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女神の誓剣  作者: 長月遥
第一章  皓皇再生
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第五話

 朝起きると、ドラゴンに破壊された窓もジ・ヴラデスの手形が付いた壁も、綺麗に直っていた。


(いつの間に工事を……)


 まあ、直ってるならいいか。魔法的な何かで一瞬だったんだろう。後でリシュアさんに聞いてもいい。


 ベッドから起き出し――そこで、昨日は気が付かなかった、あって然るべき物の存在に気が付いた。

 扉の閉じた状態の、全身鏡だ。


「……」


 昨日はそれどころじゃなかったが、ジ・ヴラデスに言われた事が微妙に気になってきた。


 所詮夢の事だからとあえてスルーしていたが、視界に入る髪色が違うのは気が付いていた。

 ちなみに俺は、取り立てて美形だとか、そういう得な人種ではない。良くも悪くも十人並み。


(果たしてジ・ヴラデスの美的感覚がズレてんのか、それとも――)


 事実を確認するべく、扉を開く。

 そしてそこに映し出された姿に、何だか脱力してがっくりと膝を着いて項垂れてしまった。


 ――美形だった。


 一片の隙もない、計っちゃないけど多分左右完全対象の、穏やかで品のある顔の造形。年頃は俺と同じぐらいで、青年という程精悍ではないが、少年という程幼くもない。


 精霊王です、って名乗っても確かにこの容姿なら恥ずかしくない。そうですねって皆言うよ。


(何だろう……っ。今、スゲー理不尽な物を目にしてる気がする……っ!)


 体格はどちらかといえば細身だが、貧弱故の細さじゃない。必要な分だけの筋力は備えている。多分、俺が戦うのに丁度いいスタイルなんだろう。

 精霊の戦い方的に、確かに腕力はそれ程必要なさそうだしな。


 淡い陽光のイメージの金髪と、薄く青の混ざる銀の瞳。


 神々しいよ、マジで。自分じゃなけりゃ俺も自然に平伏しちゃうかもしれないぐらい神々しいよ。人外だろコレ。あ、人外だった。


「声は一応……自前か」


 そうか俺の声ってこの容姿に耐えられる美声だったのか。悪くないだけでも、容姿フィルターが声にもかかって良く聞こえそうな気がするけど。


「……さて」


 自分の顔なのに、長く見てると世の理不尽さを思い知らされる気がして腹が立ってきそうなので、早々に全身鏡の扉を閉めると、椅子の上に座って考え込む。


 これから、どうするか。

 ここが現実だとして、俺が本来こっちの存在だとして、それなら向こうの――十七年、俺が生きてきた日本ってのは、俺にとってどういうものなんだろう。


 その前に、俺はどうしたいんだろうか。

 帰りたい……とは思ってないな。こっちの方がやはり落ち着く。何より、こんな状況じゃ俺にはやらなきゃいけない事がある。

 追い立てられるほど、とは言わないが、やはり何か途中放棄はできない心理的な強制力がある。


 一回かつての俺の意識が表に出たせいだろうか、切れ切れながらも、自分の事は少し分かる。


 俺達精霊は、全て女神の眷族だ。

 正確には女神の純眷族は精霊王六人だけで、精霊達はその精霊王の眷族となる。だからまあ、大きくまとめれば女神の眷族だ。


 神と魔は、常に戦ってきていた。かつての大戦で俺達は大方の魔人を倒し、あるいは封印して大勢は決した。代わりに俺達も大分数を減らしたけど。

 それから六百年……俺達の再生に必要なエレメントが満ちる前に、世界は魔に唆されて、負けてしまったという事か。


 女神は今、劣勢である。魔人が増え、魔力が強くなっている。これは俺達にとって非常に良くない。

 まずは魔人や魔神を倒し、魔力を薄めないと――


(……無理……)


 そこまで考えて、首を小さく左右に振った。できるできないの前に、無理だ。

 やらなきゃいけない事は分かっている。やるべきだとも思う。

 思うのに、俺の理性はそれを拒む。


 倒すっつーか、殺すって事だからな。しかも大勢。今の情勢を考えれば、国単位で数えて、一体何ヶ国滅ぼせばいいってぐらいの人数を虐殺しなきゃならない。


「……はぁ」


 溜め息が出る。出るだろう、これは。


 俺が人生十七年の常識を捨てずに再生されたのが必然だというなら、迷わない。俺は俺の常識を信じて行動する。それが女神の求めたものだからだ。

 しかし、エレメントが足りず、止むを得なかった処置である可能性もある。その場合、俺は女神の剣として、魔神達を駆逐していくのが正しい。嫌だ、と思うが。


(つーか、嫌だ、じゃ済まねえんだよ)


 できない、のだ。

 できる訳もない。

 ならばやはり、やれる事だけでもやるべきだろう。

 ……よし。



 ――コンコン。



 俺が先の事を決めた丁度その時、扉が静かにノックされた。


「皓皇様、リシュアです。宜しいですか」

「あぁ」


 起きぬけで他人と顔を合わせるのは――という心配はない。ないぐらい完璧だったんだって、さっき鏡見た時。


「失礼します」

「お早う……ございます。陛下」

「お早う、ライラ」


 昨日よりは彼女達に対して親近感もあって、自然に微笑して挨拶を返せた。


「……っ」


 と、目を見開き愛らしく頬を染めて、俯いてしまった。


 あぁ……うん、分かる。そうかもな。半端ないもんな美形っぷりが。そりゃ照れるかもしれないな。

 下手すりゃ同性の俺でも照れるよ、多分。自分の顔になった以上、さすがにそこまでの何かは感じないけどな。


 リシュアさんもライラも美人だし可愛いが、この皓皇の容姿はランクが違う。元が平凡だからこそ分かる。さすが神属というレベルの神々しさ。

 俺、他人がこの顔持ってたら絶対顔殴れねーよ。


「リシュアさん」

「はい」

「今の情勢を詳しく教えてくれないか」

「はい。落ち着かれましたら、すぐにご報告するつもりでした」

「座ってくれ」


 部屋の中へとリシュアさんとライラを招いて、テーブルをはさんで腰掛ける。


「……あ」

「?」


 しかし座りきるかきらないかのうちに、リシュアさんが何かに気付いた声を上げ、すぐに立ち上がる。


「す、すみません。地図があった方が宜しいですね。少々お待ち下さいませ」


 慌ててそう言うと、早足で部屋から出て行った。

 静かなせいで聞こえるが、廊下は走っている模様。

 いや、そんな急がなくていいんだが。地図の持ち合わせなんかある方が珍しいだろう。


「陛下」

「ん?」


 呼び掛けられてライラの方を見るが、何も言わない。瞳はちゃんと俺を見てて動かされないが。


「……少し、だけ……。お側に、いられ、ました……」

「あ、あぁ?」


 待つ事十数秒。ようやく口を開いたライラの言葉は、やっぱり良く分からなかった。確かに側にいるけどな? それとも昨日の事か?


「……ふふ」


 少し照れたように、ほんのりと頬を淡いピンク色に染め、嬉しそうに笑う。

 ……良く分からないが、ご機嫌みたいだし可愛いから良しとしよう。


「お待たせいたしました」

「あ。ありがとう」


 そこでリシュアさんも戻ってきて、改めて仕切り直してテーブルに向かった。


「まず――こちらがアイルシェル領の地図になります」


 言って広げられた地図に描かれていたのは、海に阻まれた大陸が複数集まった、どうにも交通の不便そうな小大陸の集まりだった。より正確に言うと、大小の島と小大陸の集まりだ。


 領内移動でも船必須だな、これ。広さ的には多分そんなでもないんだろうけど。


「そして皓の森はここになります」


 地図に描かれている中でほぼ中央に位置する、やや大きめの起伏の無い大陸。その中央南方辺りに、大陸全体の五分の一程度の面積を占める森がある。


(広いな……)


 これは一人で帰って来たら迷う気がするぞ。自分のホームグラウンドで迷子とか、洒落にならん。

 いつか俺にも森の中の風景が区別付くようになるんだろうか。


「今魔人に支配されていないのは、我が皓の森を除いてこちらの……」


 言いながらリシュアさんが示したのは、皓の森のやや北西にある、城の絵付きの大きめの町と、東にあるそこよりは規模の小さな町。


「二つだけにございます」

「港町は全滅か」


 北側と西側に二つ、海沿いの町があるのだが、ここが落ちてるとなるとこの大陸自体から動けないって事になるな。


「今は、マトルトークが、最前線……。あと、数日で……落ちると、思います……」


 言いながらライラが指したのは城の絵付きの大きい町の方。

 ってか、ちょっと待て。


「数日!?」

「魔人の侵攻は、始まれば早いです。すでに圧倒的質量を備えているのに加え、内側から崩壊していくのですから」

「内側からってのは、どういう事だ?」


 敵対勢力が二つ以上あるってなら、内部分裂も分かる。どちらかについて生き残ろうと考える奴が出てきたりもするだろうから。


 けれど他の話が出てこないって事は、今の所は魔人対その他の種族、という構図でいいはずだろう。

 そんなに投降するか戦うかで分かれてしまうものなのか。


(投降の選択肢は、あまりない……と思うんだが)


 ジ・ヴラデスのドラゴンへの所業を思い出して、また背中が寒くなる。

 あんな、わざと苦しむ殺し方を選ぶ奴等だ。投降を認めたとしていいところ労働力、奴隷扱いだろうし、気紛れや八つ当たり、下手をすれば暇だから、という理由でなぶり殺しにされかねない。


 それでも生き残りたい、という人はいなくはないだろうが……。


「魔人とは、魔道に堕ちた者の総称です。そして魔道とは、悪意を以って開かれます」

「戦争中……。誰でも、魔に捕まる事、あります。家族や、友人……殺されれば、人は、仇を、憎みます」


 それは当然、だな。

 悪意ってのが復讐心による敵意も含まれるなら、戦争中なんか、全員すぐにでも魔道に堕ちておかしくない。


「魔人になったからといって、いきなり裏切ったり、破壊行動に移ったりする訳ではありません。始めはただ、魔道より流れ込む『魔』そのものを受け入れた事による力の増加が現れます。だからこそ、被害が増えるのです」


 ……成程。

 魔人に対する恨みで魔人になった仲間を、多くは同情するだろう。そしてしばらくの間は、確かにその人はその人のまま、変わらないのだ。


 いや、それどころか強力な力を手に入れて、より一層魔人と戦ってくれるだろう。

 魔人として処断するにしても、もう少し――と思っているうちに、手遅れか。


「魔は悪意を得る毎に成長します。そしていずれは、その人本来の人格すらも破壊し、真なる魔人へと作り変えるのです」

「それは、難しいな」

「人に……魔に、打ち勝つのを期待するのは、酷です」

「そうか」


 ならば言われた通り、きっとあと数日でマトルトークは落ちるんだろう。

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