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第6話 決別・絶望の淵へ⑦

 何故か髪の色は違ったが間違いない。その声その顔は確かにわたしの知っているロイドくんの物だった。

 ロイドくんは雨だというのに傘を差さずに立っている。しかし、その身体が濡れることはなかった。雨がまるでその身体を避けているかのように地面に落ちていく。


「ああ、そうだ。命拾いしたな。もし俺が止めていなければ今頃その女と同じ状態になっていただろう」


 と冷静な口調でそう言った。


「ねえ、ロイドくん。そこで何してるの?」


 その問いにロイドくんは何も答えず、ただわたしを見下すだけ。


「ロイドくん、危ないよ。早く離れないと死神が」


 そんなわたしの言葉にロイドくんは呆れたのか溜め息を吐く。


「おまえは何を言ってるんだ。いい加減に現実を見ろ。おまえが追ってきた死神の魔術師はこの俺だ。そして、人々の魂を奪ってきたのもこの俺だ」

「そんなの嫌だよ。嘘だと言ってよ」


 信じたくなかった。

 彼はわたしと一緒に死神と闘った。わたしと一緒に死神の魔術師を探した。そして彼は死神からわたしを守ってくれた。

 そんなロイドくんをわたしの真の敵だとは思いたくなかった。

 わたしの前から消えた時からも、ずっと――

 正体を予想できたあとでも、ずっと――

 真実から目を逸らそうとしていた。


「嘘じゃないさ。おまえの目に映る光景こそ、おまえの求めていた解答だ」

「それじゃあ、ロイドくんは今までわたしを騙してたってこと?」

「ああ、そう言うことになるな。だが仕方のないことだ」

「仕方がないって何なの? いったい何が目的なの? 何故レンちゃんを襲ったの?」


 声は震えていた。この状況に恐怖していた。

 自分の愚かさに。あのロイドくんが敵に回ったことに。

 そして、レンちゃんを守れなかった弱さに。

 それでもわたしは動かなくなったレンちゃんを庇うように抱き締め、必死にロイドくんに対峙する。


「ロイドくんがどのような考えで動いているのか知らないけど、魂を奪うのはレンちゃんじゃなくてもよかったでしょ。この時間、わたしとレンちゃんはほとんど同じ場所にいた。それなら、この事件を調べていたわたしでも、ロイドくんのことを知っているわたしでもよかったじゃない」


 ロイドくんは静かに首を横に振る。


「それは無理だ」

「どうして?」

「おまえは魔術師ではなく能力者だ。俺の計画を言うつもりは毛頭ないが、一つだけ答えるならば現段階で儀式に異能の力を混ぜるわけにはいかないんだ。魔術とは異なる力が混ざると儀式の準備に影響が出る。それだけは避けたかった。だから死神に襲わせることを止めた。あの広場での闘いで暴走した死神からおまえを庇ったのも同じ理由だ。旧校舎の入口では少し危なかったが、うまく避けてくれて助かったよ」


 ロイドくんは口を歪める。

 ぐっと歯を噛み締めた。もし、わたしがあの時に死神の手にかけられていたのなら……。

 いや、ロイドくんの言い様からしてそれは無駄な行為だっただろう。おそらく儀式の遅延が関の山だ。

 わたしは何も言い返せなかった。

 ロイドくんは続ける。


「それに見ただろ? 旧校舎のあの黒い靄。あれはおまえという邪魔者を起動したばかりの不安定な状態にある儀式場に近付けさせないために張った結界だ。まさか最後に必要な能力者がこの学園の生徒だったなんてな。ここに来て初めて知ったよ。だが、それだけではそこで倒れている女子生徒を襲った理由として納得してくれないだろう」


 そこで、と逆に訊ねられた。


「この娘は何故こんな時間にあの場所にいたんだろうな。何故ひとりでここまで来ようとしたんだろうな。おまえも薄々勘づいているはずだ」


 それは……

 わたしはレンちゃんがこの事件に巻き込まれてしまったのかと思っていた。だから寮に帰って来なかったことで、もしかすると旧校舎で何かしようとしていたのかと。

 誰にも行き先を告げずに、ひとりで。

 でも違った。死神に襲われた。

 じゃあ何故?

 こんな時間に?


「――そうか……」


 ひとつだけ思い浮かんだ。


「まさか、レンちゃんも事件を調べてたって言うの?」


 その言葉に目の前の男はふっと静かに微笑する。


「その通りだ」

「でも、レンちゃんは魔術なんて知らないはず」

「だろうな。この女子生徒自身からは全く魔力を感じなかった。それにおまえの言うことが真実なら魔術の存在自体知らないのだろう。だとすると、なかなかに恐ろしい奴だ。彼女は死神を介して魔力を吸収させた礼装を俺が回収する前に見つけ出し持ち去った。これでまた一つピースが繋がったのだろう。魔術の知識なしでここまでたどり着いたのだから、恐ろしいとしか言い様がない。ただ、魔術の世界と全く関係のない者だったが故に本来なら彼女のことは放っておいてよかった。しかし彼女は俺の計画にあまりにも近付き過ぎた。放っておけばそのうち魔術の存在、そして街中で騒がれている事件の真相を知られていたかもしれない。だからそうなる前に始末した」

「――ふざけないでッ!」


 気がつけばレンちゃんを地面に寝かし、ロイドくんの目の前まで詰め寄り首に短剣を当てていた。

 あとは腕を引くだけで――


「怖いことをする。そんなに怒る必要はないだろ。醜い魔術の世界を知る前に、幸せな一般人として昏睡させてやったんだ。ここはむしろ俺に感謝するべきじゃないのか」


 この状況でもロイドくんは余裕な口調を崩すことはなかった。


「頭がどうかしている。他にいくらでも方法はあったはずでしょ。今すぐレンちゃんを、皆を元に戻して!」

「それは無理な相談だな。俺は今さらこの計画を中止することはできない」


 そう言ってロイドくんは短剣を持つ腕を掴む。それに反応できなかった。

 全く自分の意思で動かせない。痛い。思い切り力を入れてもびくともしない。

 ロイドくんはわたしの腕を軽々と押し返す。その力で後ろによろけてしまい数歩だけ後退してしまった。

 今ならわたしを倒すことなど造作もなかったはずだった。しかし、ロイドくんはそうしなかった。


「今ここでおまえとやり合うつもりはない。俺はあくまで最後の魔石を回収しに来ただけなのだから。だが、本当に眠っている者たちを助けたいというのなら相手にはなろう。もちろん旧校舎の講堂だ。ただし来れればの話だがな。儀式が始まるまでは待ってやる。その時までは逃げも隠れもしない」


 ロイドくんは踵を返し立ち去ろうとする。


「だが、まだ魔力が少し足りないのでな。もしかしたらあと一人は襲うかもな。――そうだな。儀式開始までにお前が来なかった、またはおまえが俺に挑んできたとして、その結果俺が勝利したなら……」


 こちらに振り返ったロイドくんの口がにやりと歪む。


「おまえと一緒にいるもう一人の親友ってのを標的にしてやろう」


 そう言ってからははは、と微笑するロイドくん。

 わたしは初めてロイドくんの微笑みが悪魔のそれに見えた。

 はっと息を飲み嫌な汗が流れる。

 この場から去っていくロイドくんに「待って!」と叫び、肩を掴もうとするも、手がその肩に触れることはなくただすり抜けるだけだった。死神と同じように。

 ロイドくんはついに煙のように消え去った。

 何もできなかった。

 全身の力が抜け体が崩れ落ちる。

 雨の降る電灯の下、残ったのはわたしと動かなくなったレンちゃんだけだった。

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