないし、そもそもディードリオンに何食わぬ顔をして国を治め続けろと言うのも酷な話だろう。
「とは言っても、就任はまだ先だけどね。こんな時だし」
「お前がそれで良いなら、国政に口出しはしないさ」
というか、出来ないし。判らないし。
しかしそんな俺の答えは、どうやらフィレナには大層不満だったらしい。年より若干幼く見えなくもない、拗ねたような表情をして。
「ちょっと冷たいんじゃないの? 王の先輩として、何かアドバイスしてやろうとかないの?」
「王ってお前、光の精霊族が何人だと思ってるんだ。規模が違い過ぎるだろ」
「何人って……何人なのよ?」
「百人いなかった、確か」
ツィアルに識記書に登録された分を見せてもらったけど、確か百人いなかった。国とか町とかどころか、村レベルだよ。
「え、そんなに少ない、の?」
「精霊族は今は皆そんなもんだろ。風の精霊族はもっと多いだろうけど、水の精霊族なんて、三十人いるかどうかだろ」
最早村ですらない。学校の一クラスだ。
「……本当に少ないのね……」
「まあ、そういう訳で俺に言える事は何もない」
そもそも精霊族に文明らしい文明はなく、一族は精霊王に対して無条件に忠誠心高い。社会の成り立ちが人とは違うのだ。
更に、俺も王っぽい事何もしてないし。フィレナに先達として教えられるような事は何もない。
「でも元々はもっと大勢いたわけでしょ? その時はどうだったのよ」
「前って……」
俺はその時の事何も……って、あ、そーか。フィレナには何も言ってなかったか。言う必要がなかったから。
「今更何だが、実は俺、起きた時から記憶なくってな」
正確には違う人生の記憶ならあるんだが、面倒臭いのでいいだろう。嘘は言ってない。
「え!? し、知らなかったわよ!!」
「言ってなかったからな。別に不都合無かったし」
お互い初対面同士だから問題なかった。
「そ、それは……そうだけど」
「だろ」
「そうだけど……。なんか、面白くないじゃない」
「何で」
「煩いわね! あんた、私に気遣いが足りないとかいうけど、あんたも大概だからね!?」
「うっ!?」
予想外の所から、ちょっと痛い指摘を受けて俺は呻いて言葉に詰まった。
「いや、えっと……。そ、そう、かな」
そんな事はないと否定したい所だが、流石にそれは自分で言っても意味がない。しかも第三者に言われている方がこういうのは実際に事実である。
「そうよ! そうじゃなきゃ、私だって、少しは……多分」
始めの断定は勢い良かったが、後半になるにつれて言葉が尻すぼみになる。俺が気ィ利かないのと、フィレナがどうとか、何の関係がある。理不尽な。自分の性格を人のせいにすると成長しないぞ。
「――まあ、それはともかく」
どこからどこまでが『それ』なのか、自分でも聞かれても答えられない色々を一纏めにしつつ、俺は話を変えた。便利な言葉だ、それはともかく。
「葬儀が終わったなら、早速今後の事を決めよう。俺達はともかく――ディードリオン達は長く留まらない方が良いだろ?」
「……ええ、そうね」
少し寂しそうに、しかしフィレナは気丈に頷いて同意した。もしかすれば肉親全てを失ってしまっていたかもしれない事を思えば、まだマシな結果だったと思っているからだろう。
そう――実はまだディードリオンもエレネアも城の中にいる。後片付けでバタバタしてたから、今後をの事を決める時間がなかったためというのが最たる理由だが、自分達のしでかした事だから、最後まで見届けたい思いがあったからだろう。
バタバタしてる中だから多分気付かれないだろう、とタカを括ってもいた。実際今日まで騒ぎも起きなかったし。
ただこれから先はそうもいかない。長く留まらない方が良いのは絶対だ。だから、またしばらくフィレナは肉親と離れ離れにならなくてはならない。連絡は取れるようにしておくだろうけどな。
……っつーか、俺もそうなんだよな。どうしてんのかな……ってか、どうなってんのかな、向こうは。
俺はやっぱり失踪した事になってるのか、それとも元々いない感じになってるのか。
考えても判りようのない事だけど、気になる。というか、俺は結局どっちの存在なんだろうか。
(――……)
「どうしたの?」
「あ、いや、何でもない。行くか」
顔が結構深刻になってたのか、フィレナからそう尋ねられ慌てて誤魔化す。それにフィレナはちょっと不満そうな顔をしたが、特に何も聞かずに頷いてくれた。
「そうね」
元々会議室へと向かう途中だったのだ。フィレナが葬儀を終えて来られる時間に設定されてたから、最後はフィレナのはずだったんだが、一緒になったな。
フィレナと共に会議室へと入ると、そこにはもう皆揃っていた。
ネクス、ユーリィ、ディードリオンとタタラギリム。円卓のテーブルが置かれたその部屋は、マトルトーク城より部屋自体は狭いが、装飾は豪華だ。椅子の装飾一点一点すら、一体何ヶ月掛かって彫られたんだとうという精緻さ。聞くのが怖い。
何でもここは王とか将軍クラスの会議にしか使わない部屋だそうで、規模の大きい部屋は別にあるんだとか。
「お疲れ様、フィレナ王女」
「ありがとうございます。お待たせして、申し訳ありません」
労いの言葉を掛けてきたユーリィに、フィレナは丁寧かつ、生真面目な態度でそう言って席に着く。続いて俺も。
「あらあら、そう言えば、ハルト」
「何だ?」
席に座った俺を見て、はたと気が付いたように呼びかけられてユーリィの方へと顔を向ける。
「再生おめでとう。遅くなってごめんなさい」
「ありがとう。そんな状態でもなかったもんな。ユーリィも……その、思ったより元気そうで良かった」
穏やかに微笑んで行ったユーリィは、まだ疲労はあるものの健康そうだし、精神的にも元気そうだ。ただ……本当に元気かどうかは判らない。美人だし、女の人だし、精霊王だし。
でも、あのローブの魔王の元にいて、ディードリオンに穢させようとしたって事は……大丈夫、なのかな。やるんだったら自分でやれば事は済むだろ。それをわざわざ他人にやらせようとしたって事は出来ない理由があるのか、やりたくなかったのか、どっちかなんだろうし。大勢で貶めたかったってなら、わざわざディードリオンとかを選ぶ必要ないし。
あまり考えたくはないが、魔人の多い町中にでも放置しておけば、多分……。
とはいえ流石にそんな事は聞けない。無事である事を祈る……。
「リオンの扱いが丁寧だったから、大丈夫よ」
「おい、ユーリィ。人間と慣れ合ってんじゃねェ」
ユーリィの口から出たディードリオンの愛称に、すかさずネクスから注文が入る。
「あらあら、ネクス、貴方まだ拘っていたの? 人となりは種ではなく個人だと思うわ。私は彼を好ましく思っているし、それを隠す理由もないでしょう」
(うわ)
それは、あれか。アレですか。
そこまで言われると、そういう意味で取ってももう自意識過剰とは言われないレベルだぞ、ユーリィ。いいのか。そういう意味でいいのか?
当のディードリオンはと見れば、目線を外して聞かなかった事にしている。
「お前といい、ハルトといい……ッ。本当、いい加減にしろ。あァ、クソ。ルトラかアズがいりゃ……ッ」
「ハルト?」
少し驚いたようん首を傾げ、ユーリィは俺を見た。
「貴方も距離を置いていた気がするけれど……。ふふ、深く知り合って、考えが変わったのかしら。それなら嬉しいわ」
「いや、まあ、……何と言うか」
元々人間なんで、人間を嫌う理由の方がないと言うか。
「ふふ。いいじゃない。愛する気持ちはとても尊いものだわ。種族や年齢や性別なんて、些細な問題よ」
ちょっと待て! 今些細じゃない問題が一つまじってたぞ!? 怖くて突っ込めないけど!




