第四十九話
意識を擬似精霊に向け、リシュアさんの姿を探して移動させる。流石に混乱している中は移動しずらいし、状況も把握しずらいが、強いエレメントを感じる方へ行けばいいので、捜すのは誰より楽だ。
そしてややあって、見付ける事が出来た。
「リシュアさん」
『皓皇様』
部隊を分断した部隊の方に移動していたリシュアさんは、もうぐるりと回って魔人部隊の外側、全体の中の最も南側へと移動していた。
丁度、そのまま進行方向へ真っ直ぐ進めば、皓の森から出て来て待機している精霊達の方角へと、障害物の無い位置を確保している。
『いつでも行けますが、宜しいですか?』
「あぁ、頼む」
『承知いたしました。では陛下、どうぞご無理をなさいませんよう』
「リシュアさんも、気を付けて」
セ・エプリクファが皓の森の精霊達を警戒していないはずがない。姿を見せた途端、タイムラグ無しで攻撃されるに決まってる。
『有難うございます。――では、後程!』
隠霧を掛け、リシュアさんは一人で戦線を離脱した。
いくら警戒していると言っても、どこから抜けてどこへ向かうか判らない精霊一人を、追いかける真似をするのは不可能だ。
『皓皇陛下。今の話からするに、俺もそろそろ動き時ですかね』
二体目の擬似精霊から入ったのは、アリストからの通信。後一体はネクスにも付けてるから、これも聞こえてはいるはずだ。バレる要素は少なくするため、出来る限り喋るのは控えてるが。
「……状況的には、どうだ?」
パターン的には、全て予め聞いていたものだけだったので慌てる事はなかったが、タイミング一つで大きな差が出るだろう。
形としては望ましい所に持って行けたと思うが……北側がかなり壊滅的だ……。中央部隊の負担、酷いだろうな……。
『まーまーなんじゃないですか。見た目ほどには死傷者出てないと思いますよ。足が止まったせいで押されて、後退してるから囲まれてるように見えますけど、仕方ないですね。……でもまあ、ほぼ予定通り、初弾はまま、行きます。後は普通に殲滅で行けると思うんで、リシュアに任せますんで。――こっからは一方的ですよ、ご心配なく』
不遜とも言える宣言の直後、隠霧を取り払って皓の森から選抜された、レトラスでの魔術師編成部隊として一般的な、一小隊分二十人が、間隔を開けて現れた。
直後、先制。全員が一斉に、属性をまちまちに中級レベルの術を南側と、中央の部隊にまで食い込んで精霊魔術を放つ。
俺達光の精霊族の最たる利点が、これである。あらゆる属性に応用が利き、苦手とする分野がなく、集団戦となった時に相性による防御が不可能だ。
アリストの宣言通り、特に後方の魔人達を狙って撃たれた一撃に、魔軍は一瞬で壊滅した。表向き。しかし本番はここからだ。
「ライラ、行くぞ!」
「はい、陛下!」
セ・エプリクファには対抗出来ないが、連れて来ているだろう魔人相手になら、俺でも十分相手が出来る。マトルトーク軍を守るのが俺の役目だ。
「皓皇陛下、御武運を!」
「あぁ、被害が出ないよう、撤退と負傷者の手当てを頼む」
「はっ!」
敬礼を返してくれたリカルド隊長に頷いて、俺はライラを携え、やはり隠霧で隠していたユニコーンに跨った。
「頼むな」
首を撫でてそう言うと鼻を鳴らして応え、ユニコーンはカッ、と一回蹄で土を掻く。同時に風の結界を生み出し、すぐさま戦場へと向けて駆け出した。
『皓皇、ルール違反よ?』
音声拡張を使って言って来たセ・エプリクファの声には、怒りの気配はなかった。ただ物凄く、楽しそうないやらしさだけがある。
『ルールを破ったお前にはァー。勿論、制・裁、よォッ!!』
自陣の最奥に陣取っていたセ・エプリクファが、自らの魔力を高めつつ立ち上がった。
肉眼では遠過ぎて見えないが、擬似精霊を通して視た映像では、その右手に具現化した鞭を持っているのが見える。
『ほーっほっほっほっほっ! 浅はか! 実に、浅はか! いくらユニコーンを使ったとして、そこから間に合うと思って!? この私の攻撃を受け止められると思って!?』
ヴ、ヴ、ヴ。
魔力という不可視の力が、大量に集中し渦巻いて、大気を震わせ音を鳴らす。赤黒い魔力が鞭にまとわりつき、そこから溢れて触れた物質全てを弾き飛ばす。
『カース・ド・ディー――……』
『神風の真空裂破!』
『!』
出足の早さも申し分ない魔術だった。背後から展開した空気の膜が一瞬でセ・エプリクファを包んで球体となり、無音でその全身を深々と切り裂いてみせる。
『俺等がテメェの決めた下らねェルールに従う理由が、どこにある?』
【まして相手が反故する気満々なんだしねー】
『そ、奏皇……』
集中が途切れたか、あれだけ強大に集まっていた魔力は四散し、右手も今は空っぽだ。武器が手元にあったとしても、握れる握力はないだろうが。
『微妙だったが、良く乗ってくれたなァ。目の前の美味い餌に食らい付かずにいられねェ、テメェが馬鹿で本当に良かったよ』
くつくつと凶悪に笑うネクスの声が、余裕を持って響いて、ほっとする。視点を切り替え、一番側にいるネクスに付けた擬似精霊へと意識を向けた。
セ・エプリクファの様相は、かなり酷い。全身余す所なくなます斬り。しかも深さも向きもバラバラで、普通にはまず治癒は見込めない。重なって斬られている所は白い物まで見えている。
だがそれでも、セ・エプリクファは立っていた。
『待――、待ちなさいよ。これはゲームよ? ゲームはルールにのっとって遊ばなきゃ……』
『命を賭けるゲームはねェ。人の命を弄ぶなら、テメーの命も同様にされるって事、覚悟しておけ!』
『ほ……っ、ほほっ……! ふざけるな! 私は強い! 私は尊い! 私は賢い! 故に私は! 私には許されるのよ! 舐めるな、精霊如きがァッ!』
叫ぶと、セ・エプリクファは拳を固めてネクスへと殴り掛かる。力を入れたせいで、一気に傷口から値が勢い良く飛び散ったが、気にする様子もない。
固めた拳に強大な魔力が籠る。それも狙いのうちだったか、魔力活性に伴い、傷口が見る見る塞がって行く。
『舐めてねェよ』
魔力そのものが尾を引いて、振るった軌跡の通りに空気を汚す。その拳を受ける事はせず、大振りの一撃を体捌きだけで避け、アリストを振るって魔力のガードの薄い上腕を斬り裂く。
怯んだセ・エプリクファの懐へと入り、片手での掌底を打つ。何かの魔術作用があったのか、筋力だけでは到底適わない距離を吹っ飛ばした。
『アリスト』
【はい、陛下】
呼び掛けたネクスに答えたアリストの声には、緊張が含まっていた。初めて聞く気がする。
『我が、女神の神名が司りし全ての風よ、示現せよ。――ネクシス・アル・エアルシス!』
ネクスが手の平を上に手を掲げ、己の名を叫んだ瞬間、手の平に少し余るサイズの石が出現した。
透明度の高い、鮮やかな緑の輝石だ。形は鳥の羽を模しているように見えなくもない。内側で流動する緑銀の粒子が、石そのものを力強く輝かせている。
握ろうと思えば手に握れるその石が、エレメントの源、クリスタルか――……。
『させるかァッ!』
声に恐怖を滲ませ、セ・エプリクファは全力で血を蹴る。しかし、遠い。
『遅ェ』
ふ、と甘やかな笑みさえ零しつつ、ネクスはアリストを振るってクリスタルを斬った。ぱっと手応えなく散って形を失ったクリスタルは、その全ての力をアリストへと与えた。
クリスタルの力を受け、その形状すらも変化する。刃が伸び鋭利さを増し、柄だっただけの方にも刃が生まれて両刃になる。その刃は、自ら緑銀の輝きを放つ、クリスタルそのものの色をしていた。
変化を終えたアリストを構え、腰を落としてセ・エプリクファを迎え撃つ。セ・エプリクファの手の中には、再び鞭が握られていた。
『カース・ド・ディーゼルファング!』
どうやらさっき放とうとしていたのと同じものか。
本体は鞭一本だが、魔力が枝分かれして三本の軌跡になる。腕を振るい、上から下へと振り降ろすと、魔力が線状に放出されネクスへと襲い掛かる。
『ハッ、馬鹿が』
ト、と軽くアリストを地に刺して、ネクスは先端の刃先に飛び乗る。見た目には痛い曲芸のようだが、アリストの刃がネクスを傷付ける事などない。力を入れてしっかり踏みしめ、空へと跳ぶ。
頂点での瞬間滞空時間に、空気を踏んで更にもう一段。伸ばした手の中に地面に刺さっていたアリストが呼ばれて収まる。
それでセ・エプリクファの一撃を飛び越え背後に降り立った。
『っ』
『魔力使って範囲攻撃出来る程、優秀か? テメェが』
右肩から左腰まで、背中を一気に斬り裂く。返す刃で逆側から逆側の腰から左肩へ。
だが、それも見る間に再生していく。
深手の再生に掛かってる分、セ・エプリクファの持つ魔力量は大きく削られていってるが、それでも底はまだ見えない。
ちッ、と小さく舌打ちをしてネクスは近過ぎる背後から飛びのき――
『……そうだったわァ……。忘れてたみたいッ!』
振り向きざまに振るわれた鞭は、軽く半身をずらしただけで避ける。余波が浅く肌を傷付けたが、大事ない。だがすぐにはっとした表情になると、やや慌てて身を沈める。その頭上をセ・エプリクファの三つ編みが風を凪いで通り過ぎた。魔力強化された髪の毛も刃と同じだ。
『カース・ド・ディーゼルファング!』
ヒュン、と鞭が大きくしなって先程動揺の魔力が込められ、容赦なくネクスの上へと降り降ろされた。
『今度は、至近距離よォ!』
『――神風斬衝!』
振り降ろされるセ・エプリクファの鞭を、アリストで斬り払う、しかし魔術の発動は止まらない。別れた二本の方向が少し逸れただけだ。
ネクスには防御する術も避ける術もなかった。そもそも風系統の精霊魔術は『斬る』のと『吹っ飛ばす』のに長けた力。防壁は風力、風圧で『いなす』のが全てだ。風を貫通するような威力のある武器に対しては、相性が悪い!
掲げたアリストを盾にして、魔力の鞭そのものの直撃は防いだ。それしか出来なかった、というべきだろう。
『っらァッ!』
直撃を防いだ所で、正面から飛び散る魔力の最中にいた事に変わりはない。半ば自身の防御力に頼るだけの形で一撃を凌ぎ、全身に裂傷を負いながら、しかし構わずネクスはセ・エプリクファを蹴り上げ下の姿勢から脱出する。
ちなみに別に俺も、ネクスが戦ってるのを傍観していただけではない。
北側に残った魔人の部隊を一蹴し、今ようやく突破した所だ。ネクスには来なくていい、と言われているし、そのつもりだった。けど――
今の俺が真正面から参戦した所で、碌な役に立たないどころか足を引っ張る。
俺だけじゃなく、セ・エプリクファも判っているから、横目でちらりと向かって来る俺を見て、余裕の笑みを作っただけ――だったのが、表情を凍らせた。
手の平を上に向けて掲げた俺を見て。
俺が今、どんなに力を失っていようが、俺が持ってるクリスタルが力を失ってる訳じゃない。
「ネクス!」
「――、いいぜ、寄越せ!」
「我が、女神の神名が司りし、全ての光よ!」
先程ネクスがしたのと同じ、クリスタルを示現させるための文言を叫ぶ。
俺は今も自分の名前を知らない。
だから当然、クリスタルなんか喚べる訳がない。
しかしセ・エプリクファは、俺がクリスタルを喚べない事を知らない。俺がネクスにクリスタルを与えるのを、黙って見てる訳にはいかないのだ。
「皓皇――!!」
ネクスを倒すには時間がかかるが、俺なら一撃だ。焦って俺の方を振り向いたセ・エプリクファの背中から、アリストの刃がその額を刺し貫く。
俺がクリスタルを喚べない事を知っているネクスが、それに応えるような真似をする訳がない。
「アリスト、決めるぞ!」
【はい!】
「神風の天嵐舞!」
「くぁっ……!」
頭の内側に直接叩き込まれた精霊魔術に抗おうと、自身に魔力を注いで強化し、頭を押さえる。拮抗の数瞬。
(何て耐久力だ……ッ!)
ネクスはともかく、これで決めないとアリストの方にもう力が無い。頼む……!
「っ、の……! さっさとくたばれッ!!」
焦りを滲ませたのは、ネクスの方。
「くっ、ふっ、ふ、ふふ……っ!」
「ッ」
片手で頭を支える様に押えながら、セ・エプリクファはもう片手を伸ばし、アリストを掴む。
【く、ぁっ……!】
ミシッ、とアリストが軋みを上げたのが、俺の位置にまで聞こえた気がした。尋常ならざる握力に晒されて、アリストから苦悶の悲鳴が上がる。
「耐えろ! 意識を乱すな、抜けられたら死ぬぞ!」
【は、い! 陛下!】
「ふっ。……ふふっ、ほっ、ほっ、ほー……っ、ほっ、ほっ……っ!」
まだ幾分ぎこちなく、顔を歪めた苦痛の滲む物だったが、セ・エプリクファは――作った声で笑い声を上げる。
鼻や口から血を垂れ流しながらも、しかし余裕を取り戻しつつある。
(押し負けてる……ッ!)
術の発動を止める訳にも、アリストを置いて行く訳にもいかない。どちらにしろ、全力を振り向けたネクスに余力はない。
身動きの取れないネクスへと、セ・エプリクファはアリストを手放し、その最たる凶器である魔力を込めた拳を握り――
「ネクス――!」
「馬鹿、来んなッ、逃げろッ!!」
「くっ、ふっ! まずは楽そうなお前からだ! 皓皇――!!」
ライラを手に、振るった刃がその体に届く直前で、セ・エプリクファは半身を捻って俺の方を振り向いた。
「ッ!!」
(しまっ……っ!)
まずい、と思った時には遅い。
集まった魔力の余波で、剣を振り抜く事すらままならない。
――よけられない!!
「ハルト!!」
ゴッ!!




