第五十三話
見る間に小さくなっていく城の全貌を見ながら、思わず名を呟く。その視界の先で、ちかりと光が瞬いた気がした。
「っ」
「陛下、伏せて!」
ライラの小さな体が覆い被さった、その直後。
一瞬の閃光。そして爆発。
「――!!」
どちらの力の作用によるものか、ここからでは判断できない。そして倒壊する城の起こす白煙が収まる前に、ドラゴンはどんどんとプルオーネを離れて行く。
(……っつーかこいつ、どこに行くんだ……?)
ここから安否など判りようもないし、そもそも俺が気にするのもおかしい。どちらも追って来ていないという事実で、今は十分だ。
次の問題は、こいつがどこに行くか、だ。
「……なあ、アイルシェルに行ってくれないか」
取り敢えずそうドラゴンに話しかけてみる。……反応なし。やはりこれも躾けられているからか。
「……陛下……」
「ま、大丈夫だろ」
不安そうに俺を見上げて来たライラを、万一にでも落ちてはぐれない様に抱きしめながら、俺は気楽にそう言って頷いた。
「ずっと飛び続ける訳じゃないだろうし、な?」
「……はい」
腕の中からじ、と俺を見詰めていたライラが気楽な調子に少し絆された様に笑って、頷いた。
「陛下と……一緒だから、大丈夫……です」
「俺もライラが一緒だから、大丈夫だと思うよ」
「……はいっ」
ちょっとドラゴンの上で和んでから、後はひたすら下の景色を伺い続ける。危険は承知で、もう深い森とか湖があったら飛び降りよう。
そう考えた所に、俺の覚悟を試すかのように巨大な湖が見えてきた。
(うっ……)
どうする。風景には全く見覚えないぞ。
しかしここを逃したら、もう飛び降りられそうな場所もないかもしれない。
大体、こいつに乗ってたら目立ってしょうがない。ジ・ヴラデスにでもあのローブの魔王にでも、見付かっていい事は一つもない。
……良し。
「ライラ、飛び降りるぞ」
「はい」
躊躇いのない返事。リシュアさんは元からそうだと思ってたが、実はライラも俺より男前か?
軽くショックを受けつつ、しかし今はそれどころじゃない。ライラを抱え、もう真下に来ていた湖に向かってドラゴンの背から飛び降りた。
流石の皓皇も飛び込みの経験はなかったようで、体は何も反応せずそのまま足から落ちた。
湖面に叩きつけられ、そのまま水中深くまで一気に沈む。浮力が回復すると同時に、二人で急いで水面へ向けて泳ぎ出す。
「っはっ!」
「ふぁっ!」
俺に続いて、ライラもコンマ数秒遅れで顔を上げる。
ドラゴンは……いない。どうやら俺達を運ぶというより、決まったルートか目的地へ向けて飛んでたっぽいな。
「大丈夫か?」
「はい」
取り敢えず自由になったのは良かったが、ここ、どこだ? 感覚からして魔気の方が強いから、少なくとも皓の森の近くやフツカセではないだろう。
そして何より、岸はどっちだ。
「ここ、ミットフェリンの……碧の湖、です」
「碧の?」
覚えがあるぞ、その名前の付け方。もしかして――
「ここ、水の宮があるのか!?」
だとしたら、かなり運がいいと言えるぞ!
いくら魔気が強いと言っても、精霊王の本拠である水の宮には、まだ生き残っている精霊がいるだろう。助けを求められる相手がすぐ側にいるのは、運がいいと言っていい。
「判りま、せん……。まだ宮として、存在してるか……どうか……」
「……あ」
そうか。ミットフェリンはアイルシェルとは状況が違うもんな。
これだけの魔気に晒されて、宮を形成しているエレメントがまだ残っているかどうかも判らないのか……。
「けど、賭けてみてもいいだろう。どっちにあるか判るか?」
「ごめん、なさい……。判り……、ません」
そりゃそうだな。見渡す限り水しかないもんな。
「判った。漂ってても仕方ないし、とりあえずこのまま真っ直ぐ泳いでみよう。湖なんだから、最悪いつか岸には着くだろう」
「はい」
頷き、俺とライラがそう遠泳の覚悟を決めた時。
「あのー」
「うわっ!」
ついさっきまで、確かにこの辺には誰もいなかったはずなのに、いきなり後ろから声を掛けれられ、慌てて後ろを振り向いた。
「はわっ」
俺の勢いに驚いたか、相手もやや間延びした悲鳴を上げて、口元を押さえて人一人分の距離を下がる。
「あ、わ、悪い」
すぐに謝ったのは、相手が精霊であると判ったからだ。
水色の髪と碧の瞳の、実に水をイメージさせるまんまの色合いをした、俺と同い年ぐらいの少女の姿だ。美人系じゃなくて、可愛い系。
「いーえー。後ろからすみませんでした」
「……君は水の精霊族、だよな?」
「はいー」
まったりとした返事をほんわかする笑顔を浮かべて返して、彼女はぺこり、と頭を下げた。
「ルーティールといいます。あの、さっきドラゴンから振り落とされてましたよね?」
「いや、あれは飛び降りたんだけど」
湖に落ちて来たという点では何も変わらないが。
「あぁ、そうだったんですかー。ご自分で。お困りかと思ったんですが、じゃあ大丈夫ですねー」
「待て待て! 困ってる困ってる!」
くる、と背を向けていずこかへと去って行こうとするルーティールを、慌てて呼び止める。
「アイルシェルに、帰らないと、いけない……、です。ここから、どう、行けば……?」
「アイルシェルにですか? 今はちょっと難しいと思いますよー?」
ミットフェリンは魔人が支配している土地だ。騒ぎを起こさず、見付からずに、というのが難しいというのは判っているが、やってみなければ判らない。
というか、しないといけない。
(心配、してるだろうしな)
リシュアさんとかネクスとか。多分フィレナも心配ぐらいはしてくれるか?
「そこは何とかする。道教えてくれないか。とりあえず、どっちに向かって泳げばいいか」
「今は、湖から上がったら掴まっちゃいますよ?」
「上がったらって……待ち構えてる訳じゃあるまいし」
「いえー、待ち構えてるんです」
「……」
首を横に振って言われた言葉に絶句する。
「何でだ? 湖に何かあるのか? というか誰が。そんなに数多いのか?」
「何かあるかというか、ミットフェリンで精霊がいるの、ここだけですから。他の場所を狩り尽くして、いよいよ水の宮を襲おうとしてるみたいです。あ、襲おうとしているのはレトラスの軍隊です。精霊狩りを行う専門部隊があるんです、レトラスには」
「っ……」
フィレナの……母国が。
奴隷、何だもんな、精霊は。狩り集めるための軍があっても、おかしくはないのか……。
「本当はもう何度も襲われてるんですけど、宮に入る方法が判らなくて、中までは入って来られなかったんです。でも数日前偶然ばれちゃいまして、しかも一人、逃がしちゃいまして……。ばれちゃったんです」
はぁー、とルーティールは深々と重い息を付く。
「……戦うのか?」
「はい、そうなると思います。それでですね、残念ですけど、そういう訳でここからは逃げられないと思うので、宜しければ宮に入れるようになるまで、一緒に隠れませんか?」
「それは有難い、けど、宮に入れないのか? 君も?」
水の精霊族なのに? と首を捻る俺にルーティールは頷いて。
「はい、雨が降った日にしか出入りできないんです」
「それはまた……不便な」
「碧皇様はそこがいいんだ、って面白がってたそうです。私も好きです」
本当に楽しそうにルーティールはにっこりと笑った。もし今が余裕のある時なら、俺も微笑ましく思っただろう。自分達の宮を愛しく思っているのは十分に伝わった。
しかしすぐにルーティールは笑んだ表情を曇らせ、息を付いた。
「お帰りをお待ち出来ないのが、残念です……」
「……勝ち目はないのか?」
「ありません。人数も力も……魔人に太刀打ちできる力は、もう私達にはありませんから」
「なら、逃げないのか?」
ルーティールの口振りからして、それも勿論難しいんだろう。
けど、全滅よりはいいはずだ。
しかし俺の言葉にルーティールは迷わず首を横に振った。
「宮を捨てる事なんか出来ません」
「俺が碧皇なら、宮を捨てて逃げて欲しいと言うと思うぞ」
「貴方は碧皇様じゃないですから」
う。そりゃそうだ。駄目か……。




