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エピローグ 終了・日常にて③

 さて、とアーネストさんは腕時計へと視線を移す。


「もうそろそろ来る時間か」


 何のことを言っているのだろう。

 来るって、誰が?


「おまえに会いたいって人がいるんだが、今すぐでも大丈夫か?」


 そうアーネストさんは訊く。


「ええ、大丈夫ですけど。わたしに会いたい人って誰です?」

「それは来てからのお楽しみだ」


 すると、まるで事前に打ち合わせしたかのようにこんこんと扉をノックする音が響いた。


「入っていいぞ」


 とアーネストさんは扉の外にいる人が誰だかわかっているかのように返事をする。

「失礼します」と声がした後、スライド式の扉が開く。

 そこに立っていたのは二人の女の子。

 そして、わたしの側までやってくる。

 一人はレンちゃん。

 一人はニコルちゃん。

 二人ともわたしの大切な友達だ。


 ――けど。

 わたしはこの二人に何て言えばいいのだろう。

 特にわたしが剣を振るう姿を見たレンちゃんには言葉が見つからない。

 心の準備ができていない。

 大丈夫とは言ったものの、この二人が来ることは考えていなかった。

 本気でこの場所から逃げ出したくなった。

 わたしは迷う。


「――わ、わたしは………」


 目を合わせられない。

 困っているわたしにアーネストさんが耳打ちしてきた。ぼそっと一言「魔術世界の原則。一般人に魔術を知られた場合、直ちに記憶の処理を行うこと。それが彼女にも適用されている」と。

 ということは、わたしが死神と戦う瞬間は覚えていないということ、か?


「ティアちゃん」


 例えそうだったとしても、レンちゃんのその呼びかけに笑顔で応えることができなかった。

 結局のところ、わたしはレンちゃんを傷つけてしまったようなものだ。会わせる顔がない。

 それでも、レンちゃんはわたしの気持ちなんて関係なく駆け寄ってきて、わたしに抱き付く。


「ティアちゃん。よかった。生きてた」


 涙混じりなその声に困惑する。

 次第に声を上げて泣いてしまった。


「ちょっと、どうしたの? なんで泣いてるの?」


 口を閉ざしかけたわたしが嫌でも声をかけたくなるような行動。いい意味でこの娘は空気が読めないでいる。

 レンちゃんをなだめるわたしにニコルちゃんが教えてくれた。


「こいつはティアがこんな状態になってしまった原因が自分にあると思ってるんだ」

「なんでそんなこと」

「自分が余計なことに首を突っ込んだせいでおまえまで巻き込んでしまったって」

「そうなの、レンちゃん」


 とわたしの傍らでうずくまって泣いてる少女に質問する。

 するとこくり、と小さく頷いた。


「いいよ。わたしは気にしてないから」

「本当に?」

「ほんと……いや、ちょっとは気にしてるかな」


 と頬を掻く。


「ごめんね、ティアちゃん」


 そう言うと、またレンちゃんはまた黙りこんでしまった。ニコルちゃんは小さく嘆息する。


「まあ、レンも今回の事件で懲りただろう。もうこんな無茶で無謀なことはしないだろうさ」


 そう微笑んで言った。わたしとレンちゃん、二人の友人が回復したこともあってか、以前のような重い表情は微塵も感じられない。そんなニコルちゃんの笑顔はなんだか久しぶりに見た気がする。


「レン。もういいだろ。いい加減にティアから離れろ」


 そう言って無理矢理わたしからレンちゃんを引き剥がす姿はまるで保護者のようだった。そしてニコルちゃんはレンちゃんの肩をぽん、と軽く叩く。


「ほら、ティアが起きたら言いたいことがあったんだろ」


 レンちゃんは目に溜まった涙を拭き取ると「そうだったね」とニコルちゃんに目を合わせて言う。


「でも、ニコルちゃんも一緒に、だよ」

「分かっているよ」


 そう言い合いこちらに向く。

 一体なにをするつもりかと訝しむが、すぐにあることに思い当たった。

 まさかあれを言うつもりか?


「ティアちゃん」

「ティア」


 二人の間に「せーの」という掛け声が聞こえた気がした。

 そして同時に言う。



「おかえりなさい」



 いつ崩れだしてしまってもおかしくない。

 いつ終わっても不思議ではない。

 そんな酷く脆いこの日常。

 でもそこには待ってくれている人がいる。

 わたしのために泣いてくれる人がいる。

 わたしを信じてくれる人がいる。

 その言葉を聞いた瞬間、そんな日常をわたしは守ることができたのだと実感できた。

 だから、大切で愛すべき友達にわたしは言わなければならないことがある。

 返すべき言葉がある。

 それはごく単純なものだった。

 まして深く考えこむようなものでもなかった。

 わたしは微笑む。



「ただいま。レンちゃん、ニコルちゃん」



 多くの人と接する以上、少なからず危険性が出てくる。それでも学校に通いたかった理由は何か。

 それは、こんな明るく眩しい世界にずっと、ずっと、憧れていたからだ。

 こんな生活が長く続く可能性はきわめて低い、というアーネストさんの話が編入前にあった。

 確かにそうだ。もしこの事件で一歩間違えていれば、わたしはここに帰ってこれなかっただろう。もしかしたらそれ以上に酷い結末だったかもしれない。

 だから、これから先、今までのような学園生活が続いてくれるかどうか疑わしくなる。


 それでも。

 贅沢だと言われても構わない。

 愚か者だと言われても構わない。

 こんな奇跡のような生活が、レンちゃんやニコルちゃんとの笑って過ごせる日常が、これから先もずっと続いてほしい。

 それがわたしの一番の願いだ。




 人形の夢世界 ~箱庭の少女と死神の影~ 終わり

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