第378話 流技
舞い上がる大量の砂。ガレスの視界には目の前にいるアレッサしか映らず、頭上にいるはずのノンすら見失ってしまいました。
「何が目的だ!」
「当ててみろよ!」
ノンの目的は視界を奪うこと。それはわかりましたが目の前の魔法使いを無視するわけにもいきません。とにかく、この場から離れるために彼女へと再び拳を振るいました。
「ッ!」
ですが、先ほどと同じように水が弾ける音と共にガレスの拳は彼女のすぐ横を通り過ぎてしまい、何故か当てられません。いえ、二度の攻防で彼はやっとそのカラクリに気づきました。
「ちっ、器用なことしやがる!」
アレッサの腕に渦巻く水流。その回転は左が反時計回り、右が時計回り。その状態で迫る拳に側面から腕を当てたらどうなるか。そう、その水流に拳が乗り、外側へと流されてしまうのです。
もちろん、ガレスの拳は音速を超えるほどの速度で放たれるため、目で捉えることができず、的確に腕を当てるなど不可能に近いでしょう。更に拳の勢いに水流が負け、強引に突破することだってありえます。
ですが、ガレスの拳は二度も後ろへ流された。偶然、などと言うつもりはありません。アレッサは音速を超える拳を完璧に見切り、ドンピシャで腕を当てて水流に拳を乗せて後ろへ流しているのです。
こんな曲芸染みた荒業を成功させたのはノンと出会ってから彼から魔力循環を使って特定の部位を強化する技術を学んでいたこと。そして、なにより――。
「そりゃ近くに受け流すのが上手い弟子がいりゃ私だって上手くなるってもんだ!」
――防御に関して舌を巻くほどの技量を持つノンの相手をずっとしていたからです。
彼女は組手で何度も己の拳を流され続けていました。結局、我慢できなくなって喧嘩殺法魔法を使い、強引に勝負を終わらせていましたが魔法抜きにした組手ではもう長いこと、彼に拳を当てられていません。
そんなノンと戦い続けていたからこそ、彼女も受け流すコツを本能的に掴みかけていたのです。そして、格上である獣王との戦いでそれを掴み、喧嘩殺法魔法との組み合わせにより、音速の拳を流すことができました。
名を付けるなら――流技。相手の攻撃をいなすことに特化した異質な技術。まさにノンとアレッサ、二人で作り上げた防御術です。
「さぁ、いくらでも殴ってこいよ、獣の王様よぉ。その度に、全部受け流してやっから」
「舐めるなッ!!」
アレッサの挑発にガレスが絶叫し、丸太のように太い右腕を引いて殴りつけます。ですが、水が弾ける音と共に彼女の体の横を通り過ぎてしまいました。
しかし、今度はそれでは終わりません。右腕を戻しながら左腕を振るいます。もちろん、その腕もアレッサは腕を当てて後ろへと流しました。
「いつまで耐えられるか!」
そして、始まる乱打。ノンが巻き上げた大量の砂が落ちる中、ガレスは目にも止まらぬ速さで何度もアレッサへと拳を放ち続けます。
「ッ――」
一度でも当て損なったら即死。そんな極限状態にも関わらず、彼女は一切の動揺を見せずに彼の拳を後ろへ流します。
「ぐっ」
ですが、あくまでアレッサの曲芸は今しがた会得したばかりの荒業。数秒と経たない間に右腕を覆っていた水流がその形を保てなくなってしまいました。マズイ、とアレッサは悔しげに奥歯を噛み締めます。
「これで――」
「――≪影縫い≫」
今度こそ、捉えた。そう思ったガレスの思考を止めるかのように飛んできたのは闇色に染まった怪しい矢でした。
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