第四十七話
――そして五日後は、体感的にはあっという間にやって来た。
マトルトーク軍、総勢四千。セ・エプリクファ率いる魔人達は……正確な数を知りようはないが、三千から四千の間……かな。
『皓皇! それと、マトルトークの代表者! 前に出てらっしゃいな! 話をしましょう!』
精霊魔術のそれと同じ作用を持つ、音声拡張の魔術を使いつつ、セ・エプリクファは軍団同士が睨み合う、その中央に仁王立ちしてそう俺達に呼び掛けた。
ここに来るまで見た事なかったが、あれがセ・エプリクファなんだろう。
本人かどうかは判らないが、あれだけ自信満々なセ・エプリクファが偽物を使って来るとも思えないから、多分本人だろう。強大な魔力は……間違いなく感じる。
(確かに、これは……俺には手が出ない)
「……ハルト……」
「行こう。あいつにとってこれはゲームだ。いきなり大将首を取ったりはしない」
どんな奴か、直接見てはおきたい。フィレナもきっとそうだろう。敵だからこそ、敵を知るのは無意味じゃない。
「……判ったわ」
少し不安そうに、しかしフィレナは気丈に頷く。魔王の前に身一つで出て行こうというのだ、怖くない訳はない。
俺とフィレナが揃って進み出るのを、セ・エプリクファはただ黙って待っていた。互いまでの距離は五キロ程。
その中央にまで馬を進め、地に降り立って――
「……うっ……?」
隣でフィレナが引きつった声を上げ、一歩足を後ろに退いた。
恐れからではない。――いや、これも恐れに入るのか。
ある程度覚悟していた俺だって、顔が引きつったからな。
セ・エプリクファは三十路程度の大男だった。ネクスよりは若干低そうだが、身長も百八十越えで、体格はこっちのが筋肉質でがっしりしている。
しかし彼が身に着けているのは、白を基調にリボンとフリルとレースたっぷりの、ロリータファッション。小指を立てて持った日傘がオプション。
……勿論、似合ってない。
胸は自分の好みなのか、爆乳レベルの詰物だが、重すぎるんだろう、位置がきっと詰めた始めよりずれている。下過ぎるだろ、そこ。明らかに詰物詰物していて、とかく全体の完成度が低すぎる。これで高くても嫌だけど。
「な……っ、何、コレ……」
「女装趣味の変態だ」
掠れた声で呻いたフィレナに、俺ははっきり断言する。
世の中には、男に生まれて来ても、自分は女であるという意識の持ち主が確かにいるという。その逆も。
そういう人達はまた別だが、こいつは違う。男が女装すんのはただの変態だ。
大体、何を言った所でやっぱり人には着れる服、着れない服があると思うぞ! 顔立ち然り、体型然り! 間違いなく女性が女性物着てても、年齢相応の格好してないと滑稽だし。
「初対面の相手にいきなりね、小娘。それと皓皇! アンタ、自分がちょっと綺麗な顔してるからって、調子乗ってんじゃないわよ!」
「そんな所で調子に乗るか!」
「……でもきっと似合うわよね……」
おい、そこ。怖い事を呟くな。俺にそんな趣味はない。
……まあ、セ・エプリクファよりは見られるものにはなるだろうし、命を懸けてまで嫌だとは言わないが、普通には嫌だ。
「それで? わざわざ何の用だ。下らないゲームを止める気になったか?」
「あらぁ? このゲームで利があるのはお前達の方じゃなあい?」
人差し指を頬に当て、小首を傾げ、いやらしい笑みを浮かべながらセ・エプリクファはからかう口調でそう言った。
台詞よりも何よりも、気になったのは――シナを作るな。気持ち悪い。本当気持ち悪い。逃げてえ。
「だって私と戦ったら、一方的に全滅よぉ? この戦争で負けたら大人しく引き下がってあげるって言ってるんだから、感謝なさいよ」
(嘘こけ)
本人を前にして、俺はアリストの言った『有り得ない』という言葉に心の底から同意した。
こいつにはそんなつもり、欠片も無い。
「……本気で言ってるのか?」
しかし今、俺はそれを疑ってはいけないのだ。
「信じなさいなぁ。神属の名前が泣くわよォ?」
俺の、提案に縋るようなセリフが心地良かったのだろう。セ・エプリクファの瞳が獰猛にきらめく。こいつもハーパーと同じ系統だな。
「それで、何なのよ。顔でも見せて自慢でもしたかった訳?」
「んふっ……。ルールの確認をしておこうと思ったのよ」
「追加でもする気か」
「違うわよォ、そんな土壇場で変えるなんて、美しくない。ただのか・く・に・ん。いい?」
「あぁ」
本人も見れたし、もうこっちに用はない。相手も同じかもしれないが。
「一つ、私と皓皇は直接戦闘には関わらない。二つ、勝敗はどちらかが全滅するまで付かないものとする。三つ、私が負けたら、大人しく退く。けど私が勝ったら、お前を貰うわ、皓皇」
「嫌だ」
何を考える間もなく、反射で俺は拒絶した。あらゆる意味で、無理。
「お前に選択権などなくてよ! ほーっほっほっほっほっ! エレメントの司を捕えたとなれば、私の株もぐーんとアップ! 逃さなくてよ!」
あ、あぁ、そういう方向か……。
っていやいや! ほっとする所じゃない!
「勿論、夜も昼も寝かさないわよ」
折角ほっとしたのに、やっぱりそっちもだったらしい。想像はしない。した途端気が遠くなる気がする。
「ふざけんじゃないわよ、化物! 顔と性別と立場見てから出直して来なさい! 汚らわしい!!」
フィレナの中の相当なタブーに触れたのか、顔を怒りに熱くして、荒々しくセ・エプリクファを怒鳴り付ける。及び腰だった時とは別人だ。
「誰が化物だコラァッ!! 若さ以外取り柄のない小娘が、調子こいてんじゃねえぞ、コラ!」
いや、容姿的に言うなら、若さだけじゃなくてフィレナは可愛いぞ。
「あんたなんかに皓皇には指一本触れさせないわよ! 誰が許しても私が許さない! 絶対嫌!!」
「安心しろ、俺も嫌だ。捕えられるぐらいなら自害するわ」
「そ……っ。それも、駄目っ!」
「判ってるから。俺も嫌だから。本気で考えなくていいからな?」
フィレナをなだめてから、改めてセ・エプリクファを正面から睨む。
「負ける気はない」
「……うふ……っ」
宣言した俺に、嬉しそうにセ・エプリクファは笑みを浮かべる。
「中々、イイわよ、皓皇。正直お前みたいなガキ、そんな好みじゃなかったんだけど……。俄然、やる気出て来たわぁ……!」
全く嬉しくないが、興味が俺に向いてくれるのはいい事だ。何でも、一つでも多く、ネクスから意識を逸らさせないと。
「なら、もういいな」
「ええ。――美しく! 華やかに! そして残酷に……戦り合いましょう!」
「殺し合いに美しさも華やかさもない。残酷だってのだけは、頷いてやるけどな」
フィレナを促し馬に跨ると、セ・エプリクファから離れて自陣へと戻る。
「――じゃあ、行くわ」
「あぁ」
俺は本陣の奥まで戻るが、戦闘の参加に条件のないフィレナは、一兵として剣を取る事を志願した。勝ってまた一つ、己の箔にするために。
「気を付けろよ」
気を付けて、どうなる訳でもないんだろうけど、他に掛けられる言葉が俺の中の語録にない。
「そうね、こんな所で、遊び半分で殺されたくないわ。――そして、殺させたくない」
「……ああ」
「後、宜しくね」
戦場の最中に入るフィレナには、どうしたって全体の姿は把握出来なくなる。それは見る事の出来る俺の役目だ。
(実際にどうしろ、ってのを考えたアリストやネクスなら、自信たっぷりに応えられるんだろうけどな……)
俺にはそこまで自信がない。しかし今、フィレナにそんな弱気を見せるべきじゃない。
「大丈夫だ」
「うん。――信じてる」
微笑みすら浮かべてそう言うと、中央の一団の中へと入って行った。
辺りは身を隠す物も何もない大平原。せいぜい足の長い草がある程度で、個人だったらうつ伏せになればもしかしたら見つからないかも、という程度。ちょっと遠くから上から見られたら、それもバレバレだが。
遮蔽物も障害物もない所で、互いに準備万端に整え、丸見えになってる相手同士で、取るべき手段は限られて来る。
すなわち、面で潰し合いをするか、点で突破し囲んでケリを付けるか。
俺達の取る手は、中央を点で突破した後、分断した敵の軍を囲んで戦う、というものだ。こっちの方が数が多くて質が落ちるから、最も有効だと言っていいだろう。
一番の不安は、空からの魔鳥の攻撃。
(とはいえ、本気であの数でやるなら何とかなる、か……)
今セ・エプリクファの軍勢の頭上に浮かぶ魔鳥は、マトルトークの上空を埋め尽くした程の数はいない。それでも十分多いが、五百羽かそこらといった所だろう。
――そして、太陽が頂点に登って、午後零時の時を時計の針が指し――
風精霊の笛と呼ばれる、音を広範囲に届ける呪具の音色が響き渡った。兵の士気の事を考慮して、安価な雷鳴羊の角笛でなく、こちらが用意されたのだ。




