第13話 荊州の暗雲と、交錯する義子たち
博望坡の勝利は、新野に束の間の希望をもたらした。だが、システム全体の状況を見れば、事態は破局に向かって加速していた。
劉備のいる新野のある荊州、その州牧、劉表の病状が悪化。それに伴い、後継者を巡る社内政治――いや、泥沼の権力闘争が表面化していた。
新野の政庁。軍議が終わった後、俺――高衛(叔誠)は、関平殿と並んで回廊を歩いていた。劉封様は劉備様と密談中だ。
「叔誠殿、聞いたか。襄陽では、蔡瑁らが劉琮様を担いで、長男の劉琦様を排除しようと動いているらしい」
関平殿の顔には、隠しきれない不快感が浮かんでいた。義を重んじる彼にとって、病床の主君を蔑ろにする権力争いは耐え難いのだろう。
「蔡瑁……。荊州軍の権限を握る、巨大な管理者ですね」
俺は脳内の知識を検索する。
蔡瑁は曹操への降伏を画策している。そして劉琮は、その神輿に過ぎない。
「あの方々は、血筋こそがすべてだと信じている。劉琦様が嫡男であるにもかかわらず、自分たちの都合の良い劉琮様を立てようとする。……おぞましいことだ」
「……血筋、ですか」
俺はその言葉に、胃のあたりが重くなるのを感じた。関平殿は気づいていない。今彼が否定している「血筋による排除」が、遠くない未来、彼自身の父である関羽殿によって、劉封様に対して行われるロジックと同じであることを。
「関平殿。……もし、劉備様に実のお子(劉禅)が生まれたら、劉封様はどうなると思われますか?」
俺は、博望坡で交わした会話の続きを、少しだけ踏み込んで投げた。関平は立ち止まり、真っ直ぐに俺を見た。
「叔誠殿、それは蔡瑁らと同じ考えだ。父上(劉備)が一度子としたからには、義理の絆は実の親子に勝る。私も、劉封殿も、劉備家の一員として支え続けるだけだ」
その言葉に嘘はない。だが、その背後から「やあ、若手二人で熱心なことだ」と、のんびりした声が響いた。
振り返ると、そこにいたのは廖化だった。
「関平殿、叔誠殿。軍師殿がお呼びだ。襄陽の情勢について、我ら若手にも指示があるそうだ」
「廖化殿。……軍師殿が?」
俺の脳裏に、あの涼やかな瞳をした諸葛孔明の顔が浮かぶ。
孔明は、蔡瑁たちの動きを「曹操軍南下の予兆」として計算に入れているはずだ。
そして、劉備軍が生き残るため、劉琦を江夏へ逃がし、リソースを分散させる策を練っている頃だろう。
「……行きましょう。」
俺は関平殿に促した。
蔡瑁という利己的な権力者。劉琮という意志を持たぬ後継者。
彼らが生み出すバグは、やがて劉備軍を、そして劉封様を、歴史の激流へと叩き落としていく。
(劉琮様のような、流されるだけの駒にはさせない)
俺は拳を握り、主君がいるであろう奥の広間へと急いだ。
博望坡の炎は消えたが、俺たちの前には、より熱く、より冷徹な「長坂坡」という地獄の炎が待ち構えていた。




