第7話 決戦・大講堂の死闘②
事前に立ち寄った保険室。
そこにはニコルちゃんがいた。
「ニコルちゃん」
予想していなかっただけについ口に出てしまう。
「ティアか」
それに気がついたニコルちゃんはわたしの名前を言った。その表情には力がない。少し目が赤くなっている気もする。もしかしたら今まで泣いていたのかもしれない。
「ニコルちゃん。ごめん。わたし、何もできなかった」
わたしは側にいながら、能力者でありながら、何もできなかった。
「いいよ、謝らなくても。それよりそんなところで立ってずにこっちに来て座れよ」
手招きするニコルちゃん。
ベッドに向かって静かに歩く。それでもこの部屋には靴の音が響いた。
カツン、カツン、と。
途中で椅子を拾い、ニコルちゃんの隣に置いて座る。
レンちゃんは静かに眠っている。死んだように、眠っている。
わたしが何も言い出せずに黙っているとニコルちゃんのほうから話してきた。
「たしかにさ、もしもの話であんたが原因でレンがこんな目にあったのなら責任を感じるのは分かる。けど、違うんだろ。おまえはレンを助けようとしたんだろ? それなら、その考えは間違ってるよ。それに、あたしの忠告を無視して外に出ていったレンもやっぱり、悪かったんだ」
――運が、悪かったんだ。
それはいつものような活気のある声ではない。
この時、ニコルちゃんはどんな思いだったのだろう。わたしを憎んでいるかもしれない。大切な友達が襲われたら、直接関係してなくともそれを誰かのせいに、近くにいた人のせいにしたくもなるだろう。
それを抑えているのだとすれば、ニコルちゃんはやっぱり凄かった。
「ニコルちゃん……」
何かを言おうとするが、そこで止まってしまう。
なんて声をかけたらいい。
この場に相応しい言葉が見つからない。
ニコルちゃんは微笑する。
「はは、つい昨日まではさ、自分の住んでる街で起きてる事件だっていうのにまるで他人事のように考えてた。でも、いざ自分の友達が被害に会うとこれだ。認識の甘さってやつ? 本当にどうしようもないよ」
それから、お互い何も話さずに時間が過ぎていった。ほんの数秒間だっただろうが、とても長く感じた。
「ニコルちゃん」
ようやく口を開き、静かに隣の友人に声をかける。
「何?」
わたしにはどうしても聞いておきたいことが一つあった。
「レンちゃんはなんで夜遅くに外に出歩いていたのかな。陽が落ちてからは外出を禁止されている。ニコルちゃんはレンちゃんに外に出ないよう忠告していたんだよね。それでも外に出ていってしまった。これってなんでなのかな。わたしにはレンちゃんが友達の忠告を簡単に無視するような人だったとは思えないよ。そうまでしてやらなければならないことが何かあったのかな。何でもいい。何か知ってることがあれば教えてほしい」
レンちゃんと一緒に話をしたり、遊んだりしていてとても楽しいと思っている。
だけど時折わからなくなる。この娘の在り方というモノが。
レンちゃんと初めてあった時からそうだった。
四月の中頃。わたしはレンちゃんという人物が何であるか理解できたかのように思えた。彼女の意外な行動力がわたしの励みになった時もあった。
でも違ったんだ。彼女はわたしのように異能をもって産まれたわけでもない。アーネストさんのような魔術師でもない。
こんなに無力で、こんなに非力で、あまりにも普通な人間がどうしてここまでできるのか。危険だと知りながらどうして調べようとしたのか。この娘は一体何を考えているのか。
ニコルちゃんは迷い、そして話し始める。
「レンについて知ってることか。そうだな、おまえになら話してもいいかな。レンもたぶん、許してくれるだろ」
そうして、ニコルちゃんは身体ごとこちらを向いた。昔話でもしよう、と。
「あたしってさ、昔はもっとやんちゃな奴だったんだ。昔って言っても中等部の時なんだけど。そんときにどんなことやってたかはティアの想像に任せるとして、何度も先生に呼び出しくらったりしてたんだ。けっこう意外だろ?」
「……まあ、それなりに」
見かけだけで判断するのは別として、今現在の部活に専念してたりそれなりに勉強を頑張ったりしてる姿だけを見てきたわたしにとってはまあ、それなりに意外だった。
「でも、何でそんなことを今? レンちゃんと関係ない気がするけれど」
「別に関係ない話ってわけじゃないよ。それじゃあティア、おまえはあたしを今のように更正させた奴は一体どこの誰だと思う?」
「さあ、わからない。親御さん? それとも担任の先生とか?」
ニコルちゃんは静かに寝ているレンちゃんに視線を移し頭を撫でる。
「――こいつなんだよ」
「……」
声には出さなかったけど素直に驚いた。こっちのほうが意外だった。
でも、それも有り得るのか。
「あたしとレンはまあ幼馴染みってやつ? そんな感じ。小学生の頃もずっと仲良くしててさ、そんなこともあったから余計にあたしのことを放っておけなかったんだと思う。いや、レンは多分あたしとそんな関係でなかったとしても同じ事をしてたと思うけど……」
再びニコルちゃんはわたしに視線を戻す。
で、レンがまた暴走したのは最近だと今年の四月だな。あの時なんかはそりゃ酷かった、と少し前のことを懐かしむニコルちゃん。
「何だかよく分からない奴が転入してきてさ。なんて言うんだろ、ああいうの。薄情? 無愛想? 見た目は凄く可愛いかったけど、とにかくあたしは絶対にあいつとは気が合わないって思ったほどの奴がいたんだ。そいつに何度も突っかかっていったレンを見て、もう呆れて何も言えないくらいだった」
へえ、そんな人がこの学園にいるのか。
四月に転入してきた生徒。
薄情、そして無愛想。
一度顔を見てみたい。
…………。
惚けてみたが、当然わたしのことである。
まあ、おまえのことなんだけどな、と付け加えてニコルちゃんは微笑んだ。その笑みが無理をしてなのはすぐにわかった。
「何が言いたいかっていうと、こいつは自分の身近にいる道を外れそうになった人や、何かに困ってる人に対して見て見ぬ振りのできない、放っておけない、そんな困った性格の奴なんだ。こうなった原因まではあたしの口からは言えないけど。これだけは絶対に。レンとの約束だから」
レンちゃんは昔から友人のためには自分の身も顧みず行動する、と言う。
それは、どうなんだろう。
作り物の話の中では、それは良いことなのかもしれない。でも、ここは紛れもなく現実。作り物の世界じゃない。そんな考えを持っていてはいつか壊れてしまう。
心も、身体も。
もし分かってやっているのだとすれば、それは異常としか言えない。
そんなことを今まで何度も繰り返してきたと。
それじゃあまさか――
「まさか今回もそれで?」
今回レンちゃんが調べていたのは自分の好奇心を満たすためではない。
自分のためでなく友人のためだとすると。
「その通り。聞いた話なんだけど、この事件の一つ前の被害者……」
ニコルちゃんは少しいいよどむ。言ってしまってもいいのだろうか、というように。
「レンの知り合いだったんだ」
他の学校の生徒なんだけどな、とだけ付け加える。
「あ……」
そうだったのか。
だから、それで一人で調べていたっていうのか?
わたしの時と同じように無茶をして。
でも、それはしょうがないことなのか。
危険だと頭では分かっていたとしても、まさか命に関わるなんて誰も予想できない。まして魔術なんて非現実的な存在があるなんて誰も予想できるはずがない。
「これが今回レンが動いていた理由だ。レンは自分の身近な人を助けたかっただけなんだ。だとしても、本当に馬鹿だよ、こいつは」
ニコルちゃんは言った。
レンちゃんは本当に、馬鹿だ。
わたしは呟く。「一度でも相談するくらいのことしてくれればよかったのに」と。
いくらでも話を聞いたのに。
いくらでも力になったのに。
「レン、ずっとこのままなのかな」
ニコルちゃんが言う。
「こういう時には思ってしまうんだ。どこからか正義の味方がやって来て事件をあっという間に解決してくれればいいのになって。そりゃ、他人任せで無責任な考え方ってのは分かってる。けど、自分だけではどうすることもできないから」
誰でもいいんだ。誰かレンを助けてほしい。
そうニコルちゃんは続けた。
少しばかりの沈黙が空間を支配する。
わたしはどう答えればいいのか。
慰める方法なんてわたしは知らない。
だから、その支配を断ち切るようにこう言った。
静かに、呟くように、
「――正義の味方はきっと現れてくれるよ」
「何、言ってるんだよ?」
もちろんニコルちゃんには全く意味が分からなかっただろう。
「気にしないで。これも、ただの願望だから」
わたしにはやっぱりレンちゃんの考えが理解できなかった。
それでも――それでも、レンちゃんが大切な友達であることに変わりはない。
だから今回はレンちゃんの想いを引き継いでもいいかな、と思った。
あくまでわたし自身の問題を解決するついでだ。
「じゃあ、わたしはもう行くよ」
立ち上がりを椅子を元の場所に戻す。
「そうか」
ニコルちゃんは言う。
扉に向かいゆっくり歩く。
靴の音は聞こえなかった。
少し間を開けて「一人で大丈夫か?」と尋ねられた。おそらく寮まで一人で大丈夫か? という意味だったのだろう。
だけれど、わたしの中で勝手に一人で魔術師の所に行って大丈夫か? という意味に変換した。
そのほうが俄然やる気が出てくるってもんだ。
振り向かず、ニコルちゃんに対して背を向けながら言う。
「大丈夫。ニコルちゃん……それにレンちゃんの所にわたしは絶対に帰ってくるから」
ニコルちゃんは変な表現だな、と微笑した。
「帰ってくる、か。それじゃここは、いってらっしゃい、かな」
わたしは当然のようにこう返す。
「うん。いってきます、だね」
これが別れの言葉になる可能性があるとは考えずに。
必ず帰るという決意のもと、保健室の扉を静かに閉めた。




