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第70話 神の住処

河内へ向かう台与たちの船とすれ違う木の国の大船――

棟梁の邑は賑やかだったが、危険がいっぱいだった。

そして、台与たちの前に荒ぶる神が現れる――


台与とルナ、金玄基とその家族を乗せた船は、大和川を遡っていた。

船頭は渡しの頭だ。頭はただ黙って船を漕いでいる。


アヤメはスミレとともに、森ノ宮に残っている。

タケノオの二人の子たちは、イワネに手を引かれ森ノ宮に戻った。

金玄基と同じ船には、乗っているのはカイとタケノオ……ハルエは河内の棟梁と同じ船に乗り、前方を行く。


「それでさ、ハルエさん!」

「あら、やだ!」


河内の棟梁の妻は赤子を抱きながら、楽しそうにハルエと話していた。

他愛もない会話が、時々、川風に乗って流れてくる。


金玄基は、河内の景色に目を泳がせていた。

カイとタケノオも同じように辺りを眺めていた。

だが、二人の眼光は鋭かった。

カイは時々、遠くを指差しながら呟いた。


「ああ……あの辺は流れの変わったとやね……」

「うーん……あぎゃん堤で大丈夫なとかいな?」


タケノオはカイが呟く度に無言で頷いていた。

その声が気になるのか、渡しの頭は時々ギロリと二人を見つめるのだった。


金玄基がそれに気づいた時、背中の方からルナの声がした。


「台与様、あれは木の国の船ですよ……」


振り返ると、海の方を指さすルナの姿があった。

その先には、大きく帆を膨らませて北へ向う、ひときわ大きな船があった。

やがて、川を往く船と、海を征く大船はすれ違った。

金玄基は、その船を見つめながら思った。


(木の国……狗奴国……似てるな……いや、でも違うな……)


台与は眼光鋭く、その船の行く先を見つめていた。


「木の彦尊がいます……どこへ向かうのでしょう?」


船はそのまま北へ進み、やがて森ノ宮の館が佇む台地へと姿を隠した。

誰もが視線を落とした。その時だった――



――ゴガガガガッ、ボゴォォォォン!



腹の底に響くような震動とともに、何かが激しく削られ、砕け散るような異音が辺りに響き渡った。

音のする方に目を向けると、森ノ宮から大勢の人が駆け出していくのが見えた。


台与は目を丸くして、森ノ宮の丘を見つめていた。

その隣のルナが細く笑んで囁いた。


「木の彦尊……『人の話を聞かない』という噂は本当のようですね……」


これが、金玄基が木の彦尊を知ることになる最初の出来事であった。


    ※


木の彦尊は、半壊した船首から、濡れた岸壁に悠然と飛び降りると、ひとりごちた。


「おのれ……服が濡れたではないか……」


その背後では、森ノ宮の男たちが総出で、海に投げ出された者を引き上げていた。

ある者は肩を貸されて這い上がり、またある者は浜に横たえられて、激しく海水を吐き出している。

惨憺たる有様であったが、主である男は一顧だにしない。


森ノ宮の長老は、木の彦尊の前に進み出た。


「彦尊、お怪我はございませぬか?幸い、お連れ様は皆、命に別状ござりませぬ……」


木の彦尊は、他人事のように小さく溜息をついた。


「……そうか。ならば良い。厄介になるぞ、長老」


短くそう言い捨てると、長老の横を風のようにすり抜け、さっさと森ノ宮の館へと歩いて行った。

その堂々たる後ろ姿を見送りながら、長老は深く、長い溜息を吐いた。


    ※


川を上る小舟の左手に、ひなびた小さな邑が見えてきた。

台与は邑を見つめながら、右手を差した。


「あちらが棟梁さんの邑です。船で行き来できるのも、この辺りまでです」


そして、ゆっくりと立ち上がった。


カイとタケノオは船底に座ったまま、まじまじと邑を見つめていた。

その顔色は、どこか青ざめていた。

金玄基は船を降りかけていたが、足を船に戻すと、二人に声を掛けた。


「お義父さん、お義兄さん……どこか具合でも……?」


カイが、うわごとのように低く呟いた。


「近すぎる……」

「えっ……?」


タケノオも、唸るように言葉を絞り出した。


「それに低すぎるたい。これじゃ、川が荒れればひとたまりもなか。……沈むばい」


金玄基が戸惑いながら面を上げると、そこには不愉快そうに鼻を鳴らし、二人をジロリと睨みつける渡しの頭の目があった。


    ※


棟梁の家でも、話をするのはもっぱら、棟梁の奥さんとハルエだった。

大勢の子供が家の内外を走り回っている。


男たちは落ち着かなかったのか、「外の様子を見てくる」と言って出て行った。

遠目には、あちらこちらを指差しながら、何やら話しているカイの姿が見える。

棟梁は頷いたり、タケノオと向き合って話したりしていた。



金玄基の隣には、台与とルナがいた。

三人は、家を囲うように掘られた浅い溝の外側から、その様子を眺めていた。

だが、少し経ってから台与が金玄基に尋ねた。


「一緒にいなくてよいのですか?」

「ええ……台与様こそ」


そう答えた直後だった――



――ンゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、ドドドドドドドドオオオオン!



金玄基は身を縮めた。


「なんですか、この音は?!」


ルナは平然として言った。


(かしこ)の坂の神でしょう……」

「かしこの坂?!」


思わず聞き返すと、ルナに代わって台与が口を開いた。


「この先にある山道を、私たちはそう呼んでいます。

 そこには荒ぶる神がいて、時々、こうして雄叫びを上げるのです」


金玄基は台与の顔をまじまじと見つめた。


「その神は、何に怒っているのですか?」

「ん?……何に?」


台与は首を傾げた。

ルナも口角を上げながら、しかし目を丸くして、金玄基を見ていた。


金玄基は両手を広げながら、重ねて尋ねた。


「こんなに咆哮を上げるからには、何かにご不満なのではないのですか?」


台与も両手を広げて応えた。


「全ての神には『荒魂(あらたま)』と『和魂(にきたま)』があります。

 どちらも一柱の神が持つ個性です。

 この山の神も、荒ぶる時もあれば、静かな時もあるのです」


金玄基は、台与に詰め寄った。


「この国の神は、何の理由もなく怒り狂うというのですか?!」


台与は少し肩をすくめたが、その瞳はさらに大きく見開かれた。

だが、声はどこまでも静かだった。


「この地には、抗いようのない災いが起こります。ですが、そこに理由はありません。

 穏やかに、心豊かに暮らす人にも容赦なく災いをもたらすこともありますし、

 悪業をなす人にさえ、平穏を与えることもあるのです」


金玄基は聞けば聞くほど、得体の知れない憤りに興奮した。

思わず台与の肩をがっしりと掴み、顔をぐいと近づけた。


「なんですか、それは!それが神様ですか?!」


台与はそれ以上、何も応えなかった。

ただ、目をぱちくりさせながら、しかし金玄基の目からは、決して視線を反らさなかった。



やがて――



――ゴチン!



何かが脳天に砕いたかのような衝撃と共に、金玄基の視界は真っ白に弾け、消えた。


「ちょっと!台与様に何をなさる気ですか?!アヤメさんに言いつけますよ……!」


周囲にルナの憤慨する声が響いた。

だが、その鋭い警告も、地に崩れ落ちた金玄基の耳には届いていなかった。


    ※


目を覚ました金玄基の目に飛び込んできたのは、射貫くように睨むカイの目だった。

その隣では、タケノオまでもが険しい顔で腕組みをし、金玄基を見下ろしている。


「大丈夫か、玄基?……ばってん、今回ばかりは汝が悪かぞ」

「うんにゃ。いくらなんでも、感心できんね」


金玄基は状況を呑み込めないまま、言い訳をしようとした。


「あ、いや……そういうことではなく。私はただ神様の話を……」


しかし、その言葉はカイの太い指によって遮られた。

カイは金玄基の耳元に顔を寄せると、周囲に聞こえぬよう低く囁いた。


「アヤメには黙っといてやるばってん……。

 台与様に無理やり口吸いばしようとしとったげな……」

「えええええっ?!」


金玄基は思わず飛び起きた。

しかし、カイはそんな玄基を気にする風もなく、すぐに体を離すと、傍らに立つ台与に向かって破顔した。


「すんまっせんでした、台与様。身内の不調法、お許しください。

 そいはそうと、こん辺りに、その『恐の坂』の見渡せるところはあっとですか?」

「あ……はい。……一望できる場所はございませんが、お祓いをして身を清めれば、登ることはできます……」


台与は顔を真っ赤に染めたまま、俯き加減で小さくそう答えた。


    ※


恐の坂をだいぶ登った崖の上から、台与は真下を見下ろしながら指差した。

「ほら、あの辺りが亀の背中のように見えるでしょう?」


カイは唸った。

「うーん……」


タケノオもまた、二人の説明に耳を傾けながら大和川を見下ろして、唸った。

「やはり……地滑りったい……」


カイは金玄基をちらりと見やると、川筋を指差した。

「ほら、あそこたい」


見ると、川には大小いくつもの滝があった。

金玄基は呟いた。

「滝が続いているように見えます……」


カイは低く、だが穏やかに言った。


「うんにゃ。川の堰き止められて、滝になっとると。

 山が川ば遮る。川はそいば乗り越える。そいで、滝になるとたい……」


「そいでもって、大雨の降れば土壁ば根こそぎ押し流して、あの棟梁さんの家のあたりまで土ば流すとよ……」


腕組みをしながら眼下を眺めていたタケノオが言葉をつないだ。

金玄基は二人に尋ねた。


「『崖崩れ』ではなく?」

「そげんもんじゃなか。山ごと滑るたい」

「……山ごと……?」

「人にはできんこったい。絶対にな」

「………………」

「……『神様』の仕業やろうな。山ばぐいっと押したか、蹴り飛ばしたか……」

「神が……山を、蹴る……?!」


金玄基は、二人の言うことが全く理解できなかった。

大陸の理では、山は悠久に動かぬものであるし、神は山を蹴らない。

困惑していると、タケノオは二本の指を突きつけ、にやりと笑った。


「玄基……そいが、こん国の『神様』たい。

 そん神様は、すぐそこにおる……ゾクゾクするやろ?」


金玄基は、そう言うタケノオの顔をまじまじと見つめた。

その横では、カイが崖下を見つめながら、不敵に笑っていた。


「ふっふっふ……。恐ろしか土地たい……ばってん、これほどおもしろか地もなかね……」

「親父……あんまり血の(のぼ)らんごつね……」


その言葉には振り向きもせず、カイはただ眼下の景色を見つめた。

その額からは、汗がひとつぶ流れ落ちた。


タケノオも笑みを浮かべたまま、組んだ腕をわずかに震わせていた。


台与とルナはただ黙って、その二人を見つめていた。



お読みくださりありがとうございました。

亀の瀬を攻略しないとヤマト王権がスタートできない、とかいう世界線……これぞ「ありえへん」小説の真髄!


次回「第71話 天下を定む」

だんだん無理ゲーになって参りました……。果たしてヤマトに都は建つのでしょうか?

(木曜20時ごろ更新予定です)


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