第372話 五月雨
時刻は深夜。そろそろ日付が変わりそうな頃、ノンは一人で真っ暗な密林に身を潜めていました。目に魔力を注ぎ、夜目の強化を施しているため、視界は確保できています。
「……」
作戦の時間までもう少し。闇ギルド組員たちは砂浜で焚火を囲んで酒盛りを始めました。きっと、毎晩のように酒を飲みながら船を待っているのでしょう。
(来た)
ジッと待っているとアレッサたちの魔力反応がゆっくりと近づいてくるのがわかりました。作戦が始まる。ノンは小さく息を吸い、もう一度、砂浜を見渡しますがやはり、身を隠せそうな場所はありません。
また、本日は雲一つない夜。月は空の上で白々しく輝き、平等に世界を照らしています。焚火を包帯で消しても目くらましにはならないでしょう。
「……」
重要なのは突入するタイミング。遅すぎても、早すぎても駄目。ここぞってところで飛び出し、小屋に飛び込んで捕まっている獣人を助け出す。
「ん? お、やっと来たか」
その時、酒を飲んでいた一人の男が海の方へ視線を向け、ため息交じりにそう呟きました。そこには一隻の旅客船。一か月前にこの入り江を出発した見覚えのある船。
しかし、乗っている人はまるっきり違います。
船首に立つ一人の男。波風によって耳と尻尾の毛が揺れていますが本人はそんなこと気にする様子もなく、その手に持つ弓に矢を静かに番えました。
「……おい、なんかおかしくないか?」
その男を見つけた誰かが立ち上がって周囲の人へ知らせます。しかし、その時にはすでに船の上に立つ男――グレイクは矢先を上へ向けていました。
「≪五月雨≫」
そして、そんな言葉を口にしながら矢を放ちます。上へ放たれたそれは山なりの軌道を描き、一瞬だけ輝きを放った途端、その数を増やしました。そう、グレイクの放った矢は分裂の強化が施されていたのです。
「なっ!? 敵襲!」
無数に増えた矢を見た闇ギルド組員たちは慌てた様子で立ち上がって逃げ始めました。しかし、酒を飲んでいたせいで初動が遅れ、降り注ぐ矢が次々と男たちへ突き刺さります。
「ッ!!」
今しかない。ノンは未だに矢が注ぐ砂浜へと一気に駆け出し、小屋を目指します。もちろん、グレイクの矢はノンにも襲いかかりますが包帯で的確に叩き落として無効化。姿勢を低くし、倒れ込んでくる男を避け、ほぼ減速しないまま、彼は小屋に辿り着きました。
(獣人たちは……いた!)
「な、なんだ……ごふっ!」
「てめ――ガっ」
小屋の中には数人の男と適当に寝かされている獣人たちがいました。即座に男たちを殴って気絶させた後、獣人たちへと駆け寄ります。
(五人……)
今回、誘拐された獣人の数は五人。全員が大人であり、男が四人、女が一人でした。女の獣人はともかく男の獣人は筋肉が発達しており、明らかに重そうです。魔力循環による肉体強化によって大人顔負けの身体能力を持つノンでも五人をまとめて運ぶのは少し難しそうでした。
「……よし」
しかし、ここに置いていく選択肢はありません。ノンは包帯を使って五人の獣人たちを保護した後、背中に背負って小屋を飛び出します。その頃にはグレイクの矢は全て砂浜に落ちており、ノンは真っすぐ船の方へと向かい――。
「――やっと見つけたぞッ!!」
密林の方から飛び出した一人の獣人がノンを睨みつけ、絶叫しました。
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