終
連が聖女となってから既に何十年も経った。連の見た目は異世界に初めてきた日から何一つ変わっていなかった。
魔女がそうであるように、聖女もまた見た目が変わらない。世界はそれを尊い事として扱う。聖女は世界を救う存在としてずっといないといけないんだ。
「聖女様、こちらが今年の魔女による被害です」
国の大臣から資料を渡された。
聖女の仕事は段々と増えていて、今では国の中枢に立つ立場にまでなったのだ。
連は既に人間の国の事を誰よりも見せられて、誰よりも知るようにされたから。
今目の前にある魔女の被害を記した資料は何度も見ている。魔女がいかにこの世界の癌であるかを知らしめる内容。
連は魔女が生気を吸うのは触れたものだけだと思っていたが、実際は存在しているだけで段々とその力が世界を侵食していたらしい。連が最初に救った村がなぜ枯れていたのか。
それは魔女の意思ではなかったが、魔女が存在して事が理由で枯れたのだと。
魔女がいる限り、世界はいつか枯れてしまうという。そんな時に現れた連は誰の目から見ても救世主だった。
連も自分の役目を理解した。連がこの世界を救う理由は魔女を苦しめないため。
魔女が何かを終わらせる度に連がそれを治せば無理に魔女を探して殺そうとすることもないだろう。
聖女としての生活は不思議だ。
ただ力を使うだけで立派な家に住み、贅沢な物を食べ、人に頼られ敬われ、それでいて何も満たされない。
どれだけ生きても魔女との一年の暮らしの中にあった幸せに届かない。
連はたまに夢見る。家族といた頃の生活、魔女と暮らした時の事。そのどれもが愛おしい記憶で、それを見る度にそれを塗りつぶした忌まわしい存在を恨んだ。
◇
ある日、聖女様にこの世界にとってとても素晴らしい報告が入りました。
──悪しき魔女は死んだ、と。
「は」
いつも通りの日常を送る私に、入ったその言葉はあまりにも残酷だった。
「なぜ、いえ。どういうことですか」
平静を少しでも取り繕って私は聖女としてそう談笑していた国の兵士に聞いた。
彼らは笑顔で話してくれた。
理由は分からないが魔女は顔を隠してこの街に来ていたらしい。そしてたまたま彼女の前に果実が転がり、それが瞬時に枯れたことでその正体が魔女であることは見破られた。
「それから、どうしたの」
兵士は言った。捕らえて、処刑台に乗せた。
「どうやって」
不思議だった。彼女に触れれば人間は簡単に死ぬ。物だって、枯れてしまう。槍でついたって、意味が無い。彼女が世界から奪って得た生命力が傷をすぐさま治す。逃げだそうとすれば、それは簡単な事のはずだ。
では彼女をどうやって捕らえたのか。答えは一つ。魔女が自ら捕まった。
「魔女は死んだの」
それでも、死んだのが認められない。
兵士は言った。魔女は火炙りで処されたと。
「──っ! 嘘」
嘘だ。なんで。
「なんで殺したの。魔女は抵抗しなかったでしょ」
魔女は火炙りで死ぬ。
それ以外で死なない。
炎だけが魔女を殺すことができる。
例え絞首刑であろうと、水責めであろうと、斬首であろうと、魔女は死ぬことはない。
その無限とも言える生命力を奪うことができるのは、炎だけなのだ。
炎は、生命を燃やす。生きる者から生命力を燃やして殺す。例えそれが生命力が無限に近い魔女であろうといずれ炎は燃やし尽くしてしまう。燃え尽きるまで、魔女は抵抗しなかった。
私はその場を逃げた。現実から目を背けるように、私は用意された自分の部屋のベッドの中で泣いてしまった。
それが、何より情けない。魔女はずっと一人で、苦しんで、誰もに恨まれなから死んで行ったのに、こうして居場所をつくり、彼女を見捨てた私が泣くことが。
私は逃げた。本当は死ぬことが怖くて、だからクレイと会おうともしなかった。
クレイが傷つけられたくなかったから会いに行かなかったんじゃない。私は、怖かった。
魔女に会いに行くことで人間に恨まれることが、もしかしたら殺されるかもしれないことが怖かった。
「ごめんなさい」
本当に大好きだったの。クレイの事を忘れたことは無い。でも、私は逃げてしまった。
この罪は、償えない。クレイと会うことも許しを乞う事も私にはできない。
呆然と、ただ呆然と日々が過ぎていった。
私がクレイの死を聞いて起こした行動を誰も咎めはしなかった。その必要は無かった。
償う方法なんて無く、ただ聖女としてのやるべき事をやらなくてはならない。
でも、もうこの世界を守る理由が私は分からない。この世界にクレイはいないんだから。
皆酷いよね。クレイが死んだのにその事を喜んじゃってさ。誰もクレイのこと理解してあげられなくて。
そんな、酷い世界で私聞いちゃったの。
懺悔が行われた。
「私は罪を犯しました。私は抵抗をしない者に石を投げました」
──誰に?
「炎に炙られる魔女に私たちは石を投げました」
──クレイに。
「私達の罪を、どうか許してください」
それはきっと、兵士だった。あの日に私がクレイと何か特別な関係にあることに気づいたから、私に許しを乞いているのだ。
私は──
「許しません」
許さない。石を投げたと言った。クレイに石を投げたと。
だって、許されないよ。クレイが本当に邪悪だったら人間なんてとっくの昔に滅んでたのに、あんなに酷いことされてもずっと一人で生きてた子に何もしない時に石を投げたなんて。
こんな世界、許されちゃいけないから。
私はこの世界を断罪する。
◇
手始めに、私は世界の王様になった。
私は誰よりも長く生きることができて、世界を救っていて、知っている。その資格があって、だから皆が私を認めた。
愚かだね。
「私は新しい命を認めません」
これ以上は必要ないと思った。私は幸せを奪うことにした。最初に拒んだのは前の王だった。私を独裁者だと言い、玉座を奪おうとした。
「私は独裁者です。そうあれる、力があります。本来死んでいた貴方達を生かすことが私が与える慈悲であり、幸せな暮らしも約束する。これ以上を求めることは許しません」
本当に、なんて愚かなんだろう。
この元王は抵抗するために軍を向けて戦争を起こし、私を殺そうとした。
前々から不思議だった。なぜ権力だけの人間がそうも傍若無人に振る舞えるのか。
この振る舞いが恨みを買うと思わないのかな。すごい自信だ。
どれだけ偉い人で権力があって、兵器を持ってても普通の人間は急に刃物で刺されるだけで死んでしまうのに。
元王は沢山の人を殺した。そして、最後は傍にいた人に殺されたらしい。
自由を謳って、沢山の人から自由を奪う。
最低な人だった。
でも、無駄な争いをする人はあの人のあとは出てこなかった。だって私は死ななかったから。死ぬことは無いし、仮に死んでもこの世界が滅ぶ程に、世界の成り立ちは聖女に依存している。
世界は着々と人が減ってきている。
新しい生命が繋がれる事を私は認めてないから。他の動物はどうするつもりも無かったけど、勝手に減った。
人間が減ったことで、不必要な割合が増えてその分、邪魔になる生物は狩られた。
元々人間は世界を独裁していた。
「聖女様は魔女とどのような関係だったのですか」
そう聞かれたのは今はもう老いた元大臣だった。彼は気になっている様なので私は彼女との関係を教えてあげることにした。
どうせなら、最初から全部、私が異世界から来たこと、クレイと私の生涯について知る限り。
「──そう、ですか」
元大臣は深く追求することはなかった。
静かに聞いてくれた。
「ねぇ、私がしてる事が貴方は憎い?貴方の大切な娘に子供を産む権利を与えなかった私が」
「……いいえ。聖女様がいなければ元々産まれなかった命故。憎む事など、できません」
「そう」
元大臣との会話はそれが最後、彼は寿命で人生を終えた。
彼がまだ小さい頃に出会って、彼が大臣になってからは長い間一緒にいた。そんな彼に感謝されても、私は酷く虚しかった。
◇
遂に世界から人はいなくなった。
私が何もしなければ勝手にこの世界は滅びる。
最後に懺悔をしようと思う。
クレイの被害を書いた今までの歴史、全てに目を通して私の中で生まれた仮説。
たった一年、魔女による被害が何も無かった年があった。私がクレイと一緒にいた一年。
その間は何も被害が無かったと。
私の本当の役目はきっと魔女と、クレイと一緒にいる事だったのだ。
本当は一人ぼっちだったはずのクレイを一人にしない為に私はこの世界に来た。
私の生命力は無限にある。老いる事も、殺される事も無い程に。だから私はクレイに触れることも出来たはずだ。
私だけが、クレイを抱きしめて、その後に枯れることなく彼女に笑いかけてあげられた。
全てが終わった後に気づくにはあまりにも悲しい事だ。こうして一人になるくらいなら一緒にいた上で、それで死にたかった。
でも一緒にいなかったのは私の罪。
だから私はクレイに懺悔するよ。
神様に許されたって意味ないから。
どうか、またクレイに会いたい。輪廻が廻っていつか違う世界で会えたのならその時は一緒にいてどうか抱きしめさせてください。
さようなら。
──異世界の聖女より。




